ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 【写真で検証】小杉竜一の若い頃は本当にイケメンだった?

【写真で検証】小杉竜一の若い頃は本当にイケメンだった?

水沢 陽菜 水沢 陽菜 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
目次

小杉さんの若い頃の写真で特に注目されたのが、NSC大阪校を卒業した頃の姿です。

2023年3月14日、小杉さん本人がInstagramに投稿したのは、NSC卒業公演後の打ち上げで撮影された20代前半の写真でした。

写真では、髪をきれいに後ろへ流したオールバックスタイル。デニムジャケットを着こなし、現在のトレードマークとなった体格とは異なる、すっきりした印象を与えています。

オリコンニュースもこの投稿を取り上げ、「どこのイケメンですか?」「別人でござんす」といった反響を紹介しました。

加えて、2021年5月には吉本興業の公式Instagramでも、NSC時代の履歴書写真が公開されています。こちらは当時から髪の毛が豊富だったことが分かる写真で、現在との違いが際立っていました。

つまり、小杉さんの若い頃の画像には、少なくとも次の2つの見どころがあります。

- NSC時代の履歴書写真: 1990年代前半の若々しく、髪の毛が豊富な姿。
- NSC卒業後の写真: オールバックで、細身の体格と端正な顔立ちが印象的な姿。

昔の小杉竜一はどんな顔立ちだった?

若い頃の小杉さんは、現在の親しみやすい丸顔のイメージとは異なり、輪郭が比較的すっきりしています。

特にオールバックの写真では、額を出した髪型が顔立ちを引き立てており、クールな雰囲気も感じられます。

現在の小杉さんを知っている人ほど、昔の写真を見たときのギャップは大きいはずです。

ただし、写真の印象は撮影時期や髪型、表情、体重によって変わります。若い頃の一枚だけで、当時の容姿全体を判断するのは早計です。

【高校時代】京都府立桂高校のラグビー部で体重は60kg台から90kgへ

小杉竜一若い頃

小杉さんの若い頃を語るうえで外せないのが、高校時代のラグビー経験です。

出身高校は京都府立桂高校。小杉さんは同校のラグビー部に所属し、3年間競技に打ち込みました。

2019年には、MBSテレビのラグビー特集に「京都府立桂高校ラグビー部OB」として出演。2024年12月にはJ:magazineのインタビューでも、高校時代のラグビー経験を詳しく振り返っています。

ラグビー部に入った理由は「高校3年間をやり切りたかった」

小杉さんは小学生の頃から空手を習っており、中学時代には京都府大会で決勝まで進んだ経験があります。

しかし、そこで敗れたことをきっかけに、競技に対する気持ちが一度落ち込んでしまったそうです。

高校入学を機に、自分を変えるために選んだのがラグビーでした。

J:magazineのインタビューでは、3年間部活動をやり切りたいという思いから入部した経緯を語っています。

当時の桂高校は、伏見工業高校(現・京都工学院高校)などの強豪校が集まる京都の高校ラグビー界で競技に取り組んでいました。

小杉さんのポジションは、スクラムの最前線に立つプロップです。

プロップは相手選手と直接ぶつかり、スクラムを支える重要なポジション。体格だけでなく、強い身体と粘り強さが大切です。

高校時代の体重は60kg台から90kgに増加

本人インタビューで確認

小杉さんが2024年のインタビューで明かした高校時代の体づくりは、かなり本格的なものでした。

入学当初は60kg台だった体重が、仲間と筋力トレーニングに励んだ結果、卒業する頃には90kgまで増えたといいます。

項目 高校時代の内容
出身校 京都府立桂高校
部活動 ラグビー部
活動期間 高校3年間
ポジション プロップ
入学当初の体重 60kg台
体づくり後の体重 約90kg
主な取り組み 仲間との筋力トレーニング
印象的な経験 京都府予選でのタックル

