フットボールアワーのネタ作りは、後藤輝基と岩尾望のどちらか一方が担当しているわけではない。2人が意見を出し合い、作家も交えながらゼロから漫才を組み立てる共同制作スタイルだ。完成までに時間をかける一方、ネタができれば長期間の稽古を重ねるというより、比較的短いネタ合わせで舞台に臨むことも特徴となっている。
2026年8月公開の雑誌『LEON』のインタビューでは、後藤が後藤・岩尾・作家の3人でネタを作る実態を明かした。加えて、2026年7月には2年連続の単独ライブ「フットボールアワー26」を開催。漫才、コント、歌ネタまで、すべて新作で構成されたステージが話題になった。若手時代のbaseよしもとでの苦労や、長年取り沙汰されてきた不仲説の実情にも触れながら、2026年現在の制作スタイルを整理する。
【結論】フットボールアワーのネタ作りはどっち?後藤輝基と岩尾望の共同制作

フットボールアワーのネタ作りを一言で表すなら、後藤と岩尾が対等に意見を出し合う共同制作だ。
一般的なお笑いコンビには、片方がネタの原案や台本を作り、もう片方が演じながら修正するスタイルもある。しかし、フットボールアワーの場合は、どちらかが完成したネタを持ち込む形式とは異なる。
2026年8月29日公開の『LEON』のインタビューで、後藤は制作方法について次のように説明している。
「僕と岩尾と作家と3人で集まって、ゼロからああでもないこうでもないってやってます」
つまり、後藤が一方的にネタを書き、岩尾がボケを担当するだけではない。3人でアイデアを出し、採用するものと採用しないものを判断しながら、ひとつの作品に仕上げていく。
後藤輝基はツッコミだけでなく構成にも参加後藤輝基は1974年6月18日生まれ、大阪府大阪市出身。フットボールアワーでは主にツッコミを担当する。
ネタ作りでは、舞台上のツッコミだけでなく、漫才全体の流れや展開を考える制作メンバーでもある。2026年のインタビューでは、ネタをゼロから組み立てる過程に自ら参加していることを明かした。
さらに後藤は、ネタ作りにおいて既存の作品との重複を非常に気にしている。芸人の数が増えるほどネタの数も増えるため、似た発想がないか作家に調べてもらうこともあるという。
単に面白いアイデアを思いつくだけではなく、フットボールアワーとして新しい笑いになっているかを判断する姿勢がうかがえる。
岩尾望はボケの演者であり、アイデアを磨く共同制作者岩尾望は1975年12月19日生まれ、大阪府大阪市出身。コンビでは主にボケを担当する。
岩尾の役割は、後藤が考えた内容を受け取って演じるだけではない。ネタの方向性や言葉の選択、ボケの成立する条件などを話し合いながら制作に参加する。
特に興味深いのは、年齢を重ねたことで変化する言葉の感覚についても、岩尾が制作時に意識している点だ。
2026年8月の『LEON』の取材では、20代半ばの作家に言葉の意味が伝わるかを確認しながら制作していると説明。自分たちが面白いと思う表現を大切にしつつ、観客に伝わる言葉を探している。
この姿勢からも、岩尾がネタの完成度を左右する重要な共同制作者であることが分かる。
「ネタ担当は後藤」という単純な理解では実態を捉えられない後藤はツッコミ、岩尾はボケという舞台上の役割分担があるため、ネタ作りも後藤が中心だと考える人は少なくない。
しかし、2025年と2026年のインタビューで明らかになったのは、2人が直接話し合い、作家も交えて制作するスタイルだ。
したがって、「どっちがネタを書いているのか」という疑問への答えは、後藤だけでも岩尾だけでもなく、2人を中心とした共同制作ということになる。
【制作の裏側】作家との打ち合わせからネタ完成までの進め方
フットボールアワーのネタ作りで特徴的なのは、作家を単なる台本担当として扱っていないことだ。
2026年の『LEON』のインタビューによると、後藤・岩尾・作家の3人が集まり、何もない状態からアイデアを組み立てる。完成した台本を芸人が覚えるというより、会話の中でネタそのものを作っていく方式である。
作家が加わることで生まれる第三者の視点作家が担う役割のひとつは、芸人2人だけでは気づきにくい部分を補うことだ。
岩尾は、現在の言葉遣いや感覚が若い世代にも伝わるのか、打ち合わせに参加する20代半ばの作家に確認していると明かしている。
これは、単純に若者に合わせて笑いの方向性を変えるという話ではない。自分たちが面白いと感じた表現を残しながら、観客に伝わりにくい部分を調整する作業だ。
