2026年現在、テレビで圧倒的な存在感を放つマツコ・デラックス。歯に衣着せぬ発言と独特のファッション、鋭い観察眼で知られるが、若い頃は美容専門学校で学び、美容師として働いた後、ゲイ雑誌『Badi』の編集者として活動していた。実は、女装を始めたのもテレビで有名になるよりずっと前のことだ。
マツコ本人の発言や文春オンライン、スポニチ、双葉社などの報道をたどると、小学生時代の初めての女装、高校3年生での本格的な女装、美容師時代、編集者としての活動、作家・中村うさぎとの出会いという転機が見えてくる。加えて、ネットで話題になる若い頃の写真についても、本人が語った写真事情と、実際に出版物や報道で確認できる画像を区別して整理する。
【マツコ・デラックスの若い頃】学生時代はどんな人物だった?

マツコ・デラックスは1972年10月26日生まれ、千葉県出身のタレント・コラムニスト。2026年11月現在、54歳になる。
現在の華やかな女装姿からは想像しにくいが、幼少期から化粧やファッション、美しいものへの関心が強かった。
小学校4年生で初めて女装を経験2022年10月26日公開の文春オンラインの記事では、マツコの幼少期について、小学校4年生の学芸会で女装したエピソードが紹介されている。
当時のマツコは、周囲から自分がどう見られているかを強く意識していた。体型を含め、自分が周囲とは違う存在だと感じていたこともあり、学芸会で女装して歌うという選択をした。
この経験は周囲から好評だったという。
本人にとって、女装は単に女性の格好をすることではなく、自分の個性を周囲に認識してもらうための表現でもあった。
高校時代は木村拓哉と同じ学校マツコの学生時代でもう一つ知られているのが、木村拓哉との高校時代の接点だ。
2人は千葉県内の同じ高校に通っていた時期がある。
文春オンラインによると、木村拓哉はマツコの本名を覚えており、後年の再会時に当時のことを思い出したという。
ただし、2人は同じクラスになったことはなく、木村は1年で東京の定時制高校へ転校している。したがって、親しい同級生だったというイメージは正確ではない。
高校時代のマツコは、周囲の期待や視線を敏感に感じ取りながら、自分の立ち位置を探していた時期でもあった。
【マツコはいつから女装を始めた?】高校3年生で本格化した理由
マツコ・デラックスの若い頃を調べる際、特に関心を集めるのが女装を始めた時期だ。
ここで押さえておきたいのは、初めて女装した時期と、本格的に女装家として活動し始めた時期は異なるという点である。
小学生時代から化粧品に興味を持っていた2022年12月、TBSラジオ『コシノジュンコ MASACA』に出演したマツコは、コシノジュンコから化粧や女装を始めた時期について質問された。
その際、小学生時代から母親の鏡台にあった資生堂の化粧品を使い、紅をさしていたと振り返った。
特に関心を持っていたのが、資生堂の広告や化粧品のビジュアルだった。
友人が化粧品店の娘だったこともあり、アイドルではなく化粧品のポスターを欲しがっていたというエピソードも紹介されている。
本格的な女装は高校3年生ごろスポニチが報じたラジオでの本人の説明によると、完全に女装を始めたのは10代後半ごろだった。
完全に女装しだしたのは十代後半くらい
高校3年生ごろには、コンビニのトイレで女性の服に着替え、メイクをしてからクラブへ出かけていた。
文春オンラインの記事では、当時通っていた場所として、東京・芝浦にあった伝説的なクラブ「芝浦GOLD」が挙げられている。
高校生の段階で、すでに自分の見せ方やメイク、ファッションを積極的に研究していたことが分かる。
女装と性自認は同じ意味ではないもう一つ重要なのが、女装を始めたことと、自分の性的指向や性自認を認識した時期を混同しないことだ。
文春オンラインの記事では、マツコが自分の性的指向を認識したのは20歳ごろで、女装を始めた時期とは異なると紹介されている。
また、本人もラジオで、女装していることと女性になったことを区別して説明している。
女装はマツコにとって、自分の美意識や個性を表現する方法の一つだった。
【東京マックス美容専門学校から美容師へ】若い頃の職業と転身の理由
マツコの若い頃の経歴で意外に感じられるのが、美容業界で働いていたことだ。
双葉社の人物紹介では、出身校として東京マックス美容専門学校が記載されている。
美容専門学校で美容技術を学ぶ高校卒業後、マツコは美容専門学校へ進学した。
