元サッカー日本代表で、鹿島アントラーズの黄金時代をキャプテンとして支えた本田泰人(ほんだ・やすと)氏。現役時代はボランチとして強い闘争心とリーダーシップを発揮し、Jリーグを代表する守備的MFとして活躍した人物だ。2026年現在は何をしているのかというと、地元・福岡県北九州市を拠点としたサッカー指導や、スポーツ振興団体「FOOT FIELD JAPAN」の活動、サッカー専門メディアでの解説・評論などに取り組んでいる。
一方、私生活では2000年にタレントの高岡由美子と結婚し、2009年に離婚。その後、2011年の再婚と2013年の離婚を経て、2016年には16歳年下の一般女性との再々婚を発表した。現役時代の輝かしい実績だけでなく、3度の結婚歴や子供、離婚理由にも関心が集まっている。2026年11月5日時点の所属プロフィール、クラブ公式情報、本人の近年の活動、当時の報道を整理する。
【本田泰人のプロフィール】1969年生まれ、鹿島アントラーズを代表する元日本代表MF

本田泰人氏は1969年6月25日生まれ、福岡県北九州市出身の元プロサッカー選手だ。2026年11月現在は57歳。帝京高校を卒業後、本田技研(現・Honda FC)を経て鹿島アントラーズに加入した。
現役時代のポジションはMF、とりわけ守備的な役割を担うボランチ。相手の攻撃を食い止める守備力、球際の強さ、味方を鼓舞するリーダーシップを持ち味としていた。
本田泰人の基本プロフィール- 名前:本田泰人(ほんだ・やすと)
- 生年月日:1969年6月25日
- 年齢:57歳(2026年11月現在)
- 出身地:福岡県北九州市
- 身長:166cm
- 血液型:O型
- 出身高校:帝京高校
- ポジション:MF・ボランチ
- 主な所属クラブ:本田技研、鹿島アントラーズ
- 日本代表:国際Aマッチ29試合1得点
- J1通算成績:328試合4得点
- 現在の主な活動:サッカー指導、評論、スポーツ振興
生年月日や身長などの基本情報は所属マネジメント会社IKUのアスリートプロフィールにも掲載されている。選手歴や公式な通算成績については、FC町田ゼルビアが2013年に公表したプロフィールにも記録が残っている。
なお、本田泰人と検索した際に、同じ「本田」姓の著名なサッカー選手である本田圭佑の情報が混ざることがある。本田泰人は鹿島アントラーズで活躍した1969年生まれの元日本代表MFであり、本田圭佑とは別人だ。
【鹿島アントラーズの現役時代】主将として築いた実績と引退までの経歴
本田泰人氏のサッカー人生を語るうえで欠かせないのが鹿島アントラーズだ。1992年に鹿島へ加入し、2006年の現役引退まで長く同クラブでプレーした。
1993年のJリーグ開幕後は、チームの中心選手として守備を支え、長年キャプテンを務めた。鹿島の公式プロフィールでも、ボランチとしてチームに数々のタイトルをもたらした人物として紹介されている。
Jリーグ開幕時から鹿島を支えた存在本田氏は、華麗な得点で注目を集める攻撃的な選手というより、チーム全体のバランスを整える守備的MFだった。
ボランチは、相手の攻撃を止めるだけでなく、味方の守備位置を調整し、攻撃への切り替えを支えるポジションでもある。試合中に周囲へ指示を出し、チームの意識を統一する能力も求められる。
本田氏が鹿島で長年キャプテンを務められた背景には、こうしたポジションの専門性と、試合の流れを読みながらチームをまとめる能力があった。
本田泰人の現役時代の成績・主な経歴年表| 時期 | 出来事・所属 | 実績・補足 |
|---|---|---|
| 1969年 | 福岡県北九州市で誕生 | 6月25日生まれ |
| 高校時代 | 帝京高校 | 高校サッカーを経験 |
| 1988~1992年 | 本田技研 | プロ選手としてのキャリアを形成 |
| 1992年 | 鹿島アントラーズ加入 | 以後、鹿島を中心に活躍 |
| 1993年 | Jリーグ開幕 | Jリーグベストイレブン選出 |
| 2000年 | 鹿島の黄金期 | クラブの三冠獲得に貢献 |
| 2006年 | 現役引退 | 鹿島での選手生活に幕 |
| 2007年 | Jリーグ功労選手賞 | 選手としての功績が評価される |
| 2013年 | FC町田ゼルビア | 強化・スカウト担当に就任 |
| 2026年 | 指導・評論活動 | FOOT FIELD JAPAN代表、サッカー評論など |
