植中朝日の読み方は、「うえなか あさひ」。英語表記はAsahi UENAKAである。
2001年11月1日生まれ、福岡県出身。北九州市にルーツを持ち、小学生時代は小倉南F.C.でプレーした。その後、JFAアカデミー福島に進み、年代別の育成環境で技術を磨いている。
基本プロフィール
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名前 | 植中朝日 |
| 読み方 | うえなか あさひ |
| 生年月日 | 2001年11月1日 |
| 年齢 | 25歳(2026年11月6日現在) |
| 出身地 | 福岡県 |
| 出身 | 福岡県北九州市 |
| 身長 | 179cm |
| 体重 | 75kg |
| 血液型 | A型 |
| 利き足 | 右足 |
| ポジション | FW |
| 現所属 | ガンバ大阪 |
| 背番号 | 14 |
植中のキャリアを理解するうえで重要なのは、J2で得点力を証明した長崎時代と、J1でプレーの幅を広げた横浜F・マリノス時代の2つだ。
以下は、クラブの公式発表とJリーグ公式選手データをもとにした経歴の整理である。
| 時期 | 所属・出来事 | 主な実績・関係 |
|---|---|---|
| 小学生時代 | 小倉南F.C. | 福岡県でサッカーを始める |
| 育成年代 | JFAアカデミー福島U-15・U-18 | 将来のプロ入りに向けた育成 |
| 2020年 | V・ファーレン長崎 | J2デビュー、2試合出場 |
| 2021年 | V・ファーレン長崎 | J2で19試合10得点 |
| 2022年 | V・ファーレン長崎 | J2で28試合5得点 |
| 2023年 | 横浜F・マリノス | J1で9試合3得点 |
| 2024年 | 横浜F・マリノス | J1で34試合3得点、U-23代表活動 |
| 2025年 | 横浜F・マリノス | J1で33試合8得点 |
| 2025年12月20日 | ガンバ大阪へ完全移籍 | 新天地での挑戦を発表 |
| 2026年 | ガンバ大阪 | 背番号14、J1で1得点 |
に加入したのは2020年。プロ1年目はJ2リーグ2試合の出場にとどまったが、翌2021年に大きく飛躍した。
特筆すべき数字は、2021年のJ2リーグ19試合10得点だ。
出場機会が限られる中でも得点を重ね、1試合平均で約0.53得点という高い数字を残した。
2022年も28試合5得点を記録。3年間の長崎でのJ2リーグ通算成績は49試合15得点となった。
この時期に身につけたゴール前での感覚が、その後のJ1での活躍につながっていく。
横浜F・マリノスへの移籍でJ1に挑戦2022年12月、横浜F・マリノスへの完全移籍が発表された。2023年からJ1の舞台に挑戦することになる。
当時の横浜F・マリノスはJ1優勝を争う強豪クラブ。J2で実績を残した植中にとって、より高い競争環境に身を置く転機だった。
2023年はJ1で9試合3得点。さらにルヴァンカップでも8試合4得点を記録した。
2024年にはJ1で34試合に出場。出場機会を増やしながら、ACLなどの国際大会も経験した。
そして2025年、J1で33試合8得点をマーク。自身のJ1キャリアハイとなる数字を残し、チームの中でも重要な得点源として存在感を高めた。
【ガンバ大阪移籍の理由】横浜F・マリノスを離れた本当の背景

2025年12月20日、ガンバ大阪と横浜F・マリノスの両クラブが植中朝日の完全移籍を発表した。
移籍発表時点で、植中は横浜F・マリノスでJ1リーグ76試合14得点を記録。2025年だけでも33試合8得点と、チーム最多の得点を挙げていた。
つまり、出場機会を失って移籍したわけではない。むしろ結果を残したタイミングでの新たな挑戦だった。
移籍の決め手は新監督への興味2026年1月9日掲載のフットボールチャンネルの取材記事では、植中本人が移籍を決断した背景を詳しく語っている。
