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【高校時代】桐蔭学園サッカー部でレギュラーMFを務めた実力

伊部 拓海 伊部 拓海 • 更新: • 公開: • 読了約 15 分
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水嶋ヒロのサッカー経歴を語るうえで欠かせないのが、神奈川県の名門・桐蔭学園で過ごした高校時代だ。

水嶋は中学・高校時代を通じてサッカーに取り組み、高校3年生では全国高校サッカー選手権大会に出場した。ポジションはMF(ミッドフィルダー)。しかも、ベンチ入りだけではなく、レギュラーとして全国大会の舞台に立っている。

この事実は、2019年7月17日公開のForbes JAPANのインタビューでも本人の経歴として紹介されている。

プロサッカー選手を目指していた高校時代

水嶋本人はインタビューで、子どもの頃からサッカー選手になることを目標にしていたと語っている。

単に部活動としてサッカーを楽しんでいたのではなく、プロ入りを具体的な目標にしていた点が重要だ。

加えて、2020年の公式ブログでは、中学生時代にドリブル技術を磨くため、全体練習後も自主練習を続けていたことを振り返っている。血豆ができるほど反復練習を重ね、相手を抜く技術にこだわっていたという。

こうした本人の振り返りからは、技術習得に対する強い意欲が伝わってくる。

水嶋ヒロのサッカー実力をどう評価するべきか

評価の要点は3つある。

- 強豪校として知られる桐蔭学園のサッカー部に所属していたこと。
- 高校3年時に全国大会のレギュラーMFとして出場したこと。
- 全国ベスト4というチーム成績を残したこと。

高校サッカーの全国大会は、各地域の予選を勝ち抜いた強豪校が集まる舞台だ。その大会で主力としてプレーした経歴は、一般的なサッカー経験者とは明確に異なる。

ただし、全国ベスト4という実績はチームとしての成績であり、水嶋個人が全国大会の得点王や大会MVPだったという意味ではない。

正確な評価は「全国レベルの強豪校でレギュラーを務めた、本格的な競技経験者」だ。

プロ選手としての実績と混同せず、高校年代での実力を評価することが大切になる。

【第81回全国高校サッカー選手権】国見高校との激闘とベスト4の実績

水嶋ヒロサッカー

水嶋ヒロのサッカー経歴で特に注目されるのが、2002年度の第81回全国高等学校サッカー選手権大会だ。

大会は2002年12月30日に開幕し、2003年1月13日に決勝を迎えた。

桐蔭学園は準々決勝で福島東高校をPK戦の末に下し、準決勝へ進出。国立競技場で長崎県代表の国見高校と対戦した。

2003年1月7日、国見高校との準決勝

準決勝の相手は、全国屈指の強豪として知られた国見高校だった。

国見には、後に日本代表でも活躍する平山相太らが在籍。高校サッカー界で圧倒的な存在感を放っていたチームである。

試合結果は次のとおり。


第81回全国高校サッカー選手権大会・準決勝


国見


長崎県


2-1


2003年1月7日


桐蔭学園


神奈川県


前半
国見 1-0 桐蔭学園


後半
国見 1-1 桐蔭学園

出典:日本テレビ・第81回大会準決勝記録

国見高校が2対1で勝利し、桐蔭学園は決勝進出を逃した。

この試合の結果は、日本テレビが公開している当時の大会速報でも確認できる。また、フォート・キシモトのスポーツ写真アーカイブには、2003年1月7日の国見対桐蔭学園の準決勝と、水嶋ヒロの本名である齋藤智裕の記録が残されている。

水嶋ヒロと平山相太の関係


国見高校時代に全国高校サッカー選手権で活躍した大型FW。後にプロ選手となり、日本代表にも選出された。

平山相太は高校サッカー界で「怪物」と呼ばれた存在だった。

第81回大会でも国見高校の中心選手として注目を集めており、桐蔭学園にとっては非常に厳しい対戦相手だった。

この時代の国見高校には、平山のほかにも後にプロへ進む選手が在籍していた。水嶋が高校時代に経験した全国大会は、将来の日本サッカー界を担う選手たちが集まる競争の激しい舞台だったのである。

水嶋ヒロの高校サッカー経歴・年表

大会実績とその後の進路を整理すると、次のようになる。

時期 出来事・経歴 中学時代 サッカーに打ち込み、ドリブルなどの個人技術も磨く 高校時代 桐蔭学園サッカー部に所属。プロ選手を目指す 高校3年 レギュラーMFとして第81回全国高校サッカー選手権大会に出場 2003年1月7日 国見高校との準決勝で1対2。全国ベスト4 大学時代 慶應義塾大学環境情報学部へ進学。卒業後は俳優・事業活動へ 2019年 サッカーから離れて14年以上と公式ブログで振り返る 2020年3月 約15年ぶりのサッカー動画を公開

