騒動が起きたのは、2026年1月18日に行われた大相撲初場所8日目のNHK中継だった。
この日の放送では、相撲の合間に「相撲文化が根付く街 両国探訪」という企画が設けられ、両国周辺の施設や店舗が紹介された。その中で登場したのが、力士も利用する大きなサイズの衣料品を扱う店「ライオン堂」だった。
現地リポートには元幕内の天鎧鵬が参加。アナウンサーとともに店舗を紹介し、店名も口にしていた。ところが、その後、解説席の中村親方が同じ店名を話題にしたところ、実況アナウンサーから注意が入った。
「あまりお店ですので。ごめんなさい」
中村親方はその後、「衣料品店で買ってましたね」と店名を避けた表現に言い換えた。
この場面を報じたデイリースポーツによると、視聴者の間では、現地リポートでは店名を繰り返していたのに、解説者が口にすると注意されるのはなぜなのかという疑問が相次いだ。
特に議論になったのは、店舗名が映像に表示されている状況で、音声だけを制限することにどれほど意味があるのかという点だ。店舗を紹介する企画そのものと、店名を繰り返す行為の線引きが分かりにくかったことも、反響を大きくした要因と考えられる。
なぜ天鎧鵬の紹介は可能で、中村親方は注意されたのか?ここで重要なのは、報道された中継内容から、天鎧鵬の発言だけが正式に許可され、中村親方の発言だけが禁止されたという放送上の明文化された基準までは分からないことだ。
両者の違いとして考えられるのは、現地取材の進行とスタジオ解説という役割の違いである。現地リポートでは、取材対象となる場所を視聴者に理解してもらうため、店名を伝える必要性が生じる。一方、スタジオでの解説では、同じ店名を繰り返す必要がないと判断される場合もある。
ただし、これは放送法や番組編集の考え方から読み取れる可能性であり、今回の注意がなぜ中村親方に向けられたのかについて、NHKが個別の判断理由を公表したわけではない。
今回の問題は、店名を一度口にしただけで違反になるという単純な話ではない。公共放送として、どの程度まで企業・店舗の名称を紹介する必要があるのかという編集判断が問われた出来事だった。
【店名紹介とNHK ONE】商業宣伝との違いは放送法83条にある

ライオン堂の店名が話題になった直後、視聴者の目に留まったのがNHKのインターネットサービス「NHK ONE」の紹介だった。
デイリースポーツは、ライオン堂の店名について注意があった直後にNHK ONEが紹介されたことから、SNS上で「ライオン堂はダメなのにNHK ONEはいいのか」という趣旨の批判が出たと報じている。
一見すると、どちらも固有の名称を放送している点では同じに見える。しかし、法律上の位置付けには大きな違いがある。
NHKが第三者の営業を宣伝できない理由NHKの広告に関する基本的な根拠となるのが、放送法第83条だ。
第八十三条 協会は、他人の営業に関する広告の放送をしてはならない。
一方、同条第2項では、番組編集上必要であり、他人の営業に関する広告を目的としない場合には、営業者の名称などを放送することを妨げないとしている。
つまり、NHKの放送で店舗名や企業名を一切出せないわけではない。番組の内容を成立させるために必要であれば、固有名詞を紹介することは認められている。
例えば、地域の歴史を紹介する企画で老舗店舗を取り上げたり、スポーツ施設の名称を説明したりする場合、名称を出すこと自体が視聴者への情報提供になる。
問題になるのは、その紹介が特定の事業者の利益を目的とする宣伝に近づいていないかという点だ。
NHK放送ガイドラインに見る企業名の判断基準2024年9月の弁護士JPニュースは、NHKが公表する「NHK放送ガイドライン2020改訂版」の内容を取り上げ、企業名や商品名、サービス名、ロゴなどを放送する場合の判断基準を紹介している。
同記事によると、企業名などの取り扱いでは、主に次のような観点が示されている。
- 番組の編集上、本質的に必要な名称なのか。
- 別の一般的な表現に置き換えられないか。
- 視聴者の理解を助ける情報になっているか。
- 競合する企業や団体との公平性が保たれているか。
- 番組構成や演出上、名称を出す必要があるか。
加えて、名称の出し方や回数にも配慮し、宣伝と受け取られないようにする考え方が紹介されている。
この考え方をライオン堂の件に当てはめると、店舗を取材対象として紹介することと、解説中に何度も店名を繰り返すことは、編集上の必要性が異なる可能性がある。
NHK ONEはなぜ紹介できるのか?2025年10月サービス開始
NHKの番組配信やニュースなどをまとめた公式インターネットサービス。