ベテラン芸人には長年の経験から生まれる独自の感覚がある一方、世代によって言葉の受け取り方は変わる。作家は、そのずれを確認する役割も果たしている。
ネタ被りを避けるためのチェックも重要後藤が2026年6月の取材会で語ったのが、他の芸人とのネタ被りに対する警戒心だ。
芸人の数が増えれば、それだけ発想やネタの種類も増える。制作中に「誰かがすでにやっていないか」「どこかで見たような内容ではないか」と感じた場合、作家に調べてもらうことがあるという。
特に後藤は、少しでも既存のネタと重なる感覚があれば採用しないというこだわりを示している。
この作業は、オリジナリティーを守るための重要な工程だ。笑いの題材が似ていても、展開や着眼点、2人の掛け合いによって独自の作品にできる場合はある。しかし、既存作品の印象が強く残るようなネタは避けるという判断がある。
フットボールアワーの制作方法から読み取れる4つの工程本人たちのインタビューで明らかになった制作方法を整理すると、次のような流れになる。
- アイデアを出す:後藤と岩尾、作家の3人でテーマや設定について話し合う。
- 発想を組み立てる:意見を交換しながら、採用するアイデアと不要なアイデアを選別する。
- 表現を調整する:言葉の意味や現代の感覚に合っているかを作家の視点も交えて確認する。
- 独自性を確認する:他の芸人のネタと似ていないかを調べ、完成度を高める。
これは公表された発言を整理した制作工程であり、毎回同じ順序で進める固定マニュアルという意味ではない。
注目したいのは、発想から完成までを2人だけで閉じず、第三者の視点を取り入れていることだ。長年の経験に頼るだけでなく、時代に合った表現と独自性を両立させる仕組みがある。
【若手時代の苦労】baseよしもとでのネタ作りと制作時間の実態
フットボールアワーのネタ作りを理解するうえで欠かせないのが、大阪の若手芸人が集まっていた劇場「baseよしもと」での経験だ。
1999年4月に結成した2人は、若手時代から劇場でネタを披露する機会を重ねてきた。現在のような制作スタイルの土台には、短い期間でネタを作り続けなければならなかった当時の経験がある。
月1回の単独ライブで求められたネタ作り2025年2月21日公開の『週プレNEWS』のインタビューで、岩尾は若手時代の劇場では月1回の単独ライブがあり、そのためにネタを作り続けていたと振り返っている。
後藤も、普通なら月1回も単独ライブを開催することは難しく、ライブが終わった瞬間から次の公演を考えなければ間に合わなかったと説明した。
加えて、当時のbaseよしもとに泊まり込んでネタを作っていたことも明かしている。
月1回の公演というサイクルは、若手芸人にとって大きな負担だったはずだ。新しいネタを作り、舞台で披露し、反応を受け止め、次の公演に向けてまた考える。その繰り返しが、2人の制作経験を積み重ねた。
ネタ作りにかかる時間はどれくらい?フットボールアワーのネタ制作について、何日間、何時間という固定された所要時間は公表されていない。
ただし、本人たちの発言から、完成までにかなりの時間を要することは分かっている。
2025年の『週プレNEWS』の取材では、岩尾がネタを作るまでに時間がかかると説明。後藤も、2人で制作しているため、ネタが完成した時点でおおむね筋書きが頭に入っていると話している。
加えて、後藤は昔から本番当日の午前中までネタを作っていることもあったと明かした。
つまり、フットボールアワーは完成までの時間を短縮することよりも、納得できるネタに仕上げることを重視していると考えられる。
ネタ合わせの方法は長時間の反復練習ではないネタ合わせについても、一般的なイメージとは少し異なる。
岩尾によると、フットボールアワーは何週間も繰り返し稽古するというより、ネタが完成すればすぐに合わせて本番に臨むスタイルだ。
後藤も、2人で作っているため、完成した時点で筋書きが頭に入っていると説明している。
ここから分かるのは、ネタ合わせの時間だけを長く確保することが、必ずしも制作の中心ではないということだ。
2人でアイデアを練り上げる段階に多くの時間を使い、完成後は舞台で成立させるための確認に集中する。制作と練習を分けて考えると、その特徴が理解しやすい。
【経歴・転換点】M-1グランプリ2003優勝までの歩みと制作スタイル
フットボールアワーは1999年4月に結成された。後藤と岩尾はともにNSC大阪校14期生で、結成後は大阪のお笑いシーンで実力を伸ばしていった。
