気象予報士・防災士として関西を中心に活躍する蓬莱大介(ほうらい・だいすけ)さん。読売テレビの『かんさい情報ネットten.』でおなじみの「スケッチ予報」や、宮根誠司さんとの軽妙な掛け合いで知られ、長年にわたって多くの視聴者に親しまれてきました。
1982年4月23日生まれ、兵庫県明石市出身。兵庫県立明石西高校を卒業後、早稲田大学政治経済学部へ進学しています。実は大学時代から俳優を志しており、卒業後も芸能活動に挑戦。25歳で気象予報士を目指し、2009年に試験に合格したという異色の経歴の持ち主です。2026年には15年間出演した『情報ライブ ミヤネ屋』を卒業し、新しい朝の情報番組へ活動の場を広げました。
【蓬莱大介のプロフィール】年齢・生年月日・出身地・学歴を一覧で紹介

まずは蓬莱大介さんの基本プロフィールを整理します。気象予報士としての活動だけでなく、学歴や出身地、資格にも注目すると、現在の仕事につながる人物像が見えてきます。
生年月日は1982年4月23日。2026年11月5日現在、44歳です。出身地は兵庫県明石市で、関西にゆかりの深い人物です。誕生日や出身地はタレント情報サイトなどにも掲載されています。
学歴は、2001年に兵庫県立明石西高校を卒業し、2002年に早稲田大学政治経済学部へ入学。2006年に同学部を卒業しています。一浪して東京の大学へ進学した背景には、自分の可能性を広げたいという思いがありました。
本人の公式プロフィールでは、気象予報士・防災士・健康気象アドバイザーとして紹介されています。気象情報を伝えるだけでなく、災害から身を守るための知識を広める活動にも取り組んでいます。
基本情報を
- 名前:蓬莱大介(ほうらいだいすけ)
- 生年月日:1982年4月23日
- 年齢:44歳(2026年11月5日現在)
- 出身地:兵庫県明石市
- 出身高校:兵庫県立明石西高校(2001年卒業)
- 出身大学:早稲田大学政治経済学部(2006年卒業)
- 気象予報士試験:2009年、第32回試験に合格
- 資格:気象予報士、防災士、健康気象アドバイザー
- 主な活動拠点:読売テレビを中心としたテレビ出演、講演、執筆活動
生年月日については、テレビ情報サイトのプロフィールに1982年4月23日と掲載されています。学歴や気象予報士としての経歴については、本人の公式サイトにも詳しく記載されています。
【意外な過去】俳優志望だった蓬莱大介が気象予報士になった理由
蓬莱大介さんの経歴で特に興味深いのが、現在の気象予報士という職業にたどり着くまでの道のりです。最初から天気の専門家を目指していたわけではありません。
大学時代は演劇・バンド・芸能活動に挑戦早稲田大学政治経済学部に進学した蓬莱さんは、勉強だけに専念する学生生活を送っていたわけではありません。
本人のインタビューによると、大学では演劇やバンド活動に取り組み、芸能プロダクションにも応募。俳優として舞台に出演したり、ドラマや映画のエキストラを経験したりするなど、表現する仕事に可能性を求めていました。
大学卒業時にも就職活動はせず、芸能活動を続ける道を選択。しかし、所属していたタレント事務所が突然解散するなど、思い描いたようには進みませんでした。
その後は俳優活動を続けながら、芸能事務所でマネージャー業務も担当。気づけば数十人のタレントを抱える立場になっていたと、全国大学生協連のインタビューで振り返っています。
25歳で書店に通い、気象予報士という仕事に出会う俳優としての将来に悩んでいた25歳の頃、蓬莱さんは新しい仕事を探すために書店へ足を運びました。
そこで出会ったのが、気象予報士という資格です。
幼少期から自然や生き物に興味があり、小学生の頃には生き物係を担当していました。先生から、生き物について人に伝えることが上手だと褒められた経験も、気象予報士を目指すきっかけになったと本人は公式プロフィールで紹介しています。
単に資格を取得するためではなく、自然の情報を人に伝える仕事なら自分の経験を生かせるのではないかと考えたのです。
2009年に気象予報士試験合格、防災士の資格も取得蓬莱さんは約1年半から2年にわたって勉強を続け、2009年に第32回気象予報士試験に合格しました。当時27歳です。
加えて、気象情報を伝える仕事は人命にも関わると考え、ほぼ同時期に防災士の資格も取得しています。
ここで注目したいのは、資格取得がゴールではなかったことです。気象予報士の資格を持っているだけで、すぐにテレビのお天気キャスターになれるわけではありませんでした。
全国大学生協連のインタビューでは、当時の気象予報士試験の合格率は約5%だったことや、資格取得後にもキャスターとしての経験を積む必要があったことを本人が説明しています。
