2026年現在、元横浜DeNAベイスターズの徳山壮磨さんは、現役プロ野球選手としてのキャリアに区切りをつけ、横浜DeNAベイスターズの球団職員・広報担当として新たな道を歩んでいます。2025年9月に戦力外通告を受けた後、11月の合同トライアウトに参加。12月に現役引退を表明し、球団職員への転身を発表しました。
大阪桐蔭高校では2017年春のセンバツ優勝を経験し、早稲田大学でも東京六大学野球の最優秀防御率を獲得。2021年ドラフト2位でDeNAに入団した実力派右腕でした。特に2024年は29試合に登板して防御率2.45、8ホールドを記録し、リリーフ投手として存在感を示しています。しかし、腰椎椎間板ヘルニアの手術と2025年の一軍登板なしという苦しいシーズンが、プロ生活の転換点となりました。
引退後は、選手として培った経験を生かして球団の情報発信やイベント企画に携わっています。2026年には広報担当として公式イベントやスポーツビジネス関連の講座にも登壇しており、第二のキャリアが具体的に動き始めています。
【2026年最新】徳山壮磨の現在はDeNAの球団広報!引退後の活動を紹介

徳山壮磨さんは、2025年シーズン限りで現役を引退し、2026年から横浜DeNAベイスターズの球団職員として活動しています。
現在の所属は球団の広報部門です。現役時代に所属していた球団に残り、今度は選手やチームの魅力をファンに届ける立場へと変わりました。
2026年は球団広報として新たなスタート2026年5月26日、横浜DeNAベイスターズは大学生・専門学生を対象とした「横浜スポーツビジネススクール」の開催を発表しました。
この講座は広報コミュニケーションをテーマにしたもので、講師陣の一人として徳山さんも登壇。球団公式発表では、現球団広報職員として紹介されています。
担当するテーマは、プロの現場で培った選手の内面を引き出すインタビュー術や、傾聴力、質問力、情報を伝える技術です。
これは、単に元選手がイベントに出演するという話ではありません。実際にプロの選手としてチームで活動してきた経験を、次世代のスポーツビジネス人材に伝える役割を担っています。
選手の素顔を伝える仕事にも挑戦2026年3月には、野球専門メディア『週刊ベースボールONLINE』で「DeNA・徳山壮磨 新米広報部員が撮る!選手の素顔」という企画が掲載されました。
徳山さん自身がキャンプ中の選手を撮影し、元チームメートだからこそ知る選手の表情や人柄を紹介する内容です。
記事では、大阪桐蔭高校の先輩にあたる藤浪晋太郎投手や、学生時代から競い合ってきた竹田祐投手などが取り上げられています。
特に、藤浪投手については高校時代に憧れを抱いた先輩であり、実際に同じ球団で活動できたことへの思いも紹介されました。
選手として同じユニホームを着ていたからこそ、外部の取材者とは違う距離感で選手の魅力を伝えられる点は、徳山さんの広報活動における強みです。
2026年後半もイベント運営やファン交流に参加2026年7月には、横須賀スタジアムで開催されるファーム公式戦に合わせた「モバコンデー2026」の企画運営に参加しました。
このイベントは、球団公式の有料サービス「モバイルコンテンツ」の魅力を紹介する企画です。
選手ブログや限定動画などのコンテンツをファンに届ける取り組みで、徳山さんは広報部門のモバイルコンテンツ担当として携わりました。
加えて、球団が2026年10月30日に発表した「2026年代別ファン交流会」では、11月10日と13日のゲストとして徳山さんの名前が掲載されています。
球団OBとしてファンと交流し、ベイスターズの魅力を伝える活動も続いています。
2026年11月5日時点で確認できる活動を整理すると、次のとおりです。
| 時期 | 活動 | 内容 |
|---|---|---|
| 2026年3月 | 選手紹介企画 | 元チームメートの素顔を写真と文章で紹介 |
| 2026年5月 | スポーツビジネススクール | 広報職員として講師を担当 |
| 2026年7月 | モバコンデー2026 | モバイルコンテンツ関連イベントの企画運営 |
| 2026年10月 | ファン交流会発表 | 11月10日・13日のゲストに決定 |
球団公式発表や野球専門メディアの掲載内容からも、徳山さんが広報担当として実務に関わっていることが分かります。
【プロフィール】徳山壮磨はどんな人物?大阪桐蔭から早稲田大学へ
徳山壮磨さんは、高校野球と大学野球の双方で実績を残してきた右投右打の投手です。
大阪桐蔭高校時代には全国制覇を経験し、早稲田大学では東京六大学野球のタイトルを獲得。その実績を評価され、2021年のドラフト会議でDeNAから2位指名を受けました。