NHK ONEは、民間の第三者企業が運営する店舗とは異なり、NHK自身が提供するサービスだ。
NHKが2026年4月14日に発表した公式資料によると、NHK ONEは改正放送法によってNHKの必須業務となったインターネット配信を背景に、2025年10月に開始された。
同サービスでは、テレビ・ラジオ番組の同時配信や見逃し配信、ニュース記事、動画などを提供している。NHKは2026年3月末時点で、契約確認済みのアカウント数が362万件に達したことも発表した。
したがって、NHK ONEの紹介とライオン堂の紹介は、同じ商業宣伝として扱うことはできない。
ライオン堂は第三者の営業に関する情報であるのに対し、NHK ONEはNHK自身の業務に関係するサービスであり、必要的配信を担う仕組みでもある。この点が大きな違いだ。
ただし、自社サービスであれば、どのような紹介方法でも問題がないという意味ではない。サービスの周知が番組の本来の内容を圧迫していないか、視聴者に過度な宣伝と受け取られないかという編集上の配慮は、引き続き必要になる。
【角界用語の放送NG】大嶽親方が明かした「ヌケヌケ」の由来
2026年のNHK大相撲中継をめぐるもう一つの話題が、角界で使われる隠語「ヌケヌケ」だ。
2026年5月11日、夏場所2日目に関連して行われた相撲博物館の親方トークショーで、元幕内玉飛鳥の大嶽親方が、NHKの解説を担当する際に使用を控えるよう注意された言葉について明かした。
「ヌケヌケ」はどんな意味なのか?相撲界でいう「ヌケヌケ」とは、白星と黒星が交互に続くような勝敗の状態を指す言葉だ。
例えば、初日に勝ち、2日目に負け、3日目に勝ち、4日目に負けるというように、勝敗が交互に現れる状態を表現する。
大嶽親方が紹介したのは、2004年九州場所で新十両だった頃の自身の経験だ。千代天山との一番を含め、初日から千秋楽まで勝ち負けが交互に続き、最終的に8勝7敗で勝ち越したという。
そのエピソードを語る中で、大嶽親方は「ヌケヌケ」という言葉の使用をNHKの解説時に控えるよう言われた経験を説明した。
なぜNHKでは使用を避けるのか?大嶽親方の説明によると、「ヌケヌケ」はもともと賭博に関係する丁半の言葉に由来するという。
丁半博打では、丁と半という二つの結果があり、その出方を表現する言葉として使われてきた背景がある。そのため、相撲の勝敗を表現する意味であっても、賭博を連想させる言葉として放送上の配慮が必要になったと考えられる。
大嶽親方は、トークショーで代わりの表現を尋ねられた際、「勝ち負け勝ち負け…」と説明している。
このやり取りは、相撲界で普通に使われている言葉と、一般視聴者に向けた公共放送の表現が必ずしも一致しないことを示す事例だ。
「放送禁止用語」という表現には注意が必要ここで押さえておきたいのは、「ヌケヌケ」が法律で一律に禁止された言葉というわけではないことだ。
日刊スポーツの2026年5月27日付の取材記事では、元NHKアナウンサーの藤井康生氏、吉田賢氏にもこの件について話を聞いている。
同記事によると、両氏の説明では、いわゆる放送禁止用語というほど強い禁止ではなく、使用が望ましくないというニュアンスだったという。また、視聴者に意味が伝わりにくいという事情も指摘されている。
つまり、今回の事例は、賭博に由来する表現への配慮と、一般視聴者への分かりやすさという二つの理由から使用を避けたものと理解できる。
「放送NG」という見出しだけを見ると、すべての放送局で使用できない絶対的な禁止語のように感じられる。しかし、実際には番組の性質や言葉の背景、視聴者への伝わり方を踏まえた編集上の判断が関係している。
【過去の謝罪事例】2024年9月8日、大坂敏久アナが謝罪
今回の2026年の話題と合わせて検索されているのが、2024年9月8日の大相撲秋場所初日に発生したNHK中継での謝罪だ。
この日、実況を担当していた大坂敏久アナウンサーが、放送中に不適切な表現があったとして視聴者に謝罪した。
実際に何が放送されたのか?中日スポーツの報道によると、謝罪があったのは、前頭三枚目の御嶽海と関脇の貴景勝が土俵に上がった直後だった。
大坂アナウンサーは、次のように説明した。
「先ほど今日の放送の中で、不適切な表現がありました。失礼しました」
しかし、謝罪の対象となった具体的な言葉や、誰の発言が問題だったのかについては、その場では説明されなかった。
そのため、視聴者の間では「何が不適切だったのか」という疑問が広がった。
「たった数年ですか?」が原因だったという説は本当?ネット上で候補として取り上げられたものの一つが、青森県出身力士の記録に関するやり取りだった。
