「イスラム国奴隷」という言葉が指すのは、過激派組織イスラム国(ISIL、ISIS、ダーイシュ)が2014年以降、イラク北部のヤジディ教徒に対して組織的に実行した奴隷化、性的暴力、強制結婚、殺害などの重大な人権侵害である。なかでも2014年8月3日のシンジャル襲撃では、男性や年長の少年が女性や子どもから引き離され、殺害や強制改宗の対象となった一方、多数の女性と少女が拉致され、性的奴隷として売買された。国連のシリア調査委員会は2016年、この一連の行為をヤジディ教徒に対するジェノサイドと認定した。
2026年11月現在も、事件は過去の戦争犯罪として片付けられていない。クルディスタン地域政府(KRG)は2026年8月、依然として2,526人のヤジディ教徒の行方が分からないと発表した。生存者への補償、心理的ケア、身元不明遺体の捜索、加害者の国際的な訴追も続いている。ここでは国連の調査報告、イラクの法律、2026年の司法判断をもとに、奴隷制度の実態から現在の課題までを整理する。
【基本知識】イスラム国の奴隷制度とは何だったのか?

イスラム国(ISIL)は、イラクとシリアの広い地域を一時支配した過激派テロ組織である。2014年にはイラク北部を含む地域で勢力を拡大し、独自の統治機構、軍事組織、宗教警察などを通じて住民を支配した。
その支配下で実行されたヤジディ教徒の奴隷化は、単発的な略奪や個人による犯罪ではない。捕虜の分類、拘束施設への移送、女性や少女の選別、戦闘員への配分、売買、強制労働、性的暴力が連動した組織的な仕組みだった。
ヤジディ教徒とはどのような人々なのかヤジディ教徒は、イラク北部のシンジャル地域を歴史的な居住地の一つとする独自の宗教共同体である。クルド語を話す人々が多く、独自の宗教的伝統や文化、共同体の慣習を持っている。
イスラム教徒、キリスト教徒などとは異なる宗教的背景を持つため、歴史的に周辺地域の権力や武装勢力による迫害を経験してきた。ISILはヤジディ教徒を異教徒と決めつけ、その宗教的アイデンティティーそのものを攻撃の理由にした。
ISILが奴隷化を正当化した仕組みISILは、自らの過激で排他的な宗教解釈を利用し、ヤジディ教徒の拘束や奴隷化を正当化しようとした。組織の機関誌や内部文書では、女性や少女の奴隷化を認める独自の主張が展開されていた。
しかし、これはイスラム教全体の教義や一般のイスラム教徒の考え方を示すものではない。ISILというテロ組織が、自らの暴力を正当化するために利用した過激思想と区別する必要がある。
国連の調査では、奴隷化は単に人間を拘束するだけではなく、家族関係、宗教、言語、出産や子育て、共同体への帰属意識まで破壊する行為として実行されていたことが明らかになっている。
【2014年8月】シンジャル襲撃でヤジディ教徒に何が起きたのか
2014年8月3日、ISILはイラク北部のシンジャル地域に対して攻撃を開始した。これはヤジディ教徒の歴史における重大な転換点となった。
ISILの攻撃から逃れようとした住民は、道路や村の周辺で拘束された。UNITAD(国連イラク調査チーム)の2024年公表報告書によると、ISILは住民を年齢や性別によって分離し、複数の拘束施設に移送する仕組みを構築していた。
男性と年長の少年に対する殺害・強制改宗ISILは男性や年長の少年を家族から引き離し、イスラム教への改宗を迫った。改宗を拒否した男性の多くは殺害された。改宗に応じた男性も自由を取り戻したわけではなく、礼拝や労働を強制された後、家族と再び引き離されるケースがあった。
UNITADの調査では、2015年4月にもタル・アファル地域で男性と年長の少年が家族から分離され、その後殺害されたとする証言や証拠が確認されている。
女性と少女の拉致・売買女性と少女は、男性とは異なる形で組織的な暴力にさらされた。拘束された後、バアジ、タル・アファル、モスルなどの施設に移され、さらにシリアのラッカなどへ移送された。
ISILの戦闘員は女性や少女を選別し、個人に割り当てたり、売買したりした。UNITADは、女性や少女の名前を登録し、くじ引きや選別によって配分する事例、戦闘員同士で売却や贈与を繰り返す事例を記録している。
拉致された人々のなかには、幼い少女や子どもを抱えた女性もいた。家族を引き離され、居場所を知らされないまま、長期間にわたって拘束された人も少なくない。
コチョ村の虐殺と集団墓地シンジャル地域のコチョ村でも、2014年8月15日に重大な虐殺が起きた。ISILは住民を集め、男性や年長の少年を女性や子どもから分離した。国連の調査報告は、コチョ周辺で少なくとも422人のヤジディ教徒が殺害されたと判断する合理的根拠があるとしている。
