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【事件の全容】2006年5月、平塚市のアパートで何が起きたのか?

伊部 拓海 伊部 拓海 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
目次

事件の舞台となったのは、神奈川県平塚市西真土にあったアパートです。発覚のきっかけは、家賃の滞納をめぐる連絡でした。

2006年5月1日、アパートを訪れた山内峰宏さんの母親が、室内で2人の遺体を発見しました。

見つかったのは、アパートの住人だった山内峰宏さん(当時35歳)と、岡本千鶴子の娘である岡本利加香さん(当時19歳)です。

峰宏さんは室内で首をつった状態で発見され、利加香さんは布団の中で死亡していました。利加香さんの遺体は、すでに死後数か月が経過していたと報じられています。

さらに翌2日、室内の段ボール箱から子ども3人の遺体が発見されました。司法解剖では、1人は身長約120センチの男児、残る2人は妊娠40週程度の新生児と判明しています。

こうして、アパートから見つかった遺体は合計5人となりました。

5人の遺体は誰だったのか?

事件を理解するうえで重要なのは、5人全員が殺害されたわけではないという点です。

発見された人物 身元・年齢 捜査で判明したこと
成人女性 岡本利加香さん・19歳 母親による殺害事件として立件
成人男性 山内峰宏さん・35歳 利加香さんの異母兄。自殺と判断
男児 岡本利英ちゃん・当時6歳 1984年に失踪した長男とDNA鑑定で確認
新生児1人目 名前・性別非公表 岡本千鶴子の子どもとDNAで確認
新生児2人目 名前・性別非公表 岡本千鶴子の子どもとDNAで確認

