2026年11月6日現在、ロサンゼルス・ドジャースの背番号には、大谷翔平の17番、山本由伸の18番、ムーキー・ベッツの50番、フレディ・フリーマンの5番、佐々木朗希の11番など、球団を代表する選手たちの個性が表れている。加えて、ジャッキー・ロビンソンの42番やフェルナンド・バレンズエラの34番をはじめ、球団の歴史を象徴する永久欠番も12個存在する。
MLB公式の2026年ロースターと球団の歴史資料を照らし合わせると、現役選手の背番号だけでなく、番号が受け継がれた経緯や永久欠番に指定された理由も見えてくる。ここでは最新の公式40人枠を基準に、選手別の背番号、歴代の名選手、番号変更の背景まで整理する。
【2026年最新】ドジャースの主力選手と背番号一覧

2026年のドジャースを象徴する番号として、まず押さえておきたいのが日本人選手と中心打者の背番号だ。
| 選手 | 背番号 | ポジション・特徴 |
|---|---|---|
| 大谷翔平 | 17 | 投手・指名打者 |
| 山本由伸 | 18 | 先発投手 |
| 佐々木朗希 | 11 | 先発投手 |
| ムーキー・ベッツ | 50 | 内野手 |
| フレディ・フリーマン | 5 | 一塁手 |
この5人は、ドジャースの試合を見るうえで覚えておきたい中心選手だ。
特に日本人選手の17番、18番、11番は、それぞれ異なる経緯を持つ。大谷は前任者から番号を引き継ぎ、山本は日本時代から親しんだエースナンバーを継続。佐々木はチームメートから番号を譲り受けた。
一方、ベッツの50番やフリーマンの5番は、選手本人のキャリアと結び付いた番号として定着している。
2026年の背番号を確認するときの注意点MLBには、試合に出場する26人枠と、球団が管理する40人枠がある。
2026年3月26日に球団が発表した開幕26人枠は、シーズン開幕時点の登録選手を示すものだ。その後、故障者リストへの登録、マイナーとの昇降格、トレードなどによって構成は変化する。
そのため、シーズン終盤やオフシーズンに選手の背番号を調べる場合は、開幕時の一覧だけで判断しないことが大切だ。
【背番号の由来】大谷17番・山本18番・佐々木11番はなぜ選ばれた?
背番号は単なるユニホームの識別番号ではない。選手自身が長く使ってきた番号もあれば、球団の仲間との関係から決まった番号もある。
大谷翔平の17番はジョー・ケリーから譲り受けた番号大谷翔平の背番号17は、ドジャース加入時に話題となったエピソードを持つ。
加入前、この番号を着用していたのは救援投手のジョー・ケリーだった。ケリーは大谷に17番を譲り、大谷はそのお礼としてケリーの家族にポルシェを贈った。
2023年12月にMLB公式サイトが紹介したこの出来事は、背番号の譲渡が単なる事務的な手続きではなく、選手同士の関係を象徴する出来事にもなることを示した。
大谷にとって17番は、エンゼルス時代から使用してきた番号でもある。ドジャース移籍後も同じ番号を着用することで、メジャーリーグで築いてきたキャリアとの連続性が保たれている。
山本由伸の18番は日本のエースナンバー山本由伸の背番号18は、日本のプロ野球ファンにもなじみ深い。
オリックス時代から18番を着用し、ドジャースでも同じ番号を選んだ。MLB公式プロフィールでも、山本が日米両方で18番を着用してきたこと、18番が日本では伝統的に投手のエースナンバーとされることが紹介されている。
日本球界では、18番は球団を代表する投手に与えられることが多い。山本がこの番号を継続していることは、日本で積み上げてきた実績と投手としての自負を感じさせる。
佐々木朗希の11番はミゲル・ロハスから譲られた佐々木朗希の背番号11も、チームメートとの関係が背景にある。
ドジャース加入前、この番号を着用していたのはベテラン内野手のミゲル・ロハスだった。ロハスは佐々木に11番を譲り、自身は72番に変更した。
MLB公式の2025年2月4日の報道によると、佐々木は入団会見でロハスへの感謝を表明。ロハスは見返りよりも、佐々木と一緒に勝つことを望む姿勢を示した。
なお、佐々木は日本時代に17番、国際大会では14番を着用した経験もある。ドジャースで11番を選んだことは、これまでの番号とは異なる新しいキャリアのスタートを象徴している。
ムーキー・ベッツの50番はレッドソックス時代からの継続ムーキー・ベッツの50番は、ボストン・レッドソックス時代からの番号だ。