文春オンラインによると、美容の専門学校には約1年間通っていた。
当時からメイクやファッションに関心があったマツコにとって、美容分野への進学は自然な選択だったと考えられる。
現在のテレビで見せる華やかなヘアメイクにも、こうした若い頃の経験がつながっている。
美容師として働いたものの違和感を覚える専門学校卒業後は、美容師のインターン、実習生として働いた。
2015年3月のRBB TODAYの報道では、マツコ本人が『マツコ&有吉の怒り新党』で自身の経歴を振り返り、美容専門学校卒業後に美容師のインターンを経験したと説明している。
しかし、実際に働くなかで、自分が本当にやりたいことなのかという疑問を持つようになった。
その後、テレビに出演していたゲイのアクティビストの姿に影響を受け、文章を書く仕事に関心を持つ。
美容業界から出版業界へ進路を変えたのは、この時期だった。
美容師としての経験は、マツコの人生において遠回りだったわけではない。
化粧、衣装、ヘアスタイル、視覚的な印象を理解する基礎を身につけた経験は、その後の女装家としての活動にも生かされていく。
【マツコのBadi編集者・松風時代】テレビ出演前の知られざる経歴
美容師の仕事を離れたマツコは、ゲイ雑誌『Badi(バディ)』を発行していたテラ出版の編集部に入った。
この時期は、現在のテレビタレントとしてのマツコを理解するうえで欠かせない時代だ。
ゲイ雑誌『Badi』で記者・編集者として働く1990年代は、ゲイカルチャーや同性愛を取り巻く情報発信が広がっていた時代でもある。
『Badi』は、ゲイのライフスタイルや文化、社会的なテーマを扱う雑誌だった。
マツコは20代半ばごろから同誌の編集部員となり、記者や編集者として働いた。
withnewsの記事では、編集部に約5年間勤めたと紹介されている。
加えて、文章を書く仕事だけでなく、ドラァグクイーンとしての活動も並行していた。
「松風」と名乗っていた編集者時代Smart FLASHの2018年の記事では、マツコが編集者時代に「松風」という名前を使っていたと紹介されている。
当時の写真では、現在のアップスタイルとは異なり、短髪の姿も確認できる。
現在の華やかなテレビ用の姿とは違い、編集者として働く一人の若者だった。
この時代のマツコには、文章を書く能力と、物事を独自の視点で切り取る能力がすでに備わっていた。
マツコ・デラックスの若い頃の経歴年表これまでの報道や本人の発言を整理すると、次のようになる。
| 時期 | 出来事 | 主なポイント |
|---|---|---|
| 小学校4年生ごろ | 初めての女装 | 学芸会で女装して歌う |
| 高校3年生ごろ | 本格的な女装 | メイクをして芝浦GOLDへ通う |
| 高校卒業後 | 美容専門学校へ進学 | 東京マックス美容専門学校で学ぶ |
| 卒業後 | 美容師の仕事 | インターン・実習を経験 |
| 20代半ばごろ | Badi編集部に入る | 記者・編集者として約5年間活動 |
| 2000年ごろ | テレビ出演 | フジテレビ系『エブナイ』に出演したと報じられる |
| 2001年 | 中村うさぎとの対談 | 『人生張ってます』に登場 |
| 2002年 | 初の著書を出版 | 『アタシがマツコ・デラックス!』刊行 |
| 2005年 | 『5時に夢中!』出演 | テレビでの知名度を広げる転機 |
| 2026年 | 54歳 | 休養を経てテレビ活動に復帰 |
なお、年齢や時期について資料によって多少の表現の違いがあるため、学生時代や編集者時代は年代の目安として整理している。
【中村うさぎとの出会いが転機】マツコがテレビ出演するまでの経緯
マツコ・デラックスの人生を大きく変えた人物として知られるのが、作家の中村うさぎだ。
2人の出会いは、マツコがまだ一般的には無名だった時代にさかのぼる。
中村うさぎがマツコの文章に注目中村うさぎは、パートナーが定期購読していた『Badi』を通じてマツコの文章を知った。
2023年9月のReal Soundのインタビューで、中村自身が当時の出会いについて語っている。
中村はマツコの文章のファンで、知り合いの編集者に頼んで本人を紹介してもらったという。
当時、マツコはドラァグクイーンの世界では知られた存在だったが、一般社会ではまだ広く知られていなかった。
中村が注目したのは、独特の存在感だけではない。
文章の切り口や、物事を見る角度が非常に面白かったことも大きかった。