蓬莱さんは気象庁の天気図を印刷し、画用紙に貼り付け、自分で原稿を作成。毎日天気予報の動画を撮影し、気象関係者やテレビ局の関係者に見せて回りました。
その行動がウェザーニューズとの仕事につながり、2010年頃から気象情報の裏方業務を経験。読売テレビでも前任の気象キャスター、小谷純久さんの下で約1年間勉強し、2011年に気象キャスターとしてデビューしました。
【経歴年表】早稲田大学卒業から読売テレビの人気気象予報士になるまで
蓬莱大介さんの歩みを年代順に整理すると、俳優志望だった時代から気象予報士として定着するまでの変化がよく分かります。
| 時期 | 出来事・活動 | 主なポイント |
|---|---|---|
| 1982年 | 兵庫県明石市で誕生 | 自然や生き物に関心を持つ |
| 2001年 | 兵庫県立明石西高校卒業 | 高校時代はバンド活動にも挑戦 |
| 2002年 | 早稲田大学政治経済学部入学 | 一浪して東京へ進学 |
| 2005年頃 | 芸能活動・テレビ出演 | 『5時に夢中!』などにも出演 |
| 2006年 | 早稲田大学卒業 | 就職せず俳優・芸能活動を継続 |
| 2009年 | 気象予報士試験合格 | 防災士の資格も取得 |
| 2010年 | 気象関係の裏方業務 | ウェザーニューズや読売テレビで経験を積む |
| 2011年3月 | 読売テレビの気象キャスターに就任 | 『かんさい情報ネットten.』などで活動 |
| 2011年4月 | 『情報ライブ ミヤネ屋』出演開始 | 宮根誠司さんとの掛け合いが話題に |
| 2015年 | 『ライオンキング』のシンバ役を披露 | ミヤネ屋の生放送で演技を披露 |
| 2024年 | 『蓬莱さんのドライブ予報』などに出演 | 気象情報と地域のお出かけ情報を発信 |
| 2026年3月 | 『ミヤネ屋』を卒業 | 15年間の出演に一区切り |
| 2026年3月30日 | 『テッパン朝ライブ じゅーっと!』出演開始 | 木曜・金曜の気象予報を担当 |
この年表から分かるのは、蓬莱さんのキャリアが一度の転職で完成したわけではないということです。芸能活動、マネージャー業務、気象情報の裏方、テレビ出演と、異なる経験を積み重ねて現在の立場にたどり着いています。
特に、気象予報士試験に合格した2009年からテレビキャスターとして活動する2011年までの期間は、専門知識と伝える技術の両方を身につけた重要な時期でした。
【読売テレビでの活躍】ten.のスケッチ予報と蓬莱大介の人気の秘密
蓬莱さんが関西で広く知られるようになった大きな理由の一つが、読売テレビの夕方の情報番組『かんさい情報ネットten.』です。
2011年から同番組に出演し、気象情報を担当。特に「あすの天気」をイラストで説明するスケッチ予報は、蓬莱さんを象徴する企画になりました。
スケッチ予報は単なる天気のイラストではないスケッチ予報は、翌日の天気や気温、雨の降り方などのポイントを、クレヨンやイラストを使って視覚的に伝えるものです。
文字や数字だけでは伝わりにくい気象情報を、絵として見せることで、子どもから大人まで理解しやすくしています。
本人の公式プロフィールによると、この取り組みは2011年の気象キャスター初日から続いています。幼い頃から絵を描くことが好きだった経験が、現在の独自の伝え方につながっています。
また、読売テレビの番組公式サイトでは、スケッチ予報を活用したAR天気予報も紹介されています。中谷しのぶキャスターと蓬莱さんが視聴者の街の天気を伝える企画で、テレビの天気予報をスマートフォンでも楽しめる仕組みです。
視聴者の生活に結びつける気象解説蓬莱さんの解説で特徴的なのは、単純に「晴れ」「雨」と伝えるだけで終わらないことです。
2024年のConcentのインタビューでは、天気を解説するだけでなく、視聴者の日常生活や行動に結びつけて伝えることを意識していると語っています。
例えば、翌朝が冷え込むなら防寒対策を促し、翌日が晴れるなら洗濯物を外に干すタイミングを伝える。気象情報を生活上の判断材料に変える考え方です。
また、スケッチ予報を始めた理由についても、子どもたちに天気予報へ興味を持ってほしいという思いを説明しています。子どもが大人に危険な天候を伝えられるような分かりやすさを目指している点は、防災士としての活動ともつながっています。
「説明を『簡単』にするのではなく、『わかりやすく』することを心がけています。」
これは蓬莱さんの公式プロフィールに掲載されている、気象キャスターとしてのモットーです。専門的な情報を省略するのではなく、意味を理解できる形に変換して伝える姿勢が表れています。
