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【池田勇人内閣と所得倍増計画】日本経済が大きく変わった理由

伊部 拓海 伊部 拓海 • 更新: • 公開: • 読了約 13 分
目次

1960年7月19日、岸信介内閣の後を引き継いで池田勇人内閣が成立しました。

池田内閣が掲げた政治姿勢は「寛容と忍耐」です。安保闘争によって深刻化した政治的な対立を和らげ、国民の関心を経済成長へと向けることを目指しました。

その象徴が、同年12月27日に閣議決定された国民所得倍増計画です。

所得倍増計画とは何だったのか

この計画は、10年以内に実質国民総生産(実質GNP)を2倍にすることを目標とした長期経済政策です。

単純に国民全員の給料を10年間で2倍にするという約束ではありません。産業の成長、生産性の向上、輸出の拡大、社会資本の整備などを通じて、国全体の経済規模を大きくする構想でした。

主な政策の柱は次のとおりです。

政策分野 具体的な取り組み 期待された効果
輸出産業 輸出増進と外貨獲得 国際競争力の向上
工業 石油・鉄鋼を中心とする重化学工業の育成 生産力の拡大
社会資本 道路・港湾・住宅・下水道の整備 生活環境の改善
科学技術 研究開発と技術者の育成 産業の近代化
教育 教育・職業訓練の充実 人材と労働力の質の向上
社会福祉 社会保障・福祉の向上 経済成長の成果の還元

国立公文書館の政策解説では、計画の背景として、輸出の増進、社会資本の拡充、重化学工業への転換、教育・科学技術の振興などが挙げられています。

所得倍増計画がその後の日本に与えた影響

この政策は、その後の日本の産業構造や暮らしを考えるうえで欠かせません。

工業生産が拡大すると、企業の設備投資や雇用が増え、都市部への人口移動も進みます。道路や港湾の整備は物流を支え、住宅や生活インフラの拡充は都市生活の基盤になりました。

一方、経済成長がすべての人に同じような恩恵をもたらしたわけではありません。地域間格差や産業間格差なども政策上の課題として認識されていました。

昭和35年は、政治的な対立を経て、日本が経済成長を国家的な目標として明確に打ち出した年だったのです。

【カラーテレビ本放送と昭和の流行】1960年の暮らし・文化・ヒット商品

昭和35年

政治や経済の変化と並んで、昭和35年は日本人の日常生活にも新しい文化が広がった年でした。

テレビ、家電、食品、玩具、音楽などを振り返ると、戦後の生活から高度経済成長期の生活へ移っていく様子が分かります。

1960年9月10日、カラーテレビの本放送がスタート

昭和35年9月10日は、日本の放送史における重要な日です。

この日、NHKと民放各局でカラーテレビの本放送が始まりました。

テレビ画面が白黒からカラーへ変わることは、家庭での娯楽や情報の受け取り方を変える大きな技術的進歩でした。

ただし、放送開始と家庭への普及は別の話です。

当時のカラーテレビ受像機は高価で、カラー番組も限られていました。そのため、放送が始まったからといって、すぐに一般家庭のテレビがカラーになったわけではありません。

カラー映像が広く注目されるようになったのは、1964年の東京オリンピックなどを経てからです。

昭和35年の流行語・話題になった言葉

昭和館の年表や昭和世相流行語辞典には、1960年を象徴する言葉が記録されています。

代表的なものを挙げると、次のとおりです。

流行語・表現 当時の背景
声なき声 安保反対運動などで表面化した市民の意思を象徴
低姿勢 池田勇人の政治姿勢を表す言葉
所得倍増 池田内閣の経済政策を象徴
私はウソは申しません 自民党の選挙広告で使われた表現
家付き・カー付き・ババ抜き 当時の結婚観や生活への希望を反映
インスタント時代 便利さや手軽さが広がる社会を象徴

