今井翼さんは、1981年10月17日生まれ、神奈川県藤沢市出身です。芸能界に入ったのは1995年。まだ13歳だった中学生の頃でした。
当時の今井さんは、ジャニーズJr.として先輩のコンサートなどに出演しながら、ステージ経験を積んでいきました。CDJournalのプロフィールでも、Jr.時代から高い人気を集めていたことが紹介されています。
1995年、13歳でジャニーズ事務所に入所1995年4月23日、今井さんはジャニーズ事務所に入所しました。
この日は、後にタッキー&翼を組むことになる滝沢秀明さんも入所した日です。2人は同じタイミングで芸能活動をスタートさせた同期でした。
当時のジャニーズJr.は、テレビ番組や先輩のコンサートなどを通じて人気を広げていた時期です。今井さんもその一員として活動し、10代のうちから多くのファンに知られる存在になりました。
若い頃の画像で注目したい3つの時期今井翼さんの若い頃の画像を探すなら、次の3つの時期を比較すると変化が分かりやすくなります。
- 1995~1998年ごろ: ジャニーズJr.として活動していた10代前半から後半。少年期の姿を確認できる時期。
- 1999~2001年ごろ: デビュー前の青年期。滝沢秀明さんとともに活動し、ユニット結成へ向かっていった時期。
- 2002年ごろ: 20歳でタッキー&翼としてCDデビュー。アルバム『Hatachi』のビジュアルにも、当時の2人の姿が残されています。
若い頃の写真と現在の姿を比較するときは、単純に顔立ちだけを見るのではなく、髪型や衣装、ステージでの表現にも注目すると、アイドルから大人の表現者へ変化していった過程が見えてきます。
【年表で解説】1995年の入所から2002年デビュー、ソロ活動まで

今井翼さんの若い頃を理解するうえで欠かせないのが、ジャニーズJr.時代からタッキー&翼としてのデビュー、そしてソロ活動への展開です。
特に2002年のCDデビューは、芸能人生における大きな転換点でした。
今井翼の主な経歴・活動年表この年表から分かるのは、今井さんが10代で芸能界に入り、20歳でグループとしてデビューした後も、ソロ活動や舞台を通して表現の幅を広げてきたことです。
エイベックスの公式アーティスト情報によると、タッキー&翼は2002年8月1日にユニットのデビューを発表。同年9月11日にデビューアルバム『Hatachi』を発売しました。
同アルバムには、滝沢さんのソロ曲「キ・セ・キ」と今井さんのソロ曲「Get Down」も収録されています。新人としては異例のアルバムデビューで、アジア6か国でも同時発売されました。
単にグループの一員として歌うだけではなく、デビュー作品の段階から個々のアーティストとしての魅力も打ち出していた点が特徴です。
【滝沢秀明との関係】タッキー&翼はどのように誕生した?
今井翼さんの若い頃を語るうえで、滝沢秀明さんとの関係は欠かせません。
2人は1995年に同じ日にジャニーズ事務所へ入所した同期です。しかし、最初から親友だったわけではありません。
ジャニーズJr.時代は不仲だった?2017年6月、日本テレビ系の番組に出演した滝沢さんは、ジャニーズJr.時代の今井さんとの関係について、何年も口をきかない時期があったと明かしています。
その後、18~19歳ごろに改めて話をして意気投合したとのことです。
このエピソードは、2017年6月14日付の日刊スポーツやスポニチでも報じられました。
つまり、現在知られている2人のコンビ関係は、最初から自然にできあがったものではありませんでした。
同じ事務所で活動し、同世代として経験を重ねるなかで、少しずつ信頼関係を築いていったのです。
タッキー&翼の結成経緯には2人の意思があった実は、タッキー&翼の結成には、2人自身の希望が大きく関わっていました。
滝沢さんが2017年のテレビ番組で語った内容によると、当初は滝沢さんと今井さんがそれぞれソロでデビューする予定だったそうです。
しかし、2人は話し合い、ユニットとして一緒に活動したいと考えるようになりました。
そこでジャニー喜多川さんに直接希望を伝えたのです。
当初はグループにすると個人の名前が目立たなくなるという理由で反対されたものの、2人の希望が受け入れられ、「タッキー&翼」としてデビューすることになりました。
この経緯は、タッキー&翼が単なる事務所主導の組み合わせではなく、2人の意思によって形づくられたユニットだったことを示しています。
滝沢秀明と今井翼の関係は現在どうなっている?2018年の解散後も、2人の関係が完全に途絶えたわけではありません。
2026年10月の取材では、今井さんが滝沢さんから春のディナーショーにメッセージが届いたことを明かしています。
また、滝沢さんについて「彼はサプライズが多い」と話し、それぞれの活動を続けていく姿勢を示しました。