FC町田ゼルビアの公式発表によると、本田氏のJ1通算成績は328試合4得点。日本代表の国際Aマッチでは29試合1得点を記録している。1993年にはJリーグベストイレブンに選ばれ、2007年にはJリーグ功労選手賞を受賞した。
また、2000年の鹿島の三冠達成にも貢献している。個人の得点記録だけでは測れない守備面の働きや、チームをまとめる役割が評価された選手だった。
2006年のシーズン終了後に現役を引退。2007年にはJリーグ功労選手賞を受賞し、選手としてのキャリアに一区切りをつけた。
【2026年最新】本田泰人の現在は?FOOT FIELD JAPANでの育成指導と評論活動
2026年現在の本田泰人氏は、現役時代とは異なる形でサッカー界に関わっている。主な活動は、北九州市を拠点とした育成年代の指導、スポーツ振興、そしてサッカー解説・評論だ。
FOOT FIELD JAPANの代表・監督として活動所属マネジメント会社IKUの公式プロフィールでは、本田氏はNPO法人FOOT FIELD JAPANを設立し、監督として指導していると紹介されている。
その活動の中心にあるのは、地元・北九州市から日本代表や世界で活躍できる選手を育てたいという考えだ。
鹿島アントラーズの公式サイトに掲載されたプロフィールでも、本田氏は小学生から高校生まで、主に育成年代を中心に幅広く指導していると紹介されている。
この活動は、単にサッカーの技術を教えるだけではない。長年プロの世界で経験してきた試合への準備、競争意識、チーム内での責任感などを次世代へ伝える取り組みとして位置づけられる。
2026年もサッカー評論家として現役で活動本田氏の2026年の活動を確認するうえで注目したいのが、サッカーダイジェストWebの連載「本田泰人の眼」だ。
2026年10月6日には、日本対ニュージーランド戦を分析した記事を発表。攻撃の組み立てやサイドの使い方、守備のリスク管理、決定力について自身の見解を示している。
同連載では、2026年6月にも北中米ワールドカップにおける日本代表の戦いを分析していた。現役時代に守備的MFとして培った視点を生かし、選手の動きや守備組織、試合の流れを評価している。
2026年9月には熊本地震の復興支援活動にも参加地域貢献活動も本田氏の現在を理解するうえで重要だ。
熊本県サッカー協会の2026年9月の巡回指導報告には、本田泰人氏が日本サッカー協会の指導スタッフとして参加した記録が掲載されている。
また、同年9月3日と4日には、元日本代表の武田修宏氏らとともに熊本地震の被災地で子供たちとの交流やサッカー指導に参加したことが報道されている。
こうした活動からは、プロ選手としての経験を競技の現場だけでなく、地域社会や子供たちの支援にも生かしている姿が見えてくる。
つまり、2026年の本田氏は、単なる元サッカー選手ではない。育成年代の指導者、スポーツ振興に携わる人物、そして日本代表を分析する評論家という複数の立場で活動している。
【結婚歴は3回】本田泰人と高岡由美子の結婚・離婚、2016年の再々婚
本田泰人氏の私生活で大きな関心を集めてきたのが結婚歴だ。これまでに確認できる婚姻歴は3回で、最初の妻はタレントの高岡由美子、2人目は一般女性、3人目も一般女性と報じられている。
1度目:2000年に高岡由美子と結婚、2009年に離婚本田氏は2000年11月、タレント・モデルとして活動していた高岡由美子さんと結婚した。高岡さんは女優の高岡早紀さんの妹としても知られる人物だ。
2人の間には2002年7月に長女が誕生している。当時は夫婦そろってテレビのバラエティー番組に出演し、夫の本田氏と妻の高岡さんが掛け合いを見せる姿も話題になった。
しかし、2009年11月5日に離婚届を提出。高岡さんは自身のブログで、9年間の結婚生活を振り返り、互いの将来と娘の未来を考えたうえでの選択だったと説明している。
2度目:2011年に一般女性と再婚、2013年に離婚最初の離婚後、本田氏は2011年に別の一般女性と再婚した。
しかし、2012年6月に出演した日本テレビ系「踊る!さんま御殿!!」では、夫婦げんかが絶えないことを明かし、離婚を考えていると話していた。
そして2013年8月6日、同番組への出演時に離婚が成立したことを発表。離婚理由については、弁護士から詳細を話さないよう求められているとして、具体的な説明を控えた。
