2026年11月現在、山根視来(やまね・みき)は浦和レッズに所属している。2026年8月17日、アメリカのロサンゼルス・ギャラクシーから完全移籍で加入し、背番号6を着けてJリーグに復帰した。加えて、同年10月10日にはJ1リーグ通算200試合出場という節目も達成している。
湘南ベルマーレでプロとしての基礎を築き、川崎フロンターレでリーグ優勝や日本代表入りを経験。2024年からはMLSに挑戦し、LAギャラクシーのMLSカップ制覇にも貢献した。32歳で再び日本に戻った背景には、選手としての成長を追い続ける姿勢と、新しいクラブで歴史を作りたいという思いがある。
この記事では、山根視来の2026年現在の所属先、浦和レッズへの移籍理由、湘南・川崎・LAギャラクシーでの経歴、曺貴裁監督との出会い、日本代表16試合の実績、カタールW杯出場までを時系列で整理する。
【2026年最新】山根視来の現在は浦和レッズ!8月の完全移籍とJ1通算200試合

山根視来の現在の所属先は、浦和レッズだ。
2026年8月17日、浦和レッズはロサンゼルス・ギャラクシーに所属していた山根の完全移籍加入を正式発表した。加入時の年齢は32歳。ポジションはDF、身長178cm、体重72kgで、背番号は6に決まった。
Jリーグへの復帰は、川崎フロンターレを離れた2023年シーズン以来となる。
2026年8月17日に浦和レッズ加入が決定浦和レッズが発表したプロフィールには、湘南ベルマーレ、川崎フロンターレ、ロサンゼルス・ギャラクシーという所属歴が記載されている。
加入後の8月19日には、埼玉スタジアムで山根と瀬古樹の加入会見が開催された。
会見で山根は、移籍を決める際の考え方について、自分が最も成長できる場所を選ぶという姿勢を説明した。
加えて、変化を迎えようとしている浦和レッズの一員となり、自分もクラブの歴史を作る存在になりたいという思いを明かしている。
この発言から読み取れるのは、単にJリーグへ戻ることだけが移籍の目的ではなかったという点だ。新しい環境で自身を成長させ、その成果をチームに還元することを重視していた。
10月10日にJ1通算200試合を達成2026年10月10日、味の素スタジアムで行われたFC東京戦で、山根はJ1リーグ通算200試合出場を達成した。
この試合では先発出場し、90分間プレー。浦和レッズ加入後の新たな節目を記録した。
浦和レッズの公式発表によると、山根は2016年に桐蔭横浜大学から湘南ベルマーレへ加入したものの、プロ1年目は負傷の影響もありJ1リーグ出場がなかった。
その後、2018年にJ1デビュー。湘南と川崎で出場を重ね、アメリカでの挑戦を経て浦和で200試合の大台に到達した。
2026年11月2日更新のJリーグ公式選手情報では、浦和での2026/27シーズンの出場記録も掲載されている。
200試合は単なる数字ではない。大学卒業後にプロ入りし、ポジション変更や海外移籍を経験しながら、長期間にわたってトップレベルで戦い続けた証しでもある。
【経歴・年表】山根視来は湘南から川崎、LAギャラクシーを経て浦和へ
山根視来は1993年12月22日生まれ、神奈川県出身のサッカー選手だ。
幼少期から神奈川県内でサッカーに取り組み、東京ヴェルディの育成組織を経て、ウィザス高校、桐蔭横浜大学へと進んだ。
大学卒業後に湘南ベルマーレでプロキャリアをスタートさせている。
山根視来のプロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 山根視来(やまね・みき) |
| 生年月日 | 1993年12月22日 |
| 年齢 | 32歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 神奈川県 |
| 身長・体重 | 178cm・72kg |
| ポジション | DF |
| 現所属 | 浦和レッズ |
| 背番号 | 6 |
| 利き足 | 公式プロフィールでの確認対象 |
| 日本代表歴 | 16試合・2得点(2026年8月17日時点) |
| 年 | 所属・出来事 | 主な実績 |
|---|---|---|
| 2016年 | 湘南ベルマーレ加入 | 桐蔭横浜大学からプロ入り |
| 2017年 | 湘南ベルマーレ | J2リーグ37試合出場 |
| 2018年 | 湘南ベルマーレ | J1デビュー、ルヴァンカップ優勝 |
| 2019年 | 湘南ベルマーレ | J1リーグ31試合出場 |
| 2020年 | 川崎フロンターレ加入 | J1優勝に貢献 |
| 2021年 | 川崎フロンターレ | J1優勝、日本代表でも活躍 |
| 2022年 | 川崎フロンターレ | カタールW杯出場 |
| 2023年 | 川崎フロンターレ | J1リーグ33試合出場 |
| 2024年 | LAギャラクシー加入 | 初の海外挑戦、MLSカップ優勝 |
| 2025年 | LAギャラクシー | アメリカでプレーを継続 |
| 2026年8月 | 浦和レッズ加入 | 完全移籍でJリーグ復帰 |
| 2026年10月10日 | 浦和レッズ | J1通算200試合達成 |
