「パンケーキ食べたい」のフレーズで知られる人物は、元ピン芸人の夢屋まさるだ。
テレビ出演時の芸名は夢屋まさるだが、テレビ朝日の社員として働く現在は、本名の鈴木優名義で番組制作に携わっている。
まずは、人物の基本プロフィールを整理しておこう。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 芸名 | 夢屋まさる |
| 本名 | 鈴木優 |
| 生年月日 | 1998年4月2日 |
| 2026年11月現在の年齢 | 28歳 |
| 出身地 | 東京都 |
| 最終学歴 | 慶應義塾大学経済学部 |
| 元所属事務所 | サンミュージックプロダクション |
| 芸人としての活動終了 | 2022年3月31日 |
| 転身先 | 株式会社テレビ朝日 |
| 現在の主な公表実績 | 番組企画・制作、プロデューサー業務 |
プロフィールの生年月日や出身地は、WEBザテレビジョンなどの人物紹介でも確認できる。
夢屋まさるは、慶應義塾中等部、慶應義塾高校を経て慶應義塾大学経済学部に進学した経歴を持つ。
芸人として活動していた高校・大学時代には、学業と芸能活動を両立。大学では経済学部に所属しながら、文学部の社会学系ゼミにも参加していた。
2022年3月には大学卒業と芸人引退という二つの節目を迎え、その翌月から社会人として新たなキャリアをスタートさせた。
【2019年】おもしろ荘でブレイク!パンケーキネタ誕生の背景

夢屋まさるの知名度を一気に押し上げたのが、2019年1月1日に放送された日本テレビ系『ぐるナイ おもしろ荘』だった。
この番組で披露したのが、独特のリズムに合わせて「パンケーキ食べたい」と繰り返すネタである。
当時の夢屋は、ジェンダーレスな雰囲気の衣装や独特の表情、印象的な振り付けでも注目された。
単純なフレーズを繰り返す構成ながら、一度聞くと頭から離れにくいインパクトがあり、放送直後から話題になった。
「パンケーキ食べたい」は本人にとっても転機だった2022年1月に公開した引退報告のnoteでは、本人が2019年1月1日を人生が大きく変わった日として振り返っている。
放送後にはテレビ出演だけでなく、商業施設のPRイベント、企業CM、映画の広報活動、出版、地方営業など、仕事の幅が広がったという。
一つのネタをきっかけに、テレビで見かける機会が急増したのだ。
ただし、後年のインタビューで明らかになったのは、このネタが必ずしも本人の本来の芸風ではなかったという点である。
2023年のMANTANWEBのインタビューでは、夢屋は「パンケーキ」のネタについて、テレビ用に制作したものだったと説明している。
つまり、本人がもともと得意としていた芸風と、世間から期待されるキャラクターとの間に、次第にギャップが生まれていった。
このギャップが、その後の引退判断にも関係していく。
【経歴・年表】芸人デビューからテレビ朝日のプロデューサーになるまで
夢屋まさるのキャリアを理解するには、芸人としての活動とテレビ局員としての活動を分けて見ると分かりやすい。
| 時期 | 出来事 | キャリア上の意味 |
|---|---|---|
| 2016年 | 高校2年生の時に芸人活動を本格化 | 学生芸人として活動 |
| 2019年1月 | 『おもしろ荘』でブレイク | パンケーキネタが話題に |
| 2019年10月 | 芸人引退を決断 | ブレイク後の将来を考え始める |
| 2022年1月29日 | 引退を正式発表 | サンミュージック退所を公表 |
| 2022年3月31日 | 芸人活動終了 | 最後の単独ライブを開催 |
| 2022年4月 | テレビ朝日に新卒入社 | ビジネスプロデュース局に配属 |
| 2023年4月 | 『ジェシカ美術部』の企画・構成を担当 | 番組企画者として実績を積む |
| 2024年 | バラエティー制作部に異動 | ADとして制作現場を経験 |
| 2024年9月 | 『カズレーザー100%』をディレクターとして担当 | 芸人時代の先輩との仕事が実現 |
| 2025年11月 | 同番組のプロデューサーとして紹介される | 20代でプロデューサーに抜てき |
この年表で注目したいのは、テレビ朝日に入社してすぐにプロデューサーになったわけではないことだ。
入社後は配信や番組イベントなどの業務を経験し、社内企画への応募、番組企画・構成、ADとしての制作経験を積み重ねている。
芸人時代の知名度だけでなく、会社員としての経験と企画提案が、その後のキャリアにつながっている。
【引退理由】ブレイク中になぜ芸人を辞める決断をしたのか?