徳山壮磨の基本プロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 徳山壮磨(とくやま・そうま) |
| 生年月日 | 1999年6月6日 |
| 年齢 | 27歳(2026年11月5日時点) |
| 身長 | 183cm |
| 体重 | 87kg |
| 投打 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| 出身高校 | 大阪桐蔭高校 |
| 出身大学 | 早稲田大学 |
| ドラフト | 2021年ドラフト2位 |
| 元所属球団 | 横浜DeNAベイスターズ |
| 現在 | 横浜DeNAベイスターズ球団職員・広報 |
※身長・体重などの選手プロフィールは日本野球機構(NPB)の掲載情報に基づいています。
大阪桐蔭高校では2017年センバツ優勝を経験徳山さんの野球人生を語るうえで欠かせないのが、大阪桐蔭高校時代です。
同校は全国屈指の強豪校として知られ、徳山さんも高校時代から注目を集める投手でした。
特に2017年春の第89回選抜高等学校野球大会では、チームの優勝に貢献しています。
当時の徳山さんは全5試合に登板。高校日本代表にも選ばれました。
全国大会で結果を残した経験は、大学進学後、そしてプロ入りを目指すうえでも大きな実績となりました。
大阪桐蔭出身の選手はプロ野球界にも数多くいますが、徳山さんの場合は高校時代に全国優勝を経験し、大学でも投手として成長を続けた点が特徴です。
早稲田大学では最優秀防御率を獲得2018年、徳山さんは早稲田大学に進学し、野球部に入部しました。
早稲田大学ではスポーツ科学部に所属。大学野球でも投手として実績を積み重ねていきます。
大きな転機となったのは、2020年の東京六大学野球春季リーグ戦です。
このシーズンは新型コロナウイルスの影響で日程や試合方式が変更される特殊な大会でしたが、徳山さんは防御率0.00を記録し、最優秀防御率のタイトルを獲得。ベストナインにも選出されました。
加えて、大学4年生の2021年にはチームのエース格として秋季リーグ戦を戦っています。
早稲田大学の公式インタビューでは、大学3年秋からスランプを経験し、4年春には納得できる投球ができなかったことも語っています。
その後、ストレートの投げ方を見直すなど、投球フォームやスタイルを修正。秋季リーグ戦では本来の投球を取り戻しました。
この経験は、徳山さんが単に実績のある投手だっただけでなく、課題と向き合いながら成長してきた選手であることを示しています。
2021年ドラフト2位でDeNAに入団2021年10月11日に開催されたプロ野球ドラフト会議で、徳山さんは横浜DeNAベイスターズから2位指名を受けました。
球団が公表したスカウト評価では、東京六大学を代表する即戦力右腕として紹介され、最速152キロのストレートと変化球、制球力などが評価されていました。
早稲田大学での実績に加え、大阪桐蔭高校時代の全国制覇という経歴も、指名を受ける背景となりました。
当時の徳山さんは、先発・中継ぎのどちらでも投げられる投手を目指し、将来的には先発ローテーションを担うことを目標に掲げていました。
しかし、プロ入り後は一軍での出場機会を得るまでに時間がかかることになります。
【年度別成績】徳山壮磨のプロ入り後の実績と2024年の飛躍
徳山さんのプロ野球人生は、決して順調なものではありませんでした。
2021年ドラフト2位という高い評価で入団したものの、最初の2年間は一軍公式戦への出場がありませんでした。
転機となったのが2024年です。
プロ3年目にして一軍デビューを果たし、リリーフ投手として29試合に登板。防御率2.45という成績を残しました。
徳山壮磨のプロ入り後の年度別成績・経歴| 年度 | 所属・状況 | 主な成績・出来事 |
|---|---|---|
| 2021年 | DeNA入団 | ドラフト2位指名 |
| 2022年 | DeNA | 一軍登板なし。ファーム17試合、2勝6敗、防御率3.49 |
| 2023年 | DeNA | 一軍登板なし。ファーム22試合に登板。9月に一軍合流 |
| 2024年 | DeNA | 一軍29試合、1勝1敗、8ホールド、防御率2.45 |
| 2024年9月 | DeNA | 腰椎椎間板摘出術を受ける |
| 2025年 | DeNA | 一軍登板なし。ファーム36試合、防御率3.31 |
| 2025年9月 | DeNA | 戦力外通告 |
