プロゴルファーの渋野日向子といえば、2019年のAIG全英女子オープン優勝で世界的な注目を集めた「スマイリングシンデレラ」として知られています。しかし、彼女の運動能力や勝負強さの原点には、小学生時代に熱中したソフトボールがありました。
実は渋野日向子は小学2年生からゴルフとソフトボールを並行して続け、小学6年生まで投手として活躍。右投げ左打ちという特徴を持ち、男子選手に交じってプレーするほどの実力者でした。さらに中学では男子の軟式野球部に入部し、その後ゴルフ一本に専念する道を選んでいます。
2026年11月現在も、ソフトボールへの愛情は変わっていません。自身が主催する「渋野日向子杯 岡山県小学生ソフトボール大会」を通じて、次世代の子どもたちにスポーツの楽しさを伝えています。
【原点】渋野日向子は小学2年生からソフトボールとゴルフの二刀流だった

渋野日向子は1998年11月15日、岡山県岡山市に生まれました。幼い頃から外で遊ぶことが好きで、スポーツに親しむ環境で育っています。
ゴルフを始めたのは小学2年生の8月。きっかけは、友人の父親がゴルフ練習場でインストラクターをしていたことでした。体験会に誘われたことからゴルフに触れ、競技を続けるようになります。
JLPGAの2019年ルーキー特集では、渋野本人が当時を振り返り、小学2年生だったため記憶はほとんど残っていないものの、楽しかったからこそ続いたのだろうと話しています。
同じ年の12月にソフトボールもスタートゴルフを始めた約4か月後の12月、渋野は岡山市東区の平島スポーツ少年団に所属し、ソフトボールを始めました。
つまり、ゴルフとソフトボールを並行して取り組む生活が、小学2年生から始まったのです。
ソフトボールを始めた具体的なきっかけについては、ゴルフの体験会のように本人が詳しく説明した記録は確認されていません。ただし、父親は砲丸投げ・円盤投げ、母親はやり投げの競技経験者で、両親ともに国体出場経験を持つアスリートでした。
日常的にスポーツが身近にあった家庭環境も、幼少期から複数の競技に取り組む背景として注目できます。
小学生時代の渋野は、単にゴルフの練習の合間にソフトボールを楽しんでいたわけではありません。ソフトボールでも本格的に試合へ出場し、チームの中心選手として活躍していました。
【実力検証】投手時代の渋野日向子はエースで4番!右投げ左打ちの秘密
小学6年生ではチームのエースとして活躍渋野日向子のソフトボール経験を語るうえで欠かせないのが、投手としての実績です。
ゴルフダイジェスト・オンラインの2019年の報道によると、渋野は小学2年生から6年生までソフトボールに打ち込み、投手を務めていました。
特に小学6年生の頃はチームのエースで4番。投球だけでなく打撃や走塁でも存在感を示し、地区の選抜チームに選ばれるほどの実力を持っていました。
当時の監督を務めた岩道博志氏も、渋野について投手としてチームを支える主力選手だったと振り返っています。打撃力や俊足も評価されており、単なる投手専門ではない総合力の高い選手だったことが分かります。
ソフトボール投げ58メートルで県大会2位渋野の身体能力を示すエピソードとして知られているのが、小学6年生時のソフトボール投げです。
当時の記録は58メートル。岡山県大会で2位に入る好成績でした。
この数字からも、投手としての技術だけでなく、肩の強さや全身を使って投げる能力が優れていたことがうかがえます。
夏場の大会では、1日に4試合で投げた経験もあるとJLPGAの2019年の記事で紹介されています。複数試合をこなす体力や、試合ごとに集中力を保つ経験は、後の競技生活にもつながるものでした。
右投げ左打ちになった理由はゴルフとのバランス渋野日向子の特徴として、よく話題になるのが右投げ左打ちというスタイルです。
実はゴルフでは右打ちですが、ソフトボールでは左打ちでした。利き腕は右であり、両競技で異なる方向から動作を行っていたのです。
この打ち方には、当時のソフトボール監督の助言が関係しています。ゴルフを右打ちで行う渋野に対し、ソフトボールでは左打ちにすることで、身体の左右のバランスを整えることを勧めたといいます。
2025年の大会取材でも渋野本人は、ゴルフを始めた数か月後にソフトボールを始め、当初は右打ちの予定だったものの、監督から左打ちを勧められた経緯を説明しています。
また、2021年のゴルフダイジェスト・オンラインの対談では、実家に帰った際に今でもバットを振ることがあり、ゴルフでは右打ちばかりになるため、左打ちで身体のバランスを整えていると話しています。
憧れの存在はソフトボール界のレジェンド・上野由岐子渋野が小学生時代から憧れていた選手として挙げているのが、女子ソフトボール日本代表の上野由岐子です。
当時の監督の証言によると、渋野は上野の投球映像を繰り返し見て、フォームをまねていたといいます。
2019年の全英女子オープン優勝後の帰国会見では、上野から祝福のコメントをもらえたことが特にうれしかった出来事として紹介されました。
渋野にとって上野は、単に有名なスポーツ選手というだけではありません。幼少期に目標としていた憧れの投手であり、ソフトボールを好きになった思い出と結び付く存在なのです。