こうした虐殺の痕跡は、後年の集団墓地の発掘によっても確認されている。2026年8月のKRG発表では、シンジャル周辺で集団墓地と個別墓地を合わせて93か所が確認され、296人の遺体が発掘、DNA鑑定による身元確認を経て家族に返還された。なお、未発掘の墓地も残っている。
2014年の出来事は、単なる戦闘の巻き添えではなかった。宗教共同体を対象とした殺害、家族の分断、女性や少女の奴隷化が、連動した形で実行されていたのである。
【奴隷制度の実態】性的奴隷化・強制結婚・人身取引の仕組み
ISILによるヤジディ女性の性的奴隷化は、個々の戦闘員による偶発的な暴力ではなく、組織の支配体制に組み込まれた犯罪だった。UNITADの2024年報告書は、拘束、選別、移送、売買、性的暴力という一連の行為を、証言や映像、文書、法医学的資料などを用いて検証している。
1. 拘束と選別女性や少女は拘束施設に集められ、年齢や婚姻状況などによって分けられた。ISILの戦闘員は、若い女性や少女を優先的に選別し、ほかの被拘束者から引き離した。
UNITADの報告では、女性や少女の名前を記録したり、身体的特徴を基準に選んだり、写真を撮影して戦闘員間で共有したりする実態が記録されている。
2. 性的奴隷化と繰り返される売買選別された女性や少女は、ISILの戦闘員に割り当てられ、強制的な性交や日常的な性的暴力を受けた。拒絶や逃亡を試みた場合には、暴行、食事の剥奪、さらなる移送などの制裁が加えられた。
拘束期間が長くなるほど、別の戦闘員に売却されたり、贈与されたりする事例もあった。UNITADは、同じ女性や少女が複数のISIL構成員の間で繰り返し移転させられ、そのたびに性的暴力を受けた事実を確認している。
国連シリア調査委員会の2016年報告書「They Came to Destroy」も、9歳ほどの少女が奴隷市場で売られた事例を記録している。被害者はイラク国内だけでなくシリアにも移送され、複数の場所で拘束された。
3. 強制結婚と宗教的アイデンティティーの剥奪ISILは、性的奴隷化とは別に、ヤジディ女性や少女に対して強制結婚も実行した。形式的な婚姻手続きが行われた場合でも、被害者が自由意思で結婚を選べる状況ではなかった。
UNITADは、婚姻に関する手続きで本人の同意が得られていなかった事例や、脅迫や暴力によって婚姻を受け入れさせられた事例を報告している。
法的にも、強制結婚と性的奴隷化は同じ犯罪ではない。性的奴隷化は本人の性的自由を奪い、人間を所有物のように扱う行為に関わる。一方、強制結婚は本人の意思に反して配偶者としての地位や婚姻関係を押し付ける行為を問題とする。
加えて、女性や少女にはイスラム教への改宗や礼拝を強制する事例もあった。名前を変更させ、ヤジディ教徒としての言語や宗教的習慣を失わせようとする行為も確認されている。
4. 家事労働と子どもの強制的な軍事訓練性的奴隷化された女性や少女は、性的暴力だけでなく、料理、掃除、子どもの世話などの家事労働も強制された。抵抗すれば暴行を受けたり、別の戦闘員に売られたりする危険があった。
一方、少年たちは母親や姉妹から引き離され、宗教教育や軍事訓練を受けさせられた。ISILは子どもを自らの思想に染め、武装組織の構成員として利用しようとした。
こうした行為の本質は、被害者を一時的に支配することだけではない。ヤジディ教徒としての家族関係、信仰、文化、次世代への継承を断ち切ろうとする組織的な破壊だった。
【国連の認定】ヤジディ教徒へのジェノサイドと国際法上の責任
ISILによる犯罪が国際社会で重大な意味を持つのは、殺害や性的暴力が、特定の宗教共同体を破壊する意図と結び付いていたためだ。
国連シリア調査委員会による2016年の認定2016年6月16日、国連人権理事会のシリア独立国際調査委員会は「They Came to Destroy: ISIS Crimes Against the Yazidis」を公表した。
同委員会は、ISILがヤジディ教徒に対してジェノサイドを実行していると判断した。また、殺害、性的奴隷化、拷問、強制移送、強制改宗、子どもの家族からの引き離しなどについて、人道に対する罪や戦争犯罪にも該当すると結論付けた。
報告書の重要な点は、被害を個別の殺人事件や性犯罪として切り離さず、宗教共同体の物理的・生物学的な破壊を意図した一連の行為として分析したことにある。
