「ピッカピカの一年生」というフレーズを聞くと、ランドセルを背負った子どもたちの笑顔や、春の入学シーズンを思い出す人も多いのではないだろうか。実は、この言葉は小学館の学習雑誌『小学一年生』のテレビCMから広く知られるようになったものだ。1978年の放送開始以来、全国の新小学一年生を映し出す映像と耳に残るCMソングによって、世代を超えて親しまれてきた。
企画を手がけたのはCMクリエーターの杉山恒太郎。写真家・植田正治の写真集『童暦』から受けた影響や、当時のテレビCMでは画期的だったビデオ撮影の導入など、誕生の裏側には興味深い制作エピソードがある。さらに2019年12月には約25年ぶりにシリーズが復活。平井大、橋本絵莉子、桐谷健太、広末涼子といった歌い手も話題になった。2025年の『小学一年生』創刊100周年を経た2026年11月現在までの歩みを振り返る。
【CMの由来を解説】「ピッカピカの一年生」は小学館『小学一年生』から生まれた

「ピッカピカの一年生」は、もともと小学館が発行する児童学習雑誌『小学一年生』の広告キャンペーンから広まったフレーズだ。
同誌は1925年(大正14年)創刊。小学校に入学する子どもを主な読者対象とし、学びや遊び、付録などを通じて新生活を応援してきた。
そのテレビCMシリーズが始まったのは1978年(昭和53年)。当時は雑誌の発行部数が100万部を超える時代であり、新一年生に向けた広告として全国的な展開が行われた。
文化放送の2016年のCM特集では、企画の制作開始は1977年と紹介されている。つまり、1977年に制作が始まり、1978年にテレビCMとして広く展開されたという流れだ。
ここで重要なのは、「ピッカピカの一年生」が単なる商品名や雑誌のキャッチコピーではなく、映像と音楽を組み合わせたサウンドロゴとして定着した点である。
短いフレーズと印象的なメロディーを組み合わせることで、視聴者は映像を見ただけでなく、音を聞くだけでも『小学一年生』を連想できるようになった。
作詞・作曲を担当したのは誰?楽曲の制作にも、広告業界の実力者が関わっている。
作詞は企画者でもある杉山恒太郎、作曲はCM音楽制作会社ミスターミュージックを設立した吉江一男。作曲者としての名義は「まぶたひとえ」だ。
文化放送の番組資料では、企画を杉山恒太郎と安西俊夫、演出を和田光弘、作曲を吉江一男(まぶたひとえ)として紹介している。
また、1984年制作のCMは放送ライブラリーにも保存されており、小学館が広告主、電通が広告会社、太陽企画が制作会社として記録されている。作品はACCのCM賞やCM殿堂入りなどの受賞歴も持つ。
このように、広告コピー、映像演出、音楽という異なる要素が一体となって生まれたのが、長く記憶されるCMシリーズだった。
【誕生秘話】杉山恒太郎が植田正治『童暦』から受けた影響とは?
「ピッカピカの一年生」のCMを語るうえで欠かせない人物が、企画者の杉山恒太郎だ。
杉山は1948年東京生まれ。電通でクリエーティブディレクター、プランナーとして活動し、『小学一年生』のCMをはじめ、セブン-イレブンの「セブン-イレブンいい気分」などの広告制作にも携わってきた。
2025年2月、週刊ポストの取材をもとにしたマネーポストWEBの記事で、杉山自身がCMの誕生秘話を振り返っている。
植田正治の写真集『童暦』が発想の原点杉山がCMのアイデアを考える際、影響を受けた作品の一つが写真家・植田正治の写真集『童暦』だった。
1971年に刊行された同写真集には、子どもたちの姿を独自の視点で捉えた写真が収められている。
杉山が目指したのは、従来の学習雑誌広告にありがちな、きちんと整えられた優等生的な子どものイメージではなかった。
むしろ、子どもたちが普段の生活で見せる表情や、本人の言葉から生まれるリアリティを大切にした。
その考え方が、全国の新一年生を撮影するドキュメンタリータッチのCMにつながっていく。
日本のテレビCMで初めてビデオ撮影を導入特に注目したいのが、撮影方法の工夫だ。
当時のテレビCMはフィルム撮影が一般的だった。フィルムの場合、撮影した映像を確認するには現像が必要であり、その場で子どもに完成イメージを見せることは難しかった。
そこで杉山たちはビデオ撮影を導入した。
撮影した映像を横に置いたモニターですぐに確認できるようにしたことで、子どもたちに安心感が生まれ、自然な表情を引き出しやすくなったという。
杉山は、この手法がCM特有のほのぼのとした雰囲気につながったと振り返っている。
最初の試写会では会場が凍りついた?実は、完成したCMが最初から高く評価されたわけではない。