【転換点】中学の野球部に所属していた渋野日向子がゴルフ一本に絞った理由
中学校では男子中心の軟式野球部に入部小学校を卒業した渋野は、中学校に進学するとソフトボールではなく軟式野球部に入部しました。
JLPGAのルーキー特集によると、野球部では女子部員が渋野一人だったといいます。男子選手たちと一緒に練習しながら、ゴルフも継続していました。
小学校時代のソフトボールから中学校の野球へと競技を移した背景には、ボールを投げる、打つ、走るという共通した動作を持つ競技への親しみも感じられます。
ただし、中学時代の渋野にとって大きな転機になったのは、野球部での活動と並行して取り組んでいたゴルフの成績でした。
岡山県ジュニアでの優勝が大きな転機に渋野は中学1年生のとき、岡山県ジュニアゴルフ大会で優勝。その後も3連覇を達成したとゴルフダイジェスト・オンラインは伝えています。
加えて、ステップアップツアーの山陽新聞レディスカップに出場し、プロゴルファーと一緒にプレーする機会を得ました。
2019年8月の帰国記者会見で渋野本人は、この経験を通してプロゴルファーという職業に魅力を感じるようになったと説明しています。
中学2年生でゴルフ一本に専念転機となったのは中学2年生の頃です。
当時の渋野は野球部の朝練習に参加し、午後はゴルフの練習をする生活を送っていました。しかし、二つの競技を同時に続けるには時間的な制約があります。
その状況を見た野球部の監督から、ゴルフ一本に絞ってみてはどうかと助言されました。渋野はその言葉を受け入れ、ゴルフに専念することを決めます。
本人は当時の会見で、岡山県ジュニアでの優勝やプロと一緒に回った経験からプロゴルファーへの憧れが強くなったことを語っています。
したがって、ソフトボールをやめた理由を単純に「ゴルフの方が得意だったから」と説明するのは正確ではありません。中学時代の野球経験も含め、競技に使える時間と将来への目標を考えた結果、ゴルフに集中する選択をしたのです。
【関係性を整理】渋野日向子のソフトボール経験と競技人生の年表
渋野日向子の幼少期から2026年までの歩みを整理すると、ソフトボールはゴルフ転向によって完全に途切れた競技ではなく、その後も本人の人生に関わり続けていることが分かります。
| 時期 | 人物・競技・出来事 | 関係性と確認できる内容 |
|---|---|---|
| 小学2年8月 | ゴルフ開始 | 友人の父親がインストラクターを務める練習場の体験会がきっかけ。 |
| 小学2年12月 | ソフトボール開始 | 岡山市東区の平島スポーツ少年団に所属。 |
| 小学6年 | 投手・4番打者 | エースとして活躍。ソフトボール投げ58メートル、岡山県大会2位。 |
| 小学生時代 | 上野由岐子 | 憧れの投手。映像を繰り返し見て投球フォームを研究。 |
| 中学時代 | 軟式野球部 | 女子部員は渋野一人。男子選手とともに練習。 |
| 中学2年 | ゴルフ専念 | ゴルフの実績と指導者の助言を受け、競技を一本化。 |
| 2018年 | プロテスト合格 | 2度目の挑戦で合格。7月28日にプロ入会。 |
| 2022年 | 渋野日向子杯 | 岡山県小学生ソフトボール大会の第1回を開催。 |
| 2025年12月 | 第4回大会 | 原田のどかが特別ゲストとして参加。397人が参加。 |
| 2026年11月 | 米女子ツアー | 米LPGAツアーを主戦場として活動。TOTOジャパンクラシックに出場。 |
この年表で注目したいのは、ゴルフへの専念を決めた後も、ソフトボールとの関係が続いている点です。
選手として競技を続けることと、スポーツを好きであり続けることは別の問題です。渋野の場合、プロゴルファーになった後もソフトボールへの関心を持ち続け、地元の子どもたちを応援する活動へとつなげています。
【ゴルフへの影響】ソフトボール経験が渋野日向子の強さを支えた理由
投手として培った気持ちの切り替え渋野自身が、ソフトボール経験のゴルフへの影響について具体的に語った場面があります。
2019年8月の全英女子オープン優勝後の帰国記者会見で、小学生時代の投手経験が現在のゴルフにどう役立っているのかを質問されました。
「フォアボールを出したり打たれても気持ちを切り替えて、『次!』ってやっていかなくてはいけない。それはゴルフにも生きてると思います」
この発言には、投手というポジションならではの経験が表れています。
投手は試合の流れを左右する重要な役割を担います。失点やミスをした後も、次の打者に向けて気持ちを整えなければなりません。
ゴルフも同様に、一度のミスを引きずると次のショットやパットに影響します。18ホールを通して自分の状態を管理する必要があるため、投手として身に付けた切り替えの習慣は、本人にとって大切な財産になっています。
左右の身体を使うことによるバランス感覚右利きでありながらソフトボールでは左打ちだったことも、渋野の身体の使い方を考えるうえで興味深いポイントです。
ゴルフダイジェスト・オンラインの取材では、ソフトボールの左打ちについて、身体のバランスを整えるために監督が勧めたことを本人が説明しています。