大きな理由として挙げたのが、ガンバ大阪の新監督に就任するイェンス・ヴィッシング氏への興味だった。
本人は、ヨーロッパで長年指導してきた監督のもとで、自分に不足している部分を学びたいという考えを持っていた。
海外挑戦も将来の夢として考えていたが、当時は海外クラブからのオファーがなかったという。
そのため、国内で新しい指導環境に身を置き、プレー強度やサッカー観を改めて見直すことを選んだ。
これは単純なクラブ移籍ではなく、将来的なステップアップを見据えた決断だった。
本人が語ったガンバ大阪での目標ガンバ大阪加入時のコメントでは、タイトル獲得とゴールによるチームへの貢献を強調した。
「青黒のユニフォームを着て、タイトルを獲る為に、多くのゴールを決めチームの勝利に貢献したい」
出典:ガンバ大阪公式サイト・2025年12月20日移籍加入発表
ガンバ大阪には宇佐美貴史、食野亮太郎、林大地、イッサム・ジェバリなど、攻撃を担う選手が在籍している。
植中にとっては、周囲の選手からパスを引き出し、自分の動き出しを得点につなげられるかが重要なテーマとなる。
背番号55から14へ変更した理由植中朝日の背番号については、少し複雑な経緯がある。
2026年1月の新体制発表時、ガンバ大阪での背番号は55番だった。
ところが、2026/27シーズンからは14番に変更されている。
2026年8月5日公開のサッカーキングのインタビューで、本人が変更の理由を説明した。
14番は横浜F・マリノス時代に3年間着用していた番号であり、本人にとって馴染みのある数字だった。
加えて、V・ファーレン長崎時代に同じ14番を着けていた名倉巧選手への思いも、再びこの番号を選んだ理由として挙げている。
つまり、ガンバ大阪での14番は、単なるクラブ側の割り当てではなく、本人の過去のキャリアや人とのつながりを反映した選択でもある。
【2026年最新成績】ガンバ大阪での出場数・得点数と負傷状況
2026年11月6日時点で確認できるJリーグ公式データでは、植中朝日の2026/27シーズンの成績は次のとおりだ。
2026/27 明治安田J1リーグ3
出場試合数1
得点数0
アシスト数
リーグ戦出場時間
184分
最後の記録更新
2026年11月2日
出典:Jリーグ公式選手データ。対象は2026/27シーズンのリーグ戦。
植中の2026/27シーズン初出場は、8月7日の浦和レッズ戦だった。
途中出場ながら31分間で1得点を記録。試合はガンバ大阪が4対3で勝利し、植中は新天地での公式戦デビューを得点で飾った。
続く8月15日の水戸ホーリーホック戦では先発出場。8月22日の名古屋グランパス戦でも先発し、90分、63分と出場時間を伸ばしていた。
加入後の出場機会が少しずつ増えていたことが分かる。
2026年は左膝の負傷が大きな課題に一方、2026年の植中を語るうえで避けられないのが左膝の負傷だ。
ガンバ大阪は2026年1月30日、植中が1月20日に負傷し、左膝内側半月板損傷と診断されたこと、同日に手術が終了したことを発表した。
この影響で、2026年前半のJ1百年構想リーグ期間は公式戦出場から離れることになった。
8月5日のインタビューでは、本人も手術後のリハビリについて前向きに振り返っている。シーズン中の復帰を目標にしていたことも明かした。
しかし、復帰後の8月26日に行われた天皇杯のレイラック滋賀戦で再び負傷。9月7日、ガンバ大阪は左膝内側半月板損傷と診断されたことを発表した。
同じ部位の再負傷となり、復帰時期への関心が高まっている。クラブの発表では具体的な離脱期間は示されていない。
2026年11月6日時点で注目すべきなのは、リーグ戦3試合1得点という数字だけではない。コンディションを取り戻し、継続的に出場できる状態に戻ることが、今後の最優先課題となる。
【植中朝日のプレースタイル】得点力と前線からのプレスが武器
植中朝日の魅力は、ゴールを狙う能力と守備への貢献を両立できるところにある。
