2026年11月5日時点の状況を、4人の移籍経緯から確認していこう。
前田大然:イプスウィッチ・タウンへ完全移籍
2026年7月25日移籍
セルティック通算212試合79得点
前田は2022年1月に横浜F・マリノスからセルティックへ期限付き移籍し、その後完全移籍に切り替わった。アンジェ・ポステコグルー監督の下で持ち味のスピードと前線からのプレッシングを発揮し、チームの主力へ成長した。
2024-25シーズンには公式戦33得点を記録。クラブ、スコットランド・プロサッカー選手協会(PFA Scotland)、スコットランド・サッカー記者協会(SFWA)の年間最優秀選手賞を獲得する活躍を見せた。
2026年7月25日、プレミアリーグでのプレーを希望してイプスウィッチ・タウンへ移籍。報道では移籍金は約1,000万ポンド、契約期間は3年間とされた。
セルティック公式発表によると、在籍中の実績は公式戦212試合79得点、主要タイトル10個。その内訳はリーグ優勝5回、スコティッシュカップ3回、リーグカップ2回だった。
旗手怜央:バーンリーへの移籍でイングランドに挑戦
2026年9月1日移籍
セルティック通算191試合33得点
2022年1月に川崎フロンターレから加入した旗手は、攻撃的なパス、ボール奪取、運動量を兼ね備えた中盤の選手として活躍した。
セルティックでは加入直後から存在感を示し、リーグ優勝5回、スコティッシュカップ2回、リーグカップ2回を経験。公式戦191試合で33得点を記録した。
2026年9月1日、イングランドのバーンリーへ完全移籍。3年契約を結んだ。
移籍発表時、旗手はイングランドでプレーするのは初めてだと語り、新天地でチームに貢献したいという意欲を示している。
旗手の退団理由については、クラブへの不満や監督との対立が公式に発表されたわけではない。 公表されている事実は、5シーズンにわたるスコットランドでの経験を経て、イングランドでの新しい挑戦を選んだことだ。
山田新:セルティックからドイツ、ベルギーへ
2026年7月14日から期限付き移籍
セルティック公式戦11試合0得点
山田は2025年7月、川崎フロンターレからセルティックへ移籍した。4年契約を結び、前線での得点力と運動量を期待されたストライカーだった。
川崎時代には公式プロフィール上、J1などで経験を積み、2024年には19得点を記録。2025年7月の加入時には、日本代表デビューも経験していた。
しかし、セルティックでは十分な出場機会を得られず、2026年1月27日にドイツ2部のプロイセン・ミュンスターへ期限付き移籍した。
ミュンスターでは10試合3得点を記録。その後、2026年7月14日にベルギーのOHルーヴェンへ1年間の期限付き移籍が決まった。
OHルーヴェンの公式発表では、山田の特徴として動き出しの良さ、ポジショニング、得点力が評価されている。
したがって、山田はセルティックを完全退団したわけではなく、2026年11月時点では同クラブからOHルーヴェンへ期限付き移籍している選手という位置づけになる。
稲村隼翔:FC東京への完全移籍で日本に復帰
2026年6月26日完全移籍
セルティック公式戦1試合出場
稲村は2025年7月、アルビレックス新潟からセルティックへ移籍した左利きのDF。4年契約を結び、背番号25を着用した。
この番号は、中村俊輔がセルティックで着用した背番号としても知られている。
しかし、トップチームでの公式戦出場は2025年8月のリビングストン戦の1試合にとどまった。
2026年1月4日にはFC東京への期限付き移籍が発表され、期間は6月30日までとされた。
FC東京の公式特集記事では、稲村自身がセルティックでの経験を振り返り、試合に出ることの重要性や、自分自身の課題と向き合う必要性を感じていたことが紹介されている。
その後、FC東京で17試合に出場。2026年6月26日に完全移籍加入が発表された。
この移籍は単なる期限付き移籍の終了ではなく、セルティックとの契約関係を終え、日本でのキャリアを継続する決断だった。