3度目:2016年に16歳年下の明子さんと再々婚2016年7月24日、日本テレビ系「行列のできる法律相談所」で、本田氏は3度目の結婚を発表した。
お相手は16歳年下の一般女性、明子さん。日刊スポーツやオリコンの報道によると、2人は共通の出身地である北九州市を通じて意気投合し、友人の紹介をきっかけに知り合った。
交際期間は約3年で、2016年6月に結婚したと報じられている。
番組には明子さんも出演し、本田氏は妻を「僕のアモーレです」と紹介した。過去2度の離婚を経験した本田氏にとって、新しい家庭を築く大きな節目となった。
なお、明子さんは一般女性として紹介されており、報道で公表された名前は明子さんという下の名前までだ。
結婚歴の整理- 1度目:2000年11月、高岡由美子と結婚。2009年11月に離婚。
- 2度目:2011年、一般女性と再婚。2013年8月に離婚を発表。
- 3度目:2016年6月、16歳年下の一般女性・明子さんと結婚。7月24日に番組で公表。
2026年11月現在、公開情報で確認できる最後の婚姻に関する発表は2016年の再々婚だ。現在の妻の近況や、その後の婚姻状況について、本人や所属先から新たな詳細発表は確認できない。そのため、明子さんとの結婚発表を現在の婚姻状態の確定情報として扱うことはできない。
【離婚理由と子供】高岡由美子との別れの真相、家族について分かっていること
本田泰人氏の結婚歴を調べる際、特に注意したいのが離婚理由と子供に関する情報だ。テレビ番組で語られた内容や当時の報道には複数の説明があり、すべてを単一の理由にまとめることはできない。
最初の離婚理由は「収入」だけでは説明できない2009年の離婚について、日刊スポーツは当時、夫婦に近い関係者の話や本田氏のコメントを報じていた。本田氏は娘のために別れたくなかったという趣旨の話をしていたとされる。
一方、2013年8月には、2度目の離婚をテレビで発表した本田氏が、最初の結婚についても現役引退後の収入をめぐる発言をした。
これに対し、高岡由美子さんは自身のブログで反論。報道によると、高岡さんは本田氏が現役引退後に収入が減ることを結婚当初から理解していたと説明し、引退後の仕事についても夫婦で話し合っていたと主張した。
また、高岡さんは当時、夫婦双方が相手について言及しないという約束を交わしていたとも説明している。
したがって、最初の離婚については、収入だけを直接的な原因として断定することはできない。2009年に公表された夫婦の説明は、互いの将来と娘の未来を考えた選択というものだった。
2度目の離婚理由は公式には明らかにされていない2度目の結婚については、2012年のテレビ出演で本田氏が夫婦げんかや浮気への疑いなどに触れていたことが報じられている。
しかし、2013年8月の離婚発表では、具体的な原因について弁護士から説明を控えるよう言われていると本人が話した。
そのため、当時の番組で語られた夫婦間のトラブルは確認できるものの、それが離婚の決定的な理由だったとまでは断定できない。
本田泰人の子供は何人?高岡由美子との間に長女本田氏と高岡由美子さんの間には、2002年7月生まれの長女が1人いる。2009年の離婚時には、高岡さんが長女の親権を持つことが報じられた。
ここで注意したいのが、高岡由美子さんのその後の家族構成だ。高岡さんは本田氏との離婚後、2011年に別の男性と再婚し、次女を出産している。
この次女は高岡さんの再婚相手との間に生まれた子供であり、本田泰人氏との間の子供ではない。
また、2016年に再々婚した明子さんとの間に子供がいるかどうかについては、一般に確認できる公式プロフィールや結婚発表では詳しい情報が公表されていない。
したがって、公開報道で本田氏との間に確認できる子供は、最初の結婚で生まれた長女となる。子供の現在の生活や詳しい個人情報については、本人や家族のプライバシーに配慮する必要がある。
【プロの結論】本田泰人の現在を読み解く3つのポイント
本田泰人氏の経歴を振り返ると、選手としての実績と引退後の活動には一貫した特徴がある。それは、個人の華やかな記録よりも、チームや次世代を支える役割に重きを置いていることだ。
1. 現役時代のリーダーシップが育成指導につながっている本田氏は鹿島で長年キャプテンを務めた。守備的MFとしてチームのバランスを取り、仲間をまとめる役割を担ってきた。