2003年のM-1グランプリ優勝は、2人のキャリアを語るうえで最大の転換点だ。大会公式記録によると、当時の参加組数は1,906組。フットボールアワーは663点を獲得し、優勝を果たした。
フットボールアワーの主な活動とネタ作りの変遷| 時期 | 主な出来事 | ネタ作り・活動の特徴 |
|---|---|---|
| 1999年4月 | コンビ結成 | 後藤輝基と岩尾望による活動を開始。 |
| 若手時代 | baseよしもとで活動 | 月1回の単独ライブに向け、劇場に泊まり込んで制作。 |
| 2003年 | M-1グランプリ優勝 | 1,906組の頂点に立ち、漫才師として全国的な知名度を獲得。 |
| 2010年以降 | 単独ライブを長期間休止 | テレビや通常の劇場公演を中心に活動を継続。 |
| 2025年 | 約15年ぶりに単独ライブ復活 | 2人でのネタ制作を改めて本格化。 |
| 2026年7月 | 「フットボールアワー26」開催 | 完全新作の漫才・コント・歌ネタを披露。 |
| 2026年8月 | 『LEON』インタビュー公開 | 作家を含めた3人での共同制作について説明。 |
この歩みで注目すべきなのは、M-1優勝後にネタ作りから離れたわけではないという点だ。
テレビ出演や司会など、活動の幅が広がったことで単独ライブを開催する機会は減った。しかし、吉本興業の劇場公演には継続して出演していた。
2026年8月の『LEON』のインタビューでは、岩尾が単独ライブという形式から離れていただけで、舞台には月に2日ほどのペースで立ち続けていたと説明している。
つまり、約15年間の空白は漫才そのものから離れていた期間ではない。単独ライブという特別な制作環境が途切れていた期間だった。
M-1グランプリ2003優勝が意味するもの2003年12月28日に開催されたM-1グランプリ決勝で、フットボールアワーは663点を獲得して優勝した。2位の笑い飯は656点、3位のアンタッチャブルは616点だった。
当時の大会は、全国の若手漫才師が日本一を目指す大舞台だった。1,906組の中から頂点に立った実績は、2人が積み上げてきたネタ作りと舞台経験の大きさを示している。
また、2025年の『週プレNEWS』のインタビューでは、2人が漫才を始めた背景についても語られている。
もともと後藤はエレキグラム、岩尾はドレスという別々のコンビで活動していた。どちらもコントを中心にしていたが、新しいコンビとして周囲に違う姿勢を示すため、漫才を選んだという。
最初から漫才だけを追求していたわけではなく、2人の新しい挑戦として選んだ表現が、結果的にM-1王者への道につながったのである。
【不仲説の真相】フットボールアワーのコンビ仲は現在どう変わった?
フットボールアワーには、長年にわたって不仲説がつきまとってきた。実際、2人自身が若手時代から関係が良好ではなかったことを認めている。
ただし、単純に仲が悪いからネタ作りができないという関係ではない。むしろ、ネタ作りにおける意見の衝突や、普段のコミュニケーションの少なさが、コンビの独特な距離感につながっている。
若手時代は3〜4時間の打ち合わせでも会話がなかった2026年1月26日放送のテレビ朝日系『耳の穴かっぽじって聞け!』では、岩尾が後藤との関係が悪かった時代を振り返った。
当時の岩尾は、コンビを組んでから必要以上に会話をしないことが格好いいと思っていたという。ダウンタウンへの憧れもあり、あえてしゃべらない姿勢を取っていたと説明している。
しかし、実際にはお互いに不満が積み重なり、何年も嫌な空気が続いていた。
特に印象的なのが、ネタ作りの打ち合わせに関するエピソードだ。テレビ朝日POSTによると、3〜4時間の打ち合わせで一言もしゃべらなかったこともあったという。
岩尾は、当時の自分たちは天才のように振る舞うより、きちんと話し合って綿密に準備するべきだったと振り返っている。
不仲説は本当?現在もギスギスしているのか2026年6月7日の単独ライブ取材会でも、2人はコンビ仲について率直に語った。
後藤は、現在もギスギスした部分がゼロではないと認めている。楽屋ではほとんど会話をせず、仕事で移動するときも仲の良いコンビのような関係ではないという。
一方、岩尾は、以前と比べれば自然に関係性が変化している部分もあると話している。
加えて、2025年の単独ライブ復活時に行われたインタビューでは、ネタ作りの場面で変化があったことも明かされた。
かつてはお互いが作家を介してしか話さなかったが、現在は後藤と岩尾が直接話せるようになったという。