【歴代日本人選手一覧】セルティックでプレーした10人の実績を比較

セルティックに在籍した日本人選手を振り返ると、2005年の中村俊輔から2025年加入の山田新、稲村隼翔まで、異なる時代に10人の選手がプレーしている。
FBrefの選手記録でも、セルティックと日本代表の双方に関係する選手として10人が掲載されている。
日本人選手10人の在籍期間と成績以下は、各選手の在籍時期と確認できる主要な記録を整理したものだ。大会範囲によって出場数が異なるため、リーグ戦限定の数字と全大会通算の数字は区別している。
出典:セルティック公式プロフィール、クラブ発表、BBC Sport、Transfermarkt、FBrefなど。集計対象の大会によって数字が異なる場合がある。
10人の中でも実績が際立つ4人歴代選手を比較する場合、単純な在籍期間だけでは評価できない。出場数、得点、獲得タイトル、チームへの貢献という複数の基準が必要になる。
特に実績が際立つのは次の4人だ。
- 中村俊輔: 欧州での日本人選手の評価を高めた先駆者。
- 古橋亨梧: 得点力で攻撃陣をけん引し、公式戦85得点を記録。
- 前田大然: 献身的なプレッシングと得点力を兼ね備え、公式戦79得点。
- 旗手怜央: 中盤の複数の役割を担い、公式戦191試合に出場。
この4人は、セルティックの歴史に残した貢献の種類が異なる。中村は技術と創造性、古橋はゴール前での決定力、前田は走力と攻守の切り替え、旗手は中盤での戦術的な柔軟性が持ち味だった。
【中村俊輔のセルティック時代】成績と伝説になった活躍
日本人選手のセルティック史を語るうえで、中村俊輔は欠かせない存在だ。
2005年にイタリアのレッジーナから加入し、2009年までプレーした。日本サッカー協会の選手歴にも、2005~2009年のセルティック在籍が記録されている。
リーグ戦128試合29得点という実績中村のスコットランドリーグでの記録は、128試合29得点。
特に2006-07シーズンは、リーグ優勝に貢献しただけでなく、スコットランド・サッカー記者協会の年間最優秀選手賞を受賞した。
この受賞は日本人選手にとって大きな意味を持つ。単に海外クラブに所属したというだけではなく、現地リーグの年間最優秀選手として評価されたからだ。
マンチェスター・ユナイテッド戦の直接FK中村の代表的な活躍として語り継がれるのが、2006年11月のマンチェスター・ユナイテッド戦だ。
UEFAチャンピオンズリーグのグループステージで、強烈な左足のフリーキックを決めた。このゴールはセルティックの決勝トーナメント進出にもつながる重要な得点となった。
当時のSky Sportsの報道でも、中村のマンチェスター・ユナイテッド戦でのフリーキックは、年間最優秀選手賞を受賞したシーズンの象徴的な活躍として紹介されている。
水野晃樹との日本人共存2008~2010年在籍
JEFユナイテッド市原・千葉から加入したMF。
水野は中村と時期が重なる形で2008年に加入した。
中村ほどの出場機会や実績を残したわけではないが、2008-09シーズンのフォルカーク戦では初先発で得点を記録。その翌週にはアイブロックスでのグラスゴー・ダービーにも先発した。
セルティック公式メディアの2022年のインタビューでは、水野自身がフォルカーク戦のゴールをスコットランド時代の特別な思い出として振り返っている。
在籍期間は約2年半。中村とは異なる立場ながら、日本人選手が同じクラブでプレーする先例を作った。
【古橋亨梧・前田大然・旗手怜央】日本人黄金期の功績を分析
2021年以降のセルティックは、日本人選手が複数在籍する時代に突入した。
特に古橋、前田、旗手の3人は、それぞれ異なるポジションと役割でチームの成功を支えた。
古橋亨梧:日本人歴代屈指の得点実績85得点
セルティック公式戦165試合
2021年7月、ヴィッセル神戸から加入した古橋は、アンジェ・ポステコグルー監督の下で得点力を開花させた。