対談集『人生張ってます』への出演中村うさぎは、マツコを自身の対談集『人生張ってます-無頼な女たちと語る』の対談相手に指名した。
同書は2001年に刊行され、マツコは女装ライターとして登場している。
中村はその後、マツコにエッセイを書くことを勧めた。
こうして2002年には、マツコにとって最初の著書となる『アタシがマツコ・デラックス!』が出版された。
中村は2023年のインタビューでも、マツコの文章の面白さを高く評価していたことを振り返っている。
テレビ初出演と『5時に夢中!』の転機は別マツコのテレビ出演については、2つの出来事を区別すると分かりやすい。
一つ目は、2000年ごろのフジテレビ系深夜番組『エブナイ』への出演だ。
2020年の『5時に夢中!』で本人が語ったエピソードとして報じられた内容によると、女装仲間が用意していた出演者の一人が急きょ出演できなくなり、マツコが代役として呼ばれたという。
つまり、最初のテレビ出演は計画的な芸能界入りというより、仲間からの突然の誘いがきっかけだった。
二つ目が、2005年に始まったTOKYO MXの『5時に夢中!』だ。
マツコはミッツ・マングローブを通じて、当時の番組司会者だった徳光正行とつながりを持っていた。
番組出演者の急な欠席を受け、徳光正行から紹介されたマツコに出演依頼が届いた。
当初は代役だったものの、番組での存在感やコメントが評価され、その後レギュラー出演へとつながっていった。
この経緯は、番組プロデューサーへのインタビューや、マツコ本人の過去の発言でも伝えられている。
中村うさぎとの出会いが文章を書く仕事を広げ、ミッツ・マングローブらとのつながりがテレビ出演の機会を生み出した。
この2つの転機が重なったことが、現在のマツコにつながっている。
【マツコ・デラックスの若い頃の写真】女装写真は本当に残っていない?
検索で「マツコ・デラックス 若い頃 写真」と調べると、短髪の姿や金髪姿、現在とは違うメイクの写真などが見つかる。
なかには高校時代や20代の写真として紹介される画像もある。
では、実際にどこまで確認できるのだろうか。
本人は若い頃の写真が少ないことを後悔2022年7月29日放送のテレビ朝日系『マツコ&有吉 かりそめ天国SP』で、マツコは若い頃の写真がほとんど残っていないことを明かした。
当時は周囲が写真を撮っていても、その必要性を感じていなかったという。
特に後悔していたのが、女装を始めた頃の写真だった。
当時のメイクやファッションを、今になって見返してみたいという思いがあると語っていた。
一方、幼少期に両親が撮影した写真や、学生時代の運動会の写真は残っており、久しぶりに見返すことで当時の記憶がよみがえったとも話している。
つまり、若い頃の写真が一切存在しないという意味ではない。日常のスナップ写真が十分に残っていないことと、仕事で撮影された写真が存在することは分けて考える必要がある。
雑誌に掲載された若い頃の写真は確認できる若い頃の姿を確認できる資料として参考になるのが、週刊誌などの写真アーカイブだ。
2020年10月14日公開の週刊女性PRIMEの記事には、次のような写真が掲載されている。
- 週刊女装で活動していた頃のマツコ
- 2005年の『週刊女性』の企画に登場した金髪姿
- 現在のテレビ用スタイルとは異なるヘアメイクの写真
特に2005年の金髪姿は、掲載時期が明確になっている写真資料の一つだ。
また、文春オンラインの記事にも、現在のアップスタイルが定着する以前の写真についての解説がある。
こうした写真を見比べると、若い頃は髪を下ろしたスタイルや短髪など、現在とは異なる外見で活動していたことが分かる。
ネットで出回る昔の写真の真相ネット上には、マツコの若い頃として紹介される画像が数多く存在する。
しかし、画像には次のような違いがある。
| 写真の種類 | 確認できること | 注意点 |
|---|---|---|
| 週刊誌掲載写真 | 当時の活動や外見 | 掲載時期を確認する |
| 2005年の金髪写真 | 『週刊女性』企画時の姿 | 高校時代の写真ではない |
| 編集者時代の写真 | 短髪など現在と異なる姿 | 撮影年の確認が必要 |
| 高校時代とされる画像 | ネット上で紹介される写真 | 元の卒業アルバムなどの裏付けが必要 |
| 出典不明のSNS画像 | 見た目の比較材料 | 本人と撮影年代を断定できない |
