吉本新喜劇の歴代座長には、どのような人物が名を連ねているのでしょうか。1959年3月1日の発足から、花紀京、岡八郎、平参平、原哲男、桑原和男ら昭和の名優が活躍した時代、内場勝則や辻本茂雄らが劇団を立て直した平成の時代、そして2026年現在の新体制まで、その歴史は幾度もの世代交代によって築かれてきました。
2026年11月現在、吉本新喜劇の現役座長はすっちー、酒井藍、アキ、吉田裕の4人です。また、間寛平が新喜劇初のゼネラルマネージャー(GM)として全体を支えています。歴代座長の就任順や勇退した人物、座長とGMの違いを整理すると、現在の新喜劇につながる変化が見えてきます。
【まず結論】2026年現在の吉本新喜劇の現役座長は誰?

2026年11月現在、吉本新喜劇の公式サイトに掲載されている現役座長は次の4人です。
| 現役座長 | 就任年 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| すっちー | 2014年 | すち子としても人気を集める |
| 酒井藍 | 2017年 | 吉本新喜劇初の女性座長 |
| アキ | 2023年 | 独特の間と「いぃよぉ~!」で知られる |
| 吉田裕 | 2023年 | 「乳首ドリル」のギャグで人気 |
この4人は、それぞれ座長公演を担当し、異なる持ち味を生かして舞台を作っています。
一方、間寛平は現在の4座長には含まれません。2022年2月に吉本新喜劇初のGMに就任し、座員の育成や公演全体の運営、次世代のリーダーづくりなどを担っています。
ここで押さえておきたいのは、歴代座長と現役座員は同じ意味ではないという点です。
内場勝則、辻本茂雄、小籔千豊、川畑泰史などは座長を勇退した後も新喜劇への出演を続けています。座長という役職を離れても、舞台で活躍するベテランは少なくありません。
【発足から座長制の確立まで】1959年から昭和の黄金時代へ
1959年に「吉本ヴァラエティ」としてスタート吉本新喜劇の歴史が始まったのは、1959年3月1日です。
大阪の「うめだ花月劇場」の開場と同時に、現在の吉本新喜劇の前身となる「吉本ヴァラエティ」がスタートしました。
当時の基本構想は、徹底したドタバタ劇、分かりやすい物語、悪者を出さない展開など、幅広い観客が楽しめる喜劇を作ることでした。
1962年には名称が「吉本新喜劇」に変更されます。
そして1963年、「なんば花月」の開場を契機に座長制が確立されました。
吉本新喜劇公式の歴史紹介では、この時期に中心となった人物として、次の6人が挙げられています。
- 花紀京
- 岡八郎
- 平参平
- 原哲男
- 桑原和男
- 船場太郎
当時は総勢約60人の座員が、うめだ花月、なんば花月、京都花月の3劇場に分かれて公演を行っていました。
現在のように一つの劇場を中心に座長公演を組む形式とは異なり、複数の組がそれぞれの舞台を支える仕組みだったのです。
そのため、歴代座長を単純に「初代、2代目、3代目」と一人ずつ並べることはできません。初期には複数の座長や中心人物が並行して劇団を率いていました。
1974年、間寛平が若くして座長に就任昭和の新喜劇を語るうえで欠かせない人物が間寛平です。
1970年に吉本新喜劇へ入団した間寛平は、花紀京の付き人などを経験し、1974年に24歳で座長に就任しました。
当時の寛平は若手ながら独自の身体表現やギャグで存在感を発揮。池乃めだかとの「サル×ネコ」ネタも話題になりました。
後年、寛平は座長という立場から劇団全体を支える役職へと移ります。このキャリアは、2022年のGM就任につながる重要な転換点でもあります。
1989年の存続危機と再生1980年代後半、吉本新喜劇は観客動員の低迷という大きな問題に直面しました。
1989年には「吉本新喜劇やめよッカナ?キャンペーン」が始まります。
半年間で18万人の観客動員を達成できなければ新喜劇を解体するという厳しい条件が掲げられました。
この再生策は目標を達成し、新喜劇は存続。1990年には東京公演にも進出しました。
この時期の改革が、後に内場勝則、辻本茂雄、石田靖ら若い世代が中心となる新体制につながっていきます。
【吉本新喜劇歴代座長年表】就任順と世代交代の全体像
歴代座長の変遷を理解するには、単なる人物一覧ではなく、座長制度そのものがどう変化したかを見る必要があります。
以下は、吉本新喜劇公式の歴史、吉本興業の発表、MBSの座員インタビューなどから整理した主要な年表です。
| 年代 | 人物・出来事 | 役職・歴史的な位置づけ |
|---|---|---|
| 1959年 | 吉本ヴァラエティ発足 | 吉本新喜劇の前身 |
| 1962年 | 吉本新喜劇へ名称変更 | 現在の名称に |