小学館で行われた初めての試写会では、映像が流れた瞬間に会場が静まり返ったという。
それまでの広告では、整った服装の子どもや優等生らしいモデルが起用されることが多かった。
ところが杉山たちのCMに登場するのは、普段着の子どもたち。方言を交えながら、思ったことをそのまま話す姿だった。
制作側にとっては狙いどおりのリアリティだったものの、試写会の出席者には新鮮すぎたのだ。
杉山はCMがお蔵入りになることまで覚悟したが、ある年配の役員が若い制作スタッフに任せる趣旨の発言をしたことで、状況が変わったと語っている。
このエピソードは、従来の広告表現から一歩踏み出すことが、いかに難しかったかを物語っている。
【歴代CMを年表で整理】1978年から2019年の復活、2025年の100周年まで
「ピッカピカの一年生」は、長い放送期間のなかで時代に合わせて映像や歌い手を変えてきた。
ここでは、制作記録や小学館の公式発表、放送ライブラリーなどで確認できる主な出来事を整理する。
この年表で押さえておきたいのは、2019年のCMが一つではないことだ。
同年2月には平井大が歌唱する春のCMが放送されている。その後、12月に約25年ぶりのシリーズ復活が発表され、橋本絵莉子が新たな歌い手として起用された。
この二つは時期も企画上の位置づけも異なる。インターネット上で2019年の歌手について情報が混在しやすい理由の一つだ。
【歴代歌手を検証】平井大・橋本絵莉子・桐谷健太・広末涼子
「ピッカピカの一年生」のCMソングは、親しみやすいメロディーを維持しながら、年度ごとに異なる歌い手が担当してきた。
公式発表で確認できる主な歌唱担当者は次のとおりだ。
1. 平井大:2019年2月のCMは、2019年2月28日から放映された『小学一年生』のCMで歌唱を担当した。
2019年3月5日、小学館の公式記事が歌い手を公表。J-WAVEの番組でも話題になった印象的な歌声の主が平井大であることが紹介された。
平井大は、ウクレレを取り入れた音楽や温かみのある歌声で知られるシンガーソングライター。映画『ドラえもん のび太の月面探査記』の主題歌「THE GIFT」でも注目を集めていた時期だった。
明るさと柔らかさを感じさせる歌声が、新しい生活を迎える子どもたちの映像と組み合わされた。
2. 橋本絵莉子:2019年12月の復活CMは、元チャットモンチーのボーカル・ギター担当として知られるアーティストだ。
2019年12月2日、約25年ぶりに復活したCMシリーズの歌唱を担当した。
小学館の発表によれば、橋本自身も翌春に小学一年生になる子どもを持つ親であり、小学生時代に親と一緒にこのメロディーを歌っていた思い出があったという。
懐かしいCMソングを、大人になった橋本が歌うという構図には、親世代と新一年生を結びつける意味もあった。
復活版では全国から100人以上の子どもたちを撮影。テレビCMに加え、公式YouTubeやSNSでも映像が公開された。
3. 桐谷健太:2020年12月のCMは、2020年12月16日に公開された2021年度版CMの歌唱を担当した。
TBS系ドラマ『ROOKIES』などで知られ、CMソング「海の声」でも大きな話題を集めた俳優・歌手だ。
小学館の公式記事によれば、桐谷は自身も子どもの頃からこのCMを見ていたと語っている。
加えて、翌春に子どもが小学一年生になるタイミングでもあり、親としての実感も重なる起用だった。
当時は新型コロナウイルス感染症の影響が続いていた時期。新しい学校生活を迎える子どもたちを明るく応援するCMとして公開された。
4. 広末涼子:2021年12月のCMは、2021年12月15日から放送された2022年度版のCMソングを担当した。
小学館の発表では、2019年の復活から3年目の起用と紹介されている。
広末は、子どもたちの元気や笑顔が未来を明るく照らすという思いを込めて歌唱した。
橋本絵莉子、桐谷健太から引き継いだ歌声は、シリーズの新しい年度を彩るものとなった。
原版の歌手についてはどうなのか?ここは歴代歌手を調べる際に注意したいポイントだ。
1984年の放送ライブラリーの作品情報には、音楽担当として「まぶたひとえ」の記載がある一方、歌手名は掲載されていない。
そのため、作曲者や音楽制作担当者と、実際の歌唱者を同じ人物として扱うことはできない。
少なくとも、現在確認できる公式アーカイブの制作記録と、2019年以降の小学館の歌唱担当者発表は、分けて読む必要がある。
【人気の理由を分析】なぜ「ピッカピカの一年生」は何十年も記憶に残るのか?
