2026年11月現在、吉本新喜劇の未知やすえさんと夫・内場勝則さんが離婚したという事実は確認されていません。むしろ、2026年1月には夫婦そろって大阪市のイベントに出演し、未知さんが「とりあえず夫婦続けてきてよかった」と語っています。加えて、11月の吉本新喜劇公式公演情報にも2人の名前が並んでいます。
一方、2人の結婚生活が常に順調だったわけではありません。過去には100日間にわたって未知さんが実家に帰った「内場家100日戦争」があり、妹に離婚届を取りに行ってもらったという衝撃的なエピソードも明かされています。1992年の結婚から34年目を迎えた2人に何があったのか。過去の報道と2026年の活動を照らし合わせながら、離婚の噂の真相を整理します。
【結論】未知やすえは離婚した?2026年現在の夫婦関係

最初に結論を整理すると、未知やすえさんと内場勝則さんは、離婚したと確認できる夫婦ではありません。
2025年10月には離婚寸前だった過去を本人たちが公の場で語りましたが、それは過去の夫婦関係についての告白です。離婚届を用意したことと、実際に離婚が成立したことは別の話です。
2026年1月には夫婦でイベントに出演2026年1月18日、2人は大阪市内で開催されたイベント「おとなの健康づくりのススメ~いつまでもいきいきと暮らし続けるために~」に夫婦そろってゲスト出演しました。
スポニチアネックスの報道によると、2人は大阪市の介護予防アンバサダーを務めており、イベントでは息の合った掛け合いを披露。未知さんが「内場家の大黒柱です」と登場すると、内場さんは「私はいきいきと、ビクビクと暮らしています」と応じました。
加えて、夫婦で仕事をする機会が増えてきたことについて、未知さんは次のように話しています。
「今まで、とりあえず夫婦続けてきてよかった」
離婚したという噂とは対照的な、2026年の本人の発言です。
2026年11月も吉本新喜劇で共演もう一つの確認材料が、吉本新喜劇の公式公演情報です。
2026年11月3日から9日まで、なんばグランド花月で上演される「ヤヌシの鑑」には、未知やすえさんと内場勝則さんの両方が出演者として掲載されています。
もちろん、舞台への共演だけで家庭内のすべてが分かるわけではありません。しかし、2026年1月の夫婦イベントと合わせて考えると、少なくとも離婚が成立したという情報とは整合しません。
ネット上で見かける「未知やすえは離婚した」という情報は、過去の離婚危機を現在の出来事のように受け取った可能性があります。
【結婚歴】未知やすえと内場勝則は1992年2月11日に結婚
未知やすえさんと内場勝則さんが結婚したのは、1992年2月11日です。
2人は同じ吉本新喜劇で活動する座員同士。仕事を通じて接点を持ち、交際を経て夫婦になりました。
内場勝則が明かした2人の馴れ初め2022年11月30日付のスポニチアネックスの記事では、内場さんが芸歴40周年記念公演のPR会見で、未知さんとの馴れ初めを明かしています。
当時、未知さんは高校生漫才コンビ「やすえ・やすよ」として活動しており、内場さんより先輩に当たる存在でした。内場さんは未知さんについて、自分から積極的にアプローチしてきたと振り返っています。
交際のきっかけとして語られたのが、内場さんが病気になった際の出来事です。未知さんがお見舞いに来てくれたことに感激し、内場さんは彼女を「天使が現れた」と感じたといいます。
加えて、そのときに「この人と結婚するんやな」と思い、そこから交際が始まったと説明しました。
新喜劇の先輩と後輩という仕事上の関係から、人生をともにする夫婦へと変わっていった2人。舞台での共演だけでなく、長い時間を共有してきた間柄です。
結婚記念日は2月11日の建国記念の日2人の結婚記念日は毎年2月11日です。
2025年2月14日付の日刊スポーツは、未知さんが自身のInstagramで33回目の結婚記念日を報告したことを伝えています。
その投稿では、2025年2月11日に、未知さんは祇園花月での仕事を終え、内場さんは稽古を終えた後、時間が合ったため一緒に食事に出かけたと紹介されました。
記念日を大々的なイベントにするのではなく、仕事終わりに自然に食事を楽しむ。長年連れ添った夫婦らしいエピソードです。
2026年2月11日には結婚34周年を迎えた計算になります。1992年から続く結婚生活は、過去の危機を乗り越えながら現在まで続いています。
【離婚危機の真相】内場家100日戦争と離婚届エピソード
未知やすえさんの離婚説が繰り返し話題になる最大の理由が、「内場家100日戦争」です。
これは、2人が過去に経験した夫婦間の冷戦状態を表す言葉。2025年10月7日、映画「ローズ家~崖っぷちの夫婦~」の特別試写会に登壇した際、未知さん自身が当時の出来事を詳しく明かしました。