5人のうち、殺人事件として裁判で有罪が確定したのは利加香さんの事件です。

峰宏さんについては自殺と判断され、子ども3人については死亡の経緯を明らかにできないまま捜査が進みました。

この違いを理解しないまま「母親が5人全員を殺害した事件」と説明するのは正確ではありません。

【1984年の長男失踪】利英ちゃんのDNA鑑定で判明した衝撃の事実

平塚五遺体事件

平塚五遺体事件が社会に大きな衝撃を与えた理由の一つが、約22年前に行方不明になっていた長男・利英ちゃんの存在です。

1984年12月28日に突然姿を消した長男

利英ちゃんは1984年当時6歳で、保育園に通っていた男児でした。

当時の報道によると、1984年12月28日午前11時ごろ、平塚市内の自宅付近でサッカーボールを使って一人で遊んでいました。

ところが、約30分後に姉が買い物から戻ると、利英ちゃんの姿はありませんでした。

岡本千鶴子は警察に長男の行方不明を届け出ており、1985年1月には公開捜査も行われました。

当時、利英ちゃんの身長は約120センチ。2006年にアパートから見つかった男児の遺体も、ほぼ同じ身長でした。

捜査当局は身体的特徴や衣服などを調べ、長男との関連を慎重に調査しました。

DNA鑑定で利英ちゃん本人と確認

2006年5月の発見当初、男児の遺体は長期間が経過していたため、身元の特定は簡単ではありませんでした。

しかし、捜査の進展によって重要な手掛かりが見つかります。

それが、利英ちゃんのへその緒でした。

岡本千鶴子が知人に預けていたへその緒と、遺体から採取した毛髪などをDNA型鑑定で照合した結果、両者が一致しました。

2006年6月9日、神奈川県警は男児の遺体を1984年に失踪した利英ちゃんと断定したと報じられました。

この鑑定によって、長年行方不明とされていた男児が、実際にはアパート内に遺体として残されていたことが明らかになったのです。

新生児2人も岡本千鶴子の子どもだった

もう一つの大きな発見が、新生児2人の身元確認です。

2006年6月、捜査本部は段ボール箱に残されていた骨と岡本千鶴子の唾液をDNA鑑定し、2人とも同人の子どもであると確認しました。

岡本千鶴子は取り調べに対し、新生児について1985年ごろと1987年ごろに出産したと説明したと報じられています。

ただし、鑑定で判明したのは母子関係です。

- 新生児2人の正確な生年月日
- それぞれの死亡時期
- それぞれの死因
- 父親の身元

これらは明らかになっていません。

DNA鑑定によって身元の一部が解明された一方、子どもたちがどのような経緯で亡くなったのかという最大の疑問は残されました。

【岡本利加香さん殺害事件】逮捕理由と裁判で明らかになった経緯

5人の遺体が発見された事件で、刑事事件として中心になったのが、岡本利加香さんの殺害です。

2005年10月12日ごろ、娘を絞殺した疑い

捜査によると、岡本千鶴子は2005年10月12日ごろ、平塚市内のアパートで利加香さんの首にひものようなものを巻き付け、絞め殺したとされます。

事件発覚までには数か月が経過していました。

その間、利加香さんの遺体はアパート内に残されていました。遺体の周囲にはドライアイスが置かれていたことも報道されています。

また、利加香さんの知人に対して、入院中で面会できないといった説明をしていたとされ、周囲に生存しているかのように思わせる行動も問題になりました。

2006年5月3日、岡本千鶴子を逮捕

警察が捜査を進めるなか、室内から娘を殺害したことを示唆するメモが発見されました。

加えて、岡本千鶴子の説明や供述にも注目が集まります。

千鶴子は当初、捜査段階で娘の殺害を認めていたと報じられています。

神奈川県警は2006年5月3日、利加香さんに対する殺人容疑で岡本千鶴子を逮捕しました。

ただし、逮捕時の供述と、その後の裁判での主張は大きく異なっていました。

裁判では一転して殺害を否認

2006年8月21日に始まった公判で、岡本千鶴子は起訴内容を否認しました。

加えて、アパートに住んでいた山内峰宏さんが利加香さんを殺害したという趣旨の主張を展開しました。

しかし、検察側はこれを否定しました。

検察側が説明した殺害の背景には、母親と娘の感情的な対立がありました。

具体的には、利加香さんが予備校に通ったり、演劇関係のサークル活動に参加したりすることを、千鶴子が嫌うようになったというものです。

検察側は、千鶴子が娘の外出や勉強を妨げるようになり、最終的に殺害を決意したと主張しました。

一方、実際に殺害を決断した詳しい心理や、その直前に何が起きたのかについては、裁判を通じても十分に解明されませんでした。

【裁判の時系列】横浜地裁の懲役12年判決と東京高裁の控訴審

平塚五遺体事件では、逮捕後の捜査だけでなく、約2年半にわたる司法手続きも注目されました。

ここで重要なのは、裁判で認定された事実と、最後まで立件されなかった事実を区別することです。

判決は2007年7月23日

岡本千鶴子の一審判決は、2007年7月23日、横浜地方裁判所で言い渡されました。

一部のネット記事では小田原支部と記載されていますが、当時の判決報道で確認できる裁判所の表記は横浜地裁です。

裁判所は、岡本千鶴子に対して懲役12年の実刑判決を言い渡しました。求刑は懲役17年でした。

判決では、利加香さんの遺体を長期間放置したことや、周囲に生存を装っていたことなどが問題視されました。

また、山内峰宏さんに利加香さんを殺害する動機が認められないことなども、被告人の犯行を認定するうえで考慮されました。

2008年10月23日、東京高裁が控訴を棄却

岡本千鶴子側は一審判決を不服として控訴しました。

しかし、2008年10月23日の東京高裁判決では、控訴が棄却されました。

須田賢裁判長は、警察の追及を受ける前から、千鶴子が日記や警察への説明で利加香さんの首を絞めたことを認めていた点などを指摘しました。

加えて、母娘間に感情的な対立があり、殺害動機も認められるとして、一審の判断を支持しました。

この結果、懲役12年の判決が維持されました。

事件発覚から判決までの年表
年月日 出来事 内容・結果 1984年12月28日 長男失踪 6歳の利英ちゃんが行方不明になる。 1985年1月 公開捜査 警察が長男の捜索を進める。 2005年10月12日ごろ 利加香さん殺害 母親による絞殺事件と認定される。 2006年5月1日 最初の2遺体を発見 利加香さんと山内峰宏さんの遺体が見つかる。 2006年5月2日 子ども3人の遺体を発見 段ボール箱から男児1人と新生児2人が見つかる。 2006年5月3日 岡本千鶴子逮捕 利加香さん殺害容疑で逮捕される。 2006年6月9日 長男のDNA鑑定 男児の遺体が利英ちゃんと判明。 2006年6月 新生児の身元確認 2人とも千鶴子の子どもと確認される。 2007年7月23日 一審判決 横浜地裁が懲役12年を言い渡す。 2008年10月23日 控訴審判決 東京高裁が控訴を棄却し、懲役12年を維持。

なぜ子ども3人の事件は裁判で裁かれなかったのか?

