駆け抜けて軽トラは、松竹芸能に所属していた男女お笑いコンビです。メンバーは、餅田コシヒカリと小野島徹の2人。結成当初から、見た目や性格、芸人としての経験が対照的なコンビとして活動していました。
M-1グランプリ公式サイトのコンビ情報では、結成年は2017年12月1日と記録されています。
餅田コシヒカリのプロフィール
餅田コシヒカリ
- 本名:持田ひかり
- 生年月日:1994年4月18日
- 出身地:宮城県
- 所属:松竹芸能
- 主な活動:タレント、ものまね、ファッション関連
餅田コシヒカリは、フリーアナウンサーの加藤綾子に似た顔立ちと、親しみやすいキャラクターで注目を集めました。
もともとは女優を目指して上京した経歴があり、芸人として活動することが最初からの目標だったわけではありません。
その後、ものまねやバラエティー番組への出演を通じて知名度を高め、YouTubeではメイクやファッションなど、女性視聴者に向けた発信にも取り組んできました。
小野島徹のプロフィール
小野島徹(現在:小野島トオル)
- 生年月日:1987年9月16日
- 出身地:埼玉県
- 所属:松竹芸能
- 主な活動:お笑い、脚本、ピンネタ、ロケなど
小野島徹は、コンビ時代のネタ作りを担っていた人物です。
餅田のキャラクターを生かしたネタを構成し、ものまねやコントでコンビの個性を引き出していました。
2025年7月の解散後は「小野島トオル」に改名。芸人としての活動を継続しています。
2人のプロフィールは、M-1グランプリ公式サイトと松竹芸能の公表情報で確認できます。
【ブレイクのきっかけ】2019年のモノマネ優勝と「おもしろ荘」出演

駆け抜けて軽トラの名前が全国的に知られるようになった大きな転機は、2019年のテレビ出演でした。
2019年12月14日「ザ・細かすぎて伝わらないモノマネ」で優勝2019年12月14日放送の『ザ・細かすぎて伝わらないモノマネ』で、駆け抜けて軽トラは「昭和ポルノの世界」シリーズを披露しました。
このネタで優勝を果たし、コンビとして大きな注目を浴びます。
特に印象的だったのは、餅田のカトパンものまねを前面に出すだけではなく、小野島の発想や構成力を生かした独自の世界観を作り上げたことです。
餅田の見た目のインパクトだけに頼らず、2人の掛け合いによって笑いを生み出した点が、コンビとしての強みでした。
2020年1月「ぐるナイ・おもしろ荘」に出演続いて、2020年1月1日放送の日本テレビ系『ぐるぐるナインティナイン』内の若手芸人発掘企画「おもしろ荘」に出演しました。
「おもしろ荘」は、後に人気芸人となる若手が出演してきた番組です。
駆け抜けて軽トラも出演者の一組として登場し、テレビを通じてさらに多くの視聴者に知られるようになりました。
ただし、おもしろ荘で優勝したわけではありません。 2019年のモノマネ番組での優勝と、2020年のおもしろ荘出演は区別して理解する必要があります。
YouTubeチャンネルでも人気を獲得テレビ出演と並行して、コンビのYouTubeチャンネル「駆け抜けて軽トラチャンネル」でも活動していました。
松竹芸能が2023年に発表した単独ライブの告知資料では、食事交換動画やカップルヨガ企画などを紹介し、チャンネルの総再生回数は約1,800万回と公表しています。
テレビでは見せにくい日常的な掛け合いや、2人の体格差を生かした企画が特徴でした。
また、2024年4月には単独ライブ「寄書宿儺」を開催。解散前年まで、劇場での活動も続けていました。
【解散理由を徹底検証】2025年7月31日に何があったのか?