特に「家付き・カー付き・ババ抜き」という言葉は、当時の結婚や家庭に対する価値観を反映した表現として知られています。

住宅や自動車を持つことが生活の豊かさの象徴になりつつあった一方、家族関係や結婚に対する考え方も変化し始めていたことがうかがえます。

昭和35年のヒット曲

1960年は、歌謡曲や映画音楽が大衆文化を彩った時代でもあります。

昭和館の年表などに記録されている代表的な楽曲には、次のものがあります。



『ズンドコ節』

小林旭
昭和35年を代表するヒット曲の一つ。軽快なリズムが印象的な楽曲です。


『霧笛が俺を呼んでいる』

赤木圭一郎
同名映画とも結びついた、当時の映画・音楽文化を象徴する作品です。


『誰よりも君を愛す』

松尾和子・和田弘とマヒナスターズ
第2回日本レコード大賞の受賞曲としても知られています。


『アカシアの雨が止む時』

西田佐知子
昭和の歌謡曲史を振り返る際に外せない楽曲です。


このほか、橋幸夫の『あれが岬の灯だ』なども1960年のヒット曲として記録されています。

昭和35年に登場・流行した商品

1960年は、現在まで続く商品やブランドの歴史をたどるうえでも興味深い年です。

商品・ブランド 1960年の動き 当時の特徴
ダッコちゃん 7月発売 腕にぶら下げるビニール人形が大ブーム
ソニーのトランジスタテレビ 発売 小型化を進めたテレビ技術
日産セドリック 発売 国産乗用車の新しいモデル
ハウス印度カレー 登場 家庭向けカレー商品の展開
丸美屋ののりたま 発売 食卓に定着したふりかけ
クレラップ 発売 家庭用ラップフィルム
マイペット 発売 住居用洗剤
森永のインスタントコーヒー 登場 手軽に楽しめるコーヒー

これらの商品は、昭和館の昭和年表にも1960年の初登場商品として掲載されています。

特に注目したいのが、ダッコちゃんです。

若い女性を中心に人気が広がり、腕にぶら下げて街を歩くスタイルが話題になりました。テレビで紹介されたこともブームを後押しし、玩具店や百貨店で品薄になるほどの人気を集めました。

また、トランジスタテレビの登場は、テレビの小型化・高性能化という技術革新の流れを象徴しています。

1960年の日本人の生活と物価

昭和35年の暮らしを理解するには、当時の物価にも注目する必要があります。

昭和館の年表に掲載されている参考値では、次のような数字が紹介されています。

項目 当時の参考価格
コーヒー1杯 60円
たばこ「ハイライト」 70円
清酒1級・1.8リットル 835円
サラリーマン平均月収 40,895円
小学校教員初任給 10,000円

もちろん、これらの金額を2026年の価格と単純比較することはできません。賃金水準や物価、生活必需品の構成が大きく異なるためです。

それでも、当時の月収と日常的な商品の価格を並べることで、昭和35年の生活水準を考える手がかりになります。

カラーテレビ、自動車、家電製品などは、新しい豊かさの象徴として登場しました。しかし、すべての家庭がすぐに購入できたわけではありません。

この「新しい商品が生まれること」と「一般家庭に普及すること」の時間差こそ、高度経済成長期の暮らしを理解する要点です。

【プロの結論】昭和35年は政治の激動と経済成長が交差した歴史的な転換点

昭和35年を理解する際、単に「高度経済成長が始まった年」「安保闘争があった年」と一つの出来事だけで説明するのは不十分です。

重要なのは、政治、経済、技術、生活文化の変化が同時に進んだことです。

1960年を読み解く3つの視点

1.政治の視点:国民と政府の関係が問われた年

60年安保闘争は、安全保障政策だけでなく、国会運営や民主主義のあり方をめぐる議論を社会全体に広げました。政治への関心が高まり、政府の意思決定に対する市民の視線も厳しくなりました。