出典:J:magazine、MBSの番組関連発表。

真夏でも冷房を使わなかったストイックな生活

小杉さんは、筋力を維持するために真夏でも冷房をつけずに過ごしていたエピソードも明かしています。

当時は冷房にあたると筋力が落ちると聞いていたため、仲間と一緒にトレーニングに励んでいたそうです。

もちろん、現在のスポーツ科学から見れば、冷房を使わないこと自体が筋力維持に必要というわけではありません。

重要なのは、当時の小杉さんがラグビーに対して、それほど真剣に取り組んでいたという点です。

高校ラグビーの京都府予選では、体格の大きな相手選手に対してタックルを決めた経験もあり、チームメートから褒められたことを今でも覚えていると話しています。

本人は、この3年間で努力が結果につながる経験や、仲間と協力することの大切さを学んだと振り返っています。

現在のコンビ芸にも通じる、チームワークを大切にする姿勢の原点が高校時代にあったの可能性があります。

【髪型と薄毛】27歳・28歳で変化に気づいた理由

小杉さんの若い頃の髪型を振り返ると、現在の薄毛キャラクターからは想像しにくいほど、ヘアスタイルを楽しんでいたことが分かります。

2021年5月27日の日刊SPA!のインタビューでは、本人が高校時代から若手芸人時代の髪型について語っています。

高校時代はブリーチ、若手時代は木村拓哉風パーマ

小杉さんによると、もともと髪の毛の量は多いほうだったそうです。

高校時代にはブリーチを経験し、芸人として活動し始めた若手時代には、木村拓哉さん風のパーマにも挑戦していました。

当時は現在のような薄毛を特徴とする芸人ではなく、むしろ髪型にこだわるタイプだったことがうかがえます。

また、NSC卒業時のオールバック写真を見ると、髪の毛を後ろに流したスタイルもよく似合っています。

薄毛に気づいたのは27歳・28歳頃

小杉さん本人が薄毛に気づいた時期を明かしたのは、2021年の日刊SPA!のインタビューです。

「27、28歳の頃ですね。もともと毛量は多いほうやったんです。」

出典:日刊SPA!2021年5月27日掲載インタビュー

小杉さんの生年月日は1973年7月5日です。

そのため、27歳から28歳という時期は、おおむね2000年7月から2002年7月までに該当します。

当時は、髪の毛のボリュームが以前より足りなくなってきたことに気づいたといいます。

年齢 時期 髪型・頭髪の変化
高校時代 1989~1992年頃 ブリーチを経験
20代前半 1990年代 NSC卒業時は毛量が豊富
20代半ば 1990年代後半 木村拓哉風のパーマ
27~28歳 2000~2002年頃 髪のボリューム不足を自覚
30代以降 2000年代 薄毛が徐々に知られるように
現在 2026年 薄毛も個性の一部として定着

ブリーチやパーマが薄毛の原因だった?

