山本浩之さんは、関西を拠点に活動するフリーアナウンサーです。ニュースキャスターとしての経験と、親しみやすい関西弁のトークを併せ持ち、報道からバラエティー、ラジオまで幅広いジャンルで活躍してきました。
基本プロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 山本浩之(やまもと・ひろゆき) |
| 愛称 | ヤマヒロ |
| 生年月日 | 1962年3月16日 |
| 年齢 | 64歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 大阪府堺市 |
| 育った地域 | 大阪府泉佐野市 |
| 出身高校 | 大阪府立佐野高等学校 |
| 出身大学 | 龍谷大学法学部 |
| 職業 | フリーアナウンサー |
| 元所属 | 関西テレビ |
| 主な出演番組 | ちゃちゃ入れマンデー、ヤマヒロのぴかッとモーニングなど |
生年月日や経歴は講師紹介資料などに掲載されており、龍谷大学校友会も1985年の法学部卒業を紹介しています。
龍谷大学法学部を卒業して関西テレビへ山本さんは1985年に龍谷大学法学部を卒業し、関西テレビにアナウンサーとして入社しました。
新人時代にはスポーツ中継や競馬実況などを担当。入社当初からニュースキャスターを務めていたわけではなく、さまざまな現場でアナウンサーとしての経験を積んでいます。
その後、1990年10月から夕方のニュース番組『アタック600』のメインキャスターに就任しました。
泉佐野市の公式プロフィールによれば、山本さんは堺市生まれ、泉佐野市育ち。末広小学校、佐野高校の出身でもあります。
この地元とのつながりは、2025年以降の地域活動にも結び付いています。
【関西テレビ時代からフリー転身まで】山本浩之アナの経歴を年表で整理

山本浩之さんのキャリアを理解するうえで、重要なのが報道キャスターとしての実績です。
バラエティー番組で見せる軽快なトークが印象的ですが、実際には長年にわたりニュースの現場で経験を重ねてきました。
主な経歴・出演番組一覧| 時期 | 出来事・担当番組 | 主なポイント |
|---|---|---|
| 1985年 | 関西テレビ入社 | 龍谷大学法学部卒業後、アナウンサーとして入社 |
| 1990年10月~1997年 | アタック600 | 夕方のニュース番組でメインキャスターを担当 |
| 1998年1月 | クロスファイア | 生放送でカツラを外し、着用を告白 |
| 2002年 | FNSアナウンス大賞 | ニューヨーク関連の報道が評価され受賞 |
| 2006年4月 | スーパーニュースアンカー | メインキャスターに就任 |
| 2013年4月 | 関西テレビ退社 | フリーアナウンサーに転身 |
| 2013年9月 | スーパーニュースアンカー卒業 | 報道番組のメインキャスターを後輩に引き継ぐ |
| 2014年 | ヤマヒロのぴかいちラジオ | 日本民間放送連盟賞の生ワイド番組部門で優秀賞 |
| 2024年 | ぴかッとモーニング開始 | MBSラジオの平日朝の番組を担当 |
| 2025年9月 | いずみさの検定特別顧問 | 泉佐野市の地域振興活動に参加 |
| 2026年 | テレビ・ラジオ出演継続 | ちゃちゃ入れマンデーなどに出演 |
山本さんの代表的な仕事として挙げられるのが、関西テレビの夕方の報道番組『スーパーニュースアンカー』です。
2006年4月から2013年9月までメインキャスターを担当しました。
それ以前にも『アタック600』で約7年間、夕方のニュースを担当しており、報道キャスターとしての経験は非常に長いものがあります。
また、2002年にはニューヨーク関連の報道が評価され、第18回FNSアナウンス大賞を受賞しています。
龍谷大学校友会の紹介にも、報道活動や受賞歴が記録されています。
2013年のフリー転身は突然の報道引退ではなかった2013年4月、山本さんは関西テレビを退社し、フリーアナウンサーになりました。
ここで注意したいのが、退社と『スーパーニュースアンカー』の卒業は同じタイミングではなかったことです。
関西テレビ退社後も同番組のメインキャスターを続け、同年9月に正式に卒業しています。
当時、関西テレビはキャスター交代について世代交代と説明。山本さんは後輩の岡安譲アナウンサーに役割を引き継ぎました。
局を離れたからといって、すぐに報道の現場から姿を消したわけではありません。
この経緯を見ると、2013年はアナウンサー人生の大きな区切りであると同時に、活動領域を広げる転換点だったことが分かります。
【1998年のカツラ告白】山本浩之アナはなぜ生放送でカツラを外した?