2016年、桐蔭横浜大学から湘南ベルマーレへ加入した山根。
当初は攻撃的なポジションでプレーしていたが、プロ1年目は負傷の影響もあってJ1リーグ出場を果たせなかった。
2017年にはJ2リーグで37試合に出場。翌2018年にはJ1リーグ32試合に出場し、プロ選手として存在感を高めた。
2018年には湘南がルヴァンカップを制覇。山根もクラブの躍進を支えた選手の一人だった。
川崎フロンターレ時代:評価を一気に高める2019年12月25日、川崎フロンターレへの完全移籍が発表された。
川崎加入後の山根は、攻撃参加の質をさらに高め、右サイドからチャンスを作る選手として成長する。
2020年にはJ1リーグ優勝を経験。2021年にもリーグタイトルを獲得し、2020年から2022年まで3年連続でJリーグベストイレブンに選出された。
2023年シーズンまで川崎でプレーし、クラブ公式発表では通算172試合12得点を記録している。
LAギャラクシー時代:30歳で初の海外挑戦2024年1月、山根はアメリカのLAギャラクシーへの完全移籍を発表された。
30歳での海外挑戦だった。
LAギャラクシーは2024年12月7日のMLSカップでニューヨーク・レッドブルズを2対1で破り、優勝を果たした。山根も吉田麻也とともに決勝戦に出場し、タイトル獲得に貢献している。
そして2026年8月、浦和レッズへの完全移籍によって日本へ戻った。
【転機を解説】山根視来のプレースタイルを変えた曺貴裁との出会い
山根視来のキャリアを語るうえで欠かせない人物が、湘南ベルマーレ時代の監督だった曺貴裁(チョウ・キジェ)だ。
現在の山根は右サイドバックとして知られているが、もともと守備を専門としていた選手ではない。
むしろ攻撃的なポジションを主戦場としていた選手だった。
2017年のコンバートがキャリアを変えた2017年、当時湘南を率いていた曺貴裁監督は、山根に守備的なポジションへの転向を提案した。
提案されたのは3バックの右側、いわゆる右ストッパーのポジションだった。
それまで攻撃的な選手としてプレーしてきた山根にとって、大きな方向転換だった。
山根は当初、4バックの右サイドバックを想像していたものの、実際には3バックの一角を任されることになった。
湘南の公式インタビューや当時の報道でも、このポジション変更はキャリアの重要な転換点として紹介されている。
結果として、山根は2017年のJ2リーグで37試合に出場。守備の基礎を身につけ、翌年以降のJ1定着につなげた。
山根視来のプレースタイルは攻守両面の推進力山根の最大の特徴は、守備だけにとどまらず、攻撃の起点にもなれることだ。
浦和レッズの公式選手紹介でも、右サイドをダイナミックに駆け上がる攻撃力が特徴として紹介されている。
具体的には次のような強みがある。
1. 積極的な攻撃参加
守備ラインから前方へ進出し、右サイドの攻撃に厚みを加える。味方の動きに合わせて前進することで、相手守備の対応を難しくする。
2. 味方との連係
単独で突破するだけではなく、周囲の選手とのパス交換やポジション調整を通じて攻撃を組み立てる。
3. アタッキングサードでの質
浦和レッズの堀之内聖スポーツダイレクターは、加入会見で山根について、特にアタッキングサードでの質の高さを期待する能力として挙げた。
4. 守備面の対応力
湘南時代に身につけた守備の基礎があり、攻撃参加だけに偏らないバランスを持つ。3バックの右や4バックのサイドバックなど、チームの戦術に応じた役割への対応力も強みだ。
評価・評判を客観的な実績から見る山根の評価を裏付ける代表的な実績は、Jリーグベストイレブン3年連続選出だ。
| 評価の観点 | 実績・根拠 |
|---|---|
| 個人評価 | 2020~2022年Jリーグベストイレブン |
| クラブへの貢献 | 川崎でJ1優勝を2度経験 |
| 国際経験 | 日本代表16試合・2得点 |
| 世界大会 | カタールW杯出場 |
| 海外での実績 | LAギャラクシーでMLSカップ優勝 |
| 継続性 | J1通算200試合出場 |
特に注目したいのは、攻撃的な選手からディフェンダーへ転向し、その後に日本代表や海外クラブでも評価された点だ。
ポジション変更を単なる守備への転向で終わらせず、攻撃力を残したまま守備の能力を身につけたことが、山根の選手としての価値を高めた。
【日本代表・カタールW杯】山根視来の代表成績と世界大会での経験
山根視来が日本代表に初招集されたのは2021年3月。
川崎フロンターレでの活躍が森保一監督に評価され、代表入りを果たした。
代表デビュー戦で初ゴール2021年3月25日、韓国代表との国際親善試合で日本代表デビュー。
この試合で山根は代表初出場を果たしただけでなく、初ゴールも記録した。
攻撃的な特徴を持つサイドの選手として、代表チームでも持ち味を発揮した試合だった。
日本代表の通算成績は16試合・2得点川崎フロンターレの公式プロフィールに掲載された国際Aマッチ記録によると、山根の代表成績は以下のとおり。
| 年 | 出場 | 得点 |
|---|---|---|
| 2021年 | 6試合 | 1得点 |