BBC Sportがまとめた通算成績は、165試合85得点。内訳はスコティッシュ・プレミアシップで116試合63得点だった。
2022-23シーズンには公式戦34得点を記録し、リーグ得点王にも輝いた。
加えて、リーグ優勝3回、スコティッシュカップ2回、リーグカップ3回を獲得。公式戦での決定力に加えて、レンジャーズとのオールドファーム・ダービーやカップ戦決勝でも得点を重ねた。
2025年1月にフランスのスタッド・レンヌへ移籍し、セルティックでの挑戦を終えた。
前田大然:運動量とプレッシングでチームを支えた
前田大然
79得点
セルティック公式戦212試合
前田の最大の特徴は、相手の最終ラインやビルドアップに対する積極的なプレッシングだ。
攻撃時には裏への抜け出しやゴール前への進入、守備時には相手選手への素早い寄せを繰り返す。単純な得点数では測れない貢献があった。
2024-25シーズンには33得点を記録し、個人賞を複数受賞。セルティックの日本人選手の中でも、最も高い水準で攻守両面に貢献した選手の一人だった。
2026年の移籍によって、スコットランドでの4年半のキャリアに一区切りをつけた。
旗手怜央:中盤の戦術的な柔軟性を発揮
旗手怜央
191試合
公式戦33得点
旗手の強みは、中盤でのポジショニングと技術を組み合わせたプレーにある。
攻撃的MFとして前線に顔を出すだけでなく、守備的な位置でボールを回収したり、パスで攻撃の方向を変えたりすることもできた。
2022年1月に加入してから5年連続のリーグ優勝を経験。公式戦191試合33得点という記録は、単なる控え選手ではなく、チームの中心的な戦力として長く活躍したことを示している。
2026年のバーンリー移籍は、日本人選手がセルティックで積み上げてきた実績を次のステージへつなげる動きとして注目される。
3人の成績を比較すると見える違い| 比較項目 | 古橋亨梧 | 前田大然 | 旗手怜央 |
|---|---|---|---|
| 主な役割 | ストライカー | FW・ウイング | MF |
| 公式戦出場 | 165 | 212 | 191 |
| 公式戦得点 | 85 | 79 | 33 |
| リーグ優勝 | 3回 | 5回 | 5回 |
| 最大の強み | 決定力 | 運動量・プレス | 技術・戦術理解 |
出典:BBC Sport、セルティック公式発表。リーグ優勝回数は各選手の在籍中に獲得した実績。
この比較から分かるのは、3人が同じ日本人選手でも、チームに求められた役割が大きく異なっていたことだ。
古橋はゴールを決める選手、前田は攻守の切り替えを支える選手、旗手は中盤の構成力を担う選手だった。
日本人選手が複数在籍したこと自体よりも、それぞれが異なる役割で結果を残した点に、この時代の価値がある。
【井手口陽介・小林友希・岩田智輝】出場記録と評価の違い
日本人選手の全員が、古橋や前田のような成功を収めたわけではない。
セルティックは欧州でも競争の激しいクラブであり、移籍後に出場機会を確保できるかどうかが、その後のキャリアを大きく左右する。
井手口陽介:期待された実力と出場機会の差2022~2024年在籍
公式戦6試合出場
井手口はガンバ大阪の育成組織出身で、2016年にはJリーグ新人王を獲得した実績を持つMFだった。
2022年1月にセルティックへ加入し、日本代表としても15試合に出場した経験を持っていたことから、一定の期待を集めていた。
しかし、セルティックではレギュラーの座を確保できず、公式戦出場は6試合にとどまった。
2023年にはアビスパ福岡へ期限付き移籍し、Jリーグで再起を図った。福岡でのプレーを経て、2024年1月にヴィッセル神戸への完全移籍が成立した。
井手口の場合、選手としての能力や国内での実績と、セルティックで実際に得られた出場機会には差があった。
小林友希:ヴィッセル神戸から加入した左利きDF2023~2024年在籍
公式戦7試合出場