山本浩之さんを語るとき、避けて通れないのが1998年1月のカツラ告白です。
当時、関西テレビの局アナだった山本さんは、深夜番組『クロスファイア』の生放送中に、それまで着用していたカツラを外しました。
この出来事は大きな反響を呼び、現在も山本さんを象徴するエピソードとして知られています。
カツラを外した理由はニュースキャスターの仕事にあった2018年11月30日付のデイリースポーツのインタビューで、山本さん本人が当時の事情を詳しく説明しています。
山本さんによると、カツラを外す前の約7年間は『アタック600』のキャスターを担当していました。
月曜日から金曜日まで放送される帯番組のキャスターという立場上、ニュース番組に出演している間はカツラを外しにくかったといいます。
そして、1997年9月末に番組を卒業し、後輩へバトンタッチしました。
このタイミングで、山本さんはカツラを外すことを決めたのです。
当初は番組で告白するつもりではなく、普通にカツラを外して出勤する予定だったと振り返っています。
プロデューサーの提案で生放送の企画に状況が変わったのは、関西テレビの深夜番組『クロスファイア』への参加が決まったことでした。
プロデューサーから番組への協力を依頼された山本さんは、カツラを外す予定であることを伝えました。
そこでプロデューサーが提案したのが、「ハゲの時代」というテーマで番組を制作することでした。
『クロスファイア』は毎週異なるテーマを扱う1時間の討論番組です。
単にカツラを外すだけでなく、ひとつの社会的なテーマとして番組を構成することになりました。
山本さんの2018年のインタビューによると、演出も事前に作り込まれ、レーザー光線を使った演出の中でカツラを外す場面が放送されました。
「突然の暴露」ではなく計画されたカミングアウトだったこのエピソードで押さえておきたいのは、山本さんが衝動的に生放送でカツラを外したわけではないという点です。
背景には、次のような流れがありました。
1. 約7年間、ニュース番組のキャスターとしてカツラを着用。
2. 1997年9月に『アタック600』を卒業。
3. ニュースキャスターの役割を終えたことを機に、カツラを外す決意。
4. 『クロスファイア』のプロデューサーが番組企画を提案。
5. 1998年1月、生放送でカツラを外して告白。
山本さんは後年、アナウンサーとして本当のことを伝えるべきではないかという考えについても語っています。ただし、2018年のインタビューでは、その説明だけではなく、ニュース番組を卒業した時期が実際のきっかけだったと明かしています。
ここに、この出来事の本質があります。
単なる話題作りではなく、仕事上の立場が変わったことをきっかけに、自分自身の姿を公にする選択をしたのです。
カツラ告白後もアナウンサーとして活動を継続カツラ告白は、山本さんのアナウンサー人生を終わらせる出来事にはなりませんでした。
むしろ、その後は自らの経験をユーモアに変え、関西ならではの親しみやすいキャラクターを確立していきます。
2016年には、関西テレビのドラマ『大阪環状線 ひと駅ごとの愛物語 Part2』で、約19年ぶりにカツラを着用して出演したことも話題になりました。
本人ならではの経験を生かした役柄であり、過去の出来事をエンターテインメントに変えた一例です。
2026年11月現在、山本浩之さんは関西を中心にテレビとラジオの両方で活動しています。
特に注目したいのは、関西テレビの人気番組とMBSラジオのレギュラー番組を並行して担当していることです。
1. 『ちゃちゃ入れマンデー』でMCを担当『ちゃちゃ入れマンデー』は、関西テレビで放送されている情報トークバラエティーです。
山本さんは、東野幸治さん、メッセンジャー黒田さんとともにMCを務めています。
番組の放送時間は毎週火曜日の午後7時から8時まで。
関西の食文化、地域の特徴、ご当地チェーン店、観光スポットなど、関西人が気になる話題を取り上げる番組です。
東野さんの進行力、黒田さんの鋭いツッコミ、そして山本さんの関西目線のコメントが番組の掛け合いを形作っています。
2026年11月3日放送分にも山本さんの出演が確認でき、11月現在も番組のMCとして活動していることが分かります。
2. 『ヤマヒロのぴかッとモーニング』で平日朝の顔に山本さんの現在の活動を語るうえで、MBSラジオの『ヤマヒロのぴかッとモーニング』も欠かせません。
この番組は2024年4月1日にスタートした平日朝の生ワイド番組です。
放送時間は午前8時から10時まで。
番組のコンセプトは、リスナーにとって輝く1日を届けることです。
番組公式情報では、山本さんの人生経験や視点を生かしたトークを特徴として紹介しています。
主なコーナーには、次のようなものがあります。
- ぴかッと今日のおめでとう!