| 2025年11月 | トライアウト | 打者3人に無安打1四球、最速148km/h |
| 2025年12月 | 引退 | 現役引退と球団職員への転身を発表 |
| 2026年 | DeNA | 球団広報として活動 |
※一軍の年度別公式成績はNPBの記録を基準としています。ファームの数字は当時の報道に基づきます。
2024年は29試合登板、防御率2.45の好成績徳山さんのプロ野球選手としてのキャリアハイは2024年です。
NPBの公式年度別成績によると、同年の一軍成績は以下のとおりです。
| 成績項目 | 2024年の記録 |
|---|---|
| 登板 | 29試合 |
| 勝利 | 1勝 |
| 敗北 | 1敗 |
| ホールド | 8 |
| ホールドポイント | 9 |
| 投球回 | 29回1/3 |
| 被安打 | 27 |
| 被本塁打 | 1 |
| 奪三振 | 12 |
| 与四球 | 15 |
| 防御率 | 2.45 |
特に注目したいのは、防御率2.45と8ホールドです。
勝ちパターンを任される時期もあり、リリーフ投手としてチームに貢献しました。
入団後2年間は一軍登板がなかったことを考えると、2024年の活躍は大きな前進でした。
ただし、投球回は29回1/3です。防御率だけで長期的な安定性を判断できるほどの投球数ではありません。
それでも、ドラフト2位で入団した右腕が、ようやく一軍で結果を残し始めたシーズンだったことは間違いありません。
2024年の活躍から一転、腰の故障で離脱好成績を残していた徳山さんに、大きな問題が発生したのが2024年夏です。
腰椎椎間板ヘルニアと診断され、7月16日に出場選手登録を抹消されました。
その後、リハビリを続けていましたが、復帰に向けて手術を決断します。
横浜DeNAベイスターズは2024年9月5日、徳山さんが福島市内の病院で内視鏡下腰椎椎間板摘出術を受け、無事に終了したと公式発表しました。
手術後はリハビリに取り組むことになりました。
当時、徳山さんは球団を通じて、シーズン後半の大切な時期にチームの力になれないことへの悔しさと、再び横浜スタジアムのマウンドに戻りたいという思いを伝えています。
この故障は、プロ入り後に初めて一軍で結果を残したタイミングで起きただけに、本人にとっても球団にとっても大きな痛手となりました。
【引退の経緯】2025年の戦力外通告からトライアウト、現役引退まで
徳山さんが現役引退に至った背景には、2024年の腰の手術と、翌2025年の一軍復帰を果たせなかったことがあります。
一軍での活躍を経験した直後だっただけに、2025年の結果は本人にとって厳しいものとなりました。
2025年は一軍登板なし、ファームで復帰を目指す2025年シーズン、徳山さんは腰の手術からの復帰を目指して調整を続けました。
一軍への昇格は実現せず、ファームを中心に登板を重ねています。
2025年のイースタン・リーグでは36試合に登板し、防御率3.31を記録しました。
決して実戦から完全に離れていたわけではありません。
9月には投球スタイルの見直しにも取り組み、ツーシームを新たな武器として取り入れました。球速も150キロを超えるなど、状態が上向いていたことが報道されています。
しかし、一軍での出場機会を得るには至りませんでした。
2025年9月30日にDeNAから戦力外通告2025年9月30日、横浜DeNAベイスターズは徳山さんに戦力外通告を行ったと発表しました。
プロ4年目、26歳での通告でした。
当時の日刊スポーツの報道によると、徳山さんは手術後に思うようにいかなかったことを振り返りながら、現役続行を希望していました。
腰の状態は改善し、体も元気であるとして、プレーを続けたい意思を示していたのです。
ここで注目すべきなのは、戦力外通告を受けた時点では引退を決断していなかったという点です。
徳山さんは、別の球団でプレーする可能性を探るため、合同トライアウトへの参加を決めました。
トライアウト2025では最速148キロのツーシームを披露2025年11月12日、マツダスタジアムで「エイブル・トライアウト2025」が開催されました。
徳山さんも参加し、他球団へのアピールに臨みました。
この日の投球内容は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 開催日 | 2025年11月12日 |
| 会場 | マツダスタジアム |
| 対戦打者 | 3人 |
| 被安打 | 0 |
| 四球 | 1 |
| 最速球速 | 148km/h |
| 主な武器 | ツーシーム |
特に印象的だったのは、新たに軸として取り入れたツーシームです。