UNITADによる証拠収集と2024年の調査結果UNITADは、国連安全保障理事会決議2379に基づき、ISILの犯罪について証拠を収集し、イラク国内の司法手続きに役立てるために設置された調査チームである。
2024年9月11日、UNITADはヤジディ教徒に対する犯罪をまとめた公開報告書を公表した。同報告書は、戦争犯罪、人道に対する罪、ジェノサイドが実行されたと信じるに足る合理的根拠があると結論付けている。
UNITADは、生存者や目撃者の証言だけでなく、映像、文書、法医学的証拠などを組み合わせて検証した。奴隷化や性的暴力についても、ISILの組織的な仕組みと個々の犯罪の関係を明らかにした。
ジェノサイド・人道に対する罪・戦争犯罪の違い3つの犯罪概念は重なり合う部分があるが、法律上の成立要件は異なる。
- ジェノサイド:国民的、民族的、人種的、宗教的集団を全部または一部破壊する特別な意図を伴い、殺害や重大な身体的・精神的危害、出生を妨げる措置などを行う犯罪。
- 人道に対する罪:民間人に対する広範または組織的な攻撃の一環として、殺人、奴隷化、強姦、迫害、強制移送などを行う犯罪。
- 戦争犯罪:武力紛争に適用される国際人道法に違反する重大な行為。民間人への攻撃、殺害、拷問、性的暴力などが該当し得る。
性的奴隷化がジェノサイドの判断に関わるのは、身体的・精神的な危害を与えるだけでなく、女性や少女の出産や共同体内での家族形成を妨げる意図と結び付いていたためである。
なお、国連調査委員会やUNITADによるジェノサイド認定は、証拠に基づく国際的な調査・法的評価である。個々の被告人について有罪を確定する刑事判決とは区別しなければならない。
主要な出来事と関係機関の相関・年表| 時期 | 主体・関係機関 | 出来事と法的・社会的な意味 |
|---|---|---|
| 2014年8月3日 | ISIL・ヤジディ教徒 | シンジャル襲撃。殺害、拉致、強制改宗、奴隷化が始まる。 |
| 2016年6月 | 国連シリア調査委員会 | 報告書「They Came to Destroy」を公表。ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪を認定。 |
| 2021年3月 | イラク政府 | ヤジディ女性生存者支援法(法律第8号)を制定。補償、医療、心理的支援などの制度を整備。 |
| 2024年9月 | UNITAD | ヤジディ教徒への犯罪に関する詳細な調査報告を公開。17日に調査チームの任務が終了。 |
| 2025年11月 | スウェーデン控訴裁判所・Eurojust | ISIL関係者へのジェノサイドなどの有罪判決を維持。子どもの強制移送をジェノサイドと認定した先例となる。 |
| 2026年3月 | フランス・パリ重罪院 | Sabri Essidに対し、ヤジディ女性や子どもへのジェノサイドなどで不在のまま終身刑を言い渡す。 |
| 2026年7月 | ドイツ・ミュンヘン高等地方裁判所 | ヤジディ少女2人の奴隷化などをめぐり、ISIL関係者2人に有罪判決。 |
| 2026年8〜10月 | KRG・ヤジディ・ハウス・センター | 行方不明者の捜索と生存者支援の課題が継続。地域や集計方法によって2,526人以上の行方不明が報告される。 |
この年表から分かるのは、国際社会の対応が、犯罪の記録と認定から、被害者の権利回復、個人の刑事責任追及へと広がってきたことだ。ただし、認定や判決が出ても、すべての被害者が補償を受け、行方不明の家族と再会できるわけではない。
【2026年最新】行方不明者の現状とヤジディ生存者への支援
2026年現在、ヤジディ教徒の問題で最も深刻な課題の一つが、拉致された人々の所在確認である。ISILが支配地域を失った後も、家族のもとに戻れない人々が残されている。
2026年8月時点で2,526人が行方不明クルディスタン地域政府の国際広報担当調整官ディンダル・ゼバリ氏は、2026年8月の発表で、2014年の襲撃後に行方が分からなくなっているヤジディ教徒は2,526人と明らかにした。内訳は男性1,311人、女性1,215人である。
同発表では、ISILによる拉致者は6,417人、殺害された人は約5,000人とされている。また、拉致された人のうち3,595人が救出されたとしている。
一方、UNITADの2024年報告書は、殺害された人数について1,434〜3,100人という幅のある推計を示している。集計対象、情報源、調査時点が異なるため、数字は単純に一致しない。集団墓地の発掘や身元確認が続いていることも、正確な被害規模の確定を難しくしている。