駆け抜けて軽トラの解散について、最も重要なのは、2025年7月2日に発表され、同月31日をもって正式に解散したという事実です。
所属事務所の松竹芸能は、公式サイトで解散を発表しました。
解散の直接的な理由は仕事の方向性の違い2025年7月2日、2人は公式YouTubeチャンネルで解散を報告しました。
報道された発表内容によると、餅田が新しいジャンルに挑戦したいという希望を持ち、2024年2月ごろに小野島へ伝えたことが、解散に向かうきっかけでした。
餅田が希望していたのは、芸人としての活動だけに限定せず、タレントやプロデュース業など、幅広い分野に挑戦することです。
特に力を入れたいと考えていたのが、プラスサイズの人に向けたファッションや情報発信でした。
餅田は、もともと女優を目指して上京しており、芸人以外にも取り組みたい仕事があったことを説明しています。
餅田コシヒカリが語った芸人活動への思い日刊スポーツの報道によると、餅田はコンビ結成当初、芸人としての活動に十分向き合えていなかったと振り返っています。
最初の2〜3年は、芸人としての楽しさを実感できない時期もあったといいます。
しかし、小野島と活動する中で、ネタが受ける喜びや、お笑いそのものの面白さを感じるようになりました。
解散発表の際には、小野島への感謝を伝え、コンビを組んでよかったという思いを涙ながらに語りました。
これは単に芸人を辞めるという話ではなく、8年間の経験を経て、自分が次に進みたい方向を見つけたという側面があります。
小野島徹は芸人を続ける道を選択一方、小野島は芸人としての活動を継続する意向を示しました。
解散発表時には、栃木県に移住して活動することに触れ、役者、脚本、ピンネタ、ロケなどにも挑戦していきたいと説明しています。
また、餅田が芸人としての活動から離れることについて寂しさはあるものの、8年間の活動があったからこそ決断を受け入れられたという趣旨の発言もしています。
本当に不仲による解散だったのか?ここは検索する読者が特に気になる部分です。
小野島は日刊スポーツの取材に対して、けんか別れではなく、それぞれの道が変わってきたことによる解散だと説明しています。
加えて、仕事現場で一緒になれば共演する可能性もあるとして、関係が悪化して別れたわけではないことを伝えました。
松竹芸能の公式発表でも、2人は引き続き同じ事務所に所属して活動すると明記されています。
つまり、解散を不仲やトラブルに結び付ける根拠は、公表された説明には見当たりません。
解散についての要点
餅田コシヒカリは新しい分野に挑戦し、小野島トオルは芸人を続ける。それぞれの将来像を尊重した、方向性の違いによる解散だった。
【活動の年表】結成から解散までの8年間を整理
ここまでの活動を時系列で整理すると、駆け抜けて軽トラがどのように知名度を高め、なぜ別々の道を選ぶことになったのかが分かります。
この年表で注目したいのは、2025年の解散が突然生じた出来事ではなかったことです。
餅田は2024年ごろから将来の活動について考え、小野島も栃木を拠点にした個人活動を見据えていました。
コンビの活動が終わるまでには、それぞれが次の仕事へ進むための準備期間があったことがうかがえます。
【2026年最新】餅田コシヒカリの現在は?ブランドプロデュースと地域活動
2026年の餅田コシヒカリは、コンビ解散前に希望していた多方面での活動を具体的な形にしています。
特に注目したいのが、アパレルブランドの立ち上げと、南魚沼市との地域交流です。
1. プラスサイズブランド「Moturé」をプロデュース2026年5月、餅田コシヒカリがクリエイティブディレクターを務めるアパレルブランド「Moturé(モチュレ)」が本格始動しました。
松竹芸能の発表によると、株式会社SUPER MARKITとの共同プロジェクトとして展開されています。
ブランドのコンセプトは、英語の「More True」を由来とする「もっと自分らしく」です。