利英ちゃんと新生児2人についても、岡本千鶴子は死体遺棄容疑で書類送検されたと報じられています。

しかし、当時の法律では死体遺棄罪の公訴時効は3年でした。

そのため、子ども3人の遺体に関する死体遺棄容疑は、公訴時効の成立により不起訴となりました。

利英ちゃんの死亡原因や新生児2人の死亡時期も特定できなかったため、これらの死亡について殺人罪の有罪判決が出たわけではありません。

つまり、懲役12年という判決は、あくまで利加香さんの殺害に対するものです。

【岡本千鶴子の現在】2026年時点で出所後の生活は?

事件を検索する人が特に気にしているのが、岡本千鶴子の現在です。

2008年に懲役12年の判決が維持された後、千鶴子は服役しました。

その後の生活については、家族の証言を取り上げた週刊誌報道が存在します。

すでに出所したとされる理由

2021年の「週刊女性PRIME」は、岡本千鶴子の孫にあたる飯島くうがさんへの取材記事を掲載しました。

記事では、飯島さんが祖母について、すでに出所して生活保護を受けて暮らしていると聞いている旨を語っています。

また、祖母に会いたいという思いと、なぜ利加香さんを殺害したのかという疑問も明かしていました。

2026年5月の最新報道でも出所後の情報を紹介

2026年5月23日付のFRIDAYデジタルも、平塚五遺体事件を振り返る記事を掲載しました。

同記事では、2020年10月に孫がYouTube番組「街録ch」で語った内容として、千鶴子がすでに出所し、生活保護を受けて暮らしているという情報を紹介しています。

ただし、これは孫を通じて伝えられた情報であり、現在の本人の生活を直接確認した公式発表ではありません。

2026年現在、確認できる情報と分からない情報
確認項目 2026年時点の状況
刑事裁判 懲役12年が確定
服役 すでに終了したと報道
出所 孫の証言を紹介した報道で確認
生活保護 孫が聞いた情報として報道
現在の住所 公表されていない
現在の職業 確認できる公的情報なし
現在の本人の発言 近年の本人による公式な説明は確認できない
事件への新たな供述 真相を全面的に説明したとの報道は確認できない

したがって、2026年現在について確実にいえるのは、刑期を終えて出所したという情報が家族の証言を通じて報道されていることです。

現在どこで生活しているのか、どのような暮らしを送っているのかについては、公に確認できる情報が限られています。

【未解明の真相】北朝鮮拉致説や犯行動機には何が残されているのか?

平塚五遺体事件は、裁判が終わっても事件全体の謎が解消されたわけではありません。

特に重要なのは、長男の失踪と死亡、新生児2人の死、利加香さん殺害の動機という3つの問題です。

長男・利英ちゃんの北朝鮮拉致説は本当だったのか?

事件発覚後、長男の失踪をめぐって北朝鮮による拉致説が取り上げられました。

2006年の夕刊フジ報道では、岡本千鶴子が知人に対して、長男は北朝鮮に拉致されたという趣旨の話をしていたと伝えられています。

しかし、これは当時の報道で紹介された千鶴子の説明であり、拉致を裏付ける証拠ではありません。

その後のDNA鑑定によって、アパートから見つかった男児の遺体が利英ちゃん本人と確認されました。

警察庁が公表している北朝鮮による拉致容疑事案の一覧にも、利英ちゃんの失踪は掲載されていません。

したがって、北朝鮮拉致説を事件の事実として扱うことはできません。

ただし、DNA鑑定で本人の遺体が確認されたことと、1984年にどのような経緯で亡くなったのかが解明されたことは別問題です。

新生児2人はなぜ亡くなったのか?

