山川豊さんの闘病で見逃せないのが、治療薬による副作用です。
がんの進行が抑えられている一方で、薬を使い続けることによる身体的な負担もあります。本人は2026年2月4日のテレビ朝日の取材で、長期間続く発疹や口内炎などについて具体的に説明しました。
2026年に明らかになった主な副作用本人の発言や2026年1月のデイリースポーツ、2月のテレビ朝日の報道を整理すると、次のようになります。
| 副作用・症状 | 本人が明かした状況 |
|---|---|
| 発疹 | 手足やお尻などに長期間発生 |
| 内出血 | 発疹に代わって目立つようになった |
| 口内炎 | 複数できることがあり、食事にも影響 |
| 下痢 | 2026年2月の取材では改善したと説明 |
| 全身の痛み | 強い痛みで動くことが難しい時期もあった |
| 手のしびれ | 指先にも症状が出ている |
| 指や爪の異常 | あかぎれのような傷や爪割れがある |
| 動悸・息切れ | 長時間立って歌うことが難しくなる |
特に発疹は長期間の悩みになっています。
2026年2月の取材では、発疹がひどくなったため、約1年前に抗がん剤を2週間中断し、抗生物質を服用したことも明かしています。しかし、症状が一度落ち着いても再び現れたといいます。
その後は発疹というより内出血のような症状が目立つようになり、口内炎も続いているとのことでした。
間質性肺炎への注意も必要2026年2月4日の囲み取材で、山川さんは使用している薬について、間質性肺炎を起こす可能性があることにも触れています。
そのため、毎月の検査では血液検査や胸部レントゲンなどを受けていると説明しました。
ここで注意したいのは、間質性肺炎になったと公表したわけではないという点です。本人が話したのは、治療薬に伴うリスクと、それを確認するための検査についてです。
定期的な検査を続けることが、治療を継続するうえで重要になっています。
副作用があっても歌い続けられる理由2026年1月のデイリースポーツのインタビューでは、山川さんが抗がん剤治療と歌手活動を両立する難しさを語っています。
副作用による動悸や息切れのため、長時間立ったまま歌うことが難しくなり、単独コンサートでは途中に休憩を挟むこともあるそうです。
それでも、歌声そのものへの影響はないと説明しています。
本人はステージに立って歌うことについて、次のように語っています。
ステージに立ち歌うことが一番の良薬なのです。
この言葉からは、歌うことが単なる仕事ではなく、闘病生活を支える精神的な原動力になっていることが伝わります。
もちろん、歌うことで医学的にがんが治るという意味ではありません。本人にとって、観客の前で歌う時間が生きる意欲につながっているということです。
【鳥羽一郎と長男・隼也の支え】家族と周囲が闘病を後押し

山川豊さんの闘病を語るうえで欠かせない人物が、実兄の鳥羽一郎さんと長男の隼也さんです。
二人はそれぞれ異なる立場から山川さんを支えてきました。
鳥羽一郎の言葉が闘病への転機に山川豊さんの実兄。演歌歌手として活動し、病気の公表後も弟を精神面・仕事面から支えている。
山川さんはがんの診断を受けた直後、大きなショックを受けたといいます。
2026年9月のUSEN「encore」のインタビューでは、診断を受けて自宅に戻った後、鳥羽さんに電話をかけ、葬式や墓のことまで相談したと振り返っています。
そのとき鳥羽さんから返ってきたのは、弱気になっている弟を叱咤する言葉でした。
どんなことをしてでも治せ!!