夢屋まさるの引退は、芸能活動が完全に行き詰まってから決めたものではない。
実際には、人気が高まっていた2019年10月ごろには、すでに引退を考えていた。
2022年2月のENCOUNTの単独インタビューで、本人は引退を決めた時期と理由について説明している。
大きな理由は、ブレイクによって生まれたキャラクターの到達点を感じたことと、人気を維持する難しさだった。
理由1:パンケーキネタのイメージが強くなりすぎた2019年のブレイクによって、夢屋まさるといえば「パンケーキ食べたい」というイメージが定着した。
しかし、本人はもともとこのネタだけを続ける芸風ではなかった。
2023年のMANTANWEBのインタビューでも、あのネタの印象が強くつき、この先仕事の幅を広げるのが難しいと感じていたことを明かしている。
人気が出たこと自体は成功だったが、その成功が新しい表現への制約になる可能性もあった。
芸人にとって、代表ネタができることは大きな財産だ。一方で、そのイメージを超える新しい芸風を確立するには、別の努力が必要になる。
夢屋はこの問題を早い段階で意識していた。
理由2:ブレイク後の人気を維持する難しさENCOUNTの2022年のインタビューによると、本人が引退を決めたのは2019年10月だった。
その年に話題の人物として評価される機会を得て、自分のキャラクターが一つの到達点に達したと感じたという。
また、現在の人気を維持し、それ以上の段階に進むことがどれほど難しいかも考えていた。
慶應塾生新聞のラストインタビューでも、人気を維持することや、さらに上の状態を目指すことに長い時間が必要になると判断したことを語っている。
芸人としての将来を悲観したというより、限られた時間を別の分野に使う選択をしたという見方が近い。
理由3:お笑いの世界から完全に離れたくなかったここが、夢屋まさるのキャリアを理解するうえで特に要点だ。
芸人を辞める一方で、テレビやお笑いそのものへの関心を失ったわけではなかった。
2023年のMANTANWEBの取材では、『おもしろ荘』で自分を支えてくれたディレクターの姿に憧れたことが、テレビ局を志した理由の一つだったと説明している。
自分がテレビに出る側から、芸人をテレビで活躍させる側へ。
この発想の転換が、テレビ朝日への就職につながった。
したがって、夢屋まさるの引退は、お笑いとの決別というより、関わり方を変えるためのキャリアチェンジだったと考えられる。
【テレビ朝日入社後】ジェシカ美術部やハマスカ放送部で制作経験
2022年4月、夢屋まさるは本名の鈴木優としてテレビ朝日に新卒入社した。
入社については2022年6月の日刊スポーツが報じ、テレビ朝日も入社を認めたと伝えている。
当初からバラエティー番組の制作を希望していたものの、最初の配属先はビジネスプロデュース局だった。
入社後は配信や番組イベントを担当本人が2025年のMANTANWEBのインタビューで説明したところによると、最初は配信関連や番組イベントなど、放送以外の収益に関係する仕事を担当していた。
その一方で、社内の企画募集制度「そだてれび」に企画書を提出し続けていた。
会社員としての通常業務をこなしながら、自分がやりたい番組制作への道を模索していたのである。
そして入社1年目に提出した企画が採用された。
『ジェシカ美術部』で企画・構成を担当2023年4月から担当したのが、テレビ朝日の深夜バラエティー枠「バラバラ大作戦」で放送された『ジェシカ美術部』だ。
出演者は、お笑いコンビの真空ジェシカ。
2人がさまざまなアートやアーティストに触れ、その経験をネタに落とし込んでいく内容だった。
鈴木優は、この番組の企画・構成を担当した。
MANTANWEBの取材では、真空ジェシカのネタが好きだったことが企画の出発点だったと説明している。
自由度の高い芸風を生かしながら、番組として成立させるために「アート」というテーマを設定したという。
この仕事では、芸人時代の人脈も役立った。
夢屋時代に一緒に仕事をしたディレクターらに連絡し、制作への協力を依頼したと本人は語っている。
芸人として現場を知っていたことが、番組づくりに生かされた事例だ。
『ハマスカ放送部』『激レアさんを連れてきた。』にも参加2024年には、念願だったバラエティー制作部に異動。
アシスタントディレクターとして、次の番組に携わったことが2025年11月のMANTANWEBで報じられている。
- 『ハマスカ放送部』
- 『激レアさんを連れてきた。』
ここで注目したいのは、企画を考える立場だけでなく、実際の制作現場で経験を積んだ点だ。
本人は優秀なディレクターたちの仕事を間近で見て、編集や映像調整などの技術面では自分の適性に悩んだことも明かしている。
その経験を踏まえて次に目指したのが、番組全体を統括するプロデューサーだった。
【2025年の最新報道】カズレーザー100%のプロデューサーに抜てき!
