映画『愛がなんだ』は、好きな人のためなら仕事も友人も後回しにしてしまう女性・テルコと、彼女を恋愛対象として見ていない男性・マモルの関係を描いた2019年公開の恋愛映画です。岸井ゆきのと成田凌が演じる、近づいているようで決して交わらない2人の距離感は、一般的な恋愛映画とは異なる生々しさを生み出しました。
原作は直木賞作家・角田光代の同名小説。今泉力哉監督が映画独自の展開と結末を加え、片思い、執着、自己犠牲、報われない愛情を繊細に描いています。2026年現在も、恋愛における「好きなら一緒にいたい」という感情の危うさを考えさせる作品です。あらすじや結末の意味、テルコとマモルの関係、原作との違い、出演者の演技や映画の評判まで詳しく解説します。
- 作品の基本情報: 2019年4月19日公開、上映時間123分。角田光代の小説を今泉力哉監督が映画化。
- 最大の見どころ: 岸井ゆきのと成田凌が表現する、片思いと都合のいい関係のリアル。
- 結末の意味: ラストの象のシーンは、テルコの執着やマモルへの思いを象徴する重要な場面。
- 原作との違い: 映画ではナカハラや葉子の描写が広がり、原作にはない独自のラストが加わった。
- 評価と実績: 東京国際映画祭コンペティション部門に選出され、岸井ゆきのは第43回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。
【作品情報】映画『愛がなんだ』のあらすじ・キャスト・制作背景

『愛がなんだ』は、好きな相手に尽くすことが愛情なのか、それとも自分自身を見失うことなのかという問いを投げかける恋愛群像劇です。
監督を務めたのは、日常の会話や男女の微妙な心理的距離を描くことで知られる今泉力哉。原作は角田光代が2003年に発表した恋愛小説です。映画では岸井ゆきのを主演に迎え、成田凌、深川麻衣、若葉竜也、江口のりこらが出演しています。
作品は2018年10月、第31回東京国際映画祭のコンペティション部門に選出され、公式上映されました。その後、2019年4月19日に全国公開されています。
基本情報一覧| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 愛がなんだ |
| 公開日 | 2019年4月19日 |
| 上映時間 | 123分 |
| ジャンル | 恋愛・ヒューマンドラマ |
| 原作 | 角田光代『愛がなんだ』 |
| 監督 | 今泉力哉 |
| 脚本 | 澤井香織・今泉力哉 |
| 主演 | 岸井ゆきの |
| 共演 | 成田凌、深川麻衣、若葉竜也、江口のりこ |
| 音楽 | ゲイリー芦屋 |
| 主題歌 | Homecomings「Cakes」 |
| 配給 | エレファントハウス |
出典:日本映画データベースJFDB、映画.com、制作会社アニモプロデュース。
主要キャストと登場人物の関係
山田テルコ/岸井ゆきの
マモルに一目ぼれした28歳の会社員。彼のためなら自分の生活を犠牲にすることもいとわない。物語の主人公。
田中マモル/成田凌
テルコが思いを寄せる男性。テルコに親しげに接するものの、恋愛感情は持っていない。すみれに好意を抱いている。
葉子/深川麻衣
テルコの友人。マモルとの関係にのめり込むテルコを心配する存在であり、物語の恋愛関係に別の視点を持ち込む。
ナカハラ/若葉竜也
葉子に思いを寄せる男性。テルコと同じように、好きな相手との関係が思いどおりにならない苦しさを抱えている。
すみれ/江口のりこ
マモルが好意を寄せている女性。テルコとマモルの関係に影響を与える重要人物。
この5人の配置が作品の重要な特徴です。テルコとマモルだけを見ると一方的な片思いですが、葉子とナカハラ、マモルとすみれの関係まで視野を広げると、登場人物それぞれが異なる形の報われない恋愛を抱えていることが分かります。
【あらすじ】テルコはなぜマモルにそこまで夢中になるのか?