このCMが長く愛される理由は、単にメロディーが覚えやすいからではない。
映像の作り方、登場人物の選び方、放送される時期という三つの要素が、うまく結びついている。
理由1:子どもたちの自然な表情が主役最大の特徴は、芸能人や演技経験のある子役ではなく、実際に小学校へ入学する一般の子どもたちを主役にしていることだ。
子どもたちはカメラの前で、自分の言葉で新生活への期待や意気込みを話す。
そこには、練習されたセリフでは生まれにくい言葉の選び方や表情がある。
言い間違いや方言、少し照れた笑顔なども含めて、子どもたちの個性が映像に残る。
杉山が目指したリアリティは、今見てもこのCMの大きな魅力になっている。
理由2:毎年新しい子どもたちが登場するCMシリーズには、毎年異なる新一年生が登場する。
そのため、同じメロディーを使い続けても、映像がマンネリ化しにくい。
1970年代に見た人は、当時の子どもたちの姿を思い出す。2019年の復活版を見た人は、令和の新一年生の表情を楽しめる。
主役となる子どもたちは毎年入れ替わるが、入学前の期待と少しの緊張という感情は変わらない。
この構造こそ、長期シリーズを成立させている大きな理由だ。
理由3:春の入学シーズンと結びついている「ピッカピカの一年生」は、春という季節と強く結びついている。
桜、新しいランドセル、入学式、初めての教室。
これらは多くの日本人に共通する記憶であり、CMの短い映像やメロディーをきっかけに、自分の小学校入学時代を思い出すこともある。
広告として考えると、毎年同じ季節に新しい主役を登場させる仕組みが、ブランドの記憶を更新し続けているわけだ。
理由4:短いサウンドロゴが強い記憶を生むCMソングは、長い歌詞や複雑なメロディーで構成されているわけではない。
短く、リズムがあり、言葉と音が一致している。
そのため、子どもでも覚えやすく、大人になってからも思い出しやすい。
小学館が2016年に紹介した昭和の懐かしいCMフレーズランキングでは、「ピッカピカの一年生」が1位に選ばれたこともある。
加えて、2019年の復活版について小学館は、2020年12月の発表で、前年のTwitterで960万回以上、YouTubeで360万回以上の再生があったと報告している。
これは懐かしさだけでなく、現役の新一年生やその家族にも届いたことを示す一つの材料だ。
【2026年最新情報】小学一年生の創刊100周年とCMの現在
2025年は、『小学一年生』にとって大きな節目だった。
1925年に創刊された同誌は、2025年2月21日発売の4月号で創刊100周年を迎えた。
この記念企画では、従来のCMシリーズだけでなく、音楽や駅のメロディー、記念ムービーなど、さまざまな形でブランドの歴史が振り返られた。
山本彩が歌う100周年記念ソング「ボクたちのスタート」は、創刊100周年を記念したテーマソング「ボクたちのスタート」の歌唱を担当した。
小学館は2025年2月4日に起用を発表し、2月21日から楽曲の公開を開始した。
この楽曲はテレビCM、ラジオCM、創刊100周年記念ムービー、イベント、屋外ビジョンなどで使用された。
テーマは「みんななにかの1年生」。
子どもだけでなく、大人も新しい挑戦を始めるときには一年生になるという考え方が込められている。
ここで間違えやすいのが、山本彩の楽曲と従来の「ピッカピカの一年生」のCMソングを同一視することだ。
山本が歌ったのは、100周年を記念して制作された別のテーマソング。従来のCMジングルの歴代歌唱者として扱うのは正確ではない。
神保町駅では「ピッカピカの一年生」が駅メロに創刊100周年企画では、東京都交通局との連携も実施された。
2025年2月21日から、都営三田線の神保町駅で電車の到着メロディーを「ピッカピカの一年生」のメロディーに変更する取り組みが始まった。