| 1963年 | 花紀京・岡八郎・平参平・原哲男・桑原和男・船場太郎ら | 座長制確立期の中心人物 |
| 1974年 | 間寛平 | 24歳で座長就任 |
| 1989年 | 吉本新喜劇やめよッカナ?キャンペーン | 劇団再生への転換点 |
| 1995年 | 内場勝則・辻本茂雄・石田靖 | ニューリーダーに就任 |
| 1999年 | 内場勝則・辻本茂雄ら | 現在につながる座長制度へ |
| 2006年 | 小籔千豊 | 座長就任 |
| 2007年 | 川畑泰史 | 座長就任 |
| 2014年 | すっちー | 6月11日に座長就任 |
| 2017年 | 酒井藍 | 7月26日に女性初の座長就任 |
| 2019年 | 内場勝則・辻本茂雄 | 座長勇退 |
| 2022年 | 小籔千豊 | 8月に座長勇退 |
| 2022年 | 間寛平 | 2月に初代GM就任 |
| 2023年 | 川畑泰史 | 3月20日に座長勇退 |
| 2023年 | アキ・吉田裕 | 5月2日に新座長就任 |
| 2026年 | すっちー・酒井藍・アキ・吉田裕 | 現役4座長体制 |
平成以降の歴代座長を調べる際に、混同しやすいのが「ニューリーダー」と「座長」です。
1995年、内場勝則、辻本茂雄、石田靖の3人がニューリーダーに就任しました。
これは低迷期を乗り越え、若い世代を中心に新喜劇を再構築するための人事でした。
その後、吉田ヒロも加わり、4人を中心とする体制が整っていきます。
1999年には内場と辻本が正式に座長へ昇格。4人を中心とした座長制度が確立されました。
この違いは重要です。1995年のニューリーダー就任を、そのまま正式な座長就任と同一視すると、歴代座長の年表に誤差が生まれます。
2006年から2007年にかけて新世代へ2006年には小籔千豊が座長に就任しました。
新喜劇に入団して約4年という異例の早さでの抜擢でした。
続いて2007年には川畑泰史が座長に就任します。
小籔と川畑は、漫才やコントとは異なる視点から新喜劇の構成や脚本を考え、新しい舞台作りに取り組みました。
さらに2014年にはすっちー、2017年には酒井藍が座長となり、座長の顔ぶれは大きく変化していきます。
2019年以降は勇退と新座長の誕生が続く2019年は新喜劇60周年の節目でした。
このタイミングで内場勝則と辻本茂雄が座長を勇退。小籔千豊、川畑泰史、すっちー、酒井藍の4座長を中心とする体制へ移行しました。
2022年には小籔が座長を勇退し、同年に間寛平がGMへ就任。
2023年には川畑も座長を勇退し、アキと吉田裕が新たな座長に加わりました。
こうして現在の4座長体制が形成されています。
【昭和の名優から平成の人気座長へ】歴代座長の功績と役割
花紀京と岡八郎が築いた昭和の新喜劇昭和の吉本新喜劇を代表する人物として、花紀京と岡八郎の名前は欠かせません。
花紀京は1963年の座長制確立期を担った中心人物の一人です。岡八郎とともに、吉本新喜劇の黄金時代を支えました。
岡八郎もまた、当時の看板を担った存在です。2人の活躍によって、新喜劇は大阪の劇場文化を代表する喜劇として成長していきました。
内場勝則がMBSのインタビューで振り返っているように、当時の若手にとって花紀京や岡八郎は大きな存在でした。
入団当初の若手は先輩の楽屋仕事を手伝い、舞台では先輩の演技を支える立場にありました。
こうした上下関係や舞台経験の積み重ねが、次世代の座長を育てる土台にもなっていました。
平参平・原哲男・桑原和男も初期の重要人物花紀京と岡八郎だけが昭和の新喜劇を支えたわけではありません。
平参平は、1963年の座長制確立期に中心となった人物です。
原哲男も同じく初期の中心メンバーであり、昭和の新喜劇を代表する存在でした。
桑原和男もこの時代の重要人物です。後年まで新喜劇の舞台で存在感を発揮し、長く劇団を支えました。
この6人をはじめとする初期の中心人物が、後の世代に受け継がれる新喜劇の基盤を作りました。
内場勝則と辻本茂雄が担った平成の再生平成の新喜劇を代表する座長として、内場勝則と辻本茂雄は特に重要です。
内場は1995年にニューリーダーとなり、1999年に正式な座長へ昇格しました。
座長在任期間は約20年。2019年の60周年を機に座長を勇退しました。
辻本も同じく1995年のニューリーダーから座長へと進み、1999年以降、新喜劇の中心を担いました。
辻本の代表的なキャラクターとして知られるのが「茂造」です。独特の動きやテンポ、決めゼリフを生かした舞台で、多くの観客を楽しませてきました。
2人は座長を勇退した後もベテラン座員として出演を続けています。
小籔千豊と川畑泰史が変えた新喜劇の舞台作り2006年に座長となった小籔千豊は、従来の新喜劇に新しい視点を持ち込みました。