小林は2022年11月にヴィッセル神戸からセルティックへの加入が発表されたセンターバックだ。
当時は古橋亨梧との神戸時代のつながりもあり、日本人選手が多く在籍するクラブへの適応が期待された。
2023年1月18日のセント・ミレン戦でデビューし、国内三冠を達成したシーズンのチームにも所属した。
一方、トップチームでの出場機会は限られ、公式戦通算7試合という記録にとどまった。
DFというポジションは、攻撃的な選手以上に戦術理解や連係、監督の守備方針への適応が求められる。小林のケースは、海外移籍後にポジションを確立する難しさを示している。
岩田智輝:複数ポジションをこなした万能型MF2023~2024年在籍
公式戦42試合1得点
岩田は横浜F・マリノスから2022年12月に加入。最初は期限付き移籍だったが、契約に含まれた買い取り条項によって2023年7月に完全移籍へ移行した。
2022年のJリーグ最優秀選手賞を受賞した経験があり、守備的MFだけでなくセンターバックやサイドのポジションもこなせる選手だった。
2022-23シーズンは18試合に出場し、スコティッシュカップとリーグカップの決勝にも出場。セルティックの国内三冠達成に貢献した。
2024年8月30日にはイングランドのバーミンガム・シティへ完全移籍し、3年契約を結んだ。
岩田はセルティックでレギュラーを確立するまでには至らなかったものの、公式戦42試合という出場実績を残し、イングランドへ活躍の場を移した。
【プロの結論】セルティックが日本人選手を獲得してきた理由と成功の条件
セルティックと日本人選手の関係は、単に日本人選手の実力が高かったという話だけでは説明できない。
そこには、クラブの補強戦略、監督のサッカー観、日本人選手の戦術的な特徴、欧州移籍市場の動向が関係している。
1. Jリーグを熟知した監督と補強戦略2021年以降の日本人選手の増加には、アンジェ・ポステコグルー監督の存在が関係している。
同監督はセルティック就任前に横浜F・マリノスを率いており、日本のサッカー事情や選手の特徴を理解していた。
岩田や前田は、同監督との関係も含めてJリーグから欧州へ移った選手だった。
一方、古橋はヴィッセル神戸から、旗手は川崎フロンターレから加入している。
つまり、特定のクラブから選手を大量に獲得したというよりも、日本市場に対する理解と選手の特徴を踏まえた補強だったと捉えられる。
2. 日本人選手の技術と運動量が戦術に適合したセルティックが求めるサッカーでは、前線からのプレッシング、素早い攻守の切り替え、正確なパス、選手同士の連係が重要になる。
古橋のゴール前での動き、前田の走力、旗手の中盤での技術は、それぞれ異なる形でチーム戦術に適合した。
特に前田は、得点数だけでなくボールを持たない場面での貢献も評価された。
こうした選手の特徴が、セルティックで日本人選手が成功した背景の一つだ。
3. 成功する選手と苦戦する選手を分けたもの歴代選手を比較すると、明確な違いがある。
- 攻撃陣では、古橋と前田が得点やプレッシングで高い成果を残した。
- 中盤では、旗手が長期間にわたって出場機会を確保した。
- 守備陣や控えの選手では、ポジション争いを突破できずに移籍したケースもある。
ただし、出場数だけで選手の実力を評価するのは適切ではない。
移籍直後の負傷、監督交代、チーム内の競争、外国人枠や登録状況、プレースタイルの違いなど、複数の要因が関係するためだ。
井手口や小林のセルティックでの成績が限られていたからといって、Jリーグでの実績まで否定されるものではない。
4. 日本人選手のリーグ優勝実績セルティックでの日本人選手の価値を測るうえで、個人タイトルだけでなくチームタイトルも重要になる。
| 選手 | リーグ優勝 | 主な実績 |
|---|---|---|
| 中村俊輔 | 3回 | 2005-06~2007-08の3連覇 |
| 古橋亨梧 | 3回 | 2021-22~2023-24 |
| 前田大然 | 5回 | 2021-22~2025-26 |