夢屋まさるの転身後のキャリアで、大きな注目を集めたのが『カズレーザー100%』だ。
2025年11月15日、MANTANWEBは、テレビ朝日で働く鈴木優が27歳でプロデューサーに抜てきされ、同番組を手がけていると報じた。
これは、芸人からテレビ局員になったというだけではない。
自分が出演していたお笑いの世界で、今度は番組を企画し、出演者や制作スタッフをまとめる立場になったことを意味する。
カズレーザー100%とはどんな番組?『カズレーザー100%』は、お笑いコンビ・メイプル超合金のカズレーザーがMCを務める深夜バラエティー番組だ。
カズレーザーがやってみたいことを、気心の知れた仲間たちと楽しむ企画が特徴となっている。
2024年9月に放送された際には、鈴木優がディレクターを担当した。
その後、2025年11月のMANTANWEBの報道では、プロデューサーとして同番組を手がける立場になっていた。
カズレーザーとの関係は?カズレーザーは、夢屋まさるが芸人として所属していたサンミュージックの先輩にあたる。
2025年のインタビューで鈴木は、芸人を辞める際に最初に相談した相手がカズレーザーだったと明かしている。
また、現在も食事に連れて行ってもらう関係だという。
カズレーザーの発想力に魅力を感じており、その面白さを番組という形で届けたいと考えたことが企画につながった。
芸人時代からの関係性が、テレビ局員になった後の仕事にも結びついたわけだ。
プロデューサーを選んだ理由鈴木がディレクターからプロデューサーを目指した背景には、自分の得意分野を見極めたことがある。
本人によると、映像編集や色味の調整などの技術的な作業には苦手意識があった一方、細かな調整や人との関係づくりには自信があった。
加えて、芸人時代に築いた人脈もキャスティングなどに生かせると考えた。
上司に希望を伝えたところ、挑戦を後押しされたという。
本人は、社内でも早い段階でのプロデューサー就任だったと認識しており、まだ力不足だと感じながら挑戦していることも語っている。
芸名「夢屋まさる」を残している理由興味深いのが、芸人を引退した後も夢屋まさるの名前を残していることだ。
2023年のMANTANWEBのインタビューでは、本人は芸名を早く消したいという気持ちを明かしていた。
ところが2025年の取材では、その考えが変化している。
芸名があることで取材の機会が生まれたり、番組のPRにつながったり、スタッフとの会話のきっかけになったりするためだ。
現在は、芸名を自分の武器の一つとして捉えているという。
芸人時代の名前を完全に切り離すのではなく、制作の仕事にも活用する姿勢が印象的だ。
【プロの結論】夢屋まさるの転身から見える芸能界とテレビ制作の新しい関係
夢屋まさるのキャリアで注目すべきなのは、人気芸人からテレビ局員への転身そのものだけではない。
むしろ重要なのは、芸人として経験したことを、制作側の仕事にどう変換していったかという点だ。
芸人時代には、テレビに出演する側として番組の仕組みやスタッフの仕事を経験した。
その後、テレビ朝日に入社してからは、配信業務、番組企画、構成、AD、プロデューサーと、制作の異なる役割を経験している。
ここには三つのポイントがある。
第一に、出演者の視点を持つ制作者であること。
芸人として舞台やテレビの現場を知っているため、出演者がどのような企画で力を発揮できるかを考えやすい。
第二に、過去の人脈を新しい仕事に転換していること。
『ジェシカ美術部』では芸人時代の関係者と再び仕事をし、『カズレーザー100%』では事務所の先輩との関係が企画につながった。
