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【出身高校はどこ?】山田裕貴の母校は愛知県の東邦高等学校

高杉 葵 高杉 葵 • 更新: • 公開: • 読了約 16 分
目次

山田裕貴さんの出身高校は、愛知県にある私立の東邦高等学校です。高校野球の強豪校として知られ、父親の山田和利さんも同校の野球部出身でした。

東邦高校は、野球を通じて山田さんと父親を結びつける重要な場所でもあります。

山田さんは2023年5月にTBS系『日曜日の初耳学』へ出演した際、父親と同じ高校を選んだ理由について、次のように振り返っています。

父と同じ高校に行くことでちょっとでも近づいたって思おうとしていたんですかね。

この発言からは、単に野球の強豪校だったから進学したというだけではなく、プロ野球選手として活躍していた父親への憧れも進学先の選択に影響していたことがうかがえます。

父親と同じ学校に通うことは、少年時代の山田さんにとって、父親の背中に少しでも近づくための選択だったの可能性があります。

スポニチアネックスの2023年5月21日の報道でも、山田さんが父親への憧れから野球を始め、父親と同じ東邦高校へ進学した経緯が紹介されています。

【父親は元プロ野球選手】山田和利との関係と東邦高校を選んだ背景

山田裕貴高校

山田裕貴さんの父親は、元プロ野球選手の山田和利さんです。

父親のプロフィール

- 名前:山田和利
- 職業:元プロ野球選手・指導者
- 所属経験:中日ドラゴンズ、広島東洋カープ
- 出身高校:東邦高校

山田和利さんは中日や広島でプレーし、現役引退後も両球団で指導者を務めた人物です。

幼い頃の裕貴さんは、そんな父親に憧れていました。小学3年生から野球を始め、将来は父親と同じプロ野球選手になることを夢見ていたといいます。

しかし、父親が有名選手だったことは、必ずしも本人にとってプラスばかりではありませんでした。

2023年のテレビ出演時、山田さんは父親を超えたいという気持ちを抱えながら、強豪チームでレギュラーになれず、補欠として過ごしていた苦しさを明かしています。

両親に悔しがる姿を見られたくなくて、風呂場で泣いていたこともあったそうです。

父親は寡黙で厳しい性格だったといい、山田さんは幼少期について、父親にキャッチボールを頼むことさえ簡単には言い出せなかったと振り返っています。

父親・山田和利さんは2025年に死去

2026年現在の家族に関する重要な情報として、山田和利さんは2025年8月16日に60歳で亡くなっています。

山田裕貴さんは同年8月26日、自身のSNSを通じて父親の訃報を公表しました。

発表では、父親が約4年前からがんを患って闘病していたことも明かされています。本人の意思を尊重し、公にはせず過ごしていたとのことです。

父親への憧れや葛藤、そして父親から受け継いだ言葉は、山田さんの俳優人生を理解するうえでも大切な背景になっています。

【野球を辞めた理由】実は高校入学前の中学3年生で辞めていた

山田裕貴さんの学歴や高校時代を調べる際、特に注意したいのが野球を辞めた時期です。

「高校時代に野球を辞めた」と紹介されることがありますが、正確には、野球を辞めたのは中学3年生のときです。

高校入学後は野球部に所属していません。

野球を辞めた理由は父親への憧れと実力面の挫折

山田さんは小学校3年生から野球を始め、中学時代には硬式野球のクラブチームに所属していました。

ところが、所属していたチームは全国大会を目指すような強豪。本人はなかなかレギュラーを獲得できず、ベンチで過ごす時間が長かったといいます。

加えて、父親がプロ野球選手だったことも心理的な負担になっていました。

父親のようになりたいという憧れがある一方で、父親を超えられない自分への悔しさもあったのでしょう。

山田さんは2021年のテレビ出演やインタビューで、野球を辞めた背景について、自分が父親を追いかけているのか、自分自身の人生を歩んでいるのか分からなくなっていたという趣旨の話をしています。

また、2022年のマイナビニュースのインタビューでは、野球を続けることが苦しくなり、逃げるように辞めたという自身の心情も語っています。

父親は野球を辞めることを責めたのか?