ここでは物語の前半を中心に、テルコとマモルの出会いから関係が変化していく過程を整理します。
マモルとの出会いですべてが変わったテルコ主人公の山田テルコは28歳の会社員。ある日、田中マモルに一目ぼれします。それ以来、彼女の生活はマモルを中心に回り始めます。
仕事中でもマモルから連絡があれば対応し、呼び出されれば予定を変更して会いに行く。会社での評価や自分の時間よりも、マモルと一緒にいられることを優先するようになります。
周囲から見れば明らかに行き過ぎた行動ですが、テルコ本人にとっては苦痛ばかりではありません。マモルから連絡が来るだけで幸せを感じ、少しでも一緒に過ごせれば満足してしまうのです。
マモルにとってテルコは恋愛対象ではなかった問題は、テルコの気持ちとマモルの気持ちが一致していないことです。
マモルはテルコと一緒に過ごし、時には親密な時間を共有します。しかし、テルコと恋人になることを望んでいるわけではありません。彼が思いを寄せているのは、すみれです。
テルコはマモルにとって気軽に会えて、自分を受け入れてくれる存在になっています。テルコが期待する関係と、マモルが求める関係には大きな隔たりがあります。
それでもテルコは関係を断ち切れません。恋人ではないことを理解しながらも、会える可能性が残っているなら、その可能性を手放したくないからです。
葉子とナカハラが映し出す、もう一つの片思い物語が進むと、葉子とナカハラの関係も重要になってきます。
ナカハラは葉子に思いを寄せていますが、葉子との関係も簡単には進みません。テルコがマモルに尽くすように、ナカハラも葉子とのつながりを維持しようとします。
ここで映画は、単純な「好きな女性を追いかける男性」と「好きな男性を追いかける女性」という対比を超えていきます。人は自分が誰かに執着しているとき、その相手からどう見られているのかを正確に理解できないことがあります。
登場人物たちの恋愛は、誰か一人が完全な悪者になる構図ではありません。それぞれが自分なりの幸福を求めながら、別の誰かを傷つけてしまう。その不均衡こそが、この映画の苦みです。
【テルコとマモルの関係】恋愛なのか、それとも執着なのか?
『愛がなんだ』を理解するうえで避けて通れないのが、テルコの感情をどう捉えるかという問題です。
彼女はマモルを好きだから一緒にいたいのでしょうか。それとも、マモルに必要とされる自分でいることを望んでいるのでしょうか。この2つは似ているようで、実際には大きく違います。
1. 好きな人のために自分を後回しにするテルコはマモルの都合に合わせることを苦にしません。自分の予定を変更し、仕事に支障が出ても、マモルと会うことを優先します。
一見すると献身的な愛情ですが、そこには相手との対等な関係がありません。マモルが何を望んでいるのかだけでなく、自分が何を望んでいるのかを考える時間まで失っていくからです。
2. 相手からの小さな反応を大きな希望に変えてしまうテルコにとって、マモルからの連絡や何気ない優しさは非常に大きな意味を持ちます。
しかし、マモルにとっては特別な意味を持たない行動可能性があります。恋愛感情が同じ方向を向いていないとき、何気ない言葉や行動の受け取り方に大きな差が生まれます。
この温度差を、映画は説明的なセリフではなく、会話の間や表情、2人の距離感によって表現しています。
3. 恋人になれなくても、関係を失いたくないテルコの行動で最も切実なのは、恋人になれないと分かっていても、マモルとの関係そのものを失うことを恐れている点です。
好きな相手から離れることは、彼女にとって恋愛の失敗以上の意味を持ちます。マモルを中心に組み立ててきた日常そのものが崩れてしまうからです。
この心理は、単純に「一途だから」と説明できるものではありません。相手を好きでいることと、相手に依存することの境界線が曖昧になっているのです。
恋愛と執着の違いを考える| 視点 | 健全な恋愛関係 | テルコの状態 |
|---|---|---|
| 相手への配慮 | お互いの希望を尊重する | マモルの都合を優先する |
| 自分の生活 | 恋愛と生活を両立する | 恋愛が生活の中心になる |
| 相手の反応 | 気持ちを確認し合う | 小さな反応に希望を見いだす |
| 関係性 | 対等な立場を目指す | 一方的な献身が続く |
| 幸福の基準 | お互いが満たされること | マモルのそばにいられること |
この比較から分かるのは、テルコが単に恋愛に夢中になっているのではなく、マモルとの関係を維持すること自体に自分の価値を見いだしているように見えることです。
作品が描く恋愛のリアルは、好きという感情そのものを否定するものではありません。むしろ、好きという気持ちが強くなるほど、自分自身の本音を見失うことがあるという危うさを描いています。
【結末ネタバレ考察】最後の象のシーンが意味するものとは?