| 2022年 | 10試合 | 1得点 |
| 通算 | 16試合 | 2得点 |
代表としては、FIFAワールドカップのアジア予選やEAFF E-1サッカー選手権などにも参加した。
カタールW杯ではコスタリカ戦に先発山根にとって大きなキャリアの節目となったのが、2022年のFIFAワールドカップ・カタール大会だ。
日本代表の26人のメンバーに選ばれ、本大会の舞台に立った。
特に2022年11月27日のグループステージ第2戦、コスタリカ代表との試合では右サイドバックとして先発出場した。
この試合は日本が0対1で敗れたものの、山根にとっては子どもの頃から目指してきたワールドカップ本大会への出場を実現した一戦だった。
山根は62分までプレーし、その後、三笘薫と交代している。
ワールドカップ出場は、川崎で積み重ねてきた実績が国際舞台で認められた結果でもあった。
【移籍理由を検証】川崎からLAギャラクシー、そして浦和を選んだ背景
山根視来の移籍歴を見ると、所属クラブが変わるたびに新しい挑戦を選択していることが分かる。
それぞれの移籍には、キャリア上の意味があった。
2020年:湘南から川崎への移籍2019年12月25日、川崎フロンターレは湘南ベルマーレから山根を完全移籍で獲得すると発表した。
川崎は当時、国内でも高い競争力を持つクラブだった。
山根にとっては、湘南で身につけた守備力に、より高いレベルの攻撃戦術や連係を加える機会となった。
移籍後はJ1優勝を経験し、3年連続のベストイレブン選出にもつながった。
2024年:川崎からLAギャラクシーへの移籍2024年1月5日、LAギャラクシーは山根の獲得を発表した。
クラブ発表では、契約期間は2026年MLSシーズン終了までの3年間とされていた。
当時の山根は30歳。国内で十分な実績を残した後の海外挑戦だった。
LAギャラクシーには日本代表の元主将である吉田麻也も所属しており、日本人選手同士が同じクラブでプレーする環境もあった。
2024年シーズンにはMLSカップを制覇。山根はアメリカでもタイトルを獲得した。
2026年:LAギャラクシーから浦和への移籍理由2026年8月17日、山根は浦和レッズへの完全移籍を決断した。
移籍理由について、本人が加入会見で語った内容は明確だ。
自分が最も成長できる場所を選ぶこと。そして、変化を迎える浦和でクラブの歴史を作る一人になることだった。
ここで重要なのは、単純に海外生活を終えたから帰国したという説明だけでは、本人の意思を十分に捉えられない点だ。
浦和はJリーグでも大きな歴史とサポーター基盤を持つクラブであり、山根はその環境で新しい目標を設定した。
また、浦和の堀之内SDは、山根の獲得について、攻守両面の推進力だけでなく、周囲を成長させる人間性や意欲も評価したと説明している。
つまり、今回の移籍には即戦力の補強と、経験豊富な選手によるチーム全体への好影響という二つの狙いがある。
移籍歴から見える山根のキャリア形成山根の移籍は、次のように整理できる。
| 移籍 | キャリア上の意味 |
|---|---|
| 大学→湘南 | プロとしてのスタート |
| 湘南→川崎 | 守備力と攻撃力の融合、タイトル獲得 |
| 川崎→LAギャラクシー | 30歳での初海外挑戦 |
| LAギャラクシー→浦和 | 海外経験を持ってJリーグへ復帰 |
この流れから見えるのは、実績を積み上げた後も、新しい環境で自分を成長させようとする選手像だ。
【プロの結論】山根視来が浦和レッズにもたらす価値と今後の注目点
山根視来のキャリアを評価する際、単純な出場数や得点数だけでは捉えきれない部分がある。
特に重要なのは、ポジション変更への適応力、攻守両面の貢献、海外経験の3点だ。
1. 攻撃的な右サイドバックとしての価値山根は右サイドから攻撃を活性化できる選手だ。
浦和にとっては、右サイドの前進力を高めるだけでなく、最終局面での攻撃参加や味方との連係の質を高める存在として期待される。
2. 海外経験がもたらす判断力LAギャラクシーでの経験は、異なるサッカー環境や選手との競争を経験したという意味でも価値がある。
MLSカップ優勝という実績もあり、勝利を求められる環境でプレーした経験は浦和でも生きる可能性がある。
3. 32歳という年齢をどう強みに変えるか2026年現在、山根は32歳。
若手選手のような将来性だけでなく、これまで積み重ねた経験を試合でどう発揮するかが重要になる。
特に、連戦への対応、コンディション管理、戦術理解、若手との連係は注目したいポイントだ。
今後の評価で見るべき3つの指標- 出場時間と継続性: シーズンを通して安定してプレーできるか。
- 攻撃面での貢献: チャンス創出や右サイドの前進にどれほど関われるか。
- 守備面での安定感: 攻撃参加後のポジショニングや相手のカウンターへの対応がどうなるか。
山根を評価する際は、得点やアシストだけで判断するのではなく、チーム全体の攻撃をどれほど円滑にしているかを見ることが大切だ。
【山根視来に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:山根視来の現在の所属チームはどこですか?