若い頃にブリーチやパーマをしていたという話から、髪を傷めたことが薄毛につながったのではないかと考える人もいるでしょう。

しかし、小杉さんのインタビューで確認できるのは、若い頃に髪型を楽しんでいたことと、27~28歳頃に髪のボリューム不足を自覚したという時間的な関係です。

ブリーチやパーマが薄毛の直接的な原因だったと本人が断定したわけではありません。

この2つを結び付けてしまうと、事実以上の話になってしまいます。

薄毛を隠していた若手時代

日刊SPA!のインタビューでは、若手芸人時代の小杉さんが、薄毛をすぐには受け入れられなかったことも明かされています。

当時の劇場には中高生の観客が多く、ネタの面白さだけでなく、芸人としての見た目や人気も意識していたそうです。

そこで、ふんわりした髪型にセットしてボリュームを補い、薄毛を目立たなくしていました。

現在のように薄毛をいじられることが笑いにつながる時代とは違い、当時は本人にとって受け入れにくい変化だったのでしょう。

さらに興味深いのは、本人が薄毛を自虐的に売り込むことに対して、必ずしも肯定的ではない点です。

インタビューでは、周囲からいじられたときに本心で反応することが笑いにつながったと説明しています。

薄毛を単純な自虐ネタにするのではなく、自分の個性として受け止める姿勢が、小杉さんらしい芸風につながっています。

【NSC大阪13期】1994年入学から吉田敬との出会い、コンビ結成へ

小杉さんが芸人を目指したのは、1994年にNSC大阪校13期生として入学したことが大きな転機でした。

吉本興業の公式プロフィールにも、1994年のNSC大阪校13期生という経歴が記載されています。

ここで注意したいのは、1994年はブラックマヨネーズの結成年ではなく、NSCへの入学年だということです。

最初は幼なじみと「関西キング」を結成

小杉さんはNSC入学後、幼なじみと「関西キング」というコンビを組んで活動していました。

一方、同じNSC13期生の吉田敬さんは「ツインテール」という別のコンビで活動していました。

当初から2人が一緒に漫才をしていたわけではありません。

しかし、吉田さんは養成所時代から小杉さんのツッコミに注目していたといいます。

吉田敬が小杉竜一を相方に選んだ理由

2026年1月に放送されたMBSテレビ「痛快!明石家電視台」では、2人がコンビを結成するまでの詳しい経緯が紹介されました。

吉田さんが注目したのは、小杉さんの「なんでやねん」の使い分けです。

ほかの生徒のツッコミは声のトーンが一定だったのに対し、小杉さんは強く声を張る場合と、あきれたように返す場合の2種類を使い分けていました。

吉田さんは、その技術を見て小杉さんと組むことを考えるようになったそうです。

その後、小杉さんが当時の相方から芸人を辞めると告げられ、コンビが解散することになります。

そのタイミングで吉田さんが小杉さんに声をかけました。

2人の出会いは、単に同じ養成所に所属していたというだけではありません。

吉田さんが小杉さんのツッコミの特徴を早い段階から見抜いていたことが、コンビ結成につながった要点です。

ブラックマヨネーズの結成年は1997年?1998年?

ここは経歴を調べるうえで少し注意したい部分です。

ブラックマヨネーズの結成年については、資料によって表記が異なります。

- 吉本興業の公式プロフィール:1997年
- 2024年のJ:magazine:1997年
- 2026年1月の日刊スポーツ:1997年
- 2005年のM-1公式紹介:1998年

このように、1997年と1998年の両方の記録があります。

そのため、結成年を説明する際には、どの資料に基づく年なのかを区別する必要があります。

ただし、1994年のNSC入学から、別々のコンビでの活動を経てブラックマヨネーズを結成したという流れは共通しています。

【年表・関係図】小杉竜一を形づくった人物と転機

小杉さんの若い頃から現在までの歩みを、関係する人物や出来事とともに整理します。

時期 人物・出来事 関係・意味
1973年 小杉竜一誕生 京都府出身
高校時代 京都府立桂高校 ラグビー部で3年間活動
1994年 NSC大阪校13期 芸人を目指して養成所に入学
1990年代 関西キング 幼なじみとコンビ活動
1997~1998年 ブラックマヨネーズ結成 吉田敬とコンビを結成。資料に年の違いあり
2000~2002年頃 頭髪の変化 27~28歳頃に薄毛を自覚
2005年 M-1グランプリ優勝 漫才師として全国的な評価を獲得
2026年 テレビ・BS番組など バラエティーや冠番組で活動
2005年のM-1優勝が大きな転換点

ブラックマヨネーズの大きな転機となったのが、2005年のM-1グランプリです。

公式大会記録によると、2005年大会には3,378組が参加し、ブラックマヨネーズが659点を獲得して優勝しました。

この優勝によって、2人の漫才は全国的に知られるようになりました。

特に小杉さんのツッコミは、吉田さんの独特なボケを受け止めながら、観客の笑いを引き出す重要な役割を果たしています。

また、2024年のTOKYO FMのインタビューでは、2001年から2004年まで準決勝止まりだったことや、ラジオのフリートークのように自分たちのキャラクターを押し出す漫才へと変えていった経緯も紹介されました。

単に技術を磨くだけでなく、2人の個性を漫才に反映させたことが、2005年の結果につながったのです。

【2026年最新】53歳の小杉竜一は現在どんな活動をしている?