体型や固定観念に縛られず、ファッションを楽しめることを目指しています。
特徴は次のとおりです。
- ブランド名:Moturé(モチュレ)
- クリエイティブディレクター:餅田コシヒカリ
- 本格始動:2026年5月17日
- サイズ展開:M〜5L
- コンセプト:もっと自分らしく
- 主な方向性:大人ガーリーとトレンド感を組み合わせたファッション
M〜5Lというサイズ展開は、幅広い体型の人がファッションを楽しめるようにするための取り組みです。
餅田自身がプラスサイズの女性として活動してきた経験を、商品やブランドの企画に反映させている点も特徴です。
コンビ解散時に語っていた「プラスサイズの方に向けた発信」や「洋服のプロデュース」という目標が、2026年に実際の事業として形になったわけです。
2. 南魚沼市交流大使に就任2026年2月3日、南魚沼市は餅田コシヒカリを南魚沼市交流大使に委嘱したと発表しました。
交流大使の目的は、南魚沼市の自然、食、文化、観光資源などの魅力を発信し、交流人口を増やすことです。
南魚沼市の公式発表によると、餅田は「おにぎりサミット」や「南魚沼市ふるさと応援隊感謝祭」へのゲスト参加などを通じて、市との交流を深めてきました。
タレントとしての知名度だけでなく、食や地域の魅力を伝える役割も担うようになっています。
3. タレント活動やYouTubeも継続餅田はコンビ解散後も松竹芸能に所属しています。
所属事務所のプロフィールでは、仙台放送の『あらあらかしこ』への不定期出演が掲載されています。
また、個人のYouTubeチャンネルでは、メイクやファッションを中心とした情報を発信しています。
テレビ、SNS、YouTube、アパレル、地域活動と、活動の幅が広がっていることが2026年の特徴です。
【2026年最新】小野島トオルの現在は?栃木を拠点に芸人活動を継続
小野島徹は、解散後に芸名を「小野島トオル」に変更し、ピン芸人として活動しています。
コンビ解散によって芸能活動そのものを終了したわけではありません。
むしろ、以前から希望していた栃木での活動を中心に、新たな仕事の機会を広げています。
1. 栃木県高根沢町を拠点に活動小野島は2024年10月、妻の実家がある栃木県高根沢町に家族で移住したと報じられています。
この移住はコンビ解散発表時にも本人が説明していた活動上の転換点です。
コンビ時代の東京中心の活動から、栃木を拠点にした芸人活動へと環境が変わりました。
2026年3月のとちぎテレビの報道では、ピン芸人として同局の番組にレギュラー出演するなど、栃木県内で活動していることが紹介されています。
2. 2026年3月に「とちぎ未来大使」に就任2026年3月12日、小野島トオルは栃木県の「とちぎ未来大使」に就任しました。
これは、栃木県内外で活躍する人物に、県の魅力を発信してもらう取り組みです。
とちぎテレビの報道によると、小野島は高根沢町に住み、芸人としての活動に加えて地域との関わりも深めています。
具体的には、地元の消防団への参加や、実家の農業を手伝って米作りに携わる姿も紹介されました。
芸人としてテレビに出演するだけではなく、地域に生活の基盤を置きながら活動している点が特徴です。
3. 今後は脚本・役者・ピンネタなどにも挑戦解散発表時、小野島は芸人を続けることに加えて、役者の仕事、脚本執筆、ピンネタ、ロケなどにも取り組みたいと話していました。
コンビ時代には、餅田の個性を生かしたネタ作りを担ってきました。
その経験は、1人で活動する際にも役立つと考えられます。
特に脚本やネタ作りの能力は、テレビ出演だけではない活動の可能性を広げるものです。
2026年のとちぎ未来大使就任は、栃木を拠点とする芸人としての活動が、地域貢献という新しい役割にもつながった出来事といえます。
今後は全国向けの芸能活動と、栃木県内での地域密着型の活動をどう両立させるかが注目点です。
【よくある誤解を整理】駆け抜けて軽トラの解散と2人の関係
