2026年現在、クリスタルキングの名前を引き継ぐ活動の中心人物は、創設者でリーダーのムッシュ吉﨑です。
一方、「大都会」で高音パートを担当した田中昌之は、グループを離れてソロ歌手として活動しています。
この違いを理解するうえで重要なのが、2010年3月26日の横浜地裁判決です。
判決文では、1998年以降、クリスタルキングで専属的に音楽活動を行っていたのは、リーダーの吉﨑のみだったと認定されています。つまり、かつての7人編成と、現在のクリスタルキングの活動体制は別のものとして考える必要があります。
ムッシュ吉﨑の現在
ムッシュ吉﨑(吉﨑勝正)
- 担当:低音ボーカル・パーカッション
- 役割:創設者・リーダー
- 出身:山口県下関市
- クリスタルキングの活動を継承する中心人物
ムッシュ吉﨑は、1971年に長崎県佐世保市でクリスタルキングを結成した人物です。
公式プロフィールでは、本名を吉﨑勝正とし、アーティスト名義についても「CRYSTALKING=ムッシュ吉﨑」と明記しています。
また、株式会社クリスタルキングカンパニーの事業内容には、音楽活動、実演活動、企画・演出などが記載されています。
1984年の「愛をとりもどせ!!」は、田中昌之とのツインボーカルによる作品でした。その後はムッシュ吉﨑を中心とした形で、同曲のセルフカバーなども発表しています。
なお、公式プロフィールに掲載されている沿革は2008年までの情報が中心です。2026年の具体的な公演日程や活動頻度については、同ページだけでは判断できません。
田中昌之の現在
田中昌之
- 生年月日:1951年6月30日
- 出身:佐賀県伊万里市
- 担当:高音ボーカル
- 現在:ソロ歌手
- 活動名義:田中昌之
田中昌之は、1986年に一度クリスタルキングを脱退した後、ソロ歌手として活動してきました。
一時期は「田中雅之」の芸名を使用していましたが、2013年2月から本名の田中昌之に戻しています。公式プロフィールには、仮面ライダーシリーズやウルトラマンシリーズ、ゲーム関連作品などの歌唱実績も紹介されています。
2026年7月には、目黒のライブ会場「BLUES ALLEY JAPAN」でバースデーライブを開催。日刊スポーツも、田中がクリスタルキング時代のマネージャーと41年ぶりに再会したことを報じています。
75歳を迎えた2026年も、ライブ活動を続ける現役歌手です。
ここで押さえておきたいのは、田中昌之が現在のクリスタルキングのメンバーとして活動しているわけではないことです。 元メンバーとしての実績と、現在のソロ活動は分けて理解する必要があります。
【結成から大都会まで】クリスタルキングの歴代メンバー7人とプロフィール

クリスタルキングは、1971年にムッシュ吉﨑を中心として長崎県佐世保市で結成されました。
結成当初から現在知られる7人編成だったわけではありません。加入と脱退を繰り返しながら、1970年代後半に代表的なメンバー構成が整っていきました。
佐世保の米軍キャンプやディスコで洋楽を演奏していたことも、彼らの音楽的な特徴を形づくった背景です。
1979年「大都会」当時の7人1979年の「大都会」発売時に在籍していたメンバーは次の7人です。2024年の音楽記事でも、この編成が当時のメンバーとして紹介されています。
1. ムッシュ吉﨑
低音ボーカル・パーカッション。バンドの創設者で、重厚な歌声によって田中の高音を支えた。
2. 田中昌之
高音ボーカル。「大都会」の冒頭を飾る圧倒的なハイトーンで全国的な知名度を獲得した。
3. 山下三智夫
ギター・作曲・ボーカル。「大都会」などの代表曲を生み出した音楽面の重要人物。
4. 中村公晴
ピアノ。「愛をとりもどせ!!」の作詞を担当したメンバー。
5. 今給黎博美
キーボード。作曲にも携わり、バンドのサウンドを支えた。
6. 野元英俊
ベース。バンドのリズムと低音部分を支えた。
7. 金福健
ドラム。初期の代表的な編成でリズムを担当した。
この7人がそろった編成こそ、「大都会」のヒットを支えたクリスタルキングの象徴的な姿です。