現在の育成年代指導にも、この経験は生かされていると考えられる。サッカー選手を育てるには技術だけでなく、周囲との連携、判断力、責任感なども必要だからだ。
2. 解説者として現役のサッカー界を見続けている2026年10月のサッカーダイジェストWebの記事からも分かるように、本田氏は現在の日本代表について継続的に評論している。
過去の実績を語るだけでなく、現代サッカーの守備戦術や攻撃の組み立て、選手層の問題などを分析している点は、引退後の活動における大きな特徴だ。
3. 家族情報と競技活動は分けて考えるべき本田氏の結婚歴はテレビ番組で公表されたこともあり、検索されやすいテーマになっている。しかし、2016年の再々婚以降、妻や家庭生活についての詳細な公表は限られている。
一方、サッカー指導や評論活動は、所属先のプロフィールやクラブ・協会の活動報告、専門メディアの記事などから現在の動向を追いやすい。
人物情報を調べる際には、結婚発表などの日付が明確な報道と、現在の所属・活動を掲載した公式プロフィールを分けて確認することが大切だ。
本田氏の場合、2026年の活動を知るにはサッカーダイジェストWebの連載やIKUの所属プロフィール、鹿島アントラーズの公式紹介が有力な情報源となる。
【本田泰人の現在・結婚歴・家族】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:本田泰人は2026年現在、何をしていますか?
A1:NPO法人FOOT FIELD JAPANの代表・監督としてサッカー指導に携わり、育成年代の選手育成やスポーツ振興を行っている。また、サッカーダイジェストWebなどで日本代表や試合の評論活動も続けている。
Q2:本田泰人の現在の妻は誰ですか?
A2:2016年に3度目の結婚を発表した相手は、16歳年下の一般女性・明子さん。2026年現在の婚姻状況や妻の近況については、新しい公式発表が確認できない。
Q3:本田泰人は何回結婚していますか?
A3:これまでに3回の結婚が報じられている。最初は2000年の高岡由美子さんとの結婚、2度目は2011年の一般女性との再婚、3度目は2016年の明子さんとの再々婚だ。
Q4:本田泰人と高岡由美子の間に子供はいますか?
A4:2002年7月生まれの長女が1人いる。2009年の離婚時には高岡さんが親権を持つことが報じられた。
Q5:本田泰人の現役時代の成績は?
A5:J1通算328試合4得点、日本代表の国際Aマッチ29試合1得点。1993年にはJリーグベストイレブンに選ばれ、鹿島アントラーズで長年キャプテンを務めた。
Q6:本田泰人の離婚理由は何ですか?
A6:最初の離婚については、夫婦双方の将来や娘の未来を考えた選択と説明されている一方、後年には収入や仕事をめぐる発言について双方の説明に食い違いがあった。2度目の離婚についても、本人は具体的な理由を公表していない。
本田泰人氏は、鹿島アントラーズの黄金時代をキャプテンとして支えた元日本代表MFだ。J1通算328試合4得点、日本代表29試合1得点という実績を持ち、1993年のJリーグベストイレブンや2007年のJリーグ功労選手賞など、選手として確かな足跡を残した。
2026年現在は、FOOT FIELD JAPANを通じた育成年代のサッカー指導、地域貢献活動、サッカー専門メディアでの評論などを中心に活動している。10月にも日本代表の試合分析を発表しており、競技の第一線を追い続ける姿勢は変わっていない。
私生活では2度の離婚を経験した後、2016年に16歳年下の明子さんとの再々婚を発表。高岡由美子さんとの間には長女がいる。結婚歴や離婚理由については、当時の報道と本人・元妻の説明を区別して理解することが重要だ。
選手として鹿島の勝利を支えた本田氏は、現在、指導者や評論家という立場からサッカー界に関わっている。今後も北九州での育成活動や日本代表への提言など、ピッチの内外でどのような役割を果たしていくのか注目される。
主な参照資料・報道
- 鹿島アントラーズ公式プロフィール・リーダーシップ関連資料
- IKU公式アスリートプロフィール
- FC町田ゼルビア公式発表
- サッカーダイジェストWeb(2026年10月6日掲載記事)
- 熊本県サッカー協会・日本サッカー協会関連活動報告
- 日刊スポーツ、ORICON NEWS、デイリースポーツの結婚・離婚報道