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【犬のモデルはツン?】後藤貞行が制作した薩摩犬の意外な真相

滑原 圭介 滑原 圭介 • 更新: • 公開: • 読了約 14 分
目次

西郷隆盛像を見た人が気になるのが、足元にいる犬の存在です。

一般には「ツン」という名前の愛犬として紹介されていますが、実際の制作事情を調べると、少し違った事実が見えてきます。

西郷隆盛が愛した犬「ツン」とは?

西郷隆盛は大変な犬好きとして知られています。

鹿児島県立図書館のレファレンス資料によると、西郷は少ないときでも2~3頭、多いときには12~13頭ほどの犬を飼っていたとされています。

名前もツン、クロ、カヤ、ブチ、ユキなどさまざまでした。

その中でも、特に有名なのが「ツン」です。

ツンは薩摩犬として知られ、虎毛の体と左に曲がった尾を持つ雌犬だったと伝えられています。

西郷の狩猟を支えた犬たちは、単なるペットではなく、日常生活や健康管理にも関わる大切な存在でした。

銅像の犬は本当にツンなのか?

重要な検証ポイント

結論からいえば、銅像の犬の直接のモデルは、実際のツンではないとする資料があります。

国立国会図書館のレファレンス協同データベースに掲載された熊本県立図書館の調査では、次のような制作事情が紹介されています。

- 犬の木彫原型を制作したのは後藤貞行。
- モデルは薩摩出身の海軍中将・仁礼景範が東京で飼育していた桜島産の薩摩犬。
- 実際のツンが銅像の直接のモデルだったわけではない。
- 西郷が飼っていた複数の犬の存在が、銅像のイメージにも関係している。

小学館の『サライ』でも、仁礼景範が飼っていた薩摩犬「サワ」がモデルだったという説が紹介されています。

つまり、銅像の犬は西郷の愛犬との関係を象徴する存在ですが、実際のツンをそのまま再現したものではないと考えるのが適切です。

なぜ銅像の犬は雄犬なのか?

ここにも興味深い事情があります。

実際のツンは雌犬でしたが、銅像のモデルになった犬は別の個体だったため、像の犬は雄犬として造形されたと説明されています。

この点は、上野の西郷像にまつわる意外な事実の一つです。

「西郷さんがツンを連れている」という親しみやすい説明と、実際の彫刻制作に使われたモデルの話は、分けて理解すると分かりやすくなります。

なお、犬のモデルについては文献によって細部の説明に違いがありますが、後藤貞行が犬を制作したことと、ツンそのものが直接のモデルではないとする図書館資料の見解は重要です。

【浴衣姿とうさぎ狩りの由来】糸子夫人が驚いた理由とは?