この日の中継では、青森県出身の幕内力士が長期間にわたり途切れずに続いていることが話題になり、解説の舞の海秀平氏が将来の記録について言及したとされる。
その際、大坂アナウンサーが「たった数年ですか?」と応じたやり取りが、一部のネット記事で謝罪の対象ではないかと推測された。
ただし、この会話と謝罪が直接結び付いていることを示すNHKの公式説明は確認できない。したがって、これを確定した問題発言として扱うことはできない。
ネット上では、ほかの解説内容や力士に関する発言を原因とする説も流れた。しかし、謝罪の対象が明らかになっていない以上、特定の出演者や発言を問題の原因と断定する根拠はない。
なぜ短い謝罪だけで終わったのか?この事例で視聴者の疑問を強めたのは、謝罪の有無よりも、謝罪の対象が分からなかったことだ。
一般的に、放送中に不適切な表現があった場合、視聴者は何が問題だったのかを理解したいと考える。発言の対象や訂正すべき内容が分からなければ、同じ表現を避けるための判断材料も得られない。
一方で、謝罪対象が出演者の発言なのか、実況側の表現なのか、あるいは特定の文脈に関するものなのかが明らかでない場合、単純な説明が難しいことも考えられる。
いずれにしても、2024年9月8日のケースは、謝罪そのものと、謝罪対象を視聴者に説明することが別の問題であると示した事例だった。
【時系列・関係者一覧】大相撲NHK中継の3つの出来事を比較
ここまでの事例を整理すると、2024年から2026年にかけて注目された出来事には、それぞれ異なる背景がある。
特に、2024年の謝罪、2026年1月の店舗名への注意、2026年5月の角界用語の使用制限を同じ「不適切発言」として一括りにするのは正確ではない。
この比較から見えてくるのは、放送上の配慮には複数の種類があるということだ。
2024年の件は謝罪の対象となった発言そのものが特定できない問題。2026年1月の件は、第三者の店舗をどのように紹介するかという広告・宣伝上の問題。そして5月の件は、言葉の由来と公共放送における表現の適切さに関する問題である。
関係者の役割も異なる。天鎧鵬は現地取材に参加した元幕内力士、中村親方は解説者、大嶽親方は自身の経験をトークショーで語った親方、大坂敏久アナウンサーは2024年の中継で謝罪した実況担当者だ。
これらの出来事を区別して理解することが、ネット上で混同されやすい情報を整理するうえで役立つ。
【SNSの評判と反応】視聴者が疑問を持った3つのポイント
大相撲のNHK中継に対するSNSの反応を整理すると、単純に出演者の発言を批判するだけではなく、放送側の対応や説明の仕方に疑問を持つ声も目立つ。
1. ライオン堂の店名をめぐる対応の不統一2026年1月18日の出来事では、現地中継では店名を紹介していたにもかかわらず、スタジオの中村親方には注意が入ったことに疑問が集まった。
デイリースポーツが紹介した反応には、店名を口にしただけで注意されることへの違和感や、すでに店舗名が映像に出ているのに音声だけを制限することへの疑問が含まれていた。
また、直後にNHK ONEの紹介があったことから、第三者の店舗名とNHK自身のサービス名の扱いに一貫性があるのかという批判も出ている。
2. 2024年の謝罪内容が分からないことへの不満2024年9月8日のケースでは、謝罪が行われたこと自体よりも、何について謝罪したのかが伝わらなかったことに疑問が向けられた。
視聴者が知りたいのは、必ずしも出演者の責任を追及することだけではない。どの表現が不適切と判断されたのかを理解し、放送内容を正しく受け止めたいという要望もある。
謝罪だけが放送され、理由が明かされない場合、視聴者が自分の判断で原因を探し始める。その結果、無関係な出演者や発言にまで疑いが向かう可能性がある。
3. 相撲界の慣習と一般視聴者の感覚の違い「ヌケヌケ」のような言葉は、相撲界の人々にとっては日常的な表現でも、一般視聴者には賭博の意味合いが先に伝わる可能性がある。
そのため、視聴者が受け取る意味と、解説者が伝えようとした意味にずれが生じることがある。
大相撲中継は、長年の相撲ファンだけでなく、初めて観戦する人や家族で視聴する人にも向けられている。専門用語や角界独特の言い回しを分かりやすく説明することは、公共放送としての役割にもつながる。
なお、これらの反応は報道で取り上げられた意見の整理であり、SNS利用者全体の賛否を示す統計ではない。批判が多数派だったと断定できる調査結果も公表されていない。
【プロの結論】大相撲中継の不適切発言を判断する3つの基準