2026年11月6日現在、小杉さんは53歳です。

若い頃のスリムな姿からは大きく変わりましたが、現在もバラエティー番組を中心に活動を続けています。

現在の体重は100kg前後

吉本興業の公式プロフィールでは、身長170cm、体重100kgと掲載されています。

また、BSよしもとの番組「ブラマヨ小杉の『走れ!こすっちょ』」では、100kgを超える体重で全国を走りながら、健康的な身体づくりを目指す企画が続いています。

高校時代に60kg台から90kgまで体重を増やした小杉さんですが、現在はさらに体格が大きくなっています。

興味深いのは、単に体重を笑いの材料にするだけではなく、ランニングを通じて街の魅力や人との出会いを紹介していることです。

同番組では、2017年のマラソン挑戦、2018年のフルマラソン挑戦を経て、2019年には大阪マラソンを完走した経歴も紹介されています。

2026年11月の主な出演番組
番組名 放送局・内容
ぽかぽか フジテレビ・火曜レギュラー
ホンマでっか!?TV フジテレビ・出演
ブラマヨ小杉の「走れ!こすっちょ」 BSよしもと・冠番組
ブラマヨ弾話室 BSフジ・出演

フジテレビの公式番組情報では「ぽかぽか」の火曜レギュラーとして小杉さんの名前が掲載されています。

BSよしもとの公式番組ページでは、2026年11月にも「走れ!こすっちょ」の放送予定が掲載されており、同番組の継続が確認できます。

若い頃と現在で変わったもの、変わらないもの

小杉さんの変化を振り返ると、体格や髪型、テレビでの見られ方は大きく変わりました。

一方、芸人としての基本的な役割であるツッコミは、今も変わっていません。

高校時代のラグビーで経験した仲間との連携、NSC時代から評価されていたツッコミの技術、そして吉田さんとのコンビで磨かれた掛け合い。

それぞれが現在の小杉さんを形づくっています。

若い頃の写真だけを見ると、外見の変化に目が向きがちですが、芸人としての成長にも注目すると、また違った魅力が見えてきます。

【小杉竜一の若い頃】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:小杉竜一の若い頃は本当にイケメンだった?

A1:はい。2023年に本人が公開したNSC卒業時の写真では、細身でオールバックの髪型が印象的でした。オリコンニュースでも、写真を見た人から驚きの反応があったと報じられています。

Q2:小杉竜一が薄毛に気づいたのは何歳?

A2:本人によると27~28歳頃です。2021年の日刊SPA!のインタビューで明かしています。生年月日から計算すると、2000年から2002年頃に該当します。

Q3:小杉竜一は高校時代に何部だった?

A3:京都府立桂高校のラグビー部です。ポジションはプロップで、入学当初60kg台だった体重が、筋力トレーニングによって90kgまで増えたと本人が語っています。

Q4:小杉竜一と吉田敬はいつ出会った?

A4:NSC大阪校13期生として出会いました。2人は当初それぞれ別のコンビで活動していましたが、吉田さんが小杉さんのツッコミに注目し、コンビ結成を持ちかけました。

Q5:小杉竜一は1994年に芸人デビューした?

A5:1994年はNSC大阪校13期への入学年です。ブラックマヨネーズとしての活動開始は1997年または1998年とする資料があり、結成年の表記には違いがあります。

Q6:小杉竜一は2026年現在何歳?

A6:1973年7月5日生まれなので、2026年11月6日現在は53歳です。

小杉竜一さんの若い頃を振り返ると、現在のイメージとは大きく異なる、細身で髪の毛が豊富な姿が印象に残ります。

高校時代には京都府立桂高校のラグビー部でプロップを務め、体重を60kg台から90kgまで増やすほど身体づくりに励んでいました。

その後、1994年にNSC大阪校13期生となり、吉田敬さんとの出会いを経てブラックマヨネーズを結成。2005年のM-1グランプリ優勝によって、全国的な人気を獲得しました。

薄毛に気づいたのは27~28歳頃。本人のインタビューからは、最初は変化を受け入れられず、髪型で隠していた時期があったことも分かります。

2026年現在は53歳。体格や髪型は変化しても、持ち味であるツッコミと独特の存在感は健在です。

小杉竜一さんの若い頃の魅力は、単に昔がイケメンだったという話だけではありません。 高校時代の努力、芸人としての試行錯誤、吉田敬さんとの出会い、そしてコンプレックスを個性へと変えていった歩みまで含めて、その変化を知ることができるのです。

同じカテゴリの記事

水沢 陽菜

美容・健康カテゴリを担当。引用元の研究・公的機関の資料を確認したうえで、誰にでも読める形に整えます。

おすすめの関連記事