単純にゴール前で待つタイプではなく、前線から積極的に相手へプレッシャーをかけ、ボールを奪うところから攻撃を組み立てられるFWだ。
フットボールチャンネルの2026年1月の取材記事でも、前線からのハードワーク、ゴール前での勝負強さ、足元の技術、ボールを収める能力が特徴として紹介されている。
1. ゴール前での嗅覚と決定力植中の得点力を示す代表的な実績が、2025年のJ1リーグ8得点だ。
33試合に出場し、横浜F・マリノスのチーム内得点ランキングでもトップの数字を残した。
特にシーズン終盤、チームが残留を争う厳しい状況で4試合連続ゴールを記録したことは注目に値する。
単に試合数を重ねて得点しただけでなく、チームが結果を必要とする局面でゴールを奪った点に価値がある。
2. 前線からのプレスと守備への貢献本人も自分の強みとして前線からのプレスを挙げている。
FWには得点が求められる一方、現代のサッカーでは相手のビルドアップを妨害する役割も重要だ。
植中は、前線で相手に自由な時間を与えず、ボールを奪った後に素早く攻撃へ移行するプレーを得意とする。
こうした守備面の貢献は、監督が選手を起用するうえでも評価材料になる。
3. 周囲を生かす動きとボールを収める技術もう一つの特徴は、味方からパスを受けるための動き出しだ。
2026年1月の取材では、ガンバ大阪にはパスを供給できる選手が多く、自分の動き出しによって得点をさらに増やせると考えていることを語っている。
これは植中のプレーを理解するうえで要点だ。
自分で突破してシュートを打つだけでなく、味方のパスを引き出し、ゴール前でフィニッシュに持ち込む。攻撃陣との連係が整えば、得点数の上積みも期待できる。
4. 植中朝日の実績から見る評価ポイント| 評価項目 | 根拠となる実績・特徴 |
|---|---|
| 得点力 | 2021年J2で10得点、2025年J1で8得点 |
| 決定力 | 2025年終盤に4試合連続ゴール |
| 守備貢献 | 前線からの積極的なプレス |
| 技術 | 足元でボールを収める能力 |
| 攻撃連係 | 味方のパスを引き出す動き出し |
| 成長性 | J2からJ1へ段階的に実績を積み上げた |
植中を評価するときは、得点数だけでなく、プレス、ボール保持、味方との連係も合わせて見る必要がある。
特にガンバ大阪での評価は、今後どれだけ継続的に出場し、得点に結びつくプレーを増やせるかによって変わってくる。
【日本代表・U-23代表歴】2024年パリ五輪での実績
植中朝日は、クラブでの活躍だけでなく、世代別日本代表でも経験を積んできた選手だ。
2024年3月15日には、横浜F・マリノスがU-23日本代表メンバーへの選出を発表。U-23マリ代表、U-23ウクライナ代表との国際親善試合に参加した。
その後、7月18日にはパリオリンピックに臨むU-23日本代表のバックアップメンバーに追加招集された。
パリ五輪ではバックアップメンバーとして2試合に出場ここは誤解されやすい部分だ。
植中は当初発表された18人の本登録メンバーではなく、バックアップメンバーとして大会に帯同した。
しかし、単に帯同しただけではない。実際に試合にも出場している。
2024年パリオリンピックでの出場記録
2024年7月30日:イスラエル戦
後半開始から途中出場。日本は1対0で勝利し、グループステージを3連勝で終えた。
2024年8月2日:スペイン戦
74分から途中出場。日本は0対3で敗れ、準々決勝で大会を終えた。
バックアップメンバーから実際に試合へ出場した経験は、植中にとって貴重な国際舞台での実績となった。
また、JFAアカデミー福島時代に一緒にプレーした三戸舜介とのつながりもある。2024年のパリ五輪では同じチームで活動し、育成年代からの経験が代表活動でも生きた。
なお、U-23日本代表での活動と、A代表(SAMURAI BLUE)での出場歴は別のものだ。Jリーグ公式プロフィールでは、日本代表出場試合数は0と記載されている。