特に注意したいのが、現在の写真に似ているという理由だけで、ネット上の画像を本人の高校時代や美容専門学校時代の写真だと判断してしまうことだ。
写真を確認するときは、元の雑誌名、掲載年月、撮影時期、写真のクレジットが重要になる。
若い頃と現在のマツコを比較すると何が違う?若い頃と現在のマツコを比較すると、最も目立つ変化はヘアメイクとテレビでの見せ方だ。
若い頃は短髪や髪を下ろしたスタイル、金髪など、さまざまな外見で活動していた。
現在は、ボリュームのあるアップスタイルや印象的なメイク、ドレスなどを組み合わせたスタイルが定着している。
ただし、変わったのは外見だけではない。
美容専門学校で学んだ技術、雑誌編集者として培った視点、ドラァグクイーンとして経験したステージ表現が、現在のテレビでのキャラクター形成にもつながっている。
若い頃の写真は、単なる容姿の比較資料ではなく、マツコがどのように自分の表現方法を確立してきたかを知る手掛かりでもある。
【マツコ・デラックスの2026年現在】54歳の活動と若い頃からの変化
1972年10月26日生まれのマツコは、2026年11月現在54歳。
長年テレビで活躍してきたが、2026年には一時的な休養も経験した。
2026年は首の手術で一時休養2026年2月、マツコは首の手術を受けるため入院し、テレビ出演を休んだ。
スポニチなどの報道によると、首の脊髄が圧迫され、手などにしびれが出たことから手術を受けることになったという。
その後、4月13日にTOKYO MX『5時に夢中!』の生放送へ約10週間ぶりに復帰した。
さらに5月にはTBS『マツコの知らない世界』にも出演している。
約2カ月の休養を経て、テレビでの活動を再開したことが報じられた。
2026年11月もテレビ番組に出演2026年11月上旬の番組表では、次の番組への出演が確認できる。
- 『5時に夢中!』
- 『月曜から夜ふかし』
- 『マツコの知らない世界』
- 『週刊さんまとマツコ』
TBS公式の『マツコの知らない世界』番組ページでも、マツコがMCとして出演する最新回の情報が掲載されている。
若い頃に美容や雑誌編集、ドラァグクイーンとして経験を積み重ねてきたマツコは、54歳となった2026年もテレビの第一線で活動を続けている。
【マツコ・デラックスの若い頃】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:マツコ・デラックスが女装を始めたのは何歳ごろ?
A1:初めて女装したのは小学校4年生ごろ。化粧やファッションに関心を持ち、本格的に女装を始めたのは高校3年生ごろと本人や報道で紹介されている。
Q2:マツコ・デラックスは東京マックス美容専門学校の卒業生?
A2:はい。双葉社の人物紹介では、東京マックス美容専門学校の卒業生とされている。卒業後は美容師の実習・仕事を経験し、その後、ゲイ雑誌『Badi』の編集者へ転身した。
Q3:マツコ・デラックスの若い頃の女装写真は残っている?
A3:雑誌やテレビなどで撮影・公開された若い頃の写真は存在する。週刊女性PRIMEには、週刊女装で活動していた頃や2005年の金髪姿が掲載されている。一方、本人は女装を始めた頃の日常写真がほとんど残っていないことを後悔している。
マツコ・デラックスの若い頃を振り返ると、現在のテレビでの姿は突然生まれたものではないことが分かる。
小学校時代に経験した女装、高校3年生での本格的な女装、美容専門学校での学び、美容師としての仕事、そしてゲイ雑誌『Badi』の編集者時代。これらの経験が重なり、現在のマツコという存在を形づくってきた。
特に重要なのは、編集者として文章を書く力を磨いていたことだ。
中村うさぎがマツコの文章に注目し、対談や出版を後押ししたことは、芸能界で知られるようになる大きな転機となった。
また、若い頃の写真については、本人が語った私的な写真の少なさと、雑誌などに残された仕事上の写真を区別することが大切だ。
マツコの若い頃を理解する最大の要点は、外見の変化だけでなく、美容・文章・ステージ表現という異なる経験が現在の個性に結びついていることだ。
2026年に54歳を迎えたマツコ。若い頃から変わらない独自の視点と、長年の経験で磨かれた表現力が、今も多くの視聴者を惹きつけている。
主な参考資料: 文春オンライン、withnews、Real Sound、スポニチアネックス、双葉社「THE CHANGE」、RBB TODAY、週刊女性PRIME、TBSテレビ公式番組情報。