2.経済の視点:成長を国家的な目標にした年

池田勇人内閣の所得倍増計画は、産業の近代化や輸出拡大、社会資本の整備を通じて日本経済の規模を拡大する構想でした。1960年は高度経済成長の流れを政策面から加速させた節目といえます。

なお、高度経済成長そのものは1960年に突然始まったわけではなく、1950年代半ばから進んでいました。

3.生活文化の視点:新しい豊かさが形になり始めた年

カラーテレビ、トランジスタテレビ、家庭用品、インスタント食品などの登場は、生活の利便性を高める技術や商品への期待を示しています。

ただし、商品が登場した年と、それが一般家庭に普及した年を混同しないことが大切です。

昭和35年について調べるときの判断基準
調べたいテーマ 優先して確認したい資料
年号・年齢・干支 暦と生年月日の計算
安保闘争 国立国会図書館・国立公文書館の史料
新安保条約 条約原文・政府の公文書
所得倍増計画 国立公文書館の政策資料
カラーテレビ 放送史・放送局の記録
流行語・商品 昭和館の年表・当時の広告や新聞
ヒット曲 レコード大賞などの音楽記録

昭和35年の歴史を深く理解したい人には、政治史と生活史の両方を確認する方法がおすすめです。

一方、年齢や干支だけを知りたい場合は、政治史の詳細まで調べる必要はありません。知りたい内容に応じて資料を使い分けることが、正確な情報を得る近道です。

【昭和35年に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:昭和35年は西暦何年ですか?

昭和35年は西暦1960年です。昭和元年が1926年のため、1926年に34を加えた1960年が昭和35年に当たります。

Q2:昭和35年生まれは2026年に何歳ですか?

2026年11月5日時点では、誕生日を迎えた人が66歳、これから誕生日を迎える人が65歳です。2026年中に全員が66歳になります。

Q3:昭和35年の干支は何ですか?

子年(ねずみ年)です。十干十二支では庚子(かのえね)に当たります。

Q4:昭和35年の日本で最も大きな出来事は何ですか?

政治面では60年安保闘争と新日米安全保障条約の発効、経済面では池田勇人内閣の所得倍増計画が代表的です。9月10日にはカラーテレビの本放送も始まりました。

Q5:昭和35年に流行したものは何ですか?

ダッコちゃんが代表的な流行商品です。音楽では小林旭の『ズンドコ節』、松尾和子・和田弘とマヒナスターズの『誰よりも君を愛す』などが知られています。

Q6:昭和35年は高度経済成長が始まった年ですか?

厳密には、高度経済成長は1950年代半ばから進んでいました。1960年は池田内閣が所得倍増計画を閣議決定し、経済成長を国家的な政策目標として強く打ち出した重要な節目です。

昭和35年は西暦1960年で、2026年時点の昭和35年生まれは65歳または66歳、干支は子年です。

この年の日本では、60年安保闘争によって政治が大きく揺れ、新日米安全保障条約が発効しました。その後、池田勇人内閣が発足し、国民所得倍増計画を閣議決定。9月にはカラーテレビの本放送も始まりました。

流行語やヒット曲、ダッコちゃんなどの商品からは、当時の人々の価値観や新しい生活への期待も読み取れます。

昭和35年を一言で表すなら、戦後日本が政治的な対立を抱えながらも、経済成長と新しい暮らしへ大きく舵を切った年です。

1960年の出来事を振り返ることは、現在の日本の政治、経済、生活文化がどのような歴史の積み重ねによって形づくられたのかを理解することにもつながります。

主な参考資料:国立公文書館「昭和の年表」「高度成長の時代へ」、国立国会図書館「史料にみる日本の近代」、昭和館「昭和の年表」、男女共同参画機構デジタルアーカイブ。

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伊部 拓海
コンテンツディレクター 伊部 拓海
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映画・ドラマ担当。公開資料と一次報道を照合し、ネタバレの扱いには線引きルールを設けています。

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