A1:2026年11月現在、浦和レッズに所属しています。2026年8月17日にLAギャラクシーから完全移籍で加入し、背番号6を着用しています。
Q2:山根視来はなぜ浦和レッズに移籍したのですか?
A2:本人は、自分が最も成長できる環境を選ぶことを移籍の判断基準として挙げています。浦和が大きく変化しようとするタイミングで、自分もクラブの歴史を作る一人になりたいという思いを語りました。
Q3:山根視来は川崎フロンターレで何を達成しましたか?
A3:2020年から2023年まで在籍し、J1リーグ優勝などのタイトルを獲得しました。また、2020年・2021年・2022年には3年連続でJリーグベストイレブンに選出されています。
Q4:山根視来の日本代表成績は?
A4:国際Aマッチ通算16試合出場、2得点です。2021年3月の韓国戦で代表デビューし、初ゴールも記録しました。
Q5:山根視来はカタールW杯に出場しましたか?
A5:はい。2022年のFIFAワールドカップ・カタール大会に日本代表として参加し、11月27日のコスタリカ戦に右サイドバックとして先発出場しました。
Q6:山根視来のJ1通算200試合はいつ達成されましたか?
A6:2026年10月10日のFC東京戦で達成しました。湘南ベルマーレ、川崎フロンターレ、浦和レッズで積み重ねた出場記録です。
Q7:山根視来のプレースタイルの特徴は何ですか?
A7:攻撃参加に優れた右サイドのディフェンダーです。味方との連係、前線への推進力、アタッキングサードでの質の高さが特徴です。湘南時代に曺貴裁監督から守備的なポジションへの転向を提案されたことが、現在のプレースタイルの原点になっています。
山根視来は、湘南ベルマーレでプロキャリアをスタートさせ、川崎フロンターレで日本を代表する右サイドの選手へと成長した。
2022年にはカタールW杯に出場し、2024年からはLAギャラクシーで海外挑戦を経験。MLSカップ優勝という実績を残した後、2026年8月に浦和レッズへ完全移籍した。
同年10月10日にはJ1通算200試合出場も達成している。
山根のキャリアで特に印象的なのは、攻撃的な選手からディフェンダーへと役割を変え、その変化を成長につなげてきたことだ。
曺貴裁監督によるコンバート、川崎でのタイトル獲得、日本代表入り、海外挑戦という経験は、現在のプレースタイルと選手としての成熟を形作っている。
2026年11月現在、浦和レッズでの新しい挑戦は続いている。今後は攻撃参加の質、守備の安定感、そして豊富な経験をチームの勝利にどれだけ結びつけられるかが注目される。
J1通算200試合はキャリアの到達点であると同時に、新しい歴史を作るための通過点でもある。32歳の山根視来が浦和レッズでどのような存在感を示していくのか、引き続き注目したい。
主な事実確認資料
- 浦和レッズ公式:2026年8月17日の完全移籍発表、選手プロフィール、加入会見。
- 浦和レッズ公式:2026年10月10日のJ1通算200試合達成記録。
- Jリーグ公式:選手プロフィール・2026年11月2日更新の出場記録。
- 川崎フロンターレ公式:2020~2023年の在籍記録と2024年の海外移籍発表。
- LAギャラクシー公式:2024年1月の獲得発表と契約情報。
- JFA公式:カタールW杯・コスタリカ戦の出場記録。