今回の一連の話題から分かるのは、大相撲中継で問題になる言葉には、単純な正誤だけでは判断できない背景があるということだ。
視聴者が放送上のトラブルを見極める際には、次の3つの視点が役立つ。
判断基準1:店名を出したことと広告をしたことを区別する企業名や店舗名が放送されたからといって、直ちに広告放送になるわけではない。放送法83条が認めるように、番組の編集上必要な情報として名称を紹介する場合がある。
判断する際には、取材対象として紹介する必要性があるか、特定の店舗だけを不自然に強調していないか、繰り返しの紹介が宣伝に近づいていないかを見る必要がある。
判断基準2:角界用語の意味と由来を分けて考える「ヌケヌケ」は相撲界では勝敗が交互に続く状態を表す言葉だが、その由来には賭博に関係する背景がある。
現在の意味だけを見れば問題がないように感じても、言葉の歴史や一般社会での受け取られ方を考慮する必要がある。
一方、放送で使用を控えることと、その言葉自体を社会から排除することは別の話だ。番組では、意味が伝わりやすい表現に置き換えるという対応も考えられる。
判断基準3:謝罪と事実説明を分けて確認する2024年9月8日の事例で特に重要なのは、謝罪があったという事実と、何が不適切だったのかという問題を分けることだ。
アナウンサーが謝罪したことは確認できる。しかし、対象となった発言が明らかでなければ、特定の解説者や出演者を原因と決めつけることはできない。
報道された事実、本人が説明した内容、SNS上の推測を区別することが、相撲中継をめぐるニュースを正確に理解するための基本になる。
【大相撲NHK中継の不適切発言】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年1月18日のライオン堂発言は、誰が注意されたのですか?
A1:報道によると、解説席の中村親方が「ライオン堂」と発言した際、実況アナウンサーから店名の扱いについて注意を受けました。現地リポートには元幕内の天鎧鵬も参加していました。
Q2:NHKの大相撲中継では店名を言ってはいけないのですか?
A2:店名を一律に禁止しているわけではありません。放送法83条では、番組編集上必要で、広告目的ではない場合に営業者の名称などを放送することを認めています。
Q3:大嶽親方がNHKで使用を控えるよう言われた言葉は何ですか?
A3:「ヌケヌケ」です。白星と黒星が交互に続く状態を意味します。賭博に由来する表現であることなどから、NHKの解説では使用を避けるよう言われた経験を明かしました。
Q4:2024年9月8日の大坂敏久アナウンサーの不適切発言は何だったのですか?
A4:大坂アナウンサーが不適切な表現について謝罪したことは報道されていますが、具体的な発言内容は公表されていません。青森県出身力士の記録をめぐる会話などがネット上で推測されましたが、謝罪対象と確定したものではありません。
Q5:NHK ONEは紹介できるのに、民間店舗の名前は注意されるのはなぜですか?
A5:NHK ONEはNHK自身が提供するインターネットサービスであり、第三者の営業に関する広告とは法的な性格が異なります。加えて、改正放送法に基づく必要的配信を担うサービスでもあります。
2026年の大相撲NHK中継をめぐる不適切発言の話題は、ライオン堂の店名紹介、大嶽親方が明かした「ヌケヌケ」の使用制限、そして2024年の大坂敏久アナウンサーによる謝罪という、異なる3つの事例から成り立っている。
2026年1月18日のライオン堂発言では、第三者の店舗を紹介する際の広告・宣伝との線引きが注目された。NHK ONEとの違いには、NHK自身のサービスか、他人の営業に関する情報かという法律上の背景がある。
2026年5月の「ヌケヌケ」の事例では、角界の専門用語であっても、その由来や一般視聴者への伝わり方によって放送上の配慮が求められることが分かった。
そして2024年9月8日の謝罪事例では、具体的な発言内容が明かされないままでは、視聴者の疑問や憶測が残り続けるという課題が浮き彫りになった。
2026年11月現在も、日本相撲協会の公式放送案内にはNHK BS、NHK総合、インターネット配信、ラジオによる中継が掲載されている。大相撲中継はテレビとインターネットの両方で視聴される時代に入っており、出演者の言葉が広く共有される機会も増えている。
公共放送に求められるのは、単に問題のある言葉を避けることだけではない。相撲の魅力や専門的な知識を伝えながら、視聴者が理解できる表現を選び、必要な場合には説明責任を果たすことだ。今後のNHK大相撲中継でも、伝統を尊重する姿勢と現代の放送倫理をどう両立させるかが注目される。