2026年11月現在、ニューヨーク・メッツで活躍する日本人選手として注目されているのが、背番号34の千賀滉大です。2023年のMLBデビューから先発投手として実績を積み上げてきましたが、2026年シーズンは成績が低迷し、シーズン途中から救援投手へ配置転換されました。今後の起用法にも関心が集まっています。
一方、メッツには千賀以前にも野茂英雄、吉井理人、新庄剛志、松井稼頭央ら多くの日本人選手が在籍してきました。藤浪晋太郎も2024年に球団と契約しています。ただし、球団組織に在籍した人数と、メッツのメジャー公式戦に出場した人数は同じではありません。歴代選手の経歴と成績を整理すると、その違いが明確になります。
【2026年最新】メッツの日本人選手は千賀滉大!背番号34と現在の状況

2026年のニューヨーク・メッツで、日本人選手としてメジャーリーグ公式戦に出場しているのは千賀滉大です。背番号は34番。愛知県蒲郡市出身で、福岡ソフトバンクホークスからMLBに挑戦した右腕です。
千賀は2023年にメッツへ加入し、MLBデビューシーズンから実力を発揮しました。29試合に先発して12勝7敗、防御率2.98、166回1/3を投げて202奪三振を記録。ナショナルリーグのオールスターにも選出され、新人王投票でも2位に入りました。
千賀滉大の2026年シーズン成績2026年の成績は、デビュー当初の期待とは対照的な数字になっています。MLB公式選手データおよびシーズン終了時の記録によると、主な成績は次のとおりです。
- 背番号:34
- 登板:31試合
- 先発登板:8試合
- 勝敗:0勝9敗
- 防御率:7.34
- 投球回:61回1/3
- 奪三振:75
- セーブ:8
- WHIP:1.65
特に注目したいのは、登板31試合のうち先発が8試合にとどまっている点です。千賀はシーズン途中まで先発ローテーションを担っていましたが、安定した投球を続けられず、6月には救援への配置転換が発表されました。
先発からリリーフへ。千賀の役割はどう変わった?2026年8月からは、1イニングを中心とした救援投手として起用されるようになりました。速球とフォークボールを軸にした短いイニングでの投球は、先発時とは異なる可能性を示しています。
MLB.comが9月26日に掲載したシーズン総括では、救援転向後の千賀は16回2/3を投げて防御率3.78、22奪三振を記録したと報じられています。シーズン全体の防御率7.34と比較すると、救援での投球内容には改善が見られました。
ただし、救援での好成績は限られた投球回数での結果です。年間を通じて安定した成績を残せるかは、別の評価が必要になります。
加えて、千賀本人は先発投手としての復帰を希望しています。一方、球団側は若手先発投手の台頭も踏まえ、2027年のローテーションや救援陣の構成を検討する立場です。
2026年9月のMLB公式報道では、千賀の2027年の役割は未確定とされました。トレードの可能性も取り沙汰されており、契約上は2027年まで残るものの、メッツでどのポジションを担うかはオフシーズンの焦点です。
2026年の千賀を評価する際は、シーズン全体の防御率だけでなく、先発時と救援時の成績を分けて見ることが重要です。2023年のオールスター右腕が再び先発として輝くのか、それとも救援投手として新しい役割を確立するのか。2027年に向けた大きな注目点となっています。
【歴代一覧】ニューヨーク・メッツに在籍した日本人選手15人を年代順に整理
メッツは日本人選手との関係が深いMLB球団の一つです。球団の2020年版公式メディアガイドには、日本生まれでメッツの試合に出場した選手として13人が掲載されています。その後、千賀滉大が加わり、メジャー公式戦出場者は14人になりました。
加えて、2024年には藤浪晋太郎が球団組織に加わっています。この選手も含めると、マイナーリーグでの在籍・出場まで含めた日本生まれの選手は15人です。
メッツ歴代日本人選手の一覧| 選手名 | 在籍年度 | 主な実績・メッツでの記録 | 出場区分 |
|---|---|---|---|
| 柏田貴史 | 1997年 | 35試合、3勝1敗、防御率4.31 | MLB |
| 野茂英雄 | 1998年 | 17試合、4勝5敗、防御率4.82 | MLB |