100日間、未知やすえが実家に帰っていた日刊スポーツとスポニチアネックスの報道によると、当時の内場家は家庭内であまり会話がなく、内場さん自身も「静かな戦争」と表現するような状態だったそうです。
未知さんは夫婦関係が悪化した時期に実家へ帰り、約100日間を過ごしたと説明しています。
特に不満として語ったのが、実家に帰っている間、内場さんから一度も「帰ってこい」という言葉がなかったことでした。
未知さんにとっては、自分が家を離れているのだから、夫から何らかの働きかけがあるのではないかという思いもあったのでしょう。しかし、期待した言葉はなかったと振り返っています。
一方、内場さんは当時の心境について、次のように説明しました。
「夫婦ってどういうふうにしていいか分からんくて手探りでした」
この発言からは、夫婦関係をどう修復すればよいのか分からず、内場さん自身も対応に迷っていた様子がうかがえます。
離婚届は妹に頼んで市役所から2枚用意さらに注目を集めたのが、離婚届にまつわるエピソードです。
未知さんは、当時は本当に別れるつもりだったと明かしました。自分で市役所に行くと顔を知られているため、妹に頼んで離婚届を取りに行ってもらったそうです。
しかも、用意したのは1枚ではなく2枚。書き損じなどに備えて、間違えないように2枚受け取ってもらったという話でした。
未知さんは当時の状況を振り返り、次のように語っています。
「その時は別れるつもりでした。『内場家100日戦争』言うんですけど」
単なる夫婦げんかではなく、本人が離婚を現実的に考えるほど深刻な時期だったことが分かります。
離婚届は提出されたのか?ここが、離婚の噂を判断するうえで最も要点です。
2025年10月7日の日刊スポーツの取材記事では、未知さんは離婚届について、現在も手元にあり、いつでも見せる用意をしているという趣旨の発言をしています。
つまり、報道で確認できるのは、離婚届を取得して保管していたという事実です。実際に提出して離婚が成立したという話ではありません。
また、100日間実家に帰っていたことは本人が明かしていますが、これは当時の生活上の別居に関するエピソードです。法律上の離婚や、正式な別居婚の成立を意味するものではありません。
「離婚届を用意した」「100日間実家に帰った」という2つの出来事が、離婚したという誤解につながりやすい部分です。
離婚危機の理由は何だったのか報道で語られたのは、夫婦間の会話が少ない冷戦状態や、相手から歩み寄ってもらえなかったという不満です。
ただし、100日戦争が始まった具体的な原因について、2人が一つの出来事を決定的な理由として説明したわけではありません。
2025年5月には、未知さんが関西テレビの番組「よ~いドン!」で、新婚当時の内場さんとのエピソードも披露しています。ワカメの味噌汁にネギを入れたところ、内場さんから「ワカメも緑やのになんで同じ色の緑のネギ入れるん」と言われ、その言葉を33年間忘れられないと笑いながら話していました。
こうした日常の価値観の違いや、コミュニケーションのすれ違いは語られていますが、それが100日戦争の直接的な原因だったと断定することはできません。
重要なのは、当時の夫婦関係が一時的に大きく冷え込んだ一方で、現在まで婚姻関係が続いているという点です。
【時系列で検証】未知やすえと内場勝則の結婚から2026年まで
ここでは、2人の結婚生活と離婚の噂に関係する出来事を時系列で整理します。過去の危機と、その後の夫婦共演を並べると、噂と実際の経緯の違いが見えてきます。
| 時期 | 出来事 | 確認できる内容 |
|---|---|---|
| 1982年 | 芸能活動のスタート | 未知は吉本に入社。内場はNSC大阪校1期生。 |
| 1992年2月11日 | 結婚 | 吉本新喜劇の座員同士で結婚。 |
| 1999年 | 内場が座長に就任 | 以降、2019年3月まで約20年間座長を務める。 |
| 2023年1月 | 芸歴40周年記念公演 | 結婚30周年にちなみ、未知と内場が夫婦役で共演。 |
| 2025年2月11日 | 結婚33周年 | 未知がInstagramで結婚記念日と夫婦での食事を報告。 |
| 2025年10月7日 | 内場家100日戦争を告白 | 実家に帰った期間や離婚届を用意した過去を公表。 |
| 2026年1月18日 | 夫婦でイベント出演 | 大阪市の介護予防イベントで夫婦の掛け合いを披露。 |
| 2026年11月3日~9日 | 吉本新喜劇で共演 | 公式公演「ヤヌシの鑑」の出演者に2人の名前が掲載。 |
この年表で注目したいのは、2025年10月の離婚危機に関する告白の後にも、2026年に夫婦としての活動が確認できることです。
また、2025年2月の結婚記念日の報告は、離婚危機の告白よりも前の出来事です。過去の結婚記念日だけを根拠に現在の関係を判断するのではなく、2026年の本人の発言や公式公演情報まで確認する必要があります。
【夫婦共演】未知やすえと内場勝則は舞台でも夫婦役?