ここには、山田さんの人生を変えた父親の言葉があります。

父親は野球を続けるよう強制したわけではありませんでした。

山田さんが繰り返し思い出すのは、次の言葉です。

自分で決めたことは最後までやり続けろ。

この言葉の意味を本当の意味で理解したのは、後述する高校3年生の甲子園での出来事でした。

父親が求めていたのは、野球選手になることそのものではなく、自分で選んだ道に責任を持つことだったのです。

野球を辞めたことへの後悔が、のちに俳優という仕事に向き合う姿勢につながっていきました。

【甲子園での涙】親友の活躍が山田裕貴の俳優人生を変えた

人生の大きな転機

山田裕貴さんの高校時代を語るうえで、最も印象的な出来事が甲子園です。

高校3年生のとき、母校の東邦高校が甲子園に出場しました。

山田さんは野球部員ではありませんでしたが、学校全体で応援に出かけ、スタンドから母校の試合を見守りました。

そこで目にしたのが、かつて同じ硬式野球のクラブチームでプレーしていた仲間たちの姿でした。

その仲間は4番打者を務めるなど、甲子園の舞台で活躍していたのです。

友人の活躍を見て涙が止まらなくなった

山田さんにとって、甲子園は単純に母校を応援するだけの場所ではありませんでした。

自分がかつて夢見ていた舞台に、昔の仲間たちが立っている。

一方、自分は野球を辞めてスタンドにいる。

その現実を目の当たりにし、試合が始まる前から涙が止まらなくなったといいます。

2026年7月のオリコンニュースのインタビューでも、この経験について詳しく語っています。

本人は、友人の活躍を応援する興奮と、自分が野球を諦めたことへの挫折感が同時に押し寄せたと説明しました。

そして、この夏の甲子園が俳優を目指そうと思い始めたきっかけの日になったと振り返っています。

甲子園での経験が俳優を目指す決意につながった

甲子園で涙を流した山田さんは、父親の言葉を思い出します。

「自分で決めたことは最後までやり続けろ」。

野球を辞めたことを後悔したからこそ、次に自分が選ぶ道では同じ後悔を繰り返したくないと考えました。

そこで選んだのが俳優という仕事です。

父親がテレビに出演する姿を見て育ったことも、俳優を目指す動機の一つでした。

山田さんは、父親に自分の姿を見てもらいたいという思いもあったと振り返っています。

つまり、俳優を目指した理由には次の3つの要素がありました。

- 野球を辞めたことへの強い後悔
- 自分で決めたことを最後まで続けたいという決意
- 父親に自分の活躍を見てもらいたいという思い

単に芸能界に憧れたという話ではなく、野球での挫折と家族への思いが重なった進路選択だったのです。

2019年には母校のセンバツ優勝も祝福

東邦高校とのつながりは卒業後も続いています。

2019年4月、東邦高校は第91回選抜高校野球大会で優勝しました。

山田さんは母校の優勝を喜び、当時の公式SNSなどでも祝福のメッセージを発信しています。

このとき特に注目されたのが、当時の親友が東邦高校野球部のコーチを務めていたことです。

デイリースポーツなどの報道によると、その親友は高校時代の同級生でもあり、山田さんが高校時代に甲子園へ応援に行った相手でした。

2026年7月のオリコンのインタビューでも、母校の親友が監督を務めていることに触れ、いつかその親友が夏の甲子園に出場する姿を見たいという夢を語っています。

野球を辞めた後も、甲子園への思いと母校の仲間との関係は続いているのです。

【大学進学はしていない?】高校卒業後はワタナベエンターテイメントカレッジへ

山田裕貴さんの学歴について、もう一つよく検索されるのが大学進学の有無です。

結論からいうと、山田さんは大学へ進学していません。

東邦高校を卒業した後、俳優になるために上京し、ワタナベエンターテイメントカレッジ(WEC)へ進学しました。

高校卒業後に大学ではなく俳優養成の道を選択

2025年10月31日放送のフジテレビ系『ぽかぽか』に出演した際、山田さんは高校卒業後の進路について語っています。

大学で学んでいる自分の姿が想像できず、自分がやりたいことを探し始めたという内容でした。

その後、俳優になることを決め、東京のワタナベエンターテイメントカレッジに入学したと説明しています。

また、2016年のDeviewのインタビューでも、本人が大学へは進学せず、演技を学ぶためにWECへ入ったと明かしています。

ワタナベエンターテイメントカレッジで演技を学ぶ

は、芸能プロダクションのワタナベエンターテインメントのノウハウを生かした人材育成機関です。

同校の公式沿革によると、山田さんは2009年4月に6期生として入学しています。

在学中は演技の勉強だけでなく、エキストラの仕事にも積極的に応募していたそうです。

ワタナベエデュケーションの公式卒業生インタビューでは、本人が当時の姿勢について、学びに行くというよりも仕事をしている感覚で取り組んでいたと語っています。

夢をかなえるため、実践経験を積み重ねていたことが分かります。

山田裕貴の学歴・経歴年表

ここまでの情報を時系列で整理すると、次のようになります。

時期 学校・出来事 詳細 小学3年生 野球を開始 父親に憧れて野球を始める 中学時代 硬式野球チーム 強豪チームでプレー。レギュラー獲得に苦しむ 中学3年生 野球を引退 野球を辞め、競技生活に区切りをつける 高校時代 東邦高等学校 父親と同じ高校へ進学。高校3年生で甲子園を応援 2009年4月 ワタナベエンターテイメントカレッジ 6期生として入学 2010年 D-BOYSスペシャルユニットオーディション D-BOYS部門でグランプリを獲得 2011年 俳優デビュー 『海賊戦隊ゴーカイジャー』に出演