| 旗手怜央 | 5回 | 2021-22~2025-26 |
この数字で特に注目したいのは、前田と旗手の5連覇だ。
2人は2021-22シーズンから2025-26シーズンまで、セルティックがリーグタイトルを獲得した期間を通じて在籍した。
中村の3連覇も歴史的な功績だが、異なる時代に日本人選手が継続的にタイトル獲得に関わったことは、セルティックと日本サッカーの関係を象徴している。
5. 今後の日本人選手獲得で注目すべきポイント2026年11月現在、セルティックの男子トップチームに日本人選手はいない。
ただし、これは日本人選手の獲得方針が完全に終了したことを意味するわけではない。
今後、新たな日本人選手が加入するかどうかを判断する際には、次の点が重要になる。
- Jリーグでの継続的な出場実績があるか。
- 欧州の強度の高い試合に対応できる運動能力があるか。
- セルティックの戦術に適したポジションと役割を持っているか。
- 加入後に十分な出場機会を得られるチーム事情があるか。
日本人選手だから成功するのではなく、選手の能力とクラブの戦術が一致したときに成功の可能性が高まる。 これが歴代10人の歩みから読み取れる要点だ。
【セルティック日本人選手】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年11月現在、セルティックに所属する日本人選手は誰ですか?
2026年11月5日時点では、男子トップチームに所属する日本人選手はいない。前田大然はイプスウィッチ、旗手怜央はバーンリー、山田新はOHルーヴェンへの期限付き移籍、稲村隼翔はFC東京への完全移籍となっている。
Q2:セルティックで最も多く得点した日本人選手は誰ですか?
公式戦通算では古橋亨梧が85得点で、日本人選手の中でも際立つ記録を持っている。165試合に出場し、2022-23シーズンには34得点を記録した。
Q3:中村俊輔のセルティックでの成績は?
2005年から2009年まで在籍し、スコットランドリーグで128試合29得点を記録した。リーグ優勝3回に加え、2007年にはスコットランド・サッカー記者協会の年間最優秀選手賞を受賞している。
Q4:前田大然はなぜセルティックを退団したのですか?
2026年7月にイプスウィッチ・タウンへ移籍した。プレミアリーグでプレーしたいという意向が報じられており、セルティックでの4年半を経て新しい挑戦を選んだ。
Q5:旗手怜央の移籍先と退団理由は?
2026年9月にイングランドのバーンリーへ完全移籍し、3年契約を結んだ。本人はイングランドでプレーする新しい挑戦への期待を語っている。クラブとの対立などを退団理由とする公式発表はない。
Q6:山田新と稲村隼翔はセルティックに復帰する可能性がありますか?
山田はセルティックからOHルーヴェンへの1年間の期限付き移籍となっている。一方、稲村は2026年6月にFC東京へ完全移籍しており、両者の契約状況は異なる。
セルティックにおける日本人選手の歴史は、中村俊輔の挑戦から始まり、古橋亨梧、前田大然、旗手怜央らの活躍によって大きく発展した。
2026年11月5日現在、男子トップチームに日本人選手はいないものの、歴代10人が残した実績は非常に大きい。
特に古橋の公式戦85得点、前田の212試合79得点、旗手の191試合33得点、中村の3連覇と年間最優秀選手賞は、クラブの歴史を振り返るうえで欠かせない記録だ。
2026年の移籍によって、前田はイングランドへ、旗手もバーンリーへ、山田はベルギーへ、稲村は日本へと、それぞれ異なる道を歩み始めた。
セルティックの日本人選手の歴史は、単なる海外移籍の成功例ではない。 日本人選手が欧州の強豪クラブで主力となり、リーグ優勝や個人賞を獲得できることを証明してきた歩みでもある。
今後、セルティックが再び日本人選手を獲得するのか。そして、中村俊輔や古橋亨梧、前田大然らに続く新たなスターが誕生するのか。日本とスコットランドを結ぶこの関係は、今後も注目に値する。