この言葉が、山川さんの気持ちを立て直すきっかけになったといいます。
鳥羽さんは単に励ますだけではありません。入院中に山川さんが出演できない仕事を引き受けるなど、実際の仕事面でも協力してきました。
長男・隼也さんも2026年10月のインタビューで、鳥羽さんが代役を務めてくれたことや、鳥羽さんのファミリーとの共演が増えたことに感謝を示しています。
長男・隼也さんはマネージャーとして父を支援
山川豊さんの長男・隼也さん
2026年10月のデイリー新潮のインタビューで、父親への思いや闘病中の生活を証言。仕事面ではマネージャーとして父を支えている。
隼也さんの証言で興味深いのは、病気をきっかけに親子の関係にも変化が生まれたことです。
以前は仕事上の役割分担をめぐって意見が衝突することもあり、親子げんかをするようになったと話しています。
しかし、仕事のパートナーとして一緒に過ごす時間が増えたことで、以前より率直に話し合えるようになったそうです。
また、隼也さんは父親がステージに立ち続けることを願っています。
2025年12月には山川さんにとって初孫が誕生しました。隼也さんの姉に子どもが生まれたことで、山川さんは祖父になりました。
孫を抱っこしたり、おもちゃを買ったりする姿もインタビューで紹介されています。
隼也さんによれば、山川さんには、孫が大きくなって祖父が歌手だと分かるまで歌い続けたいという夢があるそうです。
このエピソードは、45周年を超えて歌い続けようとする山川さんの現在の目標を象徴しています。
【歌手活動の現在】デビュー45周年コンサートと新アルバム
山川豊さんは、病気を公表した後も歌手としての活動を続けています。
2026年はデビュー45周年という節目の年です。コンサートや新曲、記念アルバムなど、音楽活動にも大きな動きがありました。
2024年4月に歌手活動へ復帰2024年1月の病気公表後、山川さんは治療に専念するため活動を休止しました。
しかし、2024年3月15日、所属事務所は治療が順調に進んでいることを受け、4月から活動を再開すると発表しました。
当時の復帰は、完全に治療が終わったという意味ではありません。
医師や関係者と協議したうえで、治療を継続しながら仕事に戻るという判断でした。
2024年10月19日には、66歳の誕生日を記念したディナーショーを開催。活動休止後初となるワンマンステージで、新曲「兄貴」を含む全15曲を披露しました。
2026年2月に45周年キックオフコンサート2026年2月4日には、東京・SHIBUYA PLEASURE PLEASUREでデビュー45周年のキックオフスペシャルコンサートを開催しました。
この公演は、山川さんにとって約10年ぶりの単独公演としても注目されました。
新曲「駅」をはじめ、全24曲を披露。45年の歌手人生を振り返り、支えてくれたファンや関係者への感謝を伝えました。
同日の囲み取材では、病状についても説明しています。
薬が効いている状態が続いている一方、発疹や口内炎などの副作用に悩んでいること、毎月の検査を受けていることを明かしました。
つまり、華やかなコンサートの裏側には、継続的な治療と体調管理があります。
9月2日には45周年記念アルバムを発売
全12曲・日本クラウン・税込3,500円
ギタリストの斉藤功さんによるアコースティックアレンジで、代表曲やカバー曲を収録。
2026年9月2日には、デビュー45周年記念アルバム『メモリアルソングス』が発売されました。
収録曲は全12曲。デビュー曲「函館本線」や代表曲「アメリカ橋」、兄・鳥羽一郎さんの「兄弟船」などが収録されています。
また、2026年2月に発売された新曲「駅」も収録されています。
注目したいのは、単に過去のヒット曲を集めた作品ではないという点です。
山川さんは9月のインタビューで、現在の自分の歌を作品に残したかったという思いを明かしています。
同インタビューでは、歌の表現についても次のような考えを語りました。
演歌って正確で整っていることより温かみや人の息遣いを感じさせるようなことの方が大切
病気を経験し、歌うことの意味が変わった山川さんだからこそ、作品に込められた思いにも深みが感じられます。
10月15日には68歳の誕生日コンサートを開催2026年10月15日には、東京・有楽町のI'M A SHOWで68歳の誕生日とデビュー45周年を記念したコンサートを開催しました。
この日の公演には、かつて同じ事務所の後輩だった氷川きよしさんがサプライズで登場。花束を贈り、山川さんの45周年を祝福しました。
山川さんは昭和の名曲メドレーや、鳥羽一郎さんの代表曲「兄弟船」、新曲「駅」などを披露。
デビュー曲「函館本線」や代表曲「アメリカ橋」も含め、全27曲を熱唱しました。
テレビ朝日の報道では、病気になってからステージで歌える喜びが増したと本人が語っています。
ステージに立つと、観客やバンド仲間からの応援を直接感じられることが大きな支えになっているそうです。
【山川豊の病気に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:山川豊の病気は何ですか?