新生児2人については、DNA鑑定で母親が岡本千鶴子であることが判明しました。

しかし、死亡原因は特定されていません。

千鶴子の供述では1985年ごろと1987年ごろに出産したとされていますが、実際の出産日や死亡日は明らかになっていません。

父親についても特定されていません。

また、2人が出生直後に亡くなったのか、別の経緯があったのかも分かっていません。

この点は、事件の中でも特に重大な未解明事項です。

利加香さんを殺害した本当の動機は何だったのか?

検察側は、母娘間の感情的な対立を殺害の背景として説明しました。

利加香さんの外出や勉強への干渉が強まっていたというのが、検察側の主張でした。

一方、岡本千鶴子は裁判で殺害を否認し、山内峰宏さんが犯人であるという趣旨の主張を続けました。

東京高裁は、千鶴子の供述や日記などを踏まえ、犯行を認定しました。

しかし、なぜ母親が娘の命を奪うに至ったのかという心理的な過程や、事件直前の具体的な出来事については、十分に説明されていません。

判決によって刑事責任は明確になりましたが、事件の背景にあったすべての事情が解明されたわけではないのです。

【プロの結論】平塚五遺体事件を理解するための3つの判断基準

この事件を正確に理解するには、次の3点を分けて考える必要があります。

1. DNA鑑定で判明した事実と死亡原因は別である

利英ちゃんと新生児2人の身元は確認されました。しかし、身元の特定は死因や死亡時期の解明を意味しません。

2. 有罪判決の対象は5人全員ではない

刑事裁判で有罪が確定したのは利加香さんに対する殺人です。残る4人について、同じ殺人罪の有罪判決が出たわけではありません。

3. 判決で認定された事実と、動機に関する推測を混同しない

母娘の感情的な対立は裁判でも取り上げられました。しかし、事件の背景をすべて説明できるような供述が得られたわけではありません。

この3点を押さえることで、センセーショナルな見出しやネット上の噂に左右されず、事件の実像を理解できます。

【平塚五遺体事件】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:平塚五遺体事件で見つかった5人は全員殺害されたのですか?

A1:いいえ。岡本利加香さんについては母親による殺害が認定されています。山内峰宏さんは自殺と判断され、残る子ども3人については死因や死亡経緯が解明されていません。

Q2:岡本千鶴子は2026年現在も刑務所にいるのですか?

A2:いいえ。孫の証言を紹介した週刊誌報道によると、すでに出所しています。生活保護を受けて暮らしているとも伝えられていますが、2026年現在の詳しい生活状況は公的に確認されていません。

Q3:長男の利英ちゃんは北朝鮮に拉致されたのですか?

A3:拉致を裏付ける証拠は確認されていません。2006年のDNA鑑定によって、アパートで発見された男児の遺体が利英ちゃん本人と判明しています。

Q4:岡本千鶴子は何年の懲役刑になりましたか?

A4:2007年7月の横浜地裁判決で懲役12年となり、2008年10月の東京高裁でも控訴が棄却され、判決が維持されました。

Q5:新生児2人の父親や死因は判明していますか?

A5:DNA鑑定で岡本千鶴子の子どもであることは確認されましたが、父親や詳しい死亡時期、死因は判明していません。

平塚五遺体事件は、2006年5月に神奈川県平塚市のアパートで5人の遺体が発見されたことから発覚しました。

捜査によって、成人女性の岡本利加香さんは母親の岡本千鶴子に殺害されたことが認定され、山内峰宏さんは自殺と判断されました。

加えて、1984年から行方不明だった長男・利英ちゃんの遺体と、新生児2人の身元もDNA鑑定によって明らかになりました。

岡本千鶴子には懲役12年の判決が確定し、2026年現在は出所していると報じられています。

しかし、利英ちゃんの死亡経緯、新生児2人の死因、利加香さん殺害の詳しい動機など、事件の核心には今も未解明の部分があります。

平塚五遺体事件の最大の問題は、5人の身元が明らかになったことと、5人それぞれの死の真相が明らかになったことは同じではない、という点です。

20年が経過した現在も、事件を正しく記録し、判決で認定された事実と未解明の問題を区別して伝えていくことが求められています。

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コンテンツディレクター 伊部 拓海
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映画・ドラマ担当。公開資料と一次報道を照合し、ネタバレの扱いには線引きルールを設けています。

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