未知やすえさんと内場勝則さんの関係を理解するうえで欠かせないのが、吉本新喜劇という共通の仕事場です。
2人は同じ舞台に立つ芸人夫婦であり、実生活だけでなく、舞台上でも夫婦や恋人の役を演じることがあります。
2023年「内場夫婦の秘密でいぃー!」で共演2023年1月11日から17日まで、内場さんの芸歴40周年を記念した座長公演「内場夫婦の秘密でいぃー!」が、なんばグランド花月で上演されました。
この公演は、結婚30周年という節目も意識して企画されたもので、実生活でも夫婦である2人が舞台上で共演しました。
内場さんは、結婚30周年ということもあり、2人の舞台を作りたいと考えていたことを明かしています。
また、内場さんは2019年3月に座長を勇退していますが、2023年の記念公演では久しぶりに座長として舞台に立ちました。未知さんとの夫婦共演は、芸歴40周年を飾る企画の一つでもありました。
2025年の映画イベントでも夫婦の掛け合い2025年10月7日には、映画「ローズ家~崖っぷちの夫婦~」の特別試写会に2人で登壇しました。
同作は夫婦の離婚を巡る争いを描いたブラックコメディーです。作品にちなみ、夫婦関係について質問された2人は、過去の冷戦状態や離婚届のエピソードを率直に語りました。
一方で、お互いの好きなところを挙げる場面もありました。
未知さんは内場さんについて、親を大切にすること、口うるさくないこと、かさばらないことなどを挙げ、さらに芝居が好きなところも評価しました。
内場さんも未知さんの「味」「社交的」「声」を魅力として挙げています。
最後には未知さんが内場さんにキスを求めるようなやり取りを展開し、内場さんが照れながら応じるという、新喜劇らしい掛け合いで会場を沸かせました。
夫婦のキレ芸と実際の夫婦関係は別未知さんといえば、温厚な雰囲気から一転して激しく怒り出す「キレ芸」が有名です。
内場さんとの共演でも、怒鳴ったり強烈な言葉を投げかけたりする場面があります。しかし、それは新喜劇で培われた芸風であり、舞台上の言葉をそのまま実生活の夫婦仲に結びつけることはできません。
2025年の映画イベントで明かされた本当の離婚危機と、舞台上の怒りの演技は分けて考える必要があります。
同じ職場で長く活動している2人だからこそ、仕事上の掛け合いと家庭内の関係が重なって見えやすい面もあるのでしょう。
【2026年現在】未知やすえと内場勝則のプロフィール・活動状況
2026年現在の2人は、吉本新喜劇を中心に活動を続けています。それぞれの芸歴や立場を整理すると、長年夫婦としてだけでなく、芸能界の仲間として歩んできたことが分かります。
未知やすえのプロフィール未知やすえさんは1963年8月7日生まれ、大阪府東大阪市出身です。吉本興業の公式プロフィールでは、1982年入社と紹介されています。
もともとは歌手を目指して芸能活動を始めました。高校時代にはダンスチームで活動し、その後、漫才コンビ「やすえ・やすよ」として舞台に立ちました。
コンビ解散後も吉本に残り、吉本新喜劇の座員として活躍。温厚な表情から一転する強烈なキレ芸で知られるようになりました。
2002年には第31回上方お笑い大賞の話題賞を受賞。舞台だけでなく、NHK連続テレビ小説「都の風」「ウェルかめ」などにも出演しています。
内場勝則のプロフィール内場勝則さんは1960年8月22日生まれ、大阪府大阪市出身です。1982年にNSC大阪校の1期生として入学しました。
その後、吉本新喜劇に加入し、1999年に座長に就任。2019年3月まで約20年間にわたって座長を務めました。
座長勇退後も新喜劇のベテラン座員として活動し、テレビドラマや映画にも出演しています。
代表的な出演作には、NHK連続テレビ小説「わろてんか」、NHK「心の傷を癒すということ」、TBS「下町ロケット」、NHK連続テレビ小説「おむすび」などがあります。
2026年も2人の仕事上の接点は続いている2026年1月には大阪市の介護予防アンバサダーとして夫婦でイベントに登壇しました。
加えて、11月のなんばグランド花月の公演「ヤヌシの鑑」にも2人の出演が掲載されています。
このように、2026年現在も共通の活動の場があり、夫婦でのイベント出演も実現しています。
過去の離婚危機を乗り越えた後も、2人はそれぞれの芸を磨きながら、同じ吉本新喜劇の舞台で活動を続けているのです。
【プロの結論】未知やすえの離婚説を判断するときの3つのポイント
未知やすえさんの離婚説を正しく理解するには、話題性の強いエピソードだけで判断せず、出来事の時期と情報の性質を整理することが大切です。