2026年10月にはシリアでの捜索活動の停滞も報道米政府系メディアのVOAは2026年10月6日、シリア北東部で行方不明のヤジディ教徒を探す活動が停滞していると報じた。
同報道によると、ヤジディ教徒の支援団体ヤジディ・ハウス・センターと女性防衛部隊(YPJ)などは、これまでに400人以上のヤジディ教徒を救出してきた。しかし、2026年初頭から捜索・救出活動が停止しているという。
背景には、シリア民主軍(SDF)とシリア政府軍の衝突や、アル・ホール・キャンプの閉鎖など、シリア北東部の治安・行政環境の変化がある。
同センターでは900世帯以上の家族が行方不明者に関する案件を抱えているとされる。行方不明者の一部がシリア国内の別の収容施設に移された可能性も指摘されており、家族への情報提供や安全な帰還に向けた取り組みが求められている。
なお、KRGの2,526人という数字と、VOAが紹介した2,600人超という数字は、対象地域や調査主体、集計方法が異なる。両者を同一の確定名簿として扱うことはできない。
イラクのヤジディ女性生存者支援法とはイラク政府は2021年3月、法律第8号「ヤジディ女性生存者支援法」を制定した。ISILの犯罪によって被害を受けた女性や子どもなどに対して、経済的補償と社会復帰の支援を行うための法律である。
対象にはヤジディ教徒の女性だけでなく、トルクメン、キリスト教徒、シャバクなどの少数派の女性も含まれる。また、拉致された際に18歳未満だった子どもや、大量殺害の生存者も法律の対象となる。
主な支援内容は次のとおりだ。
- 経済的補償:一定の要件を満たす生存者への月額給付。法律では最低額を退職年金の最低額の2倍以上と定めている。
- 住宅支援:住宅用土地の提供や住宅取得に関する支援。
- 医療支援:公的医療機関での治療や健康サービスの提供。
- 心理的支援:トラウマへの対応や心理社会的ケア。
- 教育支援:学業への復帰や教育機会の確保。
- 就労支援:職業訓練や収入を得るための経済的自立支援。
国連人権関連の公的報告に記載されたイラク政府の情報によると、2025年5月時点で同法による支援を受けた人は2,354人だった。内訳には、少数派の女性や少女1,099人、拉致時に18歳未満だった子ども1,231人、大量殺害の生存者24人が含まれている。
同じ報告では、住宅用土地の提供対象者は262人、心理的・社会的支援サービスの利用者は192人、無料の公的医療サービスに利用できる健康カードの発行数は471件とされている。
加えて、国連安全保障理事会関係の2025年12月の報告では、同法に基づく補償申請の承認件数は2025年10月31日時点で約2,600件に達した。このうち1,341件は性的暴力やジェンダーに基づく暴力を受けた女性・少女に関するものだった。
ここで注意したいのは、支援対象者数、補償申請の承認件数、実際の給付受給者数は同じ指標ではないという点である。制度が存在することと、必要な支援が被害者に十分届いていることは別の問題だ。
心理的支援と家族再統合の課題性的暴力や長期拘束を経験した生存者には、身体的な治療だけでなく、継続的な心理的ケアが必要となる。家族との再会、教育や就労への復帰、地域社会への再統合も重要な課題である。
KRGは2026年8月、ドホークの心理的支援・治療センターが1,000人以上の生存者を支援してきたと発表した。また、同地域の経済支援プログラムでは3,550人以上の生存者を支援したとしている。
一方、国連の2025年報告は、強姦によって生まれた子どもの法的地位や社会的受容が依然として大きな課題であると指摘している。母親が地域社会に戻る際、子どもが共同体から受け入れられず、母親と離れざるを得ない事例も報告されている。
被害者の回復を考える際には、補償金の支給だけでなく、本人が望む生活を取り戻せる環境が整っているかどうかを見なければならない。
【加害者の責任追及】UNITAD終了後の国際司法と2026年の判決
ISILの支配地域が縮小しても、犯罪を実行した個人の責任が消えるわけではない。2026年には欧州の裁判所で、ヤジディ教徒へのジェノサイドや奴隷化をめぐる重要な判決が相次いだ。
UNITADは2024年9月に活動を終了UNITADの任務は2024年9月17日に終了した。活動終了までに19件の事件評価・分析報告書を作成し、イラクの司法当局に調査結果や証拠資料を引き渡した。