- 気になるニュースをぴかッとフラッシュ
- ぴかッとコールdeあげたいモン!
- 気ままにぴかッとタイム
ニュースを取り上げながら、日常の出来事やリスナーのエピソードにも目を向ける構成です。
報道キャスターとしての経験と、親しみやすいトークの両方を生かせる仕事になっています。
3. 『ヤマヒロのぴかいちラジオ』も継続もうひとつの代表的なラジオ番組が『ヤマヒロのぴかいちラジオ』です。
MBSラジオの番組表では、山本浩之さんのほか、吉本新喜劇の座長・すっちーさん、MBSアナウンサーの古川圭子さんが出演者として掲載されています。
放送時間は金曜深夜25時30分から26時30分まで。
主なコーナーには、次のものがあります。
- 山本社交倶楽部
- 怒りの投稿!街なかモンスターハンター
- ぴかいち価値観調査~これどやねん!
2014年には、この番組が日本民間放送連盟賞の生ワイド番組部門で優秀賞を受賞しています。
山本さんのラジオパーソナリティーとしての実績を示す代表的な番組です。
2026年11月現在の出演番組一覧| 番組名 | 放送局 | 放送時間・活動 |
|---|---|---|
| ちゃちゃ入れマンデー | 関西テレビ | 毎週火曜19時~20時 |
| ヤマヒロのぴかッとモーニング | MBSラジオ | 平日8時~10時 |
| ヤマヒロのぴかいちラジオ | MBSラジオ | 金曜深夜25時30分~26時30分 |
このように、山本さんはテレビでのバラエティー出演だけでなく、ラジオでも継続的に活動しています。
かつてのニュースキャスターという肩書だけでは、現在の仕事を十分に説明できません。
【泉佐野市との関係】いずみさの検定特別顧問に就任した理由
2025年以降の山本浩之さんの活動で注目されるのが、出身地にゆかりの深い泉佐野市との取り組みです。
2025年9月21日に特別顧問へ就任泉佐野市は2025年9月5日、山本浩之さんが「いずみさの検定特別顧問」に就任すると発表しました。
実際の委嘱式は、同年9月21日に開催されています。
委嘱期間は2025年9月21日から2028年9月20日までの3年間です。
泉佐野市は、いずみさの検定を通して市の歴史や文化、産業、観光などの魅力を全国に発信することを目指しています。
その情報発信役として、テレビやラジオに出演する山本さんに期待が寄せられています。
なぜ山本浩之さんが選ばれたのか山本さんは単に大阪府出身というだけではありません。
泉佐野市で育ち、末広小学校、佐野高校に通った地元ゆかりの人物です。
加えて、2023年には泉佐野市の消費生活フェアでパネルディスカッションに参加。2024年には泉佐野市町会連合会の講演会で「輝いて生きる」をテーマに講演するなど、以前から地域との関わりがありました。
今回の特別顧問就任は、そうした関係を発展させたものです。
2026年10月前半の泉佐野市の広報番組『さのテレ!』でも、山本さんから第14回いずみさの検定を紹介する内容が取り上げられました。
また、2026年11月3日に開催された第14回検定についても、特別顧問として表彰式への出席が事前に案内されています。
いずみさの検定とは?いずみさの検定は、泉佐野市の歴史、文化、産業、観光、市政などについて知識を深めるためのご当地検定です。
居住地や年齢による制限がなく、地元住民以外も受験できます。
山本さんのように、全国に知名度を持つ人物が特別顧問を務めることで、泉佐野市を知らなかった人にも地域の魅力を伝えるきっかけになります。
アナウンサーとして培ってきた発信力を、故郷の地域振興に生かしている点は、現在の活動を理解するうえで見逃せないポイントです。
【プロの結論】山本浩之アナの魅力は報道力と関西流の親しみやすさ
山本浩之さんのキャリアを振り返ると、単に「カツラを外したアナウンサー」というイメージだけでは捉えきれないことが分かります。