【植中朝日のJリーグ通算成績】長崎・横浜FM・G大阪を比較
植中の実力を判断するには、単年の数字だけでなく、J2からJ1へステージを上げてきた過程を見ることが大切だ。
2025年終了時点の横浜F・マリノス公式発表では、J1通算76試合14得点、J2通算49試合15得点だった。
ここに2026/27シーズンのJ1リーグ3試合1得点を加えると、11月2日更新の公式データに基づくリーグ戦通算成績は次のようになる。
| リーグ | 出場試合数 | 得点 |
|---|---|---|
| J1 | 79試合 | 15得点 |
| J2 | 49試合 | 15得点 |
| 合計 | 128試合 | 30得点 |
特に注目したいのは、2025年のJ1で8得点を記録したことだ。
J2時代には2021年に10得点を挙げていたが、J1でも得点を積み重ねられることを証明した。
J1での通算得点も2025年終了時点の14得点から、2026/27シーズンの1得点を加えて15得点に到達している。
今後の評価基準として重要なのは、次の3点だ。
- J1で年間8得点以上を再び記録できるか。
- 負傷から復帰し、継続して出場できるか。
- 得点だけでなく、プレスやチャンスメイクでも貢献できるか。
J2での実績をJ1に持ち込み、さらに高いレベルで結果を出してきた点は、植中のキャリアにおける大きな強みである。
【植中朝日に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:植中朝日の読み方は?
A1:植中朝日は「うえなか あさひ」と読む。英語表記はAsahi UENAKA。
Q2:植中朝日は何歳で身長は何cm?
A2:2001年11月1日生まれで、2026年11月6日時点で25歳。身長179cm、体重75kg。
Q3:植中朝日は現在どこのチームに所属している?
A3:2026年現在、ガンバ大阪に所属するFW。2025年12月20日に横浜F・マリノスから完全移籍し、2026/27シーズンから背番号14を着用している。
Q4:植中朝日の2025年の得点数は?
A4:横浜F・マリノスでJ1リーグ33試合に出場し、8得点を記録した。自身のJ1キャリアハイとなる数字だった。
Q5:植中朝日はパリ五輪に出場した?
A5:出場した。正式な18人の本登録メンバーではなくバックアップメンバーとして帯同し、イスラエル戦とスペイン戦の2試合に途中出場した。
Q6:植中朝日のガンバ大阪での2026年成績は?
A6:2026/27シーズンのJ1リーグでは、11月2日更新のJリーグ公式記録で3試合1得点。8月26日の天皇杯で左膝内側半月板を負傷し、9月7日にクラブから診断が発表されている。
植中朝日は、福岡県でサッカーを始め、V・ファーレン長崎、横浜F・マリノスを経てガンバ大阪へと進んできたストライカーだ。
キャリアを振り返ると、次の3つが大きな特徴となる。
1. J2での実績: 長崎時代に49試合15得点を記録し、若い段階から得点力を発揮した。
2. J1での成長: 横浜F・マリノスで通算76試合14得点を残し、2025年には8得点を記録した。
3. 新天地での挑戦: 2026年からガンバ大阪に加入。背番号14を背負い、デビュー戦でもゴールを記録した。
一方、2026年は左膝内側半月板の負傷が続き、継続的な出場という点では難しいシーズンになっている。
今後の焦点は、負傷からの復帰、J1での出場機会の確保、そして2025年に示した得点力をガンバ大阪でも再現できるかどうかだ。
植中朝日は、得点だけを狙うFWではない。前線からの守備、味方を生かす動き、ゴール前での決定力を兼ね備えた選手である。
25歳という年齢を考えても、これからの成長余地は大きい。背番号14のストライカーが、ガンバ大阪でどこまで存在感を高められるか。その復帰と今後の得点記録に注目したい。