ダチョウ倶楽部のメンバーとして長年活動した上島竜兵さんの訃報が公表されたのは、2022年5月11日です。
所属事務所の太田プロダクションは、同日、公式サイトに「ダチョウ倶楽部・上島竜兵に関するお知らせ」を掲載しました。
発表によると、上島さんは同日未明に自宅で倒れているところを家族に発見され、病院に搬送されたものの、死亡が確認されました。享年61歳でした。
太田プロダクションは突然の出来事に驚きと悲しみを示し、長年応援してきたファンへの感謝を伝えています。また、当時の社会情勢を踏まえて葬儀を密葬とする予定であることも公表しました。
この発表は、芸能ニュース各社でも大きく報じられました。
上島竜兵さんの命日は5月11日上島さんを思い出すうえで、覚えておきたい日付が5月11日です。
2022年5月11日が亡くなった日であり、毎年この日が命日にあたります。
上島さんは、熱湯風呂や熱々おでん、キス芸、リアクション芸などを通じて、ダチョウ倶楽部の笑いを象徴する存在でした。
特に「押すなよ!絶対に押すなよ!」というおなじみの掛け合いは、単なる一発ギャグではありません。相手との呼吸や間合い、観客の期待を利用した集団芸として成立していました。
また、1993年には「聞いてないよォ」が新語・流行語大賞の大衆部門銀賞を受賞しています。
太田プロダクションの公式プロフィールにも、この受賞歴が記録されています。
太田プロダクションの公式発表と報道の違い上島さんの訃報を確認する際には、所属事務所の発表と各メディアの報道を区別することが大切です。
太田プロダクションの2022年5月11日の発表は、死亡の確認と葬儀に関する案内を中心とした内容でした。
発表文には死因の詳細は記載されていません。
したがって、公式発表で確認できる中心的な事実は、上島さんが同日に亡くなったこと、そして所属事務所がその事実を公表したことです。
妻・広川ひかるさんが公表した追悼文2022年5月16日には、太田プロダクションを通じて、妻の広川ひかるさんによる追悼文も掲載されました。
その文章では、生前の上島さんが仲間とお酒を飲むことを好み、先輩や後輩、仕事関係者との思い出を大切にしていたことが伝えられています。
また、追悼文には、ファンに向けて上島さんの思い出を語り、笑って思い出してほしいという願いも記されていました。
この発信は、芸人としての上島さんだけでなく、周囲の人々に親しまれていた人物像を伝えるものとなりました。
【もう一人の訃報】南部虎弾さんは元メンバーだった

ダチョウ倶楽部の死亡情報を調べると、もう一人の名前として南部虎弾さんが登場します。
南部さんは、パフォーマンス集団「電撃ネットワーク」のリーダーとして知られた芸人です。
実は、ダチョウ倶楽部の結成初期に在籍していた人物でもあります。
南部虎弾さんは2024年1月20日、72歳で亡くなりました。
電撃ネットワークの公式SNSが翌21日に訃報を公表し、脳卒中のため亡くなったことを伝えています。
テレビ朝日などの報道によると、南部さんは1月20日午後11時55分に亡くなりました。
南部虎弾さんはなぜダチョウ倶楽部を脱退した?南部さんは、1985年に結成されたダチョウ倶楽部の初期メンバーです。
当初のメンバーは次の4人でした。
- 南部虎弾さん
- 肥後克広さん
- 寺門ジモンさん
- 上島竜兵さん
南部さんは初代リーダーを務めましたが、1987年にグループを脱退。その後、1990年に電撃ネットワークを結成しました。
この脱退の背景については、2025年5月、肥後さんがラジオ番組「TOKYO SPEAKEASY」で当時の事情を振り返っています。
日刊スポーツの報道によると、南部さんはダチョウ倶楽部での活動中、ボケ役を続けることに抵抗を感じていたほか、個人で出演したラジオ番組で時事問題を扱う芸風にも手応えを感じていたそうです。
加えて、南部さんは過激なパフォーマンスを志向していました。
一方、肥後さんたちは幅広い視聴者に受け入れられるお茶の間向けの笑いを目指していました。
肥後さんは、この笑いの方向性の違いが別々の道を歩む理由になったと説明しています。