先頭打者には146キロの内角ツーシームで詰まらせ、サードゴロに打ち取りました。続く打者も同じく146キロのツーシームでサードゴロ。3人目には148キロのツーシームを投じましたが、四球となりました。
打者3人に対して被安打なしという内容で、持ち味を発揮しています。
日刊スポーツの取材では、徳山さんがトライアウトに向けて身体を作り、腰の状態を整えて臨んだことも報じられました。
また、速球を中心とした従来の投球スタイルから、ツーシームを軸にする形へと変化させていたことも特徴です。
トライアウトでの投球には、現役続行への意欲が表れていました。
2025年12月に現役引退を発表トライアウト参加から約3週間後の2025年12月3日から4日にかけて、徳山さんは自身のInstagramで現役引退を報告しました。
小学3年生から始めたソフトボールを含め、18年間続けてきた野球人生を振り返っています。
本人は、プロ野球選手として4年間プレーできたことへの感謝と、思うような結果を残せなかった悔しさを率直に表現しました。
特に、家族への恩返しや親孝行をもっとしたかったという思いも明かしています。
一方で、これまで支えてくれた人々や仲間への感謝を伝え、DeNAという球団でプレーできたことを財産として受け止めていました。
そして、引退後の進路についても発表しています。
「横浜DeNAベイスターズの球団職員として働いていきます」
この発表によって、徳山さんの現役生活は正式に一区切りを迎えました。
戦力外通告を受けた直後に引退したわけではなく、トライアウトまで挑戦を続けたうえでの決断だったことが、引退までの経緯を理解するうえで重要です。
【なぜ広報に転身?】徳山壮磨の第二のキャリアと今後の可能性
徳山さんの引退後の進路で注目したいのは、野球界から完全に離れるのではなく、所属していたDeNAの球団職員として働く道を選んだことです。
球団広報は、選手のプレーを支える仕事とは異なります。
チームの魅力を伝え、選手とファンをつなぎ、球団の活動を広く発信する役割を担います。
元選手だからこそ伝えられる選手の魅力プロ野球の広報活動では、選手の成績や試合結果だけでなく、普段の表情や人柄、練習への取り組みなども重要な情報になります。
徳山さんには、実際にプロの一軍・二軍でプレーしてきた経験があります。
選手がどのような環境で練習し、試合に臨み、チームメートと関係を築いているのかを理解していることは、広報担当として大きな強みになるでしょう。
2026年3月の『週刊ベースボールONLINE』の企画で、元チームメートを撮影し、その素顔を紹介した仕事は、まさにその経験を生かした取り組みでした。
モバイルコンテンツ担当としての役割2026年7月の「モバコンデー2026」では、球団のモバイルコンテンツを担当する広報職員として企画運営に参加しています。
球団のモバイルコンテンツは、選手ブログや限定動画などを通じて、試合以外の場面でもファンが選手やチームに触れられるサービスです。
試合の勝敗だけでは伝わらない選手の魅力を発信することで、ファンとの継続的な接点を生み出す役割があります。
現役時代に自らが発信される側だった徳山さんが、今度は発信する側に回ったことは、キャリアの大きな変化です。
【プロの分析】現役時代の経験は広報職でどう生きる?徳山さんの転身には、プロスポーツ業界におけるセカンドキャリアの一つの可能性が見えます。
プロ野球選手の仕事は、現役でプレーできる期間が限られています。一方、球団には広報、営業、イベント運営、ファンクラブ、育成、地域活動など、選手以外にも多様な職種があります。
そのなかで、元選手が広報を担当するメリットは大きく3つあります。
1. 選手目線で情報を理解できる: 練習や試合の裏側にある事情を理解し、伝える内容を整理しやすい。
2. インタビューで信頼関係を築きやすい: 元チームメートという関係性を生かし、選手の自然な表情や言葉を引き出せる。
3. ファンとの接点を増やせる: プレー以外の活動や人柄を伝え、球団への親近感を高められる。
ただし、元選手であることだけで広報業務が成立するわけではありません。
企画力、文章力、撮影・編集への理解、情報管理、ファンのニーズを把握する力なども求められます。
2026年の徳山さんの活動を見ると、選手紹介だけでなく、講座への登壇やイベントの企画運営にも携わっています。
現役時代の経験を土台にしながら、広報という専門職のスキルを身につけていく段階にあると考えられます。
【よくある質問】徳山壮磨の現在・引退・成績に関するFAQ
Q1:徳山壮磨は現在何をしていますか?