また、UNITADの記録は総量52.62テラバイトに及び、2024年8月には国連事務局へアーカイブが引き渡された。生存者や目撃者の証言、法医学的資料、映像、文書などが含まれており、将来の刑事手続きに利用できる可能性がある。
ただし、UNITADの終了は、犯罪捜査や責任追及の終了を意味しない。調査資料をどのように保存し、イラクや各国の司法当局が適切に利用するかが重要になる。
2025年11月:スウェーデンでジェノサイドの有罪判決が確定2025年2月、スウェーデンのストックホルム地方裁判所は、ISILに参加してシリアに渡った女性Lina Ishaqについて、ヤジディ教徒に対するジェノサイド、人道に対する罪、重大な戦争犯罪を認定し、12年の禁錮刑を言い渡した。
さらに2025年11月11日、スウェーデンの控訴裁判所はこの判決を維持した。
この事件では、ヤジディ教徒の子どもを別の集団に移す行為がジェノサイドの構成要素として認定された。Eurojustは、子どもの強制移送を通じたジェノサイドについて、画期的な確定判決であると評価している。
2026年3月:フランスで初のヤジディ・ジェノサイド関連判決2026年3月20日、フランスのパリ重罪院は、ISILの元幹部とされるフランス人Sabri Essidに対し、ヤジディ女性や子どもへのジェノサイド、人道に対する罪などを認定し、不在のまま終身刑を言い渡した。
フランス人に対する初のジェノサイド有罪判決であり、フランスの裁判所がISILによるヤジディ教徒への犯罪について判断した初めての事件でもある。
同事件では、女性や子どもの奴隷化、監禁、拷問、強姦などの行為が審理された。被告人は2018年にシリアで死亡したとの情報があるものの、死亡の事実が確定していないため、不在のまま裁判が行われた。
さらに2026年9月22日、パリの裁判所は民事上の損害についても判断し、被害を受けたヤジディ女性3人とその子ども8人に対する損害を認定して金銭的な賠償を命じた。
しかし、被告人の所在が分からず、実際に賠償金を回収できる見通しは立っていない。加えて、フランスの現行制度では、国外で発生した国際犯罪の外国人被害者が犯罪被害者補償制度を利用することにも制約がある。司法判断による被害の認定と、実際に被害者へ補償が届くことの間には、なお大きな隔たりがある。
2026年7月:ドイツでヤジディ少女2人への犯罪を有罪認定2026年7月13日、ドイツのミュンヘン高等地方裁判所は、ISILの構成員だったTwana H.S.とAsia R.A.の2人に対し、ヤジディ少女2人への犯罪について有罪判決を言い渡した。
裁判所は、被告人らが2015年から2017年にかけて少女たちを奴隷として扱い、強制労働や性的暴力、虐待を行ったと認定した。ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪などが有罪判断の対象となった。
Twana H.S.には終身刑、Asia R.A.には少年法に基づく9年6か月の刑が言い渡された。この事件では、子どもの強制移送や強制改宗についてもドイツで初めて有罪認定がなされたとされる。
ただし、2026年7月13日の判決時点では、検察側や弁護側などに連邦通常裁判所への上訴の道が残されており、判決は確定していない。
国際司法が重要になる理由ISILの犯罪は、イラクやシリアだけでなく、複数の国籍を持つ戦闘員や外国人参加者が関わった国際的な犯罪だった。加害者が出身国や居住国に戻った場合、犯罪が起きた場所とは異なる国の裁判所で責任を問う必要が生じる。
そこで重要になるのが、重大な国際犯罪を対象とする普遍的管轄権などの仕組みである。犯罪が自国の領土内で起きていなくても、一定の法的要件を満たせば、自国の裁判所で訴追できる場合がある。
スウェーデン、フランス、ドイツの事例は、テロ組織への参加だけでなく、実際に被害者に対して行った奴隷化や性的暴力、ジェノサイドの責任を個人単位で問う方向に司法が進んでいることを示している。
一方、国連の2025年12月の報告では、イラク国内では性的暴力そのものを対象とした国内裁判が実施されていないことも指摘された。ISIL関連の一般的な犯罪について裁判や有罪判決が存在することと、性的奴隷化やジェノサイドを国際犯罪として訴追することは別の問題である。
【よくある誤解を検証】イスラム国の奴隷制度に関するよくある質問(FAQ)
Q1:イスラム国は本当にヤジディ教徒を奴隷として売買していたのですか?