『愛がなんだ』の結末は、一般的な恋愛映画のように主人公が好きな相手と結ばれて終わるものではありません。むしろ、テルコの恋愛感情が報われないことを明確にしたうえで、観客に複雑な余韻を残します。
マモルから告げられる関係の終わり物語の終盤、マモルはテルコに対して、もう会わないようにしようと伝えます。
マモルがすみれに近づくためにテルコとの関係を利用していたことも明らかになります。テルコにとっては、自分が大切にしてきた関係の意味が根本から揺らぐ瞬間です。
しかし、テルコはマモルとの関係を完全に終わらせることができません。恋愛感情はもうないというような態度を取り、友達として付き合っていこうと提案します。
ここにテルコの切実さがあります。恋人になれないなら、せめて友人でもいい。自分が望む関係ではなくても、完全に相手を失うよりはましだと考えているのです。
なぜテルコは象の飼育員になったのか?映画の最後に描かれるのは、テルコが象の飼育員として働いている姿です。
この展開には、それまでの物語を振り返るための重要な仕掛けがあります。劇中でマモルは、将来象の飼育員になりたいという趣旨の話をしています。テルコはその言葉を覚えており、彼の願望を自分の行動に取り込んだように見えます。
一見すると、テルコはマモルとの関係を失った後、新しい人生を歩み始めたようにも映ります。しかし、彼女が選んだのはマモルと結びついた象の飼育員という未来です。
つまり、マモルを忘れて前に進んだという解釈だけでは、この場面を十分に説明できません。
ラストシーンには3つの解釈がある1. マモルへの執着が続いているという解釈
テルコはマモルの何気ない言葉まで覚えています。彼の夢を自分の人生に取り込むことによって、直接会えなくなってもマモルとのつながりを維持しようとしているように見えます。
この解釈では、ラストは恋愛から解放された場面ではなく、執着が別の形に変わった場面です。
2. 自分の人生を取り戻す第一歩という解釈
一方で、テルコがマモルの言葉をきっかけに新しい場所で働いていることを、人生の再出発と捉えることもできます。
マモルを好きだった時間を完全に否定するのではなく、その記憶を抱えながら自分の人生を進めていく。そう考えれば、象の場面は小さな希望にも見えてきます。
3. 現実と願望の境界が曖昧になったという解釈
さらに重要なのが、ラストが現実なのか、テルコの想像なのかという点です。
今泉力哉監督はインタビューで、この最後の場面について、救いにも絶望にも見え、現実なのか夢なのかも曖昧であると説明しています。観客に解釈を委ねる意図があったことも明かしています。
そのため、象の飼育員になったテルコを、完全に幸せになった人物として断定することはできません。反対に、絶望の中にいると決めつけることもできないのです。
【プロの結論】ラストの象は、恋愛の成就ではなく、愛情の行き先を映している
テルコはマモルと結ばれません。それでも彼女の感情は簡単には消えません。好きだった人の言葉や記憶を抱えたまま生きていくことは、前進なのか、それとも執着なのか。
この答えを一つに限定しないことこそ、映画版『愛がなんだ』のラストが持つ強さです。
【原作との違い】角田光代の小説と映画版はどこが違う?