かつての相棒という関係は、ユニットの解散によって消えてしまったわけではありません。現在はそれぞれ異なる立場で活動しながら、交流を続けていることが公の発言からうかがえます。
【ソロ活動と俳優業】BACKBORNやPLAYZONEで見せた新しい魅力
タッキー&翼での活動と並行して、今井さんは個人としての表現力も磨いてきました。
特に注目したいのが、2010年のソロデビューと、長期にわたる舞台出演です。
2010年「BACKBORN」でソロデビュー今井さんは2010年2月24日、ソロ1stシングル「BACKBORN」を発売しました。
この曲は、本人が「BACKBONE」と「BORN」を掛け合わせて作ったタイトルで、自身のバックボーンについてつづった楽曲です。
エイベックスの作品情報では、収録曲の作詞にも今井さん自身が携わったことが紹介されています。
グループでの活動とは異なり、自分の内面や音楽的な方向性を前面に出した作品でした。
20代後半に入った今井さんが、アイドルという枠だけではなく、一人のアーティストとして活動する姿勢を見せた転換点です。
PLAYZONEで磨いた舞台俳優としての実力もう一つの重要な活動が、ミュージカル『PLAYZONE』です。
今井さんは同シリーズで主演を務め、2015年まで出演を続けました。
舞台では歌唱力だけでなく、ダンス、演技、観客を引き込む表現力が大切です。長期間にわたる舞台経験は、後の俳優活動にもつながる大切な財産となりました。
さらに2012年にはスペイン文化特使にも就任しています。
スペインとの文化交流にも関わったことから、今井さんの活動は日本国内のアイドル・音楽活動だけにとどまらなかったことが分かります。
俳優としての代表的な活動その後は、テレビドラマや映画、舞台などへ出演の幅を広げていきました。
2016年にはNHKのドラマ『忠臣蔵の恋~四十八人目の忠臣~』に浅野内匠頭役で出演。2017年には山田洋次監督が脚本・演出を手がけた音楽劇『マリウス』で主演を務めています。
こうした経験によって、若い頃のアイドルとしての知名度を生かしながら、舞台や映像作品で役柄を演じる俳優としてのキャリアも築いていきました。
【病気と解散の真相】メニエール病による活動休止から2018年まで
今井翼さんのキャリアを振り返るとき、避けて通れないのがメニエール病による療養です。
華やかなアイドル活動を続けてきた一方で、体調面では大きな転機を経験しました。
2014年にメニエール病と診断2014年10月末、出演舞台の千秋楽後にめまいを訴えた今井さんは、同年11月に検査入院しました。
その結果、メニエール病と診断され、治療のため一時的に仕事を休むことになりました。
同年12月下旬にはラジオ番組で仕事に復帰し、大みそかのジャニーズカウントダウン公演でもステージに戻っています。
2018年に症状が再発し活動休止2018年3月には、再びめまいや耳鳴りなどの症状が現れました。
医師からメニエール病の症状の再燃と診断され、入院して治療に専念することになりました。
当時予定されていた舞台『音楽劇 マリウス』も降板するなど、仕事への影響は小さくありませんでした。
タッキー&翼の解散は不仲が原因だった?2018年9月、タッキー&翼は解散を発表しました。
ネット上では2人の不仲が解散理由だったのではないかという話題も見られますが、公式に発表された説明は異なります。
2018年9月13日に報道各社へ送られた連名コメントでは、約1年間の活動休止期間を経て、それぞれの人生について深く考える時間を持ったこと、事務所とも話し合いを重ねたこと、最終的には2人で話し合って解散を決めたことが説明されました。
実際の解散日は、CDデビューから16年となる2018年9月10日です。
滝沢さんは2018年いっぱいで芸能活動を引退することを発表し、今井さんは治療に専念するためジャニーズ事務所を退所する道を選びました。
したがって、解散を単純に不仲だけで説明するのは正確ではありません。公式コメントで示されたのは、療養や将来の人生設計を含めた、それぞれの選択でした。
【2026年最新】今井翼は現在45歳!独立後の活動と若い頃との違い
2026年11月現在、今井翼さんは45歳です。
若い頃のジャニーズJr.時代から約31年が経過し、現在は歌手・俳優・タレントとして活動しています。
大きなニュースとなったのが、2026年10月の松竹エンタテインメントとの契約終了と独立です。
2026年10月1日、松竹エンタテインメントとの契約終了を発表松竹エンタテインメントは2026年10月1日、今井さんとの専属契約を9月30日付で終了したと公式に発表しました。
今井さん自身も同日、SNSで契約終了と新会社設立を報告しています。
発表では、これまで支えてくれた事務所や関係者への感謝を伝えたうえで、新しく立ち上げた会社で活動していく意向を示しました。