小籔は新喜劇に入団してから約4年で座長に抜擢されました。若い世代の感覚を取り入れた舞台作りによって、劇団の新たな方向性を示しました。
一方、2007年に座長となった川畑泰史は、ツッコミを軸とした舞台運びで知られています。
川畑は台本制作にも深く携わり、報道によれば新喜劇の脚本を500本近く手掛けてきました。
小籔は2022年8月、川畑は2023年3月20日にそれぞれ座長を勇退しています。ただし、2人とも新喜劇から退いたわけではなく、その後も出演を続けています。
【座長とGMの違い】間寛平はなぜ座長ではなくGMなのか
吉本新喜劇の歴史を調べる際に、特に混乱しやすいのが座長とGMの違いです。
両者は新喜劇を支える役職ですが、担当する仕事の範囲が異なります。
座長は公演を率いる舞台のリーダー座長は、担当する新喜劇公演を中心となって率いる人物です。
主な役割は次のとおりです。
- 公演全体の方向性を決める
- 出演する座員との連携を図る
- 舞台の進行や演技をまとめる
- 作品の構成や脚本作りに関わる
- 自身の個性を生かした座長公演を展開する
つまり、座長は観客が劇場で見る一つひとつの作品を成立させる中心人物です。
現在は4人の座長がそれぞれの個性を発揮し、異なる雰囲気の公演を作っています。
GMは劇団全体の運営と人材育成を担うGMはゼネラルマネージャーの略称です。
間寛平は2022年2月9日、吉本新喜劇初のGMに就任しました。
就任の背景には、新型コロナウイルスの影響による観客層の変化や、次世代を担う座員の育成という課題がありました。
MBSのインタビューでは、間GMが座長候補の育成、座員同士の組み合わせ、公演機会の確保など、劇団全体の活性化に取り組んでいることが紹介されています。
実際にGM就任後は、次のような施策が進められました。
- 若手育成を目的とした新喜劇専用の劇場づくり
- 新喜劇座員総選挙の実施
- 投票結果を生かした新喜劇まつり
- 新喜劇出前全国ツアーの展開
- 若手・中堅座員の出演機会の拡充
このように、座長が個々の公演を率いるのに対し、GMは劇団全体の将来を見据えて運営や育成を支える立場です。
間寛平は元座長であり、2026年現在はGMです。現役4座長の一人ではありません。
この区別を理解しておくと、歴代座長一覧と現在の役職を正確に整理できます。
【2026年最新】現役4座長のプロフィールと見どころ
すっちー:2014年就任、すち子で人気を確立すっちーは2014年6月に座長へ就任しました。
2007年10月に吉本新喜劇へ入団し、わずか数年で座長に抜擢された人物です。
特に有名なのが、なにわのオバハンキャラクター「すち子」です。
独特の関西弁やテンポのよい掛け合い、観客を巻き込む舞台運びで人気を集めています。
松浦真也とのコンビによる歌ネタなど、新喜劇の舞台に音楽的な要素を取り入れた点も特徴です。
2014年6月11日には、なんばグランド花月で初の座長就任公演が開催されました。
酒井藍:吉本新喜劇初の女性座長酒井藍は2017年7月26日に座長へ就任しました。
吉本新喜劇の58年の歴史の中で、初めて誕生した女性座長です。
2009年に新喜劇のオーディションに合格して入団し、親しみやすいキャラクターと独特のリアクションで人気を集めました。
代表的なギャグは「ブーブー。ブーブー。私、人間ですねん」です。
女性初の座長就任は、単なる人事変更ではありません。長年男性中心だった座長制度に新しい選択肢が生まれたという意味でも、大きな出来事でした。
2026年現在も現役座長として公演を担当しています。
アキ:2023年に新座長へ就任アキは2023年5月2日、吉田裕とともに新座長に就任しました。
長年の芸歴を持ち、独特の間やジェスチャーを生かした演技が特徴です。
代表的なギャグとして知られるのが「いぃよぉ~!」です。
2022年の新喜劇座員総選挙では1位を獲得しており、座員や観客からの支持を集めてきました。
座長就任後も、自身の持ち味を生かした公演を展開しています。
吉田裕:「乳首ドリル」で知られる人気座長吉田裕も2023年5月2日に座長へ就任しました。
代表的なギャグは、すっちーとの掛け合いで知られる「乳首ドリル」です。
「ドリルすんのかいせんのかい」という独特のやり取りは、吉本新喜劇を代表するギャグの一つとして広く知られています。
吉田は2005年に新喜劇へ入団し、座長就任まで約18年間の舞台経験を積みました。
座長就任が発表されたのは2023年3月21日の「新喜劇記念日2023」。その後、5月2日の新座長お披露目公演をもって正式に座長としての活動をスタートしました。
アキと吉田裕の同時就任は、2017年の酒井藍以来6年ぶりの新座長誕生でした。
【よくある質問】吉本新喜劇の歴代座長に関するFAQ
Q1:吉本新喜劇の歴代座長で最初に座長制を担ったのは誰ですか?