2015年のボストン・グローブの報道では、ベッツが背番号を変更する機会を得ながら、当時すでに友人たちが50番のユニホームを購入していたこともあり、そのまま着用を続ける選択をしたと紹介されている。
その後、ドジャースへ移籍しても50番を継続。現在ではベッツを象徴する番号として広く知られるようになった。
フレディ・フリーマンの5番フレディ・フリーマンの背番号は5番。
ブレーブス時代から使用してきた番号で、ドジャースでも継続して着用している。球団公式の選手プロフィールでも5番が確認できる。
17番や11番のようにチームメートから譲られたという経緯とは異なり、長年の選手キャリアと結び付いた番号だ。
【2026年公式40人枠】ドジャース選手の背番号一覧
2026年11月6日に確認できるMLB公式のドジャース40人枠ページを基準に、掲載選手をポジション別に整理した。
| 区分 | 選手名・背番号 |
|---|---|
| 投手 | ベン・カスパリアス78、ジェイク・カズンズ(番号表示なし)、エドウィン・ディアス3、ジャック・ドライヤー86、ポール・ジャーヴェイス65、タイラー・グラスノー31、セス・ハルヴォーセン56、エドガルド・エンリケス60、カイル・ハート63、ウィル・クライン61、ランドン・ナック96、ローナン・コップ83、ボビー・ミラー28、佐々木朗希11、タナー・スコット66、エメット・シーハン80、ブレイク・スネル7、ブロック・スチュワート41、ギャビン・ストーン35、ジャスティン・ロブレスキー70、山本由伸18 |
| 二刀流 | 大谷翔平17 |
| 捕手 | エリエザー・アルフォンゾ64、ハンター・フェドゥシア46、ダルトン・ラッシング68、ウィル・スミス16 |
| 内野手 | ムーキー・ベッツ50、トミー・エドマン25、アレックス・フリーランド76、フレディ・フリーマン5、キム・ヘソン6、マックス・マンシー13 |
| 外野手 | アレックス・コール12、テオスカー・ヘルナンデス37、アンディ・パヘス44、カイル・タッカー23 |
| 指名打者 | ホスエ・デポーラ95 |
※番号はMLB公式40人枠ページの掲載内容に基づく。ジェイク・カズンズは同ページに背番号の表示がないため、番号を補っていない。60日間の負傷者リストに入っている選手も40人枠ページに掲載される場合がある。
この一覧で注目したいのは、投手陣だけでも番号の幅が広いことだ。
山本の18番や佐々木の11番のように日本のファンにもなじみのある番号がある一方、60番台、70番台、80番台、90番台の番号も見られる。
MLBでは背番号にポジションごとの固定ルールがあるわけではない。選手が入団時に空いている番号を選んだり、以前の所属球団から番号を継続したりするため、番号の大小だけで選手の序列や役割を判断することはできない。
また、永久欠番の42番や34番などは、通常の現役選手の背番号として自由に割り当てられる番号ではない。
【ドジャース永久欠番一覧】歴代12個の番号と由来
ドジャースの永久欠番は、2026年11月現在、全部で12個。
球団公式の永久欠番一覧には、ブルックリン時代とロサンゼルス時代の両方で活躍した選手や、長年チームを率いた監督が名を連ねている。
| 背番号 | 人物 | 永久欠番となった日 | 主な功績・由来 |
|---|---|---|---|
| 1 | ピー・ウィー・リース | 1984年7月1日 | 名遊撃手。ブルックリン時代の主将としてチームを支えた |
| 2 | トミー・ラソーダ | 1997年8月15日 | 監督として1981年、1988年のワールドシリーズを制覇 |
| 4 | デューク・スナイダー | 1980年7月6日 | ブルックリンとロサンゼルスで活躍した名外野手 |
| 14 | ギル・ホッジス | 2022年6月4日 | 1955年の球団初のワールドシリーズ制覇に貢献 |
| 19 | ジム・ギリアム | 1978年10月10日 | 選手・コーチとして長年球団を支えた功労者 |
| 20 | ドン・サットン | 1998年8月14日 | 球団歴代最多233勝を記録した投手 |
| 24 | ウォルター・オルストン | 1977年6月5日 | 監督として23年間チームを指揮 |
| 32 | サンディ・コーファックス | 1972年6月4日 | サイ・ヤング賞3回、完全試合を含む4度のノーヒットノーラン |
| 34 | フェルナンド・バレンズエラ | 2023年8月11日 | 1981年のフェルナンドマニアを巻き起こした左腕 |