脱退後は電撃ネットワークのリーダーとして活躍南部さんはダチョウ倶楽部を離れた後、1990年に電撃ネットワークを結成しました。
同グループは、身体を張った独創的なパフォーマンスを特徴とし、日本国内だけでなく海外でも活動しました。
海外では「Tokyo Shock Boys」の名前でも知られています。
ダチョウ倶楽部がリアクション芸や集団コントでテレビの視聴者を楽しませたのに対し、電撃ネットワークは過激さや視覚的なインパクトを前面に押し出しました。
つまり、南部さんの脱退は芸人としての活動を終えた出来事ではありません。むしろ、独自の芸風を確立するための転機だったのです。
2024年の訃報に際しては、肥後さんと寺門さんも所属事務所を通じて追悼コメントを発表しました。
肥後さんは、南部さんを初期メンバーであり、4人でデビューした戦友として振り返っています。
寺門さんも、デビュー当時に一緒にパフォーマンス芸を作っていたことを思い出し、その活躍を尊敬していたと伝えました。
【結成から2026年まで】ダチョウ倶楽部の人数とメンバー変遷
ダチョウ倶楽部の人数をめぐる疑問は、歴史を時系列で見ると整理できます。
要点は、結成当初の4人、長く活動した3人、2026年現在の現役2人という3段階です。
ダチョウ倶楽部の歴史年表| 時期 | 出来事 | メンバー構成・状況 |
|---|---|---|
| 1985年 | ダチョウ倶楽部結成 | 南部・肥後・寺門・上島の4人 |
| 1987年 | 南部虎弾さんが脱退 | 肥後・寺門・上島の3人 |
| 1990年 | 電撃ネットワーク結成 | 南部さんが独自の活動を開始 |
| 1993年 | 「聞いてないよォ」が流行語大賞銀賞 | 3人組として知名度を拡大 |
| 2022年5月11日 | 上島竜兵さん死去 | 肥後・寺門の2人が活動を継続 |
| 2024年1月20日 | 南部虎弾さん死去 | 元メンバーの訃報 |
| 2026年5月25日 | 結成40周年感謝祭 | 肥後・寺門の2人が出演 |
この年表は、肥後さんのインタビュー、太田プロダクションの発表、南部さんの訃報、2026年の周年イベント報道をもとに整理したものです。
人数が分かりにくくなっている理由ダチョウ倶楽部の人数が検索され続ける理由は、過去のメンバー構成と現在の活動人数が異なるためです。
それぞれの数え方には、次のような違いがあります。
- 4人:1985年の結成当初のメンバー。
- 3人:南部さんの脱退後、上島さんの死去まで活動したおなじみのトリオ。
- 2人:2026年現在、グループとして活動している肥後さんと寺門さん。
南部さんは元メンバー、上島さんは長年活動したメンバーです。
この区別を理解すると、「ダチョウ倶楽部のメンバーは何人なのか」という疑問に正しく答えられます。
【2026年現在】肥後克広と寺門ジモンは何をしている?
2026年11月現在、ダチョウ倶楽部として活動を続けているのは、リーダーの肥後克広さんと寺門ジモンさんです。
2人はテレビ出演やCM、イベントなど、それぞれの個性を生かした芸能活動を続けています。
肥後克広さんの現在1963年3月15日生まれ・63歳(2026年11月現在)
沖縄県出身・太田プロダクション所属
肥後さんはダチョウ倶楽部のリーダーとして、グループの活動を支えています。
上島さんが亡くなった後も、寺門さんとともにグループを継続してきました。
2026年の主な活動として注目されるのが、5月25日に開催された結成40周年感謝祭です。
また、6月1日には寺門さんとともに、買取専門店「おたからや」の新CM発表会に出席しました。
このCMには純烈やキンタロー。さんも参加しており、肥後さんは新たに加わった純烈について歓迎のコメントを寄せています。
肥後さんの現在を理解するうえで重要なのは、リーダーとしての役割です。
上島さんが担っていたリアクション芸や掛け合いの存在感は大きく、以前と同じ3人の形には戻りません。
それでも、肥後さんはグループの看板を守り、仲間との共演やイベントを通じてダチョウ倶楽部の笑いをつないでいます。
寺門ジモンさんの現在1962年11月25日生まれ・63歳(2026年11月6日現在)