映画を見た人の多くが気になるのが、角田光代の原作小説との違いです。
映画は原作の中心的なテーマを引き継いでいますが、登場人物の描き方や物語の展開、結末には明確な変更があります。
原作小説はテルコの内面を深く掘り下げる角田光代の『愛がなんだ』は2003年3月14日に刊行された作品です。2006年には角川文庫版も発売されました。
原作の大きな特徴は、テルコの一人称による語りです。映画では表情や会話、行動を通して描かれる感情が、小説ではテルコ自身の言葉によって直接伝わってきます。
そのため、テルコがなぜマモルに執着するのか、どのような恋愛経験を経て現在の考え方に至ったのかを、映画より詳しく知ることができます。
映画版で変更された主なポイント| 比較項目 | 原作小説 | 映画版 |
|---|---|---|
| 物語の視点 | テルコの一人称が中心 | 映像と会話で複数人物の感情を描く |
| テルコの過去 | 高校時代などの背景も描写 | 現在の人間関係を中心に構成 |
| 旅行の展開 | 主に3人の関係が中心 | ナカハラを加えた4人の展開 |
| 葉子とテルコ | 映画のような大きなけんかはない | 2人の衝突を描く |
| ナカハラ | 相対的に出番が少ない | 登場場面や人物像を拡張 |
| 結末 | 映画とは異なる余韻を残す展開 | 象の飼育員になったテルコを描くオリジナルのラスト |
この違いは、映画の脚本を担当した今泉力哉監督と澤井香織の構成上の選択によるものです。
なぜ映画ではナカハラの存在が大きくなったのか?映画版の重要な変更点が、ナカハラの役割の拡張です。
原作ではテルコとマモル、すみれの関係が物語の中心ですが、映画ではナカハラと葉子の関係がより大きく描かれています。
今泉監督は東京国際映画祭のインタビューなどで、旅行の場面を原作の3人から4人に変更した理由について、物語に展開や深みを加えるためだったと説明しています。ナカハラを加えることで、テルコとマモルの関係性を別の角度から見せられるようになりました。
ナカハラは単なる脇役ではありません。彼の片思いを描くことで、テルコの行動が第三者からどのように見えるのか、また自分が好きな相手に尽くすことがどれほど報われにくいのかが浮き彫りになります。
原作と映画、どちらを先に楽しむべき?おすすめは、映画を先に見て、その後に原作を読む順番です。
映画を先に見ると、岸井ゆきのの表情や成田凌の曖昧な態度、ナカハラと葉子の関係を視覚的に理解できます。その後に小説を読むと、映画では描ききれなかったテルコの内面や過去が補完されます。
一方、原作を先に読むと、映画がどの人物を膨らませ、どのエピソードを削り、なぜラストを変更したのかという映画化の工夫を楽しめます。
【演技・評判・名シーン】岸井ゆきのと成田凌が評価された理由
『愛がなんだ』が高く評価された理由の一つは、出演者が登場人物の欠点や矛盾を隠さずに表現していることです。
岸井ゆきの:テルコの危うさと愛嬌を同時に表現岸井ゆきのの演技で印象的なのは、テルコの行動が極端でありながら、観客が彼女を単純に嫌いになれない点です。
マモルからの連絡を待つときの表情、呼び出されたときの反応、思いどおりにならないときの感情の揺れ。こうした細かな演技が積み重なり、テルコという人物に現実味を与えています。
特に印象的なのは、マモルに傷つけられた後の怒りを表現する場面です。岸井自身もインタビューで、マモルの言葉に対するテルコの感情が、怒りのラップを歌う場面につながったことを振り返っています。
また、岸井ゆきのは本作での演技が評価され、第43回日本アカデミー賞の新人俳優賞を受賞しました。これは作品を語るうえで押さえておきたい実績です。
成田凌:マモルを単純な悪役にしない演技成田凌が演じるマモルは、テルコを恋愛対象として見ていない一方で、彼女の好意を完全に拒絶するわけでもありません。
その曖昧さが、マモルという人物を非常に複雑にしています。
成田はインタビューで、マモルが嫌われすぎても作品として成立しないという難しさや、表情や言葉のわずかな違いを慎重に考えたことを語っています。
マモルは理想的な恋人ではありません。しかし、最初から最後まで冷酷な悪人として描かれているわけでもありません。そこが観客にとって厄介であり、同時に現実的な部分でもあります。
若葉竜也・深川麻衣・江口のりこが作る恋愛群像劇若葉竜也のナカハラは、テルコとは異なる形で片思いの苦しさを表現する人物です。葉子を思い続ける姿には、滑稽さと切なさが同居しています。
深川麻衣は葉子の複雑さを表現し、江口のりこはすみれという人物に独特の存在感を与えています。特にすみれは、マモルの行動原理を理解するために欠かせない人物です。
全員が主人公のように自分の事情を抱えているため、誰か一人の視点だけで物語を判断できません。
映画の名シーン3選
1. マモルからの連絡を待つテルコ
恋愛の優先順位が逆転する場面
仕事や自分の予定よりマモルの連絡を優先するテルコ。彼女の幸福がどれほど相手に依存しているかを象徴しています。
2. 旅行先で交錯する4人の感情
群像劇としての見どころ