山川豊さんの病気はステージ4の肺がんです。2023年12月に診断され、2024年1月10日に公表しました。その後、脳と脊髄にも転移していることを本人が明らかにしています。
Q2:2026年現在、山川豊の脳転移や脊髄転移はどうなっていますか?
2026年10月15日に公開された長男・隼也さんの証言によると、脳に転移した腫瘍は縮小し、脊髄の転移部分も進行が見られず安定しています。ただし、がんが完治したという発表はありません。
Q3:山川豊は抗がん剤の副作用に苦しんでいますか?
はい。本人は発疹、内出血、口内炎などを明かしています。また、手足のしびれや動悸、息切れなども報じられています。症状には変化があり、毎月の検査を受けながら治療を続けています。
Q4:山川豊は2024年4月に復帰したのですか?
はい。所属事務所が2024年3月15日に活動再開を発表し、同年4月から治療を続けながら歌手活動に復帰しました。
Q5:兄の鳥羽一郎は山川豊を支えていますか?
はい。鳥羽一郎さんは病気を知った際に弟を強く励まし、入院中には仕事の代役を務めるなど、精神面と仕事面の両方で支えてきました。
Q6:長男の隼也さんはどのような役割を担っていますか?
隼也さんは山川さんのマネージャーとして仕事を支えています。2026年10月のインタビューでは、父親の治療経過や家族との時間、今後も歌い続けてほしいという思いを明かしました。
Q7:山川豊は2026年現在も歌手活動をしていますか?
はい。2026年2月の45周年記念公演、9月の記念アルバム発売、10月15日の68歳誕生日コンサートなど、治療を継続しながら活動しています。
2026年11月現在の山川豊さんは、ステージ4の肺がんと脳・脊髄への転移に向き合いながら、歌手としての活動を続けています。
今回の経緯で特に重要なのは、次の4点です。
- 病気の診断: 2023年12月に肺がんと診断され、2024年1月に公表。
- 治療の現状: 薬物治療と定期検査を継続。2026年10月には脳の腫瘍の縮小と脊髄転移部の安定が長男から報告された。
- 家族の支援: 鳥羽一郎さんや長男・隼也さんが精神面・仕事面で支えている。
- 音楽活動: 2026年にデビュー45周年を迎え、記念アルバムやコンサートを実現した。
ここで大切なのは、歌手活動を続けていることと、病気が完治したことは同じではないという点です。
コンサートで27曲を歌い上げた姿だけを見ると、以前と変わらないように感じる可能性があります。しかし、その舞台の裏側には、毎月の検査や薬の服用、副作用との闘いがあります。
一方、本人の2026年9月のインタビューと長男の10月の証言からは、治療を続けながら未来を見据えている姿も伝わってきます。
特に、孫が大きくなって祖父が歌手だと分かるまで歌い続けたいという願いは、今後の活動を支える大きな目標になっています。
山川豊さんの現在を理解する際には、病気の深刻さだけでなく、治療の経過、本人の言葉、家族の証言、そして実際の音楽活動を合わせて見ることが大切です。
45周年はゴールではなく、山川豊さんが次の50周年を目指す新たな出発点です。 これからも治療と体調を大切にしながら、どのような歌声を届けてくれるのか、引き続き注目されます。