この経歴から分かるのは、山田さんが大学進学を選ばなかったからといって、学びを放棄したわけではないということです。

大学ではなく、俳優として必要な技術や経験を得られる専門的な環境を選んだのです。

【2026年最新プロフィール】山田裕貴の年齢・身長・所属事務所・現在の活動


山田裕貴(やまだ ゆうき)

2026年11月5日時点
- 生年月日:1990年9月18日
- 年齢:36歳
- 出身地:愛知県
- 身長:178cm
- 所属:ワタナベエンターテインメント
- 出身高校:東邦高等学校
- スクール:ワタナベエンターテイメントカレッジ

上記は所属事務所の公式プロフィールに掲載されている情報を中心にまとめたものです。

2026年も俳優として活躍

2026年の所属事務所公式プロフィールには、複数の映画やドラマへの出演情報が掲載されています。

主な出演情報は次のとおりです。

- 映画『キングダム 魂の決戦』:万極役
- 映画『ゴジラ-0.0』:水島四郎役
- TBS×U-NEXT『ちるらん 新撰組鎮魂歌』:土方歳三役

映画『ゴジラ-0.0』は2026年11月3日公開作品として掲載されています。

また、2025年公開映画『爆弾』では主演の類家役を務め、日本アカデミー賞優秀主演男優賞も受賞しています。

高校時代に甲子園のスタンドで自分の将来を考えていた青年は、2026年には映画やドラマの第一線で活躍する俳優となっています。

山田裕貴の学歴に関する噂と事実

ネット上で見かける学歴情報について、要点を整理します。

- 東邦高校出身: 本人の発言や複数の報道で確認できる事実。
- 父親と同じ高校: 父・山田和利さんも東邦高校の野球部出身。
- 高校で野球を辞めた: 正確には中学3年生で辞めており、高校では野球部に所属していない。
- 大学進学: 大学には進学せず、ワタナベエンターテイメントカレッジへ入学。
- 芸能界入り: 2010年のオーディションを経て、2011年に俳優デビュー。

特に注意したいのは、野球を辞めた時期と甲子園での立場です。

山田さん自身が甲子園の試合に選手として出場したわけではありません。母校の応援に行き、かつての仲間の活躍をスタンドから見守っていました。

この違いを理解すると、本人が語ってきた高校時代のエピソードがより正確に見えてきます。

【山田裕貴の高校に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:山田裕貴の出身高校はどこですか?

A1:愛知県の東邦高等学校です。父親の山田和利さんも同校の野球部出身で、山田さんにとって父親とのつながりが深い母校です。

Q2:山田裕貴が野球を辞めたのは高校時代ですか?

A2:正確には中学3年生のときです。強豪チームでレギュラーになれなかったことや、父親への意識などが重なり、野球を辞めました。東邦高校では野球部に所属していません。

Q3:山田裕貴は大学に進学していますか?

A3:大学には進学していません。高校卒業後に上京し、2009年4月にワタナベエンターテイメントカレッジへ入学して演技を学びました。

Q4:山田裕貴本人も甲子園に出場したのですか?

A4:選手として出場したわけではありません。高校3年生のときに東邦高校が甲子園に出場し、山田さんは学校全体で応援に行きました。その際、かつての野球仲間の活躍を見て涙したことが、俳優を目指す転機になりました。

山田裕貴さんの出身高校は、愛知県の東邦高等学校です。

父親の山田和利さんも同校の野球部出身であり、山田さんは父親に少しでも近づきたいという思いもあって、同じ高校へ進学しました。

しかし、野球人生は順調ではありませんでした。

中学3年生で野球を辞め、父親と同じ高校に進学してからも野球部には所属しませんでした。そして高校3年生の夏、母校が甲子園に出場した際、かつての仲間たちが活躍する姿を見て、自分が野球を辞めたことへの後悔を強く感じます。

その経験が、俳優を目指す決意につながりました。

高校卒業後は大学ではなく、ワタナベエンターテイメントカレッジへ進学。2010年のオーディションでグランプリを獲得し、2011年には『海賊戦隊ゴーカイジャー』で俳優デビューを果たしています。

山田さんの経歴から読み取れるのは、学歴の肩書き以上に、自分で選んだ道をどれだけ本気で歩み続けるかが、その後の人生を左右するということです。

甲子園で感じた挫折を忘れず、俳優という新しい道に挑戦し続けてきた山田裕貴さん。東邦高校で過ごした日々は、現在の俳優としての姿勢を形づくった、かけがえのない原点だったのでしょう。

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高杉 葵

アイドル・グラビア担当。所属事務所の公式発表を一次情報とし、憶測は書きません。

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