北京2022大会の男子ノーマルヒルで金メダル、ラージヒルで銀メダルを獲得。世界のトップ選手として日本ジャンプ界をけん引しました。
小林の強みは、ジャンプの飛距離だけでなく、空中姿勢や着地を含めた総合的な完成度です。
かつての笠谷や船木が築いた日本のジャンプ競技の伝統を、現代の国際舞台で引き継いだ選手として位置づけられます。
【2026年最新】ミラノ・コルティナ五輪で日の丸飛行隊はどう戦った?

2026年のミラノ・コルティナ冬季オリンピックは、2月6日から22日までイタリアで開催されました。
日本のスキージャンプ陣は男女合わせて7選手で大会に臨みました。
男子は小林陵侑、二階堂蓮、中村直幹。女子は丸山希、高梨沙羅、伊藤有希、勢藤優花です。
この大会では個人種目だけでなく、混合団体や男子スーパーチームでも日本勢の活躍が期待されました。
2026年大会の日本代表・主要成績文部科学省が公表した大会報告資料によると、日本のスキージャンプ陣は銀メダル1個、銅メダル3個の計4個を獲得しました。
| 種目 | 日本選手 | 成績 |
|---|---|---|
| 男子ノーマルヒル | 二階堂蓮 | 銅メダル |
| 男子ラージヒル | 二階堂蓮 | 銀メダル |
| 女子ノーマルヒル | 丸山希 | 銅メダル |
| 混合団体 | 小林陵侑・二階堂蓮・高梨沙羅・丸山希 | 銅メダル |
| 男子スーパーチーム | 小林陵侑・二階堂蓮 | 6位 |
| 女子ラージヒル | 丸山希 | 8位 |
2026年大会の男子ノーマルヒルで銅メダル、ラージヒルで銀メダルを獲得。日本の男子ジャンプ陣を代表する存在として躍進しました。
二階堂の活躍は、2026年大会を語るうえで欠かせません。
ノーマルヒルとラージヒルの両方で表彰台に立ったことは、異なるジャンプ台への対応力と安定した競技力を示す結果でした。
小林陵侑も男子ラージヒルで6位、ノーマルヒルで8位に入り、男子スーパーチームでも二階堂と組んで6位に入賞しています。
丸山希が女子ノーマルヒルで銅メダル女子ノーマルヒルで銅メダルを獲得。女子ラージヒルでも8位に入り、複数種目で安定した成績を残しました。
女子ジャンプの歴史においても、丸山の成績は大きな意味を持ちます。
高梨沙羅が長年築いてきた日本女子ジャンプの実績に、新たなメダリストが加わったからです。
混合団体で日本初の銅メダル2026年2月10日(現地時間)に実施された混合団体では、丸山希、小林陵侑、高梨沙羅、二階堂蓮の4人が出場しました。
日本は合計1034.0点で3位となり、銅メダルを獲得。
2位ノルウェーとの差は4.3点、4位ドイツとの差はわずか1.2点という接戦でした。
このメダルは、日本が同種目で獲得した初めてのオリンピックメダルです。北京2022大会での悔しさを経て、チームとして結果を残したことにも意味があります。
2026年大会で競技方式も変わったミラノ・コルティナ大会は、日本選手の活躍だけでなく、スキージャンプの競技史においても節目となりました。
主な変更点は次の2つです。
- 女子ラージヒルの新設: 女子のオリンピック種目にラージヒルが初めて加わりました。
- 男子団体の方式変更: 従来の4人制団体に代わり、2人1組のスーパーチームが採用されました。
これにより、従来とは異なる選手起用やチーム戦略が必要になりました。
男子スーパーチームは小林と二階堂が6位に入賞。最終ラウンドは悪天候のため中止となり、1回目と2回目の結果で順位が決まりました。
【現在の日の丸飛行隊】2026年後半の日本代表と次世代の注目選手
2026年11月現在、日本のスキージャンプ界はミラノ・コルティナ大会を終え、次のシーズンに向けた強化段階に入っています。
ここで注目したいのが、全日本スキー連盟(SAJ)が公表している2026/2027シーズンの強化指定選手です。
オリンピックの代表選手と、シーズンごとの強化指定選手は同じものではありません。強化指定は競技力向上や育成を目的とした選手区分であり、次回五輪の出場を確約するものではありません。
2026/2027シーズンの主な強化指定選手男子ジャンプ
- Sランク:小林陵侑、二階堂蓮
- Aランク:中村直幹、内藤智文、佐藤幸椰、小林朔太郎
女子ジャンプ
- Sランク:丸山希
- Aランク:高梨沙羅、伊藤有希、勢藤優花、宮嶋林湖
このほかにもBランクを中心に若手選手が強化指定されており、男子・女子ともに次世代の育成が進んでいます。
現在の注目選手と期待される役割小林陵侑:男子ジャンプの中心的存在
北京五輪金メダリストとしての経験を持ち、2026年大会でも個人種目と団体戦で日本を支えました。今後も国際大会での安定した成績が期待されます。
二階堂蓮:新世代のメダリスト
2026年大会で個人2種目のメダルを獲得。小林に続く男子の中心選手として、今後の日本ジャンプ界を担う存在です。
丸山希:女子ジャンプの新たな柱
2026年大会で女子個人と混合団体の銅メダル獲得に貢献。女子ジャンプの競技力を示す重要な選手となりました。