上野西郷隆盛像

西郷隆盛といえば、明治維新を成し遂げた政治家・軍人という印象が強い人物です。

ところが、上野の銅像は軍服でも礼装でもなく、浴衣姿と呼ばれるくつろいだ和装です。

なぜ、このような姿が選ばれたのでしょうか。

西郷隆盛像は散歩ではなくうさぎ狩りの姿

まず押さえておきたいのは、銅像が単なる犬の散歩を表現したものではないという点です。

モチーフは、愛犬を連れてうさぎ狩りに出かける西郷の姿です。

西郷は狩猟を好み、犬を連れて野山を歩くことを日常的に楽しんでいたとされています。

明治政府で多忙な生活を送る中、体重が増えた西郷にとって、狩猟は運動を兼ねた趣味でもありました。

犬を連れた姿には、政治家や軍人としての公的な顔とは違う、自然を愛する西郷の人間的な一面が表現されています。

なぜ軍服ではなく浴衣姿になったのか

浴衣姿の理由には、いくつかの歴史的な解釈があります。

一つは、西郷が西南戦争で政府に反旗を翻したという政治的な背景です。

西郷は明治維新の功労者である一方、1877年には新政府と戦った人物でもありました。

そのため、軍服姿で英雄的に表現することには、当時の政治的な配慮が必要だったという説明があります。

一方、従弟の大山巌が、威厳ある軍人としてではなく、私利私欲のない自然体の西郷を表現することを望んだという説も紹介されています。

歴史群像の銅像解説では、大山巌が現在のモチーフを提案したとされています。

この二つは必ずしも矛盾しません。

政治的な事情と、西郷の人柄を伝えたいという造形上の意図が重なり、現在の親しみやすい姿につながったと考えられます。

糸子夫人が除幕式で語った有名な逸話

1898年12月18日の除幕式には、西郷隆盛の妻・糸子(いとこ)も出席したと伝えられています。

その際、糸子が銅像を見て、次のように漏らしたという逸話が有名です。

「宿んしはこげなお人じゃなかったこてえ」

鹿児島の言葉で、現代の標準語に置き換えると「うちの主人はこんな人ではなかった」という意味です。

この言葉については、銅像の顔が本人に似ていなかったからだという解釈が広く知られています。

しかし、別の解釈もあります。

糸子が違和感を覚えたのは、顔立ちではなく、浴衣姿で人前に立っていることだったという説です。

夫人の目には、西郷は人前ではきちんとした身なりをする人物として映っていたため、あまりにもくつろいだ姿に驚いたというわけです。

小学館の『サライ』でも、この逸話について、顔の似不似ではなく、夫人が知る西郷の礼儀正しい振る舞いとの違いを指摘する解釈が紹介されています。

そもそも西郷隆盛の本当の顔は分かっているのか?

実は、西郷隆盛の容貌にも謎があります。

西郷は生前の写真を残していなかったとされ、現在よく知られている肖像画は本人を直接撮影したものではありません。

有名なイタリア人画家エドアルド・キヨッソーネによる肖像画は、1883年に描かれたものです。

鹿児島県立図書館の展示資料によれば、顔の上半分は弟の西郷従道、下半分は従弟の大山巌を参考にして描かれました。

つまり、広く知られている西郷の顔そのものも、親族の顔や周囲の証言などを参考に再構成されたものなのです。

この事情を知ると、糸子夫人の逸話がさらに興味深くなります。

妻が知っていた実際の夫の姿と、後世の人々が英雄として描いた西郷像。その間には、どうしても埋められない距離があったの可能性があります。

【2026年最新】西郷隆盛像の場所・高さ・見どころ・アクセス

2026年現在も、西郷隆盛像は上野恩賜公園を代表する観光スポットです。

東京の観光公式サイトGO TOKYOでも、2026年1月28日更新の観光案内で紹介されています。

ここでは、実際に訪れる際に役立つ場所や寸法、アクセス情報を整理します。

西郷隆盛像の高さは約3.7メートル

東京都建設局の上野恩賜公園公式案内によると、像の寸法は次のとおりです。

項目 寸法
人物像の高さ 370.1cm
胸囲 256.7cm
足の長さ 55.1cm

一般的には高さ3.7メートルと紹介されますが、正確には370.1センチメートルです。

実際に近くで見上げると、その大きさと存在感に驚かされます。

西郷隆盛像がある場所

所在地は、東京都台東区上野公園1です。

像が立っているのは、上野恩賜公園の南東側にある山王台広場付近です。

上野駅と不忍池の間にある高台に位置し、上野広小路方面を見渡すように南を向いています。

国立国会図書館国際子ども図書館の上野名所案内によれば、像のある広場は周辺の建物の屋上ともつながっており、上野駅側からエレベーターを利用してアクセスすることもできます。

最寄り駅と徒歩でのアクセス
最寄り駅 路線 徒歩の目安
JR上野駅 山手線・京浜東北線など 約2分
東京メトロ上野駅 銀座線・日比谷線 約4分
京成上野駅 京成本線 約1分
上野御徒町駅 都営大江戸線 約5分

東京都建設局の公園公式案内では、JR・東京メトロ上野駅から徒歩約2分、京成上野駅から徒歩約1分とされています。

2026年の開園時間・料金
項目 2026年の案内
公園の開園時間 5:00~23:00
観覧料金 無料
所在地 東京都台東区上野公園1
定休日 公園公式案内に定休日の記載なし