歴代メンバーにはどんな人物がいた?その後のメンバー交代では、次の人物たちも在籍しました。
- 川上聡: ギター。
- 福田彰一郎: ギター。
- 上坂哲史: ギター。
- 尾町英司: ベース。
- 秦好樹: ベース・プログラミング。
- 高木和好: ドラム。
- 高岡丈二: ドラム。
- 内田聖治: 1998年以降のボーカル担当。
クリスタルキングは、固定された7人組というよりも、リーダーを中心に演奏者やボーカリストが入れ替わりながら活動を続けてきたバンドでした。
【歴代メンバーの関係と年表】加入・脱退の経緯を一覧で整理
クリスタルキングの歴史を正確に把握するには、結成、メジャーデビュー、田中昌之の脱退、復帰、再脱退という節目を時系列で整理するのが分かりやすいでしょう。
クリスタルキングの主要年表| 時期 | 出来事・メンバー | 主な意味 |
|---|---|---|
| 1971年 | ムッシュ吉﨑が結成 | 佐世保で活動開始 |
| 1973年 | 田中昌之が初参加 | 1974年に一度脱退 |
| 1975年 | 田中が再加入、山下・中村らも参加 | ツインボーカル体制へ |
| 1976年 | 「カモン!ハッスル・ベイビー」 | レコードデビュー |
| 1979年 | 「大都会」 | ポプコン・世界歌謡祭でグランプリ |
| 1980年 | NHK紅白歌合戦 | 全国的な人気を確立 |
| 1984年 | 「愛をとりもどせ!!」 | 『北斗の拳』主題歌 |
| 1984年 | ファンキー末吉がドラマーとして仕事を開始 | サポート参加 |
| 1986年 | 田中・山下・野元らが脱退 | 大きな編成変更 |
| 1995年10月 | 田中が再加入 | ツインボーカルが復活 |
| 1997年12月 | 田中が再脱退 | 再び別々の活動へ |
| 1998年以降 | 吉﨑を中心に活動 | 現在につながる体制 |
| 2010年 | 商標権などをめぐる訴訟の判決 | バンド名をめぐる法的問題に区切り |
| 2026年10月24日 | 中村公晴が死去 | 元メンバーの訃報 |
この年表は、裁判所の判決文、公式プロフィール、ファンキー末吉本人のプロフィールなどを照合したものです。
ファンキー末吉の参加時期はいつ?本名:末吉覚
担当:ドラム
参加時期:1984年
ファンキー末吉は、ロックバンド「爆風スランプ」のドラマーとして知られる音楽家です。
本人の公式プロフィールによれば、1984年にスタジオミュージシャンの仕事の一環として、爆風スランプと並行してクリスタルキングのドラマーの仕事も始めました。
ここで注意したいのは、ファンキー末吉を1979年の「大都会」当時の7人に含めないことです。
彼の参加は1984年であり、初期メンバーとは在籍時期も役割も異なります。正式な固定メンバーとして長期間在籍したという理解より、ドラマーとしてのサポート参加と捉えるのが適切です。
【脱退理由を検証】田中昌之と山下三智夫らが離れた背景
クリスタルキングの歴史で大きな転換点となったのが、1986年と1997年のメンバー離脱です。
特に田中昌之の脱退は、単なるメンバー交代ではありませんでした。バンドが目指す音楽と、歌手個人が追求したい音楽の方向性が異なっていたことが背景にあります。
1986年の脱退理由は音楽的な方向性の違い2013年の日刊ゲンダイの回顧記事では、田中本人の過去の発言をもとに、1986年の独立理由が紹介されています。
田中は、クリスタルキングでは自作自演を重視する方向性があった一方、グループ以外の作家が制作した楽曲も歌いたいという考えを持っていました。
また、クリスタルキングの高音ボーカルという役割に固定され、自分が本当に歌いたいロックを自由に表現できないことへの葛藤もあったとされています。
つまり、脱退の背景は単純な人間関係の問題だけではなく、音楽家としての表現の自由を求めた選択でもありました。
1989年の喉の負傷と歌声の変化田中昌之の人生には、1989年に起きた大きな出来事もあります。