出典:水嶋ヒロ公式プロフィール、Forbes JAPAN、本人公式ブログ、大会記録。

ここで押さえておきたいのは、水嶋ヒロの全国ベスト4は第81回大会の実績であるという点だ。大会年度と開催年がまたがるため、第82回大会と取り違えないようにしたい。

【サッカー引退理由】プロへの夢を断念させた高校時代の怪我

水嶋ヒロがプロサッカー選手にならなかった理由について、本人は明確に語っている。

その理由は、実力不足ではなく怪我だった。

2019年のForbes JAPANのインタビューでは、プロを目指していたものの、怪我によってプロ選手にはなれなかったと説明している。

本人の言葉からも、サッカーが単なる学生時代の趣味ではなく、人生の大きな目標だったことが分かる。

怪我によって変わった人生の進路

水嶋は2020年3月26日の公式ブログでも、高校時代までの競技生活を振り返っている。

そこで語ったのが、怪我によって選手としての道を失った経験だった。

選手として怪我で潰れたことが、俺にとっては良かったんだけどね。

出典:水嶋ヒロ公式ブログ「サッカーVlog vol.2 いろいろ思い出す」(2020年3月26日)

この言葉には、競技人生を断念した悔しさだけでなく、その後の人生を肯定する気持ちも表れている。

高校時代に全国大会の舞台まで到達し、プロを目標にしていたからこそ、怪我による進路変更は大きな転機だったはずだ。

慶應義塾大学への進学と新たなキャリア


環境情報学部

水嶋ヒロは高校卒業後、慶應義塾大学環境情報学部に進学し、卒業している。

大学卒業後の経歴は、サッカー選手ではなく俳優としての道へ移っていく。

2005年から俳優として活動し、2006年には『仮面ライダーカブト』で主演の天道総司を演じた。その後も『花ざかりの君たちへ〜イケメンパラダイス〜』『メイちゃんの執事』『BECK』などに出演している。