2020年4月から約6年半にわたり所属してきた松竹エンタテインメントを離れ、自ら活動を展開する体制に移ったことになります。
独立後初ライブ「Treasure」を開催2026年10月16日には、神奈川県のKT Zepp Yokohamaで独立後初となるライブ「TSUBASA IMAI Live 2026『Treasure』」を開催しました。
ライブでは全20曲を披露し、そのうち17曲はタッキー&翼時代の楽曲でした。
「Venus」「愛はタカラモノ」「君となら」など、かつてのファンにとって思い出深い曲も披露されました。
かつて2人で歌っていた楽曲を、現在は今井さんが一人で歌うという構成にも注目が集まりました。
10月17日には45歳の誕生日を迎えています。
2027年には山田洋次監督が作詞する新曲を発表予定加えて、2026年10月16日のライブでは、2027年に新曲をリリースする計画も発表されました。
注目されているのは、映画監督の山田洋次さんが作詞を担当することです。
2人は2013年の舞台『さらば八月の大地』などを通じて関係を築いてきました。今井さんから直接依頼し、山田監督が引き受けたと報じられています。
また、2026年10月の取材では、今後についてタレント活動を軸に音楽活動を続け、俳優業にも積極的に挑戦したいという考えを語っています。
若い頃と現在を比較すると何が変わった?今井さんの若い頃と2026年現在を比較すると、最も大きな違いは活動の方向性です。
10代の頃
- ジャニーズJr.として芸能活動を開始。
- 先輩のコンサートやステージで経験を積む。
- 滝沢秀明さんと同期として成長。
20代の頃
- タッキー&翼としてCDデビュー。
- ソロ活動や舞台出演にも挑戦。
- 音楽・ダンス・演技の表現力を磨く。
40代の現在
- 舞台や映像作品で俳優として活動。
- 新会社を設立し独立。
- 音楽活動を再び積極的に展開。
- 自らライブや仕事の方向性を考える立場へ。
特に印象的なのは、2026年10月の取材で今井さん自身が語った心境の変化です。
若い頃は常にベストを尽くそうとする意識が強かった一方、45歳を迎える現在は、肩の力を抜き、余韻や余白を残せるようになったと話しています。
若い頃の勢いや努力を失ったということではなく、経験を重ねたことで、自分のペースや表現の仕方を選べるようになったという変化が読み取れます。
【今井翼の若い頃】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:今井翼は何歳でジャニーズ事務所に入所しましたか?
13歳です。1995年にジャニーズ事務所へ入所し、ジャニーズJr.として芸能活動を始めました。
Q2:今井翼と滝沢秀明は昔から仲が良かったのですか?
最初から仲が良かったわけではありません。滝沢さんは2017年のテレビ番組で、Jr.時代には何年も口をきかない時期があったと明かしています。その後、18~19歳ごろに関係が改善し、2人でタッキー&翼を結成しました。
Q3:今井翼のソロデビュー曲は何ですか?
2010年2月24日に発売された「BACKBORN」です。自身のバックボーンをテーマにした楽曲で、作詞にも参加しています。
Q4:タッキー&翼が解散した本当の理由は何ですか?
2018年9月の連名コメントでは、活動休止期間中にそれぞれの人生について考え、事務所との話し合いを経て、最終的に2人で解散を決めたと説明されています。不仲だけを公式な解散理由とする根拠はありません。
Q5:今井翼は2026年現在どこの事務所に所属していますか?
2026年10月1日付で松竹エンタテインメントとのマネジメント契約を終了し、新会社を設立して独立しました。現在は新しい活動体制で歌手・俳優として活動しています。
今井翼さんの若い頃を振り返ると、1995年に13歳でジャニーズ事務所へ入所し、ジャニーズJr.として経験を積み、2002年に滝沢秀明さんとのタッキー&翼でCDデビューを果たした歩みが見えてきます。
その後も2010年の「BACKBORN」でのソロデビュー、ミュージカル『PLAYZONE』への出演、俳優としての活動など、着実に表現の幅を広げてきました。
メニエール病による活動休止や2018年のタッキー&翼解散など、大きな転機も経験しています。
そして2026年10月には松竹エンタテインメントを離れ、新会社を設立。45歳を迎えた今、自らの意思で音楽や俳優業に挑戦する新たな段階に進みました。
今井翼さんの若い頃と現在をつなぐキーワードは、ステージへの思いと表現者としての挑戦です。
10代のジャニーズJr.時代から45歳の独立後まで、活動する環境や立場は変わっても、ステージに立ち続ける姿勢は一貫しています。2027年に予定されている山田洋次監督作詞の新曲も含め、これからの活動に期待が集まります。