東京の観光公式サイトGO TOKYOでは、観覧料金は無料、時間は5時から23時までと案内されています。

東京都建設局の公園公式ページでも、開園時間は午前5時から午後11時までとされています。

なお、開園時間は公園全体の情報です。周辺施設や店舗の営業時間とは異なるため、夜間に訪れる場合は注意してください。

現地で見逃したくない3つのポイント

1.西郷の表情と和装

軍服姿の英雄ではなく、自然体の西郷を表現した造形に注目してください。顔の表情や着物の質感から、彫刻家が意図した人物像を感じ取れます。

2.犬の姿と人物との距離感

人物だけでなく、犬の姿勢や体つきにも注目すると、後藤貞行の動物彫刻の技術が分かります。人物と犬を一体の作品として眺めるのがおすすめです。

3.彰義隊の墓との位置関係

西郷像を見た後は、近くに残る彰義隊の墓にも足を運んでみてください。

新政府軍の中心人物と、旧幕府側の隊士たちの記憶が同じ公園に残っていることは、上野ならではの歴史的な見どころです。

【プロの結論】上野の西郷隆盛像を正しく理解するための3つの視点

西郷隆盛像を単なる観光名所として見るだけでは、その歴史的な意味を十分に理解できません。

今回の調査から押さえておきたいのは、次の3点です。

1.作者は高村光雲だけではない

一般的な作者表記は高村光雲ですが、実際には岡崎雪声が胴体や鋳造に関わり、後藤貞行が犬を制作しました。

彫刻作品の作者を調べるときには、代表作者だけでなく、制作工程ごとの担当者にも目を向けることが大切です。

2.上野は西郷の功績と戦争の記憶が重なる場所

上野に銅像がある理由は、西郷の顕彰だけではありません。

薩摩軍と彰義隊が戦った上野戦争の舞台であること、建立場所の政治的な検討があったことも重要です。

勝者と敗者の歴史が同じ公園に残っている点に、上野の歴史的な奥行きがあります。

3.犬のツンや糸子夫人の逸話は背景まで知ると面白い

銅像の犬は一般にツンと呼ばれていますが、実際のモデルには別の薩摩犬が使われたとする資料があります。

また、糸子夫人の言葉も、顔が似ていなかったという話だけでなく、夫の服装や人前での振る舞いに対する違和感だったという解釈があります。

有名な逸話ほど、その背景にある史料や異なる解釈を確認することで、人物像をより立体的に理解できます。

【上野の西郷隆盛像】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:上野の西郷隆盛像を造ったのは誰ですか?

人物像の代表作者は高村光雲です。胴体の制作には岡崎雪声が関わり、犬の像は後藤貞行が担当しました。

Q2:西郷隆盛像はなぜ上野に建てられたのですか?

上野戦争で薩摩軍が彰義隊と戦った、西郷にゆかりのある土地だったためです。当初は皇居周辺も候補でしたが、検討の結果、現在の山王台に決まりました。

Q3:西郷隆盛像の犬は本当にツンですか?

一般にはツンと呼ばれていますが、直接のモデルは別の薩摩犬だったとする図書館資料があります。後藤貞行が犬の像を制作したことは確認されています。

Q4:西郷隆盛像が完成したのは何年ですか?

1898年(明治31年)です。除幕式は同年12月18日に行われました。

Q5:西郷隆盛像の高さは何メートルですか?

正確には370.1センチメートルで、約3.7メートルです。

Q6:西郷隆盛像の最寄り駅はどこですか?

京成上野駅から徒歩約1分、JR上野駅から徒歩約2分です。東京メトロ上野駅からも徒歩約4分でアクセスできます。

Q7:西郷隆盛像は無料で見学できますか?

はい。屋外にある銅像で、観覧料金は無料です。上野恩賜公園の開園時間は原則5時から23時までです。

上野恩賜公園の西郷隆盛像は、1898年12月18日に除幕された、明治維新の功労者を顕彰する銅像です。

制作には高村光雲、岡崎雪声、後藤貞行らが関わり、人物と犬のそれぞれに異なる制作背景があります。

犬のモデルとされるツンの真相、浴衣姿とうさぎ狩りの由来、糸子夫人の逸話など、像には多くの興味深いエピソードが残されています。

そして、上野戦争の舞台となった場所に銅像が建てられたことは、現在も同じ公園に残る彰義隊の墓とともに考えるべき歴史です。

2026年に上野を訪れるなら、西郷像の前で写真を撮るだけでなく、犬の姿や造形の細部、周辺に残る歴史的な場所にも目を向けてみてください。

一つの銅像を通して、明治維新の功績だけでなく、当時の政治的な対立や人々の思いまで感じ取ることができるはずです。

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コンテンツディレクター 滑原 圭介
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旅行・観光を担当。現地の公式観光資料と営業情報を確認してから記事にします。

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