A1:はい。国連のUNITADは、拘束施設への移送、女性や少女の選別、戦闘員への配分、売却や贈与などを記録している。生存者の証言や内部文書などから、組織的な奴隷化が実行されていたことが確認されている。
Q2:ヤジディ女性は全員、性的奴隷にされたのですか?
A2:すべての女性が同じ被害を受けたわけではない。性的奴隷化された女性や少女のほか、家事労働や農作業を強制された人、拘束中に別の形の暴力を受けた人など、被害の形態は異なっていた。
Q3:ヤジディ教徒へのジェノサイドは国連が認定したのですか?
A3:はい。国連シリア調査委員会は2016年6月、ISILによるヤジディ教徒へのジェノサイドを認定した。さらにUNITADも2021年にジェノサイドを示す明確で説得力のある証拠があると発表し、2024年の公開報告書でも合理的根拠を示した。
Q4:2026年現在、行方不明のヤジディ教徒は何人いますか?
A4:KRGは2026年8月に2,526人と発表した。一方、同年10月のVOA報道では、ヤジディ・ハウス・センターが2,600人以上としている。調査対象や集計方法が異なるため、統一された確定人数とは区別する必要がある。
Q5:イラク政府は生存者に補償を行っていますか?
A5:はい。2021年制定のヤジディ女性生存者支援法に基づき、月額給付、住宅用土地、医療、心理的ケア、教育、就労支援などが用意されている。ただし、申請手続きや支援サービスへのアクセスなどには課題が残っている。
Q6:ISILの加害者は2026年現在も裁判にかけられていますか?
A6:はい。2026年にはフランスでSabri Essidに対するジェノサイドの有罪判決、ドイツでヤジディ少女2人の奴隷化などに関する有罪判決が出た。スウェーデンでも2025年にジェノサイドの判決が確定している。
イスラム国によるヤジディ教徒の奴隷化は、女性や少女を売買する行為だけに限定されない。殺害、性的奴隷化、強制結婚、強制改宗、家族の分断、子どもの強制移送などを通じて、一つの宗教共同体を破壊しようとした組織的な犯罪だった。
2016年の国連シリア調査委員会によるジェノサイド認定、UNITADの調査報告、2025年から2026年にかけての欧州各国の刑事判決は、こうした犯罪を国際社会が記録し、法的責任を追及してきた証拠である。
しかし、2026年11月時点でも、行方不明者の捜索は終わっていない。生存者支援法が存在しても、心理的ケアや経済的自立、子どもの法的地位、実効性のある補償には課題が残る。
この問題を理解するうえで、特に注目すべき判断基準は次の4点だ。
- 被害の全容:殺害された人だけでなく、拉致された人、性的奴隷化された人、家族から引き離された子どもにも目を向ける。
- 行方不明者の捜索:発見された遺体の身元確認、未発掘の集団墓地の調査、生存者の救出を継続する。
- 実効性のある生存者支援:補償金の承認件数だけでなく、実際の給付、医療、心理的支援、教育や就労への復帰を評価する。
- 加害者の責任追及:テロ組織への参加だけでなく、ジェノサイド、奴隷化、性的暴力、戦争犯罪について個人の刑事責任を問う。
何より忘れてはならないのは、ヤジディ教徒の生存者を単なる被害の数字として扱わないことだ。必要なのは、被害の記録と歴史的な認定だけではない。家族と再会する権利、安全に暮らす権利、信仰と文化を守る権利、そして受けた被害に対する実効的な補償である。
2014年のシンジャル襲撃から12年が経過した2026年も、ヤジディ教徒の問題は解決していない。行方不明者の発見、生存者の生活再建、加害者の訴追を一体として進めることが、ジェノサイドを繰り返さないための国際社会の責任である。
主な参照資料・2026年の公的情報