1. 離婚届を用意したことと離婚成立は違う最も大きな誤解は、離婚届を取り寄せたという話が、そのまま離婚したという情報に置き換わってしまうことです。
未知さんは、離婚届を用意した当時、本気で別れるつもりだったと説明しています。しかし、報道で確認できるのは取得・保管したというエピソードであり、提出して離婚が成立したという事実ではありません。
2. 100日間の実家滞在は過去の夫婦危機「内場家100日戦争」は、2人が過去に経験した冷戦状態を指す言葉です。
未知さんが100日間実家に帰っていたことは本人の発言に基づく情報ですが、それを2026年現在の別居状態と混同してはいけません。
3. 夫婦共演や本人の発言は最新情報で確認する芸能人の結婚・離婚に関する情報は、過去のインタビューや番組出演時の発言が何年も後になって再び話題になることがあります。
そのため、判断材料として優先したいのは、本人の新しい発言、所属事務所の公式情報、現在の公演情報、信頼できる報道です。
未知さんと内場さんの場合、2026年1月の夫婦イベント出演と11月の公式公演情報が、現在の関係を考えるうえで重要な材料になります。
夫婦の間に過去の危機があったことは事実ですが、それと現在の婚姻関係は別々に評価する必要があります。
【未知やすえの離婚】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:未知やすえと内場勝則は2026年現在、離婚していますか?
A1:2026年11月現在、離婚が成立したという確かな報道や公式発表は確認されていません。2026年1月には夫婦でイベントに出演し、11月の吉本新喜劇公式公演にも2人の名前が掲載されています。
Q2:未知やすえが離婚届を用意したのはなぜですか?
A2:過去に夫婦関係が悪化し、本気で離婚を考えた時期があったためです。本人の説明によると、顔を知られていることから妹に市役所で離婚届を2枚受け取ってきてもらいました。2025年の報道では、当時の離婚届を保管しているとも語っています。
Q3:内場家100日戦争とは何ですか?
A3:未知やすえさんが過去に100日間実家に帰っていたという、夫婦の冷戦状態を表す呼び名です。家庭内で会話が少なく、内場さんから帰宅を促す言葉もなかったと未知さんが振り返っています。
Q4:未知やすえと内場勝則の結婚記念日はいつですか?
A4:1992年2月11日です。2025年2月11日に33回目の結婚記念日を迎え、2026年は結婚34周年に当たります。
Q5:未知やすえと内場勝則は2026年も共演していますか?
A5:はい。2026年1月18日には夫婦で大阪市のイベントに出演し、11月3日から9日までのなんばグランド花月公演「ヤヌシの鑑」にも2人の名前が掲載されています。
未知やすえさんと内場勝則さんの離婚説について、結婚歴、離婚危機、本人たちの発言、2026年の活動を整理しました。
2人は1992年2月11日に結婚し、2026年には結婚34周年を迎えています。
過去には「内場家100日戦争」と呼ばれる深刻な冷戦状態があり、未知さんが100日間実家に帰ったことや、離婚届を2枚用意したことも本人の口から明かされています。決して問題のない結婚生活だったわけではありません。
しかし、離婚届を準備したことと実際に離婚したことは違います。2025年10月の夫婦による告白では、離婚危機を乗り越えた後の関係や、お互いの好きなところについても語られていました。
そして2026年1月には「とりあえず夫婦続けてきてよかった」という未知さんの発言があり、11月にも吉本新喜劇の公式公演で共演しています。
現時点で確認できる事実は、未知やすえさんと内場勝則さんは離婚したと確認されておらず、夫婦としての活動を続けているということです。
夫婦の関係は、外から見える仲の良さだけでは測れません。長年連れ添うなかで衝突や距離が生まれることもあります。それでも、舞台では互いの持ち味を生かし、家庭では適度な距離感を大切にしてきた2人。過去の「100日戦争」だけでなく、現在の発言や活動まで含めて見ることが、離婚説の真相を理解する鍵になります。
主な確認資料
- 日刊スポーツ:2025年10月7日、離婚届と「内場家100日戦争」の本人発言。
- スポニチアネックス:2025年10月7日、夫婦の冷戦状態と離婚危機。
- スポニチアネックス:2026年1月18日、夫婦でのイベント出演と発言。
- 日刊スポーツ:2025年2月14日、結婚記念日と1992年の結婚日。
- 吉本新喜劇公式サイト:2026年11月公演の出演者情報。
- 吉本興業公式プロフィール、MBS座員インタビュー:2人の経歴と活動。