日刊ゲンダイの回顧記事によると、草野球の試合中に打球が喉に当たり、かつてのハイトーンボイスが出なくなりました。
その後、歌声はハスキーな方向へ変化します。
かつての「大都会」の高音を知るファンにとっては、大きな変化でしたが、田中はその後も歌手として活動を続けました。
1995年の復帰と1997年の再脱退1995年10月、田中はクリスタルキングに再加入します。
一度離れた高音ボーカルが戻ったことで、かつてのツインボーカル体制が再び実現しました。
しかし、1997年12月には再び脱退。中村公晴ら他のメンバーも同時期にグループを離れ、1998年以降はムッシュ吉﨑のみが専属的に活動する形になりました。
この時期の経緯については、2010年の裁判資料に重要な記録があります。
裁判所の判決文には、1997年5月ごろ、他のメンバー全員から脱退したいという申し出があり、吉﨑側が年内の仕事を理由に引き留めようとしたという経緯が記載されています。
そのため、田中だけが一方的に追い出されたという単純な説明では、当時の状況を正しく理解できません。
2009年の訴訟と2010年の判決脱退後には、クリスタルキングという名称の使用をめぐる法的問題も発生しました。
2009年、クリスタルキングカンパニー側などが田中に対して商標権侵害などを主張して訴訟を起こしました。
2010年3月26日、横浜地裁は原告側の請求を棄却しました。
この判決では、田中が過去の所属歴を説明するために「クリスタルキング」と表記したことについて、商標権侵害には当たらないと判断されました。
一方、1998年のテレビ番組で田中が「クリスタルキングは解散した」と発言した件については、実際には吉﨑を中心に活動が続いていたため、虚偽の事実の流布に当たると認定されています。ただし、損害賠償請求権は消滅時効により消滅していました。
この判決が示すのは、元メンバーとしての経歴と、現在のバンドの活動主体は別の問題だということです。
【元メンバーの現在】山下三智夫・中村公晴・今給黎博美・野元英俊
歴代メンバーの現在を知りたい読者にとって、特に気になるのが「大都会」時代の演奏を支えたメンバーのその後でしょう。
2026年の状況を整理するうえでは、過去の取材で確認された活動と、現在公表されているプロフィールを区別する必要があります。
山下三智夫:数々の代表曲を生んだギタリスト
山下三智夫
- 生年月日:1952年10月3日
- 担当:ギター・作曲
- 代表的な仕事:「大都会」「蜃気楼」「愛をとりもどせ!!」など
山下三智夫は、クリスタルキングの音楽を作曲面から支えた重要人物です。
「大都会」だけでなく、「愛をとりもどせ!!」の作曲にも携わりました。中村公晴が作詞を担当した同曲は、山下の作曲と組み合わさることで、アニメ史に残る楽曲となりました。
2022年のNEWSポストセブンの田中昌之への取材では、山下は久留米でスナックを経営していると紹介されました。
ただし、これは2022年時点での情報であり、2026年現在の店舗経営状況や音楽活動について新しい公式発表は確認できません。
中村公晴:2026年10月に74歳で死去
中村公晴
- 生年月日:1952年5月30日
- 担当:ピアノ
- 代表的な仕事:「愛をとりもどせ!!」作詞
- 逝去:2026年10月24日
2026年10月25日、元ボーカルの田中昌之が自身のSNSを通じて、中村公晴の訃報を公表しました。
中村は74歳でした。
1975年にクリスタルキングに加入し、1998年まで活動。特に「愛をとりもどせ!!」の作詞を手がけたことでも知られています。
中村の功績は、ピアニストとしての演奏だけではありません。
「大都会」ではピアノを担当し、「愛をとりもどせ!!」では作詞家として作品を支えました。演奏と創作の両面でバンドの代表作に関わった人物です。
今回の訃報は、長年の仲間である田中の公式発表を受けて、複数の音楽ニュースや新聞社が報じました。
死因などの詳細は、報道された訃報では明らかにされていません。