第三に、自分の適性に合わせて役割を変えていること。
ディレクターを目指したものの、実際の仕事を経験して自分の得意分野を見極め、プロデューサーという別の道を選んだ。
これは、最初に決めたキャリアの形に固執せず、経験を通じて方向性を修正した事例でもある。
一発屋という言葉だけで夢屋まさるの芸人人生を評価するのは適切ではない。
2019年のブレイクは短い期間の出来事だったとしても、その経験がテレビ局員としての仕事に生かされているからだ。
今後の注目点は、どのような新しい番組を企画し、若手芸人や新しい才能を発掘していくかというところにある。
【パンケーキ食べたいの人】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:パンケーキ食べたいの人は誰ですか?
A1:元お笑い芸人の夢屋まさるです。2019年1月1日放送の日本テレビ系『ぐるナイ おもしろ荘』で「パンケーキ食べたい」のネタを披露してブレイクしました。
Q2:夢屋まさるの本名は何ですか?
A2:本名は鈴木優です。芸人引退後は本名でテレビ朝日の社員として番組制作に携わっています。
Q3:夢屋まさるはなぜ芸人を引退したのですか?
A3:ブレイクしたネタのイメージが強くなり、今後の芸風の幅を広げる難しさや人気を維持することの難しさを感じたためです。2019年10月ごろには引退を決断していました。
Q4:夢屋まさるはいつテレビ朝日に入社しましたか?
A4:2022年4月です。2022年3月31日に芸人活動を終了し、翌月に新卒社員として入社しました。
Q5:夢屋まさるはテレビ朝日で何をしていますか?
A5:番組の企画・構成や制作に携わっています。2025年11月のMANTANWEBの報道では、バラエティー番組『カズレーザー100%』のプロデューサーとして紹介されています。
Q6:夢屋まさるとカズレーザーはどんな関係ですか?
A6:芸人時代の所属事務所の先輩・後輩です。夢屋まさるが芸人を引退するときに最初に相談した相手がカズレーザーで、その後も交流が続いています。
Q7:2026年現在も芸人として活動していますか?
A7:芸人としては2022年3月31日に引退しています。2025年11月の報道ではテレビ朝日のプロデューサーとして活動していました。2026年11月時点で、それ以降の担当変更を示す新たな公表情報は確認できていません。
「パンケーキ食べたい」の人として2019年にブレイクした夢屋まさるは、2022年3月に芸人を引退し、同年4月にテレビ朝日へ入社した。
その後は『ジェシカ美術部』の企画・構成、『ハマスカ放送部』『激レアさんを連れてきた。』の制作経験を経て、2025年には『カズレーザー100%』のプロデューサーとして紹介されている。
引退を決断したのは、人気がなくなったからではない。ブレイクによって生まれたキャラクターの限界を感じ、自分の経験を別の形で生かす道を選んだからだった。
2026年11月現在、具体的な活動として最後に詳しく報じられているのは、2025年11月のテレビ朝日でのプロデューサー業務である。
かつてカメラの前で「パンケーキ食べたい」と歌っていた人物は、今度はカメラの向こう側から面白い番組を作る立場になった。
夢屋まさるの歩みは、芸能界で成功する道が必ずしも出演者として活動し続けることだけではないと示している。
主な参考報道:MANTANWEB(2023年5月23日、2025年11月15日)、ENCOUNT(2022年2月18日)、慶應塾生新聞(2022年3月23日)、本人のnote(2022年1月29日)。