テルコとマモルだけでは見えなかった恋愛の不均衡が、ナカハラや葉子の存在によって明らかになります。
3. 象の飼育員になったテルコ
作品全体の意味を問い直すラスト
マモルとの関係が終わった後も、彼の言葉を抱えているテルコ。希望とも執着とも受け取れる余韻が残ります。
映画.comやKINENOTEなどのレビューサイトでは、作品に対する評価が掲載されています。映画.comのレビューでは3.7点、KINENOTEでは76点台という評価が確認できます。ただし、評価尺度や集計対象が異なるため、単純な比較はできません。
Filmarksなどの映画レビューでも、作品の特徴として、恋愛の不均衡や登場人物の不器用さ、テルコへの共感と反発が論点になっています。
評価が分かれる理由は、一般的な恋愛映画に期待するものと本作が提示するものが違うからです。
- 好意的に受け取られやすい点: 恋愛のきれいごとだけではない心理描写、自然な会話、俳優陣の演技。
- 好みが分かれる点: テルコの行動に共感できない、マモルの態度に苛立つ、すっきりした結末がない。
- 評価される独自性: 誰か一人を悪者にせず、恋愛における人間の身勝手さを描いていること。
特に、テルコの行動に共感できない人ほど、映画を見終えた後に自分の恋愛観を考え直すことがあります。登場人物に共感できるかどうかだけでなく、なぜ自分がその人物に苛立つのかを考えることも、この作品の楽しみ方の一つです。
【監督・主題歌・映画祭】今泉力哉が描いた恋愛のリアル
今泉力哉監督の演出が生み出す自然な会話今泉力哉監督は、登場人物の感情を過剰な説明で伝えるのではなく、何気ない会話や沈黙、視線の動きから読み取らせる演出を得意としています。
『愛がなんだ』でも、登場人物が自分の気持ちをすべて言葉にすることはありません。相手の言葉をどう受け止めたのか、何を言わずに飲み込んだのか。観客はその小さな反応から人間関係を理解していきます。
監督はインタビューで、役者と一緒に考えながら演出を進める姿勢や、原作を映画にする際に物語の終わり方を検討した過程について語っています。
主題歌はHomecomingsの「Cakes」映画の主題歌を担当したのは、京都を拠点に活動してきたバンドHomecomingsです。
楽曲のタイトルは「Cakes」。2019年4月17日にシングルとして発売され、映画の公開に先駆けて主題歌として発表されました。
Homecomingsの音楽は、柔らかな歌声と繊細なサウンドが特徴です。映画の登場人物たちが抱える、言葉にしきれない寂しさや不器用な感情と相性のよい楽曲になっています。
また、2019年5月には今泉監督が手がけた「Cakes」のミュージックビデオも公開されています。映画と音楽の双方を味わうことで、作品の余韻をさらに深く楽しめます。
東京国際映画祭と日本アカデミー賞での評価『愛がなんだ』は、劇場公開前から映画祭で注目されていました。
2018年の第31回東京国際映画祭ではコンペティション部門に選出され、10月28日に公式上映が行われています。岸井ゆきのと今泉力哉監督が登壇したイベントも開催されました。
さらに2020年の第43回日本アカデミー賞では、岸井ゆきのが新人俳優賞を受賞しました。作品でのテルコ役が、俳優としてのキャリアにおける重要な実績の一つになったことを示しています。
こうした評価は、単に恋愛映画として話題になっただけではなく、俳優の演技や演出、脚本の構成にも注目が集まったことを示しています。
【2026年に改めて見る価値】『愛がなんだ』がおすすめの人・苦手な人
公開から7年を経た2026年に改めて本作を見ると、恋愛の価値観を一つの正解にまとめない姿勢が印象に残ります。
恋愛映画には、すれ違いを乗り越えて結ばれる物語や、別れを経て成長する物語が多くあります。しかし『愛がなんだ』は、恋愛感情が必ずしも成長や幸福につながるとは限らないことを描いています。
こんな人におすすめ- 片思いや報われない恋愛を描いた映画が好きな人
- 登場人物の心理を深く考察するのが好きな人
- 岸井ゆきの、成田凌、若葉竜也の演技をじっくり見たい人
- 今泉力哉監督の自然な会話劇が好きな人
- 原作小説と映画化作品の違いを楽しみたい人
- 恋愛における執着や依存について考えてみたい人
- 主人公が最後に恋愛で報われる展開を期待する人
- 登場人物の行動に明確な正解を求める人
- 気持ちのよいハッピーエンドを重視する人
- 恋愛のすれ違いや曖昧な関係を描く作品が苦手な人
一つ目は、テルコがマモルに会っているときだけでなく、会えない時間に何を考えているかです。恋愛感情が日常生活をどのように変えているかが見えてきます。
二つ目は、マモルがテルコに見せる態度です。優しさと無関心が混ざったような振る舞いは、単純な善悪では整理できません。
三つ目は、ナカハラと葉子の関係です。彼らを含めて見ると、テルコだけが特別に不器用なのではなく、誰もが自分の望む関係を手に入れられずにいることが分かります。
【よくある質問】映画『愛がなんだ』に関するFAQ
Q1:映画『愛がなんだ』の上映時間は何分ですか?