兵庫県出身・太田プロダクション所属
寺門さんは、ダチョウ倶楽部の活動に加え、グルメや肉料理に関する専門性を生かした仕事でも知られています。
代表的な番組が、フジテレビONEの「寺門ジモンの肉専門チャンネル」です。
番組では、寺門さんが肉料理への豊富な知識や独自の人脈を生かし、焼肉店や肉料理の名店を紹介しています。
2026年も番組は継続しており、フジテレビONEの番組情報には11月6日の放送予定も掲載されています。
さらに「取材拒否の店」や「常連めし」といったシリーズにつながるグルメ企画も展開しています。
寺門さんの活動は、芸人という枠にとどまりません。
食に対する専門的な知識やこだわりを番組の個性に変え、独自のタレント性を築いていることが特徴です。
ダチョウ倶楽部は解散したのか?答えは、2026年11月現在、解散したという発表はなく、2人で活動を続けています。
その根拠として分かりやすいのが、2026年5月の40周年感謝祭です。
肥後さんと寺門さんがダチョウ倶楽部として出演し、グループの節目を祝う大規模イベントを実施しました。
6月には2人そろってCM発表会にも登場しています。
したがって、メンバーの死去とグループの解散を同じ意味で捉えるのは誤りです。
【40周年感謝祭】上島竜兵さんとともに迎えた2026年の大きな節目
2026年のダチョウ倶楽部を語るうえで欠かせない出来事が、結成40周年感謝祭です。
イベントは2026年5月25日、東京国際フォーラム・ホールAで開催されました。
正式名称は「ダチョウ倶楽部40周年感謝祭 みんな仲良く くるりんパーティー!~来るなよ、来るなよ、絶対来てヨォぉぉ~」。
40年間の活動を支えたファンや仲間に感謝を伝える大型イベントとなりました。
5000人規模のイベントに豪華ゲストが集結報道によると、5000席を超えるチケットは早い段階で完売しました。
当日は、ダチョウ倶楽部と縁の深い芸人やタレントが集まり、約2時間半にわたって笑いを届けました。
主な出演者には次の顔ぶれがありました。
- 有吉弘行さん
- 出川哲朗さん
- 江頭2:50さん
- 片岡鶴太郎さん
- 劇団ひとりさん
- カンニング竹山さん
- 土田晃之さん
- 粗品さん
- 野呂佳代さん
- 爆笑問題
- 松村邦洋さん
- 純烈
MCには有吉弘行さん、劇団ひとりさん、野呂佳代さんが参加しました。
出川哲朗さんのリアクション芸や片岡鶴太郎さんの熱々おでん芸、江頭2:50さんのパフォーマンスなど、ダチョウ倶楽部を象徴する笑いが次々と披露されました。
上島竜兵さんも「3人」の一人として存在した今回の感謝祭で特に注目されたのは、上島さんの存在です。
実際にステージに立ったのは肥後さんと寺門さんの2人でした。
しかし、イベントのビジュアルや演出では、亡くなった上島さんも含めた3人のダチョウ倶楽部という歴史が大切にされました。
日刊スポーツの報道では、寺門さんが上島さんの存在に触れ、肥後さんも観客に向けて「もう1人」の存在を語ったことが紹介されています。
イベントの終盤には、肥後さんの呼びかけで観客全員が「ヤー!」と声を上げました。
この演出は、上島さんが単に過去のメンバーとして扱われているのではないことを示しています。
現在の活動人数は2人でも、長年築いてきたトリオとしての歴史は消えていません。
40周年感謝祭は解散説への明確な答え40周年感謝祭は、単なる記念イベント以上の意味を持っています。
南部さんの脱退、上島さんの死去という大きな変化を経験しても、ダチョウ倶楽部の名前で活動を続けてきたことが、イベントの開催によって改めて示されました。
特に、上島さんの存在を含めた演出と、肥後さん・寺門さんの2人によるステージは、過去と現在をつなぐ象徴的な場面でした。
ダチョウ倶楽部の40年は、人数だけでは測れない芸人仲間との関係や、長年応援してきたファンとの歴史によって支えられているのです。
【プロの結論】ダチョウ倶楽部死亡という検索で間違えないための判断基準
「ダチョウ倶楽部死亡」という検索語には、複数の出来事が一緒に含まれています。
正しく理解するためには、次の3点を分けて考える必要があります。