| 吉井理人 | 1998~1999年 | 2年間で18勝。先発ローテーションを担当 | MLB |
| 新庄剛志 | 2001年・2003年 | 2001年に打率.268、10本塁打 | MLB |
| 小宮山悟 | 2002年 | 25試合、防御率5.61 | MLB |
| 松井稼頭央 | 2004~2006年 | メッツ在籍中239試合、打率.256 | MLB |
| 石井一久 | 2005年 | 19試合、防御率5.84 | MLB |
| 高津臣吾 | 2005年 | 9試合、防御率2.35 | MLB |
| 高橋建 | 2009年 | 28試合、防御率2.96 | MLB |
| 五十嵐亮太 | 2010~2011年 | 79試合、通算5勝2敗 | MLB |
| 高橋尚成 | 2010年 | 53試合、10勝6敗、8セーブ | MLB |
| 松坂大輔 | 2013~2014年 | 2014年は34試合に登板 | MLB |
| 青木宣親 | 2017年 | 27試合、打率.284 | MLB |
| 千賀滉大 | 2023年~ | 2023年オールスター選出。2026年は背番号34 | MLB |
| 藤浪晋太郎 | 2024年 | 傘下マイナー33試合、1勝2敗、防御率5.94 | マイナーのみ |
この一覧から分かるように、メッツの日本人選手は投手が中心です。野茂、吉井、柏田に始まり、五十嵐、高橋尚成、松坂、千賀と、さまざまなタイプの投手が所属してきました。
一方、新庄、松井、青木のように野手として在籍した選手もいます。日本人選手の歴史は投手だけに限らず、内野手や外野手にも広がっています。
なお、在籍年度は球団のMLB公式メディアガイドと各選手の公式記録を基準に整理しています。藤浪についてはマイナーリーグでの所属歴を別枠で記載しています。
【成績を検証】野茂英雄・吉井理人・新庄剛志・松井稼頭央のメッツ時代
メッツの歴代日本人選手の中でも、野茂英雄、吉井理人、新庄剛志、松井稼頭央は、それぞれ異なる形で球団史に名前を残しています。
野茂英雄:1998年にドジャースから移籍野茂英雄は1998年6月4日、ロサンゼルス・ドジャースからニューヨーク・メッツへトレードされました。
メッツでは17試合に登板し、16試合に先発。4勝5敗、防御率4.82という成績を残しています。移籍後初登板は6月9日でした。
野茂といえば、1995年のドジャースでの鮮烈なMLBデビューが代表的ですが、メッツ時代も日本人投手がアメリカの球団を渡り歩くキャリアの一場面として記憶されています。
吉井理人:1998年から2年間、先発投手として活躍吉井理人は1998年から1999年までメッツに在籍しました。
1998年は29試合に先発し、6勝8敗、防御率3.93。1999年は31試合に登板して12勝8敗、防御率4.40を記録しています。
2年間にわたって先発ローテーションの一角を担い、合計18勝を挙げました。短期間の在籍に終わった選手とは異なり、シーズンを通して先発投手として起用されたことが吉井の特徴です。
新庄剛志:2001年に打率.268、10本塁打新庄剛志は2001年にメッツへ加入しました。阪神タイガースからMLBへ移籍した新庄は、外野手として出場機会を得て、123試合に出場しています。
2001年の成績は打率.268、10本塁打、56打点。守備面でも外野手として存在感を発揮しました。
2002年はサンフランシスコ・ジャイアンツでプレーし、2003年にメッツへ復帰。しかし、この年は62試合で打率.193、1本塁打と、前年のような数字を残すことはできませんでした。
新庄のメッツ時代を振り返る場合、2001年と2003年を分けて考える必要があります。2001年の成績を2年間の合計や2003年の数字と混同しないことがポイントです。
松井稼頭央:2004年から2006年まで在籍松井稼頭央は西武ライオンズで実績を積んだ後、2004年にメッツへ加入しました。メジャーでは内野手としてプレーし、主に二塁手や遊撃手を務めています。
メッツでの1年目は114試合に出場し、打率.272、7本塁打、44打点を記録。新人として一定の存在感を示しました。