A1:上映時間は123分です。2019年4月19日に劇場公開された日本映画で、G区分の作品です。
Q2:映画『愛がなんだ』の最後はハッピーエンドですか?
A2:一般的な恋愛映画のようなハッピーエンドではありません。テルコとマモルは恋人として結ばれず、最後はテルコが象の飼育員になった姿で終わります。希望とも執着とも受け取れる、解釈の余地を残した結末です。
Q3:テルコとマモルは最終的に付き合うのですか?
A3:付き合いません。マモルはテルコに恋愛感情を持っておらず、最終的にはもう会わないことを提案します。テルコは友達として関係を続けようとします。
Q4:映画『愛がなんだ』と原作小説の結末は同じですか?
A4:異なります。映画では原作にない象の飼育員になったテルコの姿が描かれます。今泉力哉監督は、救いにも絶望にも見えるような、解釈を観客に委ねるラストを意図したと説明しています。
Q5:映画『愛がなんだ』の原作は誰の小説ですか?
A5:直木賞作家の角田光代による同名小説です。2003年に単行本が刊行され、2006年には角川文庫版が発売されました。
Q6:映画『愛がなんだ』の主題歌は何ですか?
A6:Homecomingsの「Cakes」です。2019年4月17日にシングルとして発売され、映画の主題歌に起用されました。
Q7:岸井ゆきのは『愛がなんだ』で賞を受賞していますか?
A7:はい。第43回日本アカデミー賞で新人俳優賞を受賞しています。テルコ役での演技が評価されました。
Q8:映画『愛がなんだ』は東京国際映画祭に出品されましたか?
A8:はい。2018年の第31回東京国際映画祭のコンペティション部門に選出され、公式上映されました。
映画『愛がなんだ』は、テルコとマモルの報われない恋愛を通して、好きという気持ちの複雑さを描いた作品です。
岸井ゆきのは、マモルに振り回されながらも自分の感情を止められないテルコを繊細に演じ、成田凌は優しさと身勝手さが同居するマモルをリアルに表現しました。加えて、若葉竜也や深川麻衣、江口のりこらが加わることで、単なる男女の恋愛物語を超えた群像劇に仕上がっています。
原作小説との違いも見逃せません。角田光代の小説がテルコの内面を深く描くのに対し、今泉力哉監督の映画は、登場人物同士の距離や会話、映画独自の結末によって恋愛の不確かさを表現しています。
そして、最後の象のシーン。あれはテルコが幸せになった証拠なのか、それともマモルへの執着が続いている証拠なのか。監督自身も一つの答えに限定していません。
誰かを好きになることは、その人のために自分を犠牲にすることなのか。相手に選ばれなくても好きでいることに意味はあるのか。『愛がなんだ』は、恋愛の正解を教えるのではなく、観客自身にその問いを返してきます。
2026年に初めて見る人にも、公開当時に見た作品をもう一度見返す人にも、テルコの最後の表情は異なる意味を持つはずです。恋愛映画としてだけでなく、自分自身と他人との距離を考える作品として、長く記憶に残る一本です。
記事の主な参考資料:日本映画データベースJFDB、映画.com、KINENOTE、KADOKAWA、アニモプロデュース、第31回東京国際映画祭公式レポート・インタビュー、日本アカデミー賞公式記録、Homecomings公式情報、Real Sound、CINRA。