高梨沙羅:経験を生かすベテラン選手
2018年平昌大会の銅メダリストで、北京大会、ミラノ・コルティナ大会にも出場。2026/2027シーズンも強化指定選手に名を連ねています。
伊藤有希・勢藤優花:女子ジャンプの競技基盤を支える選手
国際大会での経験を持ち、2026年大会にも出場。若手とベテランが競い合う女子ジャンプの層の厚さを支えています。
「日の丸飛行隊」は今も存在するのか答えは、存在する。ただし、1972年当時と同じ意味ではありません。
現在の日の丸飛行隊は、笠谷幸生らのように3人で表彰台を独占した特定のチームを指すのではなく、日本のスキージャンプ界全体の活躍を表す愛称として使われています。
また、女子ジャンプの発展や混合団体の採用によって、その言葉が象徴する日本代表の姿も広がりました。
男子だけの伝説から、男女が一緒に戦う日本ジャンプ界の象徴へ。これが2026年時点での大きな変化です。
【プロの結論】日の丸飛行隊の本当の強さは世代を超えた継承にある
日の丸飛行隊の歴史を振り返ると、単純なメダル獲得数だけでは説明できない日本ジャンプ界の特徴が見えてきます。
重要なのは、異なる時代に異なる選手が世界のトップレベルで結果を残してきたことです。
札幌・長野・北京・ミラノをつなぐ3つの要素1. 個人の技術とチームの総合力
1972年札幌大会では3人の個人メダル獲得が象徴的でした。一方、1998年長野大会では4人の団体金メダルが大きな成果となりました。
2026年大会でも混合団体で銅メダルを獲得しています。個人の能力をチームの結果につなげる力は、日本ジャンプ界の重要な財産です。
2. 男子から女子へと広がった競技基盤
かつて日の丸飛行隊といえば、男子ジャンパーを中心に語られていました。
しかし、女子ジャンプのオリンピック正式種目化以降、高梨沙羅、丸山希らが世界の舞台で結果を残しています。
2026年大会の混合団体銅メダルは、男女双方の競技力がそろって初めて実現した成果です。
3. 競技環境の変化への対応力
スキージャンプは、単純に遠くへ飛べば勝てる競技ではありません。
日本オリンピック委員会の競技解説によると、順位は飛距離点と飛型点の合計で決まり、風向きや風速、スタートゲートの位置による加減点も影響します。
つまり、技術、判断力、環境への対応力を総合的に磨く必要があります。
2026年の男子スーパーチームで最終ラウンドが悪天候により中止されたことも、自然条件が競技結果に直結するジャンプ競技の難しさを示しています。
歴史を正しく理解するための3つの判断基準日の丸飛行隊に関する情報を調べるときは、次の区別を意識すると理解しやすくなります。
- 元祖の日の丸飛行隊: 1972年札幌五輪の笠谷幸生、金野昭次、青地清二。
- 長野五輪の日の丸飛行隊: 船木和喜、原田雅彦、岡部孝信、斎藤浩哉ら。
- 2026年の日本ジャンプ陣: 小林陵侑、二階堂蓮、丸山希、高梨沙羅らを中心とする男女の選手たち。
この3つを混同しないことが、歴代選手と現在の日本代表を理解するうえでの基本です。
【日の丸飛行隊に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:日の丸飛行隊の意味と由来は何ですか?
A1:1972年札幌オリンピックの男子スキージャンプ70m級で、日本選手が金・銀・銅メダルを独占したことに由来する愛称です。日本のジャンプ選手たちの活躍を象徴する言葉として定着しました。
Q2:歴代の日の丸飛行隊で有名な選手は誰ですか?
A2:1972年札幌大会の笠谷幸生、金野昭次、青地清二、1998年長野大会の船木和喜、原田雅彦、岡部孝信、斎藤浩哉が代表的です。その後は小林陵侑、高梨沙羅、二階堂蓮、丸山希らが日本ジャンプ界をけん引しています。
Q3:2026年のミラノ・コルティナ五輪で日本はメダルを獲得しましたか?
A3:獲得しました。日本はスキージャンプで計4個のメダルを獲得。二階堂蓮が男子ノーマルヒルで銅、ラージヒルで銀、丸山希が女子ノーマルヒルで銅、混合団体でも日本チームが銅メダルを獲得しました。
日の丸飛行隊の原点は、1972年札幌オリンピックで笠谷幸生、金野昭次、青地清二が成し遂げた表彰台独占です。その歴史は1998年長野大会の船木和喜・原田雅彦らの活躍、2022年北京大会の小林陵侑の金・銀メダルへと受け継がれてきました。
そして2026年ミラノ・コルティナ大会では、二階堂蓮の個人2種目でのメダル獲得、丸山希の女子個人銅メダル、混合団体の銅メダルという新しい成果が生まれました。
2026/2027シーズンには、SAJの強化指定選手として小林陵侑、二階堂蓮、丸山希、高梨沙羅らが名を連ね、若手選手の育成も進んでいます。
日の丸飛行隊の歴史は、1972年の一度きりの奇跡ではありません。世代が変わり、競技方式が変わり、男女がともに戦う時代になっても、日本のジャンプ選手たちが世界に挑み続ける姿そのものです。次の国際大会で誰が新たな歴史を刻むのか、今後も日本ジャンプ界から目が離せません。