2005年は87試合で打率.255。2006年はメッツで38試合に出場した後、コロラド・ロッキーズへ移籍しています。
メッツ在籍期間の通算では239試合に出場し、打率.256、11本塁打を記録しました。松井のメッツ成績を調べるときは、2006年のロッキーズ時代の数字まで合算しないことが大切です。
4人のキャリアを比較すると、野茂と吉井は先発投手としての実績、新庄は外野守備と打撃、松井は内野手としての適応という違いがあります。同じ日本人メジャーリーガーでも、メッツで求められた役割はそれぞれ異なっていました。
【藤浪晋太郎】メッツ在籍は事実!ただしMLB公式戦の出場歴はない
藤浪晋太郎の名前がメッツの歴代日本人選手一覧に登場する理由は、2024年にニューヨーク・メッツと契約したためです。
2024年2月14日、メッツは藤浪との契約を正式発表しました。藤浪は2023年にオークランド・アスレチックスとボルティモア・オリオールズでプレーしており、MLBでの経験を持つ投手として期待されていました。
2024年の藤浪はマイナーリーグでプレーメッツ加入後は傘下のシラキュースなどで調整を続けました。MLB公式選手プロフィールによると、2024年はメッツ傘下の4球団で合計33試合に登板しています。
- 登板:33試合
- 勝敗:1勝2敗
- 防御率:5.94
- 投球回:36回1/3
- 奪三振:44
- 与四球:33
登板先は主にAAA級シラキュースで、AA級ビンガムトン、A級セントルーシー、ルーキー級FCLメッツでもプレーしました。
2024年7月26日にはメッツからDFA(メジャー契約の40人枠から外す措置)となり、7月30日にはシラキュースへアウトライトされました。
藤浪はメッツのメジャーリーガーだったのか?ここで押さえておきたいのが、藤浪はMLB経験者である一方、メッツのメジャー公式戦には出場していないという点です。
藤浪は2023年にアスレチックスとオリオールズでMLB公式戦64試合に登板しました。しかし、メッツ在籍時の2024年はマイナーリーグでの登板にとどまっています。
つまり、次の2つは明確に区別する必要があります。
- 藤浪晋太郎がMLBでプレーしたこと:事実。
- 藤浪晋太郎がメッツのMLB公式戦に出場したこと:該当する出場記録はない。
メッツに所属した日本人選手という広い意味では藤浪も歴代の一人です。しかし、メッツのユニフォームでメジャー公式戦に出場した選手として集計すると、藤浪は含まれません。
【人数の違い】メッツの日本人選手は14人?15人?正しい数え方
メッツの日本人選手について調べると、14人という数字と15人という数字が見つかることがあります。これは必ずしも情報の誤りではなく、集計対象の違いによって生じる差です。
メジャー公式戦に出場した選手は14人2020年版のメッツ公式メディアガイドでは、日本生まれでメッツの試合に出場した選手が13人掲載されています。
その後、2023年に千賀滉大が加入し、MLB公式プロフィールでも千賀はメッツでプレーした日本生まれの選手の14人目として紹介されています。
このため、メッツのMLB公式戦に出場した日本生まれの選手は14人という整理が適切です。
マイナーリーグまで含めると15人一方、藤浪晋太郎は2024年にメッツ傘下のマイナーリーグで33試合に登板しました。
メッツの2024年2月の契約発表でも藤浪は日本生まれの選手として15人目と紹介されています。藤浪のMLB公式プロフィールにはマイナーリーグでの登板記録が残っており、球団組織でプレーした事実は明確です。
したがって、人数を整理すると次のようになります。
- 14人:メッツのメジャー公式戦に出場した日本生まれの選手。
- 15人:上記14人に、マイナーリーグでプレーした藤浪を加えた人数。
加えて、国籍を基準にするのか、日本生まれを基準にするのかによっても集計条件は変わります。メッツ公式メディアガイドが採用しているのは日本生まれという基準です。
そのため、検索するときは「メッツの歴代日本人選手」と「メッツでMLB公式戦に出場した日本人選手」を使い分けると、情報の食い違いを避けられます。
【シティ・フィールド】ニューヨーク・メッツと日本人選手の歴史
ニューヨーク・メッツの本拠地は、ニューヨーク市クイーンズ区にあるシティ・フィールド(Citi Field)です。