なお、読売テレビでは『ウェークアップ!ぷらす』にも2015年から2025年まで出演。全国放送での経験も重ねてきました。気象災害の取材や全国各地での講演活動など、テレビのスタジオを越えた活動にも取り組んでいます。
【ミヤネ屋卒業理由】2026年3月27日に15年間の出演に幕
2026年に蓬莱大介さんについて大きな話題となったのが、『情報ライブ ミヤネ屋』からの卒業です。
蓬莱さんは2011年から同番組に出演し、司会の宮根誠司さんとの打ち合わせなしの掛け合いによる天気予報を担当してきました。その出演期間は約15年間に及びます。
卒業を発表したのは2026年3月17日2026年3月17日の放送で、蓬莱さんは3月27日を最後に番組を離れることを発表しました。
本人は、宮根さんとの打ち合わせなしの天気予報を15年間続けてきたことや、その間にさまざまな気象災害を経験したことを振り返り、今後はその経験を次の番組に生かしたいという趣旨を説明しました。
卒業の背景には、3月30日から始まる読売テレビの新しい朝の情報番組『テッパン朝ライブ じゅーっと!』への出演があります。
宮根さんは番組内で、新しい朝の番組に蓬莱さんが出演することを「引き抜き」などと冗談交じりに話していました。蓬莱さんも、読売テレビに育ててもらったことに触れながら、次のステージへ進む意向を示しています。
卒業理由は不仲やトラブルではなく、新番組への活動の移行ネット上では、長年出演した番組から突然いなくなることに疑問を持つ人もいますが、報道された経緯を見ると、卒業は新番組への出演に伴うキャリアの移行と捉えるのが自然です。
実際、3月30日からの『テッパン朝ライブ じゅーっと!』では、木曜・金曜の気象予報士として出演することが読売テレビの公式出演者情報に掲載されています。
また、蓬莱さんは3月27日の最後の出演で、宮根さんとの15年間の掛け合いを振り返りました。宮根さんとの関係についても、感謝の気持ちを伝えています。
ミヤネ屋自体も2026年10月2日に最終回もう一つ押さえておきたいのが、蓬莱さんの卒業と番組そのものの終了は別の出来事だという点です。
『情報ライブ ミヤネ屋』は2006年7月31日にスタートし、2026年10月2日に最終回を迎えました。読売テレビの公式発表によると、最終回は通算5134回目の放送でした。
つまり、蓬莱さんは番組終了の約半年以上前に卒業し、新しい朝番組へ活動の場を移していたことになります。2026年の動向を理解するには、この2つの日付を区別することが大切です。
【2026年最新】蓬莱大介の現在の出演番組と活動内容
2026年11月現在、蓬莱大介さんは読売テレビを中心に、夕方のニュース番組と朝の情報番組などで活躍しています。
本人の公式プロフィールに掲載されている2026年時点のレギュラー番組は、主に次の3つです。
1.かんさい情報ネットten.読売テレビの夕方のニュース・情報番組です。蓬莱さんは2011年から気象キャスターを担当しています。
番組では、現在も「スケッチ予報」を通じて翌日の天気や気象のポイントを解説。番組公式の出演者ページにも、蓬莱大介さんが気象キャスターとして掲載されています。
長年にわたって続けている番組であり、関西の視聴者にとっては現在もおなじみの出演先です。
2.テッパン朝ライブ じゅーっと!2026年3月30日にスタートした読売テレビの朝の情報番組です。
蓬莱さんは気象予報士として木曜日・金曜日を担当。月曜から水曜は市村紗弥香さんが担当しています。
番組では、関西のニュースやスポーツ、エンタメ、天気などを取り上げています。公式出演者ページには蓬莱さんの名前とともに、気象予報士としての役割が掲載されています。
宮根さんとの掛け合いを中心とした昼の番組から、朝の生活時間帯へ出演の場を広げたことは、2026年の大きな変化です。
3.蓬莱さんのドライブ予報読売テレビで展開されている『蓬莱さんのドライブ予報』も、現在の活動の一つです。
気象予報士の蓬莱さんが、今行きたいドライブスポットを紹介する企画で、天気の専門知識と地域のお出かけ情報を組み合わせています。
天気を伝えるだけでなく、実際にどこへ出かけるかという視点まで広げている点が特徴です。読売テレビの番組公式ページでも企画が紹介されており、2026年9月にも放送実績が確認できます。
テレビ出演以外にも講演・執筆活動を継続蓬莱さんの活動はテレビだけではありません。
本人の公式プロフィールには、読売新聞全国版の「空を見上げて」や、2026年からの日本農業新聞「てんきノート」などの執筆活動も掲載されています。