左右異なる動作を経験したことは、身体の使い方を考えるうえで多様な刺激になったと考えられます。ただし、左打ちがゴルフの飛距離やスイングを直接向上させたと断定することはできません。本人も、どの部分に具体的につながっているかは明確には分からないと語っています。
個人競技では得られないチームワークの価値渋野がソフトボールを好きな理由として繰り返し語っているのが、団体競技ならではの一体感です。
ゴルフは基本的に個人でスコアを競う競技ですが、ソフトボールではチーム全員が同じ勝利を目指します。仲間のヒットを喜び、ベンチに戻った選手とハイタッチを交わすこともあります。
渋野は2019年の取材で、ソフトボールの経験がゴルフで観客とハイタッチをする姿勢にも関係していると説明しました。うれしいことを周囲と分かち合いたいという気持ちが、彼女らしいプレースタイルにつながっています。
ソフトボール経験の影響は、スイングや身体能力だけではありません。仲間との協力、気配り、感謝、失敗から立ち直る力など、競技者としての考え方にも及んでいるのです。
【現在も続くソフトボール愛】渋野日向子杯と原田のどかとの交流
2022年に始まった岡山県小学生ソフトボール大会渋野日向子のソフトボール愛を象徴する活動が、自身の名前を冠した「渋野日向子杯 岡山県小学生ソフトボール大会」です。
この大会は、渋野が小学生時代に熱中したソフトボールを通じて、地元の子どもたちが交流できる機会をつくろうと始まりました。第1回大会は2022年に開催されています。
2025年12月には第4回大会が倉敷スポーツ公園で開かれました。男女混合16チーム、女子4チームの合計20チームが参加し、参加人数は397人に達しました。
大会ではソフトボールの試合だけでなく、ソフトボール教室、ゴルフ教室、ホームラン大会、ベースランニング大会なども実施されています。
原田のどかは大会を支える特別ゲスト大会に参加する人物として注目されるのが、元ソフトボール日本代表の原田のどかです。
原田は2021年東京オリンピックのソフトボール金メダリスト。第1回大会から参加を続け、2025年の第4回大会でも特別ゲストとしてソフトボール教室などを担当しました。
渋野と原田の交流で恒例となっているのが始球式での対決です。2025年は4年連続の対戦となりました。
これまで3年間は渋野が原田にヒットを許していませんでしたが、2025年は原田が左中間へのホームランを放ちました。元日本代表選手と元少年団のエースによる対決は、大会の名物企画になっています。
また、原田は現役時代に培った技術や経験を子どもたちに伝える役割も担っています。渋野がゴルフを通じて、原田がソフトボールを通じて子どもたちと交流する構成は、この大会ならではの特徴です。
子どもたちの姿に渋野自身も刺激を受ける2025年の大会では、男女混合の決勝で11点差をつけられたチームが、最後まで諦めずに得点を返そうとする姿がありました。
その姿を見た渋野は感動し、子どもたちの頑張りから翌年に向けた力をもらったと語っています。
この大会は単なる著名人の名前を冠したイベントではありません。渋野自身が小学生時代に経験したスポーツの楽しさを、次の世代に伝えるための活動です。
2026年11月6日時点では、第5回大会の具体的な開催日程について確定情報を示せる段階ではありません。直近の開催実績は2025年の第4回大会です。
【2026年最新プロフィール】渋野日向子の現在とゴルフでの活動
2026年11月6日現在、渋野日向子は27歳です。11月15日に28歳の誕生日を迎えます。
JLPGA公式プロフィールや米LPGA公式選手情報を基に、基本情報を整理します。
- 名前:渋野日向子(しぶの・ひなこ)
- 生年月日:1998年11月15日
- 出身地:岡山県岡山市
- 身長:167cm
- 所属:サントリー
- 出身校:岡山県作陽高等学校
- ゴルフ開始年齢:8歳
- プロ入会:2018年7月28日
- JLPGA:90期生
- 米LPGAツアー参戦:2022年から
- 主な優勝実績:2019年AIG全英女子オープン優勝
- スポーツ歴:ソフトボール、野球
2026年は米女子ツアーを主戦場に活動しています。2025年シーズンはポイントランキング104位でシードを維持できませんでしたが、最終予選会で24位タイに入り、2026年の出場資格カテゴリー15を獲得しました。
2026年11月5日に開幕したTOTOジャパンクラシックにも出場。11月6日の第2ラウンド終了時点では、通算3オーバーの72位タイでした。
今季は出場資格を確保しながら、再び上位で戦える状態を目指すシーズンとなっています。
競技成績に浮き沈みがあっても、岡山のソフトボールとの関係は続いています。プロゴルファーとして世界を舞台に戦う一方、地元のジュニア選手を応援する活動も続けていることが、2026年現在の渋野日向子を理解するうえで要点です。
【渋野日向子のソフトボール経験】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:渋野日向子は何歳からソフトボールを始めましたか?