この変化は、コンビ仲を考えるうえで非常に重要だ。無理に親友のような関係を目指したわけではないが、作品を作るために必要なコミュニケーションは以前より取りやすくなっている。
不仲だから解散するという見方は適切ではない2人は長年、楽屋であまり会話をしない関係を続けてきた。しかし、その距離感と仕事上の信頼関係は別の問題だ。
2026年6月の日刊スポーツの取材でも、後藤は2人でネタを作るからこそ意見のぶつかり合いがあると説明している。
つまり、仲の良さを前面に出すコンビとは違い、舞台上での漫才を中心に関係を維持しているのがフットボールアワーの特徴だ。
不仲説には本人たちの証言に基づく実際の背景がある。一方で、それを現在の活動停止や解散危機と結びつける根拠はない。2025年、2026年と単独ライブを続け、3人でのネタ制作にも取り組んでいることが、現在の関係を判断する材料になる。
【2026年最新】フットボールアワー26と新作漫才の内容・見どころ
2026年のフットボールアワーを語るうえで外せないのが、7月に開催された単独ライブ「フットボールアワー26」だ。
2025年に約15年ぶりの単独ライブを復活させた2人は、翌年も東京と大阪で公演を開催。今回も新しいネタを中心にしたステージを披露した。
東京・大阪の2公演ともチケット完売公演日程は次のとおり。
- 2026年7月5日:東京・ルミネtheよしもと
- 2026年7月17日:大阪・なんばグランド花月
2026年6月16日公開のFANY Magazineのインタビューでは、今回の単独ライブについて完全新作で挑むことが明かされた。
2026年7月23日公開のFANY Magazineの公演レポートによると、東京・大阪の両公演ともチケットは完売。芸歴を重ねた現在も、2人の漫才を生で見たいという観客の需要があることを示した。
漫才4本にコントと歌ネタも披露大阪公演の内容を報じた日刊スポーツによると、ステージでは本職の漫才を4本披露。そのほかにコントや映像ネタ、歌ネタも用意されていた。
FANY Magazineの公演レポートでは、実際のネタの内容も紹介されている。
- 漫才:岩尾の恋愛に関する話題から展開する掛け合い。
- コント:サファリパークを舞台にした設定で、見えない動物の存在感を笑いにつなげる。
- 親子を題材にした漫才:後藤の子どもをめぐる学校での出来事を想定したネタ。
- 歌ネタ:後藤がギターを演奏し、岩尾が歌う構成。
- 画像を使った漫才:岩尾の新居までの道案内を題材に、スクリーンの画像を活用する。
加えて、岩尾と後藤の長男による対談企画も映像で披露された。漫才だけにとどまらず、映像や音楽を組み合わせたライブならではの演出が盛り込まれていた。
2026年の新作漫才から見える2人の変化2026年のライブで注目したいのは、単に新しいネタを披露したという事実だけではない。
後藤は2026年6月の取材会で、賞レースの審査員を務める立場になっても、ネタ作りをおろそかにしたくないという姿勢を示した。
岩尾も、自分たちが審査員をする以上、演者としてきちんと観客に笑ってもらえる状態を保つ必要があると話している。
さらに後藤は、若い芸人のネタを参考にして自分たちの作風を変えるという考え方には、あまりこだわっていないと説明した。
他の芸人から刺激を受けることはあっても、目指すのはあくまでフットボールアワー自身の漫才だ。
2026年8月の『LEON』では、後藤が、以前はネタの構成を中心に考えていたが、最近は舞台上で思わず吹き出してしまうような感覚も重視していると語っている。
理屈として完成された漫才だけでなく、演じている本人たちの感情まで動くようなネタを目指している点に、現在の2人の変化が表れている。
【プロの結論】フットボールアワーのネタ作りから学べる漫才制作の本質
フットボールアワーの制作スタイルから読み取れるのは、漫才の完成度はネタを書いた人間の能力だけで決まるものではないということだ。
後藤の構成力、岩尾のボケとしての感覚、作家による第三者の視点。それぞれの役割が重なり、ひとつの作品になっていく。
漫才のネタを作るときに意識したい3つのポイント1. 最初から完成形を決めつけない
フットボールアワーは、最初から完成した台本を持ち寄るのではなく、3人でゼロから考えている。最初のアイデアに固執せず、相手の意見を取り入れながら発想を広げる方法は、漫才制作の参考になる。
2. 観客に伝わる言葉を選ぶ
どれだけ面白い発想でも、言葉の意味が伝わらなければ笑いにつながりにくい。世代によって異なる言葉の感覚を確認し、表現を調整することが必要になる。