A1:1963年に座長制が確立された際、花紀京、岡八郎、平参平、原哲男、桑原和男、船場太郎らが中心となりました。初期は複数の人物が並行して劇団を率いていたため、現代のような一人ずつの初代・2代目という区分は適切ではありません。
Q2:吉本新喜劇の2026年現在の現役座長は何人ですか?
A2:4人です。すっちー、酒井藍、アキ、吉田裕が現役座長として公演を担当しています。
Q3:間寛平は現在も座長なのですか?
A3:現在の役職はGM(ゼネラルマネージャー)です。1974年に座長へ就任した経歴を持ちますが、2022年2月からは劇団全体の運営や若手育成を担っています。
Q4:女性初の吉本新喜劇座長は誰ですか?
A4:酒井藍です。2017年7月26日に就任し、吉本新喜劇の歴史で初めて女性座長となりました。
Q5:内場勝則や辻本茂雄は現在、新喜劇を引退していますか?
A5:いいえ。2019年に座長を勇退しましたが、新喜劇の座員として活動を続けています。座長の勇退と劇団からの引退は別のものです。
Q6:小籔千豊と川畑泰史はいつ座長を勇退しましたか?
A6:小籔千豊は2022年8月、川畑泰史は2023年3月20日に座長を勇退しました。2人とも勇退後も新喜劇への出演を続けています。
Q7:吉本新喜劇の座長とGMは何が違いますか?
A7:座長は個々の公演を率いる舞台のリーダーで、GMは劇団全体の運営や人材育成を担当する役職です。2026年現在は間寛平がGMを務め、4人の座長がそれぞれ公演を担当しています。
吉本新喜劇の歴史は、1959年の「吉本ヴァラエティ」発足から始まりました。
1963年の座長制確立期には、花紀京、岡八郎、平参平、原哲男、桑原和男、船場太郎らが中心となり、1974年には間寛平が若くして座長に就任しました。
平成に入ると、1995年のニューリーダー制度を経て、内場勝則、辻本茂雄、石田靖、吉田ヒロらが劇団を支えます。その後、小籔千豊、川畑泰史、すっちー、酒井藍へと座長の世代交代が進みました。
2023年にはアキと吉田裕が加わり、2026年現在はすっちー、酒井藍、アキ、吉田裕の4人が現役座長として活躍しています。
歴代座長を調べる際に大切なのは、次の3点です。
1. 就任年と役職を区別すること。 ニューリーダーと正式な座長は同じではありません。
2. 勇退と引退を混同しないこと。 座長を退いても、新喜劇の舞台に立ち続ける人物はいます。
3. GMと座長を区別すること。 間寛平は元座長であり、現在はGMとして劇団全体を支えています。
昭和の名優たちが築いた伝統は、平成の改革を経て、令和の新しい座長たちへと受け継がれています。
座長の顔ぶれが変わっても、観客を笑顔にするという吉本新喜劇の根幹は変わりません。今後、どのような新しいスターや座長が誕生するのか。その世代交代も、吉本新喜劇を長く楽しむうえで見逃せないポイントです。
主な確認資料・情報源
- 吉本新喜劇公式「吉本新喜劇について」「座員紹介」
- 吉本興業公式「小籔千豊 座長勇退のお知らせ」「川畑泰史 座長勇退のお知らせ」
- MBS「よしもと新喜劇・座員紹介インタビュー」
- 吉本新喜劇公式「新座長アキ・吉田裕就任発表」
- 吉本興業公式「間寛平GM就任発表」