解散のニュースが広がったことで、ネット上ではさまざまな疑問も生まれました。ここでは、特に混同されやすいポイントを整理します。
解散は不仲が原因だった?公表された説明では、けんか別れではなく、それぞれの仕事の方向性が変わったことが理由です。
小野島も、餅田が芸人活動を離れることに寂しさを感じながら、8年間の活動を経て決断を受け入れたと話しています。
小野島徹と小野島トオルは別人?同一人物です。
コンビ解散後に芸名を変更しました。現在の活動名は「小野島トオル」です。
餅田コシヒカリは芸人を完全に引退した?コンビを解散したのであって、芸能界を引退したわけではありません。
タレント活動を続け、ファッションブランドのプロデュースなどにも取り組んでいます。
2人は松竹芸能を退所した?松竹芸能の2025年7月2日の発表では、2人とも引き続き同事務所に所属して活動すると説明されています。
コンビ解散と事務所退所は別の話です。
YouTubeチャンネルはどうなった?解散発表は「駆け抜けて軽トラチャンネル」で行われました。
報道によると、コンビとしての最後のYouTube更新は2025年7月30日とされていました。
したがって、チャンネルは解散報告やコンビ時代の活動を振り返る資料としても意味があります。ただし、解散後の更新状況については、当時の告知だけから継続・終了を断定できません。
【駆け抜けて軽トラ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:駆け抜けて軽トラはいつ解散しましたか?
A1:2025年7月31日です。松竹芸能は同年7月2日に解散を正式発表しました。
Q2:駆け抜けて軽トラの解散理由は何ですか?
A2:餅田コシヒカリがプラスサイズファッションやプロデュース業など新しい分野に挑戦したいと考えたことと、小野島徹が芸人を続ける道を選んだことが主な理由です。
Q3:駆け抜けて軽トラのメンバーは誰ですか?
A3:餅田コシヒカリと小野島徹の2人です。小野島は解散後、小野島トオルに改名しています。
Q4:駆け抜けて軽トラは何で優勝しましたか?
A4:2019年12月14日放送の『ザ・細かすぎて伝わらないモノマネ』で「昭和ポルノの世界」を披露し、優勝しました。
Q5:餅田コシヒカリは2026年現在何をしていますか?
A5:タレント活動を継続し、2026年にはアパレルブランド「Moturé」のクリエイティブディレクターを務めています。また、南魚沼市交流大使にも就任しました。
Q6:小野島トオルは現在どこで活動していますか?
A6:栃木県高根沢町を拠点にピン芸人として活動しています。2026年3月には、とちぎ未来大使にも就任しました。
Q7:駆け抜けて軽トラは円満解散だったのでしょうか?
A7:本人たちはけんか別れではないと説明しています。お互いの今後の活動を尊重した解散で、2人とも松竹芸能への所属を継続しています。
駆け抜けて軽トラは、2017年の結成から約8年間、テレビや劇場、YouTubeなど幅広い場所で活動してきたコンビです。
2019年の『ザ・細かすぎて伝わらないモノマネ』優勝、2020年の『ぐるナイ・おもしろ荘』出演など、印象的な実績を残しました。
2025年7月31日の解散は、餅田コシヒカリがファッションやプロデュース業など新しい分野に挑戦し、小野島トオルが芸人として活動を続けるための選択でした。
2026年には、餅田が「Moturé」の立ち上げと南魚沼市交流大使への就任を実現。小野島も栃木での芸人活動を続け、とちぎ未来大使に就任しています。
駆け抜けて軽トラというコンビは解散しましたが、2人の芸能活動は終わっていません。
コンビとしての成功をそれぞれの新しいキャリアにつなげていることこそ、2026年現在の2人を理解するうえで押さえておきたいポイントです。
今後も、餅田コシヒカリのファッション・タレント活動と、小野島トオルの栃木を拠点とした芸人活動の両方に注目が集まりそうです。