加えて、全国各地で防災や気象災害への備えをテーマにした講演活動も実施。気象情報を日常生活にどう生かすか、災害から身を守るために何を知っておくべきかを伝えています。
著書には『空がおしえてくれること』『クレヨン天気ずかん』『そらのどうぶつえん』などがあります。気象学の専門知識を、文章やイラスト、絵本という形で幅広い世代に届けていることも特徴です。
【プロの結論】蓬莱大介の魅力は気象の専門性と伝える力にある
蓬莱大介さんの経歴を振り返ると、現在の人気を支えているのは、単にテレビに長く出演してきたという実績だけではありません。
その本質は、気象の専門知識を、視聴者が自分の生活や防災行動に結びつけられる形で伝える能力にあります。
気象予報士試験に合格しても、すぐにテレビの仕事が得られたわけではありませんでした。毎日動画を撮影して自分の話し方を確認し、関係者に見てもらい、裏方の仕事を経験しながらキャスターへの道を切り開きました。
この過程で身につけたのは、天気を説明する技術だけでなく、相手に伝わるまで試行錯誤する姿勢です。
スケッチ予報も、その延長線上にあります。専門用語を並べるのではなく、イラストを使って視覚的に伝えることで、視聴者が天気の変化を具体的に想像できるようにしています。
また、防災士としての知識を組み合わせることで、単なる娯楽的な天気コーナーにとどまらず、災害時の危険を伝える役割も担っています。
蓬莱さんの経歴を参考にするなら、注目したい判断基準は3つあります。
- 専門知識:気象予報士の資格と防災士の知識を持ち、気象災害についても解説できること。
- 伝達力:スケッチ予報や出演者との掛け合いを通じて、難しい情報を身近な言葉に変えていること。
- 継続的な実践:毎日の動画撮影や下積みを経て、専門性と表現力を磨いてきたこと。
俳優志望から気象予報士への転身は、一見すると大きな方向転換に見えます。しかし、人前で表現することや情報を伝えることへの関心は、学生時代から一貫しています。
そう考えると、現在の蓬莱さんは、過去の芸能活動を捨てて全く別の仕事に就いたというよりも、表現する力を気象・防災という専門分野に生かした人物だといえます。
蓬莱大介のプロフィールに関するよくある質問(FAQ)
Q1:蓬莱大介の年齢と生年月日は?
A1:1982年4月23日生まれです。2026年11月5日現在、44歳です。
Q2:蓬莱大介の出身地と出身大学は?
A2:兵庫県明石市出身です。兵庫県立明石西高校を2001年に卒業し、早稲田大学政治経済学部を2006年に卒業しています。
Q3:蓬莱大介はなぜ俳優から気象予報士になった?
A3:大学時代から演劇や芸能活動に挑戦していましたが、卒業後も俳優としての活動は思うように進みませんでした。25歳の頃に書店で気象予報士という仕事を知り、約1年半から2年間勉強して2009年に試験に合格しました。
Q4:蓬莱大介のミヤネ屋卒業理由は?
A4:2026年3月30日スタートの『テッパン朝ライブ じゅーっと!』に出演するためです。3月27日を最後に15年間の出演を終えました。番組とのトラブルや不仲が卒業理由として発表されたわけではありません。
Q5:2026年現在、蓬莱大介が出演している番組は?
A5:『かんさい情報ネットten.』『テッパン朝ライブ じゅーっと!』『蓬莱さんのドライブ予報』です。『テッパン朝ライブ じゅーっと!』では木曜・金曜の気象予報を担当しています。
Q6:蓬莱大介の代表的な資格は?
A6:気象予報士と防災士です。2009年に気象予報士試験に合格し、防災士の資格も取得しています。健康気象アドバイザーとしても紹介されています。
蓬莱大介さんは1982年4月23日生まれ、兵庫県明石市出身の気象予報士・防災士です。兵庫県立明石西高校から早稲田大学政治経済学部へ進学し、大学時代から俳優や演劇の世界に挑戦してきました。
その後、25歳で気象予報士を目指し、2009年に試験合格。2011年に読売テレビの気象キャスターとなり、『かんさい情報ネットten.』や『情報ライブ ミヤネ屋』などで活躍してきました。
特に、イラストで天気を伝えるスケッチ予報は、蓬莱さんならではの代表的な仕事です。専門知識を分かりやすく伝える工夫と、防災につなげる視点が長年支持されてきた理由といえます。
2026年3月27日には『ミヤネ屋』を卒業しましたが、同月30日からは『テッパン朝ライブ じゅーっと!』に出演。『かんさい情報ネットten.』や『蓬莱さんのドライブ予報』なども含め、活動の幅を広げています。
俳優志望から気象予報士へという異色の経歴を持ちながら、伝える仕事への情熱を持ち続けてきた蓬莱大介さん。2026年以降も、気象情報と防災の知識をどのように視聴者へ届けていくのか、今後の活動に注目が集まります。