今給黎博美:福岡を中心に音楽制作を継続
今給黎博美
- 生年月日:1953年3月15日
- 担当:キーボード
- 現在の活動:音楽制作・作曲・編曲・演奏サポート
今給黎博美は、キーボード担当としてクリスタルキングのサウンドを支えました。
現在の活動については、アーティスト情報を掲載するTuneCore Japanのプロフィールが参考になります。
同プロフィールでは、クリスタルキング脱退後もCMソングや『北斗の拳』関連楽曲などに携わり、音楽制作、作曲、アレンジ、アーティストサポートを福岡を中心に全国で行っていると紹介されています。
2020年にはシングル「冬の海」も発表しています。
野元英俊:ベース担当として活動したメンバー
野元英俊
- 生年月日:1951年7月28日
- 担当:ベース
- 在籍:1986年まで
野元英俊は、「大都会」時代の7人編成でベースを担当しました。
2022年の田中昌之への取材では、野元は音楽以外の仕事として空港の照明関係の仕事に携わっていると紹介されています。
ただし、2026年の現在も同じ仕事を続けているかについては、新しい公表情報が確認できません。
このように、元メンバーの現在は一様ではありません。音楽制作を続ける人、ソロ歌手としてステージに立つ人、音楽以外の仕事に携わる人など、それぞれ異なる道を歩んでいます。
【名曲と音楽的功績】大都会・愛をとりもどせ!!が残したもの
クリスタルキングの歴史を語るうえで欠かせないのが、「大都会」と「愛をとりもどせ!!」です。
この2曲は、バンドの同じ歴史から生まれた楽曲でありながら、音楽的な魅力や支持される世代が異なります。
「大都会」:ツインボーカルを全国に知らしめた代表曲1979年11月21日に発売された「大都会」は、クリスタルキングを全国的な人気バンドへ押し上げた代表曲です。
1979年の第18回ヤマハポピュラーソングコンテスト全国大会と、第10回世界歌謡祭でグランプリを獲得。1980年には第31回NHK紅白歌合戦にも出場しました。
累計売上は150万枚を超える大ヒットとして紹介されています。
この曲の最大の特徴は、田中昌之の高音とムッシュ吉﨑の低音が交互に響く構成です。
単純に高音が目立つだけではありません。低音が曲の重心を作り、高音が一気に空間を広げるという対照的な歌唱が、楽曲全体の迫力につながっています。
「愛をとりもどせ!!」:北斗の拳とともに広がった名曲1984年に発表された「愛をとりもどせ!!」は、テレビアニメ『北斗の拳』の主題歌として知られています。
この曲では、ムッシュ吉﨑と田中昌之のツインボーカルが再び大きな役割を果たしました。
加えて、作詞は中村公晴、作曲は山下三智夫という、歴代メンバーの才能が結集した作品でもあります。
その後も2004年のセルフカバー、2006年の劇場版関連作品などで楽曲が再び取り上げられました。
アニメファンだけでなく、ゲームやパチスロなどを通じて知った世代にも浸透しています。
2曲を比較すると分かるクリスタルキングの魅力| 比較項目 | 大都会 | 愛をとりもどせ!! |
|---|---|---|
| 発表年 | 1979年 | 1984年 |
| 関連作品 | オリジナル楽曲 | 北斗の拳 |
| 高音ボーカル | 田中昌之 | 田中昌之 |
| 低音ボーカル | ムッシュ吉﨑 | ムッシュ吉﨑 |
| 作曲 | 山下三智夫 | 山下三智夫 |
| 主な魅力 | 壮大な歌唱と都会的な世界観 | 力強いロックサウンドと熱量 |
2曲に共通するのは、異なる音域のボーカルが一つの作品の中で役割を持っていることです。
クリスタルキングの魅力は、特定の歌手の声量だけでは説明できません。作曲、演奏、編曲、そして2人のボーカルが組み合わさって完成した音楽的な個性にあります。
【プロの結論】クリスタルキングのメンバーを調べるときの3つの判断基準
クリスタルキングのメンバー情報には、現在のメンバーと歴代メンバーが混在しています。