| 39 | ロイ・キャンパネラ | 1972年6月4日 | 捕手としてナ・リーグMVPを3度受賞 |
| 42 | ジャッキー・ロビンソン | 1972年6月4日 | MLBの人種の壁を破った歴史的選手 |
| 53 | ドン・ドライスデール | 1984年7月1日 | 1962年サイ・ヤング賞受賞の名投手 |
ドジャースの歴代背番号を語るうえで、34番は特別な意味を持つ。
メキシコ出身の左腕フェルナンド・バレンズエラは、1981年に新人王とサイ・ヤング賞を同じシーズンに受賞した。MLB史上初の快挙であり、ドジャースのワールドシリーズ制覇にも大きく貢献した。
彼の活躍によってロサンゼルスを中心に巻き起こった熱狂は「フェルナンドマニア」と呼ばれ、メキシコを含むラテンアメリカの野球ファンにも大きな影響を与えた。
その功績を称え、球団は2023年8月11日に34番を永久欠番に指定した。
単なる好成績だけではなく、野球文化やファン層に与えた影響まで評価された点に、この番号の価値がある。
42番・ジャッキー・ロビンソンの特別な意味42番は、ドジャースだけでなくMLB全体にとって特別な番号だ。
ジャッキー・ロビンソンは1947年4月15日、ブルックリン・ドジャースの選手としてメジャーリーグにデビューした。MLBにおける人種差別の壁を破った人物として、野球史に大きな足跡を残している。
ドジャースは1972年6月4日に42番を永久欠番に指定。その後、MLB全体でも1997年4月15日に全球団共通の永久欠番となった。
つまり、ドジャースでは1972年から、MLB全体では1997年から特別な意味を持つ番号になっている。
14番・ギル・ホッジスも永久欠番永久欠番の一覧で見落とされやすいのが14番だ。
ギル・ホッジスはブルックリン時代の中心選手として活躍し、1955年のワールドシリーズ第7戦ではチームの勝利に貢献した。
球団公式資料によると、2022年6月4日に14番が永久欠番となった。
このため、ドジャースの永久欠番を11個とする古い一覧や、14番を現役選手が着用できるとする情報は正確ではない。
永久欠番とリング・オブ・オナーは別物もう一つ覚えておきたいのが、永久欠番と球団の顕彰制度の違いだ。
ドジャースタジアムには、永久欠番のほかにも球団の歴史に貢献した人物を称える展示がある。
例えば、名実況アナウンサーのビン・スカリーやハイメ・ハリン、元球団社長のウォルター・オマリーも球団の顕彰対象だ。
しかし、彼らが永久欠番の12人に含まれるわけではない。
永久欠番は選手・監督らが使用した特定の番号を球団が今後の選手に割り当てないという制度であり、球団への功績を称えるすべての顕彰と同じではない。
【ドジャース歴代背番号変更】番号が変わる理由と42番の例外
現役選手の背番号は、必ずしも入団時から引退まで同じとは限らない。
ドジャースの背番号変更には、選手本人の希望、先輩から後輩への譲渡、特別な記念日のユニホーム着用など、複数の理由がある。
背番号変更の代表的なケース大谷翔平の場合はジョー・ケリーから17番を譲り受けたことが有名だ。
佐々木朗希の場合も、ミゲル・ロハスが11番を譲ったことで現在の番号が決まった。
ロハスはその後72番を着用。MLB公式の報道では、この番号は2014年6月6日にドジャースでメジャーデビューした際に使用していた番号でもあると紹介されている。
このように、番号の変更は単に空いている番号に移るというだけではなく、選手同士の信頼関係や本人の思い入れが関係する場合がある。
4月15日は現役選手も42番を着用する永久欠番について、特に誤解が多いのが42番だ。
ジャッキー・ロビンソンの42番はMLB全体で永久欠番となっているが、毎年4月15日の「ジャッキー・ロビンソン・デー」には、全チームの選手や現場スタッフが42番を着用する。
これは永久欠番を解除したわけではない。ロビンソンの功績を称えるための特別な記念行事だ。
MLBが発表した2026年の記念日情報でも、全選手・現場スタッフがドジャーブルーの42番を着用すると案内されている。
実際にドジャースの2026年4月の公式移籍・背番号変更記録にも、4月15日に複数の選手が42番へ変更し、翌16日に通常の背番号へ戻した記録が残っている。
したがって、試合映像や当日の記録で現役選手が42番を着用していても、永久欠番が変更されたと解釈してはいけない。
背番号の変更を見極める3つのポイント選手の番号が以前と違って見えた場合は、次の3点を確認するとよい。