第一に、上島竜兵さんは2022年5月11日に亡くなった元ではなく、長年活動したダチョウ倶楽部のメンバーです。
第二に、南部虎弾さんは1985年の結成初期に在籍していた元メンバーで、2024年1月20日に亡くなっています。
第三に、肥後克広さんと寺門ジモンさんは2026年現在も活動しており、グループの解散が発表されたわけではありません。
特に注意したいのは、南部さんと上島さんを同じ時期のメンバーとして扱わないことです。
南部さんは1987年に脱退し、1990年には電撃ネットワークを結成しています。一方、上島さんはその後もダチョウ倶楽部の中心メンバーとして活動しました。
この違いを理解するだけで、検索結果に出てくる訃報やプロフィール情報の混乱をかなり避けられます。
また、芸能人や芸能グループの近況を調べる場合には、次の情報を優先すると正確性が高まります。
- 所属事務所の公式発表
- 本人やグループの公式発信
- テレビ局の番組情報
- 主催者によるイベント開催情報
- 日刊スポーツ、オリコンなどの報道
過去のメンバー一覧だけで現在の人数を判断したり、訃報だけを見て解散したと判断したりするのは適切ではありません。
ダチョウ倶楽部の場合、2026年の40周年感謝祭という具体的な活動実績が、現在のグループの姿を理解するうえで重要な手がかりになっています。
【ダチョウ倶楽部の死亡】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ダチョウ倶楽部で死亡したメンバーは誰ですか?
A1:長年のメンバーだった上島竜兵さんと、結成初期の元メンバーだった南部虎弾さんです。上島さんは2022年5月11日、南部さんは2024年1月20日に亡くなりました。
Q2:上島竜兵さんの命日はいつですか?
A2:2022年5月11日です。享年61歳でした。所属事務所の太田プロダクションが同日に訃報を公表しています。
Q3:南部虎弾さんはダチョウ倶楽部のメンバーだったのですか?
A3:はい。1985年の結成当初から在籍した初期メンバーで、初代リーダーでした。1987年に脱退し、1990年に電撃ネットワークを結成しています。
Q4:ダチョウ倶楽部は現在何人ですか?
A4:2026年現在、現役でグループ活動を続けているのは肥後克広さんと寺門ジモンさんの2人です。結成当初は4人でした。
Q5:ダチョウ倶楽部は解散したのですか?
A5:解散していません。2026年5月25日には結成40周年感謝祭を開催し、肥後さんと寺門さんが出演しました。
Q6:2026年現在、肥後克広さんと寺門ジモンさんは何をしていますか?
A6:肥後さんは芸人・タレントとしてテレビやCM、イベントなどで活動しています。寺門さんはグループ活動のほか、「寺門ジモンの肉専門チャンネル」などのグルメ番組でも活躍しています。
Q7:ダチョウ倶楽部の40周年感謝祭はいつ開催されましたか?
A7:2026年5月25日に東京国際フォーラム・ホールAで開催されました。5000席を超える規模のイベントで、多くの芸人やタレントがゲスト出演しました。
「ダチョウ倶楽部死亡」という検索の背景には、上島竜兵さんと南部虎弾さん、2人の訃報があります。
改めて重要な日付を整理すると、次のとおりです。
- 2022年5月11日:上島竜兵さんが61歳で死去。
- 2024年1月20日:南部虎弾さんが72歳で死去。
- 2026年5月25日:肥後克広さんと寺門ジモンさんが40周年感謝祭を開催。
- 2026年11月現在:肥後さんと寺門さんがグループ活動を継続。
ダチョウ倶楽部は、結成当初の4人から3人、そして現在の2人へと姿を変えてきました。
しかし、上島さんが残したリアクション芸や、南部さんが切り開いた独自のパフォーマンス、肥後さんと寺門さんが守り続けるグループの歴史は、それぞれ異なる形で受け継がれています。
2026年の40周年感謝祭は、その歴史を改めて多くのファンに伝える機会となりました。
ダチョウ倶楽部は亡くなったのではありません。大切な仲間を失いながらも、残されたメンバーがその名前と笑いを未来につないでいるのです。