球場は2009年に開場しました。それ以前、メッツはシェイ・スタジアムを本拠地としていました。
この違いは歴代日本人選手の在籍時期を理解するうえでも重要です。
シェイ・スタジアム時代の日本人選手1997年の柏田貴史から2008年までに在籍した野茂英雄、吉井理人、新庄剛志、松井稼頭央らは、シティ・フィールド開場前の時代にメッツでプレーしました。
つまり、野茂や新庄のメッツ時代を振り返る際に、シティ・フィールドを当時の本拠地として紹介するのは正確ではありません。
2009年以降はシティ・フィールドが舞台2009年にメッツへ加入した高橋建は、シティ・フィールドが開場した年に在籍した日本人選手です。その後、高橋尚成、五十嵐亮太、松坂大輔、青木宣親、千賀滉大へと日本人選手の歴史が続きました。
シティ・フィールドは単なる試合会場ではなく、ニューヨークの野球文化を象徴する球場の一つです。日本人選手を応援するファンにとっても、メッツの試合を観戦する際の中心的な場所となっています。
2026年も千賀が背番号34を背負ってプレーした舞台であり、今後の日本人選手の加入によって、球場と日本人メジャーリーガーの歴史がさらに積み重なる可能性があります。
【メッツ日本人選手】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ニューヨーク・メッツの歴代日本人選手は何人ですか?
A1:メッツのメジャー公式戦に出場した日本生まれの選手は、千賀滉大を含めて14人です。藤浪晋太郎のようにマイナーリーグでプレーした選手まで含めると15人になります。
Q2:2026年現在、メッツに所属する日本人選手は誰ですか?
A2:千賀滉大です。背番号34の右投手で、2026年シーズンは31試合に登板し、0勝9敗、防御率7.34、75奪三振を記録しました。
Q3:千賀滉大のメッツでの背番号はいくつですか?
A3:背番号34です。2023年のMLBデビューからメッツでこの番号を着用しています。
Q4:藤浪晋太郎はメッツでメジャーの試合に出場しましたか?
A4:いいえ。2024年にメッツと契約し、傘下マイナーリーグで33試合に登板しましたが、メッツのMLB公式戦での登板記録はありません。
Q5:新庄剛志のメッツ時代の成績は?
A5:2001年は123試合に出場して打率.268、10本塁打、56打点を記録しました。2003年にもメッツに復帰し、62試合に出場しています。
Q6:松井稼頭央はメッツに何年間在籍しましたか?
A6:2004年から2006年までの3シーズンです。メッツ在籍中は239試合に出場し、打率.256、11本塁打を記録しました。
Q7:メッツの本拠地シティ・フィールドはいつ開場しましたか?
A7:2009年です。それ以前の本拠地はシェイ・スタジアムでした。したがって、1998年の野茂英雄や2001年の新庄剛志がプレーした球場はシティ・フィールドではありません。
ニューヨーク・メッツの日本人選手の歴史は、1997年の柏田貴史から始まり、野茂英雄、吉井理人、新庄剛志、松井稼頭央らを経て、2023年に加入した千賀滉大へとつながっています。
2026年現在、メッツで日本人選手としてメジャー公式戦に出場しているのは千賀です。背番号34を着用し、2026年は0勝9敗、防御率7.34という厳しいシーズンを送りました。ただし、救援転向後には防御率3.78を記録しており、起用法によって投球内容が変化する可能性も示しています。
また、藤浪晋太郎は2024年にメッツ傘下でプレーしたものの、メッツのMLB公式戦には出場していません。この違いを踏まえると、歴代日本人選手の人数は、メジャー公式戦出場者が14人、マイナーリーグでの在籍者まで含めると15人と整理できます。
【プロの結論】メッツ日本人選手の情報を調べる際に最も大切なのは、在籍・マイナー出場・MLB公式戦出場を区別することです。この3つを分けるだけで、千賀の現在地や藤浪の経歴、歴代選手の人数に関する誤解を防げます。
今後の最大の焦点は千賀の2027年シーズンです。先発復帰か、救援投手としての定着か、あるいは移籍という選択肢が浮上するのか。2023年のオールスター投手がどのような形で復活を目指すのか、メッツのオフシーズンの動向とともに注目されます。