3. オリジナリティーを守る
他の芸人と似た設定や展開になっていないかを確認する。題材が同じでも、視点や展開、人物の個性によって違う作品にできるかを考えることが重要だ。
共同制作が向いているコンビ・向いていないコンビフットボールアワーのような共同制作は、互いの意見を出し合うことができ、相手のアイデアを柔軟に受け入れられるコンビに向いている。
一方、意見の対立を整理できない場合や、制作の決定権が曖昧になりやすいコンビでは、完成までに時間がかかりすぎる可能性もある。
フットボールアワーの場合は、長年の舞台経験と互いの芸風への理解がある。意見がぶつかることがあっても、最終的には観客に届けるネタを完成させるという共通の目的がある。
また、作家という第三者が加わることで、2人だけでは気づきにくい問題を確認できる。これは単なるアイデア出しではなく、作品の品質を保つための仕組みとして機能している。
フットボールアワーのネタ作りが興味深いのは、コンビ仲の良さを制作の条件にしていない点だ。普段の関係性と、舞台で必要な共同作業を切り分けている。漫才を続けるために必要なのは、常に仲良くすることではなく、面白いものを作るために必要な話し合いを続けることなのだ。
フットボールアワーのネタ作りに関するよくある質問(FAQ)
Q1:フットボールアワーのネタ作りは後藤と岩尾のどっちが担当していますか?
A1:後藤輝基と岩尾望の共同制作です。2026年8月の『LEON』のインタビューでは、2人と作家の3人でゼロからネタを作っていると後藤が説明しています。
Q2:フットボールアワーは作家と一緒にネタを作っていますか?
A2:はい。作家も打ち合わせに参加しています。現代の言葉の意味や世代間の感覚を確認するほか、他の芸人とのネタ被りを調べてもらうこともあります。
Q3:フットボールアワーのネタ作りにはどれくらい時間がかかりますか?
A3:具体的な日数や時間は公表されていませんが、完成までに時間がかかると岩尾が説明しています。後藤によると、本番当日の午前中まで制作を続けることもありました。
Q4:若手時代はどこでネタを作っていましたか?
A4:大阪の若手劇場baseよしもとです。月1回の単独ライブに対応するため、劇場に泊まり込んでネタを作っていたと後藤が振り返っています。
Q5:フットボールアワーは現在も仲が悪いのでしょうか?
A5:2人は現在も楽屋であまり会話をしないと明かしています。ただし、以前よりネタ作りで直接話せるようになったなどの変化もあります。不仲説だけで解散や活動停止を結びつける状況ではありません。
Q6:2026年のフットボールアワー26ではどんなネタを披露しましたか?
A6:漫才4本のほか、サファリパークを題材にしたコント、歌ネタ、映像企画などを披露しました。FANY Magazineの公演レポートでは、オール新ネタの単独ライブとして紹介されています。
フットボールアワーのネタ作りを担当しているのは、後藤輝基だけでも岩尾望だけでもない。2人が直接意見を出し合い、作家を交えて発想を広げる共同制作が基本となっている。
若手時代にはbaseよしもとで月1回の単独ライブに追われ、劇場に泊まり込んでネタを作ることもあった。M-1グランプリ2003優勝後はテレビや劇場での活動を続け、2025年には約15年ぶりに単独ライブを復活。2026年7月には「フットボールアワー26」で完全新作のステージを実現した。
不仲説についても、若手時代からギスギスした関係があったことは本人たちが認めている。一方で、現在はネタ作りで直接話し合い、作家を含めた3人で新しい作品を生み出している。
2026年現在のフットボールアワーを理解するうえで重要なのは、2人が仲良しコンビになったかどうかではない。長年培ってきたそれぞれの感性をぶつけ合い、時代に合わせて表現を磨きながら、舞台でしか味わえない漫才を作り続けていることだ。
2003年のM-1王者という肩書に甘んじず、50代になっても新作を作り、観客の前でネタを披露する。その制作へのこだわりこそ、フットボールアワーが長く漫才師として支持されている理由のひとつである。
主な取材・確認資料
- 吉本興業公式プロフィール
- M-1グランプリ公式「大会の歴史」
- 週プレNEWS(2025年2月21日)
- テレビ朝日POST(2026年1月27日)
- FANY Magazine(2026年6月16日・7月23日)
- 日刊スポーツ(2026年6月・7月)
- LEON(2026年8月29日)