2010年公開の映画『BECK』では、音楽に情熱を注ぐ南竜介を演じた。

スポーツで培った集中力や目標に向かって努力する姿勢が、別の分野でのキャリア形成にもつながったと見ることができる。

【約15年ぶりのサッカー動画】2020年に披露したプレーの内容

水嶋ヒロのサッカー経歴が再び話題になったきっかけは、2020年3月に自身のYouTubeチャンネルで公開した動画だった。

タイトルは「Played Football, first time in 15yrs - ちゃんと蹴るの15年ぶり」。

高校時代以来、長いブランクを経てボールを蹴る姿を公開したのである。

15年ぶりのプレーで見せたドリブル

2020年3月20日ごろに公開されたVol.1に続き、3月26日にはVol.2が公開された。

動画では、久しぶりにサッカーをする水嶋が、1対1の状況でドリブルを仕掛ける場面などが収録されている。

特に興味深いのは、本人がプレー中に中学生時代の練習を思い出したと振り返っていることだ。

単に懐かしさからボールを蹴ったというより、かつて真剣に取り組んでいた技術や感覚が、久しぶりのプレーを通じてよみがえったようだ。

本人が明かしたブランクと体力の変化

一方、動画は現役時代のような動きを再現するものではなかった。

本人は公式ブログで、想像以上に身体が動かず、撮影後には強い筋肉痛にも襲われたと報告している。

また、Vol.2ではVol.1よりも負荷の高い動きに挑戦し、かなり疲れたことも明かしていた。

ここで重要なのは、動画の目的がプロ復帰や競技復帰ではなかったことだ。

あくまでも長いブランクを経て、サッカーを楽しむ姿を公開した企画だった。

動画から分かる水嶋ヒロのサッカーへの思い

本人は、当時の練習を振り返りながら、サッカーを楽しむことや一緒にプレーする仲間への感謝についても語っている。

高校時代はプロを目指し、自分自身に厳しいプレッシャーをかけていた。

しかし、15年ぶりのプレーを通じて、当時とは異なる視点からサッカーを振り返る機会になったようだ。

この動画の価値は、現在の技術を証明することよりも、かつて本気で競技に取り組んでいた人物のサッカーへの愛情を伝えている点にある。

【2026年最新】水嶋ヒロの現在の活動とサッカーとの接点

2026年11月現在、水嶋ヒロの活動は俳優業だけにとどまらない。

公式プロフィールでは、慶應義塾大学卒業後の俳優活動に加え、会社経営、コンテンツの企画・制作・プロデュース、投資などを活動領域として紹介している。

俳優から経営・プロデュースの分野へ

水嶋は2009年に株式会社A stAtionを設立。その後、2016年には株式会社3rd i connectionsを立ち上げ、代表取締役CEOに就任した。

加えて、企業のCLOやブランディングディレクター、コンテンツプロデューサーなどを務めてきた。

公式プロフィールには、国内外のベンチャー企業への投資活動も記載されている。

2025年10月の週刊女性PRIMEの報道では、AI関連スタートアップの若手経営者との面談を通じて、エンジェル投資家として活動する姿も紹介された。

俳優として培った知名度だけに頼るのではなく、事業や新しいビジネスへの挑戦を続けていることがうかがえる。

仮面ライダーカブト20周年と2026年の出演情報

2026年は、かつて水嶋が主演した『仮面ライダーカブト』の放送20周年にあたる。

東映は2026年4月3日、完全新作のVシネクスト『仮面ライダーカブト20th 天を継ぐもの』を発表した。

作品は2026年11月6日から期間限定上映。発表された主要キャストには佐藤祐基、徳山秀典、加藤和樹、弓削智久、山口祥行、本田博太郎らが名を連ねている。

ただし、東映の発表した主要キャスト一覧には水嶋ヒロの名前は掲載されていない。20周年作品の発表と本人の出演を混同しないことが必要だ。

サッカー選手としての活動は再開している?

2020年には15年ぶりのサッカー動画を公開したが、その後、プロ選手や競技者として復帰したという公式発表は確認できない。

本人の公式ブログでも、動画公開当時は久しぶりのプレーを楽しむ様子が中心だった。

したがって、2026年現在の水嶋ヒロについては、サッカー経験を持つ俳優・実業家であり、競技者として現役復帰したわけではないと整理するのが適切だ。

【よくある質問】水嶋ヒロのサッカーに関するFAQ

Q1:水嶋ヒロは本当にサッカーが上手かったのですか?

水嶋は桐蔭学園サッカー部のレギュラーMFとして、第81回全国高校サッカー選手権大会に出場しています。全国ベスト4という実績もあり、全国レベルの競技経験を持っていたことは確かです。

Q2:水嶋ヒロの高校時代のポジションは何ですか?

MF(ミッドフィルダー)です。高校3年時にレギュラーとして全国高校サッカー選手権大会に出場しました。

Q3:桐蔭学園は国見高校に勝ったのですか?

いいえ。2003年1月7日の準決勝で国見高校と対戦し、1対2で敗れました。国見高校には平山相太が在籍していました。

Q4:水嶋ヒロがサッカーを辞めた理由は何ですか?

本人によると、怪我が原因です。プロを目指していましたが、怪我によって選手としての道を断念しました。

Q5:水嶋ヒロは慶應義塾大学でもサッカーを続けましたか?

慶應義塾大学環境情報学部を卒業しています。公表されている経歴では、大学卒業後は俳優や事業活動が中心で、競技を継続した経歴は確認できません。

Q6:約15年ぶりのサッカー動画はいつ公開されましたか?

2020年3月です。「Played Football, first time in 15yrs」というタイトルでVol.1とVol.2が公開されました。

Q7:水嶋ヒロは2026年現在もサッカーをしていますか?

2026年11月現在、競技者として現役復帰したという公式発表はありません。2020年の動画は、長いブランクを経てサッカーを楽しむ企画でした。

水嶋ヒロのサッカー経歴を振り返ると、芸能人の趣味や学生時代の部活動という言葉だけでは説明できない、本格的な競技経験が見えてくる。

特に押さえておきたいのは、次の5点だ。

- 桐蔭学園のサッカー部で高校時代を過ごした。
- ポジションはMFで、高校3年時にはレギュラーとして全国大会に出場した。
- 第81回全国高校サッカー選手権大会でチームはベスト4に進出した。
- プロ選手を目指していたが、怪我によって競技人生に区切りをつけた。
- 2020年には約15年ぶりにサッカーをプレーする動画を公開した。

水嶋ヒロのサッカー実力を評価する際に重要なのは、全国大会での実績と本人が語った競技への取り組みを正しく見ることだ。

プロ選手になったわけではない。しかし、全国大会のレギュラーとして国立競技場のピッチに立ち、プロを本気で目指した経験は紛れもない事実である。

2026年現在、活動の中心は俳優・経営・プロデュースなどへ広がっている。それでも、本人の言葉や15年ぶりのプレー動画には、サッカーに人生を懸けた青春時代の記憶が残っている。

水嶋ヒロのサッカー経歴は、夢を追い、怪我で進路を変え、それでも新しい目標へ挑戦し続ける一人の人物の歩みとして興味深い。

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コンテンツディレクター 伊部 拓海
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映画・ドラマ担当。公開資料と一次報道を照合し、ネタバレの扱いには線引きルールを設けています。

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