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【記念館はある?】志村けん記念館と大爆笑展の現在

滑原 圭介 滑原 圭介 • 更新: • 公開: • 読了約 8 分
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志村けんさんのファンの間で長く期待されてきたのが、本人の衣装や遺品、コントの歴史を展示する記念館です。

しかし、2026年現在、東村山市に志村けんさんの常設記念館が開館したという事実は確認できません。記念館構想と、期間限定の展示イベントは別のものです。

志村けん記念館の計画はなぜ白紙になった?

2023年3月、週刊女性PRIMEの取材で、長兄の知之さんは記念館について説明しています。

当時、遺品を展示する記念館の構想について質問された際、知之さんは計画がなくなったことを明かしました。

理由として挙げられたのは、施設を維持するための費用です。記念館は開館時に話題になっても、その後の来館者数が安定するとは限りません。建物の維持費や人件費などを長期間負担することは、遺族にとって大きな課題になります。

つまり、記念館が実現していない背景には、志村さんの功績を残したくないという事情ではなく、施設を継続運営する現実的な問題があったのです。

志村けんの大爆笑展は現在も見学できる?

記念館とは別に、志村さんの功績を紹介する展示イベントとして開催されたのが「志村けんの大爆笑展」です。

2021年8月から全国各地の百貨店などを巡回し、バカ殿様、変なおじさん、ひとみばあさんといった人気キャラクターの展示や、コントで使用された衣装・小道具などが紹介されました。

この企画について、ザ・ドリフターズの高木ブーさんは2024年4月、高松三越での開催を全国巡回のファイナルとして報告しています。高松会場は2024年5月6日まで開催されました。

したがって、2026年に東村山へ行けば常設展示を見られるというわけではありません。今後、新たな巡回展や特別展が企画される場合は、主催者の公式告知で開催期間と会場を確認する必要があります。

【実際に訪問できる?】志村けんさんゆかりのスポットと見学時の注意点

志村けんの家

三鷹市の自宅がなくなった今、志村さんの足跡をたどりたい人にとって、訪問先の中心になるのは東村山市です。

ただし、すべてのゆかりの場所が観光施設として公開されているわけではありません。訪問できる場所と、私有地として配慮すべき場所を区別しておきましょう。

2026年に訪問できる代表的な場所



1. 志村けん像

一般見学可能
東京都東村山市本町2丁目・東村山駅東口

アイーンのポーズをした銅像がある、最も分かりやすい記念スポットです。駅前にあるため、初めて訪れる人にも分かりやすい場所です。



2. 志村けんの木

駅前から見学可能
東村山駅東口駅前広場

1976年に植えられた3本のケヤキです。駅前広場の再整備に伴う今後の保存・移植の動向にも注目が集まっています。



3. 駅前の関連モニュメント

駅前から見学可能
東村山駅東口

志村さんにゆかりのある写真を集めたモザイクアートなど、銅像周辺にも関連する展示があります。




見学できない場所にも注意

一方、次の場所は一般向けの観光施設ではありません。

- 三鷹市の自宅跡地:建物は解体済みで、私有地です。敷地内への立ち入りや撮影を目的とした訪問は控えましょう。
- 東村山市の実家:志村家の住居であり、一般公開されていません。
- 志村家の墓所:故人をしのぶ場所ですが、観光施設ではありません。遺族やほかの墓参者への配慮が必要です。

特に実家については、2026年の七回忌の際にも長兄の知之さんが家族の仏壇を守っていることが報じられています。ファンが訪問する場合は、駅前の銅像や記念樹など、公開された場所を中心に楽しむのが適切です。

【2026年の節目】志村けんさんの七回忌と東村山市の現在

2026年3月29日は、志村けんさんが亡くなってから丸6年に当たる日で、仏教の法要では七回忌に当たります。

七回忌という言葉は、亡くなってから7年目に行う法要という意味ではなく、命日から満6年を経た年に行う法要を指します。そのため、2020年3月29日に亡くなった志村さんの七回忌は2026年です。

東村山市長が七回忌に兄の自宅を訪問

2026年4月2日のテレビ朝日NEWSは、東村山市長の渡部尚氏が七回忌に合わせて志村家を訪問したことを報じました。

渡部市長は3月31日に長兄の知之さんの自宅を訪れ、志村さんの位牌が安置された仏壇に線香をあげたと自身のSNSで報告しています。

加えて、志村さんの墓には全国から訪れたファンによる花や供物が絶えないことにも触れ、今も多くの人に愛されていることを伝えました。

この出来事は、三鷹の豪邸がなくなっても、志村さんを記憶する人々と故郷とのつながりが続いていることを示しています。

志村けんさんの功績はどのように残されている?

志村さんの記憶を残しているのは、住宅や記念館だけではありません。

1974年のザ・ドリフターズ正式加入から、「8時だョ!全員集合」での活躍、「志村けんのだいじょうぶだぁ」「志村けんのバカ殿様」などの冠番組まで、その仕事はテレビ番組や映像作品を通じて現在も振り返ることができます。

また、東村山音頭によって故郷の名前を全国に広めたことは、地元にとっても大きな功績です。駅前の銅像や記念樹は、単なる芸能人の記念物ではなく、地域と志村さんの関係を伝える存在になっています。

【よくある質問】志村けんの家に関するFAQ

Q1:志村けんさんの自宅はどこにありましたか?
A1:長年暮らしていた自宅は東京都三鷹市の閑静な住宅街にありました。東村山市は出身地であり、実家がある故郷です。三鷹の自宅は2025年に解体され、現在は建物が残っていません。

Q2:志村けんさんの家を2026年に見学できますか?
A2:三鷹市の自宅は解体済みで、跡地も私有地のため見学施設ではありません。東村山市の実家も一般公開されていません。一般のファンが訪問できる場所としては、東村山駅東口の志村けん像や記念樹がおすすめです。

Q3:志村けん記念館は現在ありますか?
A3:2026年11月現在、東村山市に常設の志村けん記念館が開館したという情報は確認できません。2023年の報道では、長兄が運営費などの問題から記念館構想はなくなったと説明しています。過去には「志村けんの大爆笑展」が全国を巡回しましたが、2024年にファイナルを迎えています。

志村けんさんの家について、2026年現在の状況を整理すると、三鷹市の豪邸は2025年に売却・解体され、建物は現存していません。約5年間にわたって管理を続けた遺族が、高齢化や維持管理の負担などを考慮して手放したことが、解体の背景にありました。

一方、東村山市には志村さんの故郷としての歴史が残っています。東村山駅東口の志村けん像や記念樹は、ファンが訪れてその足跡を感じられる場所です。記念館は実現しておらず、大爆笑展も2024年に全国巡回を終えています。

今後の注目点は、東村山駅前広場の再整備に伴う「志村けんの木」の保存・移植問題です。2026年度の設計や今後の駅周辺整備を通じて、どのような形で記念樹や銅像が受け継がれるのかが焦点になります。

志村さんが暮らした家そのものはなくなりました。しかし、東村山という故郷、数々のコント、そして今も駅前を訪れるファンの存在が、その功績を伝え続けています。2026年の七回忌は、住まいという物理的な場所だけではなく、人々の記憶に残る志村けんさんの存在を改めて考える節目となりました。

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コンテンツディレクター 滑原 圭介
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旅行・観光を担当。現地の公式観光資料と営業情報を確認してから記事にします。

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