A1:2026年現在、横浜DeNAベイスターズの球団職員として広報業務を担当しています。選手の紹介、モバイルコンテンツの企画運営、スポーツビジネス関連の講座やファン交流イベントなどにも携わっています。
Q2:徳山壮磨が現役引退したのはいつですか?
A2:2025年12月3日から4日にかけて、自身のInstagramで現役引退を発表しました。DeNAからの戦力外通告後、2025年11月12日の合同トライアウトに参加してからの決断でした。
Q3:徳山壮磨はなぜ戦力外になったのですか?
A3:2024年に腰椎椎間板ヘルニアの手術を受け、2025年は一軍登板がありませんでした。ファームでは36試合に登板して防御率3.31を記録しましたが、一軍への昇格には至らず、2025年9月30日に戦力外通告を受けています。球団が公表した通告理由の詳細までは明らかになっていません。
Q4:徳山壮磨の2024年の成績は?
A4:一軍29試合に登板し、1勝1敗、8ホールド、防御率2.45でした。プロ入り後初めて一軍で本格的に活躍したシーズンです。
Q5:徳山壮磨はどこの高校・大学出身ですか?
A5:大阪桐蔭高校から早稲田大学に進学しました。大阪桐蔭時代には2017年春のセンバツで優勝し、早稲田大学では2020年春の東京六大学野球で最優秀防御率を獲得しています。
Q6:徳山壮磨は2025年のトライアウトに参加しましたか?
A6:参加しています。2025年11月12日にマツダスタジアムで行われた合同トライアウトで、打者3人に対して無安打1四球、最速148キロを記録しました。その後、12月に現役引退を発表しました。
徳山壮磨さんの野球人生は、大阪桐蔭高校での全国制覇、早稲田大学でのタイトル獲得、2021年ドラフト2位でのプロ入り、そして2024年の一軍での飛躍と、着実に実績を積み重ねてきた道のりでした。
一方で、2024年の腰椎椎間板ヘルニアと手術、2025年の一軍登板なし、戦力外通告という厳しい現実にも直面しました。
トライアウトでは新たな投球スタイルに挑戦し、最後まで現役続行の可能性を探りましたが、最終的には2025年12月に引退を決断しています。
しかし、徳山さんの野球人生がそこで終わったわけではありません。
2026年からは横浜DeNAベイスターズの球団広報として、選手の魅力を伝える仕事やイベントの企画運営に携わっています。
2026年5月のスポーツビジネススクールへの登壇、7月のモバコンデーの企画運営、そして11月のファン交流イベントへの出演など、新しい役割での活動は着実に広がっています。
特に注目したいのは、選手としての経験を単なる過去の実績にせず、次の仕事に生かしている点です。
徳山壮磨さんは、プロ野球選手としての現役生活を終えた一方、横浜DeNAベイスターズの一員として野球界に残り、新たなキャリアを築いています。
今後は広報担当としてどのような企画を手掛け、選手とファンをつないでいくのか。その活動にも引き続き注目が集まりそうです。
主要な確認資料- 日本野球機構(NPB):プロフィール・年度別公式成績
- 横浜DeNAベイスターズ公式発表:2024年の手術、2026年の広報活動・イベント
- 早稲田大学:大学時代の実績、ドラフト指名時の情報
- 日刊スポーツ:2025年の戦力外通告、トライアウト、引退発表
- 週刊ベースボールONLINE:2026年の広報担当としての活動
※記事の基準日は2026年11月5日です。11月10日・13日のファン交流会は開催予定として記載しています。