1. 球団移籍や選手間の譲渡か: 大谷の17番、佐々木の11番のように、他の選手から番号を引き継ぐケースがある。
2. 記念日の特別ユニホームか: 4月15日の42番のように、通常の登録番号とは異なる番号を着用する日がある。
3. 公式ロースターの更新か: 負傷者リスト、昇降格、移籍などによって、登録状況や背番号の表示が変わる場合がある。
背番号の情報を正確に把握するには、選手のプロフィールと球団公式のトランザクション記録を併せて見るのが確実だ。
【プロの結論】ドジャースの背番号は球団の歴史を映す記録
ドジャースの背番号を調べるとき、単に選手名と数字を覚えるだけでは見えてこない歴史がある。
大谷の17番はチームメートとの信頼関係、山本の18番は日本のエースナンバーの継続、佐々木の11番は先輩選手からの継承という背景を持つ。
一方、永久欠番の12個には、選手としての実績だけでなく、監督としての功績や野球界全体への影響が刻まれている。
球団公式の永久欠番ページでは、番号を永久欠番にするための明文化された統一基準はないと説明されている。ただし、例外となるジム・ギリアムとフェルナンド・バレンズエラを除き、ほとんどの人物はドジャースでキャリアの大半を過ごし、野球殿堂入りを果たした人物だ。
ここから分かるのは、永久欠番が単純な成績ランキングではないということだ。
例えば、バレンズエラの34番は1981年の活躍とメキシコを含む幅広いファンへの影響を象徴している。ロビンソンの42番は、野球界の歴史そのものを変えた功績を記念する番号だ。
背番号を調べる際におすすめの判断基準- 最新の選手番号を知りたい人: MLB公式40人枠や選手プロフィールを確認する。
- 試合当日のユニホームを調べたい人: ジャッキー・ロビンソン・デーなどの特別行事を考慮する。
- 歴代選手との関係を知りたい人: 永久欠番の指定日と球団公式の功績紹介を確認する。
- 背番号変更の理由を知りたい人: 球団のトランザクション記録や選手の入団会見を確認する。
数字だけで選手の価値やチーム内の序列を判断するのは適切ではない。背番号が決まった経緯と、その番号を着用してきた人物の歴史を合わせて見ることが、ドジャースをより深く理解する方法になる。
【ドジャース背番号】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大谷翔平のドジャースでの背番号は何番?
A1:大谷翔平の背番号は17番。加入時にジョー・ケリーから譲り受けた番号で、ケリーの家族にはお礼としてポルシェを贈ったエピソードも知られている。
Q2:ドジャースの永久欠番は全部で何個?
A2:2026年11月現在、全部で12個。1、2、4、14、19、20、24、32、34、39、42、53番が永久欠番となっている。
Q3:フェルナンド・バレンズエラの背番号は何番?
A3:34番。2023年8月11日に永久欠番となった。1981年の新人王とサイ・ヤング賞の同時受賞、フェルナンドマニアを巻き起こした功績などが球団の歴史に刻まれている。
Q4:ジャッキー・ロビンソンの42番を現役選手が着用することはある?
A4:通常は永久欠番だが、毎年4月15日のジャッキー・ロビンソン・デーには、MLB全体の選手や現場スタッフが記念として42番を着用する。
Q5:佐々木朗希の11番は誰から譲られた?
A5:ミゲル・ロハスから譲り受けた。ロハスはその後72番に変更している。佐々木は番号を譲ってもらったことへの感謝を公にしている。
2026年のドジャースでは、大谷翔平が17番、山本由伸が18番、佐々木朗希が11番、ムーキー・ベッツが50番、フレディ・フリーマンが5番を着用している。
一方、球団の永久欠番は12個あり、ジャッキー・ロビンソンの42番やフェルナンド・バレンズエラの34番など、球団史に残る功労者の番号は現在も大切に守られている。
背番号は選手の識別だけを目的とした数字ではない。移籍や番号の譲渡、選手自身の思い入れ、球団の歴史が重なって生まれたものだ。
今後、新たな選手が加入したり、現役選手が背番号を変更したりする可能性もある。最新情報を調べる際には、2026年の公式ロースターと永久欠番一覧を区別し、試合当日の特別な番号にも注目したい。
主な根拠資料: MLB公式ロースター、球団公式永久欠番一覧、MLB公式選手プロフィール、球団公式の背番号変更記録およびジャッキー・ロビンソン・デーの発表資料。