特に検索結果では、1979年当時の7人編成を現在のメンバーとして紹介するケースや、サポート参加したミュージシャンを正式な在籍メンバーと同じように扱うケースがあります。
混乱を避けるには、次の3点を押さえることが重要です。
1. 1979年当時の7人と現在の活動体制を区別する
「大都会」の7人編成は歴史的な事実ですが、2026年の現体制とは異なります。現在のクリスタルキングの名義を継承する人物はムッシュ吉﨑です。
2. 田中昌之の脱退・復帰を一度の出来事として扱わない
田中は1986年に脱退し、1995年10月に再加入、1997年12月に再び脱退しました。脱退理由も音楽的な方向性や当時のバンド事情を分けて考える必要があります。
3. 元メンバーの現在は情報の基準日を確認する
2022年のインタビュー情報と2026年の公式プロフィールは同じ時点の情報ではありません。現在の職業や活動については、いつ公表された情報なのかが判断材料になります。
クリスタルキングは、単なる懐かしのヒット曲を生み出したバンドではありません。長期にわたるメンバー交代、音楽性の違い、法的な問題を経ても、作品そのものが世代を超えて聴き継がれている点に大きな価値があります。
【クリスタルキングのメンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年現在のクリスタルキングのメンバーは誰ですか?
現在のクリスタルキングの中心人物は、創設者のムッシュ吉﨑です。公式プロフィールでも「CRYSTALKING=ムッシュ吉﨑」とされています。田中昌之は元メンバーで、現在はソロ歌手として活動しています。
Q2:田中昌之がクリスタルキングを脱退した理由は何ですか?
1986年の脱退については、音楽的な方向性の違いが大きな理由として報じられています。自分が歌いたい楽曲を自由に表現したいという思いがありました。1995年に復帰しましたが、1997年12月に再び脱退しました。
Q3:ファンキー末吉はクリスタルキングの正式メンバーだったのですか?
本人の公式プロフィールでは、1984年にドラマーとして仕事を始めたと説明されています。初期の7人編成には含まれず、サポート参加として区別するのが適切です。
Q4:中村公晴は現在どうしていますか?
中村公晴は2026年10月24日未明に74歳で亡くなりました。田中昌之が翌25日にSNSで公表しています。「愛をとりもどせ!!」の作詞を手がけた人物です。
Q5:山下三智夫は何を担当していましたか?
山下三智夫はギターと作曲を担当しました。「大都会」や「愛をとりもどせ!!」などの作曲に携わった、クリスタルキングの音楽面を支えた重要人物です。
クリスタルキングは、1971年の結成から50年以上にわたる歴史を持つロックバンドです。
「大都会」を生んだ1979年の7人編成、田中昌之とムッシュ吉﨑によるツインボーカル、そして1986年以降のメンバー交代は、バンドの歴史を理解するうえで欠かせません。
2026年現在の状況を整理すると、次のようになります。
- ムッシュ吉﨑: クリスタルキングの創設者で、現在の名義を継承する中心人物。
- 田中昌之: 元高音ボーカル。ソロ歌手として2026年もライブ活動を継続。
- 山下三智夫: 「大都会」などを作曲したギタリスト。
- 中村公晴: 「愛をとりもどせ!!」の作詞者。2026年10月24日に逝去。
- 今給黎博美: 音楽制作や作曲、アレンジなどに携わる。
- 野元英俊: 元ベーシスト。2022年の取材では音楽以外の仕事も紹介された。
- ファンキー末吉: 1984年にドラマーとして参加。
クリスタルキングの魅力を語る際には、現在のメンバー数だけでなく、歴代メンバーがそれぞれ残した音楽的な功績にも目を向けたいところです。
田中昌之のハイトーン、ムッシュ吉﨑の低音、山下三智夫の作曲、中村公晴の作詞。それぞれの才能が重なったからこそ、「大都会」と「愛をとりもどせ!!」は今も聴き継がれています。
バンドの現在を知ることと、その歴史を知ること。その両方が、クリスタルキングという音楽集団を正しく理解する鍵です。