その活動には、大きく3つの特徴があります。
1. 報道経験が現在の仕事の土台になっている
『アタック600』や『スーパーニュースアンカー』で培った報道経験は、ニュースを扱うラジオ番組や情報トーク番組でも生かされています。
2. フリー転身によって活動領域が広がった
2013年の独立後は、報道番組だけでなく、バラエティーやラジオのパーソナリティーなど、複数のジャンルで仕事を続けています。
3. 地元とのつながりを新しい活動に変えている
2025年のいずみさの検定特別顧問就任は、テレビ・ラジオ出演とは別の形で社会と関わる仕事です。
特に注目したいのは、年齢を重ねても活動の中心をひとつに固定していない点です。
ニュースキャスターとしての実績を持ちながら、ラジオではリスナーとの距離を縮め、テレビでは関西の文化を語り、地域では泉佐野市の魅力を伝える。
こうした複数の役割を持つことが、フリーアナウンサーとして長く活動できる理由のひとつと考えられます。
【山本浩之アナ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:山本浩之アナは2026年現在、何歳ですか?
A1:1962年3月16日生まれで、2026年11月現在は64歳です。
Q2:山本浩之アナの出身大学はどこですか?
A2:龍谷大学法学部です。1985年に卒業し、同年に関西テレビへアナウンサーとして入社しました。
Q3:山本浩之アナがカツラを外したのはいつですか?
A3:1998年1月です。関西テレビの深夜番組『クロスファイア』の生放送でカツラを外しました。背景には、約7年間担当した『アタック600』のキャスターを卒業したことと、番組プロデューサーの企画提案がありました。
Q4:山本浩之アナは現在もテレビに出演していますか?
A4:はい。2026年11月現在、関西テレビの『ちゃちゃ入れマンデー』でMCを務めています。東野幸治さん、メッセンジャー黒田さんと共演しています。
Q5:山本浩之アナのラジオ番組は何ですか?
A5:MBSラジオの『ヤマヒロのぴかッとモーニング』と『ヤマヒロのぴかいちラジオ』です。平日朝と金曜深夜の番組でパーソナリティーを務めています。
Q6:山本浩之アナはいずみさの検定とどのような関係がありますか?
A6:2025年9月21日に、泉佐野市の「いずみさの検定特別顧問」に就任しました。任期は2028年9月20日までの3年間です。テレビやラジオなどを通じて、泉佐野市の魅力を発信する役割を担っています。
Q7:山本浩之アナは関西テレビを辞めた後、報道番組に出演していなかったのですか?
A7:関西テレビを退社したのは2013年4月ですが、『スーパーニュースアンカー』のメインキャスターは同年9月まで継続しました。その後、フリーアナウンサーとして活動の幅を広げています。
山本浩之さんは、1985年に関西テレビへ入社して以来、報道番組のキャスターやバラエティー番組の出演者として、関西の放送業界で長く活動してきました。
1998年のカツラ告白は、現在も語り継がれる大きな転機です。しかし、その後もアナウンサーとしての仕事を続け、2013年にはフリーへ転身。『スーパーニュースアンカー』で培った経験を土台に、テレビやラジオで独自の存在感を築いています。
2026年11月現在の主な活動は『ちゃちゃ入れマンデー』『ヤマヒロのぴかッとモーニング』『ヤマヒロのぴかいちラジオ』の出演です。加えて、泉佐野市のいずみさの検定特別顧問として、地域の魅力を発信する活動にも取り組んでいます。
カツラ告白で知られる存在から、報道・バラエティー・ラジオ・地域振興を横断するフリーアナウンサーへ。ヤマヒロこと山本浩之さんのキャリアは、ひとつの話題性にとどまらない、長年の経験と柔軟な活動スタイルに支えられています。