小学2年生の12月からです。同じ年の8月にゴルフを始め、その後、岡山市東区の平島スポーツ少年団に所属しました。
Q2:渋野日向子はソフトボールでどのポジションでしたか?
投手です。小学6年生の頃にはチームのエースで4番として活躍し、地区の選抜チームにも選ばれました。ソフトボール投げでは58メートルを記録しています。
Q3:渋野日向子は右投げ左打ちですか?
はい。利き腕は右で、ソフトボールでは左打ちでした。ゴルフは右打ちです。身体の左右のバランスを考え、当時の監督から左打ちを勧められたことが理由です。
Q4:渋野日向子がゴルフ一本に絞ったのはいつですか?
中学2年生のときです。中学1年生で岡山県ジュニアゴルフ大会を制覇し、プロと一緒にプレーする経験も積んだことから、ゴルフへの思いが強まりました。野球部の監督からの助言もあり、ゴルフに専念しました。
Q5:渋野日向子が憧れていたソフトボール選手は誰ですか?
上野由岐子です。小学生時代から憧れ、投球映像を繰り返し見てフォームを研究していたことが報道されています。
Q6:渋野日向子杯はいつから開催されていますか?
2022年に第1回大会が開催されました。2025年12月には第4回大会が開かれ、元日本代表の原田のどかも特別ゲストとして参加しました。
渋野日向子のソフトボール経験を振り返ると、小学2年生から6年生までの活動が、単なる幼少期の習い事ではなかったことが分かります。
投手としてチームを背負い、右投げ左打ちで身体のバランスを意識し、男子選手と競いながら実力を磨いてきました。58メートルというソフトボール投げの記録や、地区選抜に選ばれた実績も、その高い運動能力を裏付けています。
そして中学2年生でゴルフ一本に絞った後も、ソフトボールへの愛情は消えませんでした。投手時代に身に付けた気持ちの切り替えや、団体競技で学んだ協調性は、本人がゴルフに生かされていると語っている部分です。
【プロの結論】渋野日向子の歩みから読み取れるのは、幼少期に一つの競技だけに集中することが、必ずしも最善とは限らないということです。複数のスポーツを経験することで、身体の使い方、精神面、仲間との関わり方など、異なる能力を身に付けられる可能性があります。
もちろん、他競技の経験が必ずプロとしての成功につながるわけではありません。しかし、渋野の事例は、子どもが好きなスポーツに幅広く挑戦する価値を示しています。
2026年も米女子ツアーで挑戦を続ける渋野日向子。そして岡山では、彼女が主催する小学生ソフトボール大会が次世代の選手たちを育てる場になっています。
ゴルフの成績だけでは見えてこない、ソフトボールを愛する一人のアスリートとしての姿。それこそが、渋野日向子という選手の魅力をより深く理解するための大切な鍵なのです。
主な参考資料・報道
- JLPGA公式「2019ルーキー特集 第18回 渋野日向子」
- ゴルフダイジェスト・オンライン「渋野日向子の“いま”を作り上げたソフトボール」
- 2019年8月6日帰国記者会見の記録
- 岡山県ソフトボール協会「2025年 渋野日向子杯 第4回岡山県小学生ソフトボール大会」
- ALBA Netによる2025年大会の現地報道
- 米LPGA公式選手プロフィール・成績情報
- 2026年11月6日付「ゴルフのニュース」のTOTOジャパンクラシック報道