小学館の編集部がある神保町という場所と、長年親しまれてきたCMのサウンドロゴを結びつけた企画だ。
また、ホームドアには『小学一年生』の100年の歴史を振り返る広告が掲出された。
この展開は、テレビCMの枠を超えて、街の風景の中にブランドの記憶を残そうとする試みでもある。
2026年現在、新しいCM歌手は発表されている?2026年11月時点では、確認できる小学館の公式発表に基づき、2026年度版の「ピッカピカの一年生」CMについて新しい歌唱担当者を断定できる情報は見当たらない。
一方、『小学一年生』の公式サイトでは、2026年度誌面で活躍する新一年生モデルの発表や、関連商品・企画の情報が掲載されている。
創刊100周年を終えた後も、雑誌そのものの展開は続いている。
2026年2月18日には、公式100周年サイトで小学一年生関連の新商品情報も掲載された。
したがって、2025年の100周年企画をもって『小学一年生』や「ピッカピカの一年生」の歴史が終わったわけではない。
【よくある質問】ピッカピカの一年生に関するFAQ
Q1:「ピッカピカの一年生」のCMはいつから始まった?
1978年から放送された。企画制作は1977年に始まっており、杉山恒太郎や安西俊夫らが関わった。
Q2:2019年に復活したCMを歌っていたのは誰?
約25年ぶりに復活した2019年12月のシリーズでは、橋本絵莉子が歌唱を担当した。ただし、同年2月の通常CMでは平井大が歌っているため、二つを区別する必要がある。
Q3:「ピッカピカの一年生」の作詞・作曲者は誰?
作詞は杉山恒太郎、作曲は吉江一男。吉江は「まぶたひとえ」という名義で活動していた。
Q4:植田正治の『童暦』はCMとどう関係している?
CMの企画者である杉山恒太郎が、発想の参考にした写真集の一つ。子どもたちの自然な姿を映像に取り入れる考え方に影響を与えた。
Q5:広末涼子は何年度のCMソングを担当した?
2021年12月に公開された2022年度版のCMで歌唱を担当した。
Q6:2025年の山本彩の曲も「ピッカピカの一年生」なの?
山本彩が担当したのは、創刊100周年記念テーマソング「ボクたちのスタート」。従来のCMジングルとは別の楽曲である。
「ピッカピカの一年生」は、1978年に小学館『小学一年生』のテレビCMとして登場した。
その誕生には杉山恒太郎の広告表現へのこだわりがあり、植田正治の『童暦』から受けた影響や、ビデオ撮影を取り入れた革新的な演出があった。
そして、全国の子どもたちの自然な表情を主役にしたことで、単なる雑誌広告を超え、春の風物詩として親しまれるようになった。
2019年には約25年ぶりにシリーズが復活。平井大、橋本絵莉子、桐谷健太、広末涼子と、時代ごとに異なる歌い手がメロディーを受け継いだ。
さらに2025年には『小学一年生』が創刊100周年を迎え、山本彩による記念テーマソングや神保町駅の駅メロなど、新たな展開も実現した。
【プロの結論】このCMの本当の価値は「毎年、新しい一年生が主役になること」広告の世界では、同じブランドを長く認知してもらうために、印象的なコピーや音楽が重視される。
しかし、このCMが長く愛されてきた理由は、それだけではない。
変わらないメロディーと、毎年変わる子どもたちの姿。この二つの組み合わせが、世代を超えるブランド体験を生み出している。
昔のCMを懐かしむ大人にとっては、自分の小学校時代を思い出すきっかけになる。一方、これから入学する子どもたちにとっては、自分たちが新しい一年生になることを実感する機会になる。
1978年から2026年まで、時代や歌い手が変わっても、入学を迎える子どもたちの期待や笑顔は変わらない。
それこそが、「ピッカピカの一年生」が単なる懐かしいCMで終わらず、今も語り継がれる理由なのだ。
主な参照資料:小学館公式発表・『小学一年生』公式サイト・放送ライブラリー・文化放送・マネーポストWEB(週刊ポスト取材記事)