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坂本勇人と田中将大の関係は?幼なじみの絆と2026年の記録を徹底解説

伊部 拓海 伊部 拓海 • 更新: • 公開: • 読了約 18 分
目次

坂本勇人と田中将大は、兵庫県伊丹市の少年野球チーム「昆陽里タイガース」で一緒にプレーした小学校時代からの幼なじみだ。昆陽里小学校の同級生で、少年野球では坂本勇人が投手、田中将大が捕手としてバッテリーを組んでいた。ともに1988年生まれの2人は、プロ野球選手として別々の道を歩みながらも、長年にわたって互いの活躍を見守ってきた。

2025年には田中将大が巨人へ加入し、坂本勇人と再びチームメートに。2025年9月30日には田中が日米通算200勝を達成し、2026年5月13日には坂本がNPB通算300本塁打という大記録を打ち立てた。少年時代の思い出から巨人での再共闘、2026年シーズンの成績まで、2人の関係を時系列で詳しく振り返る。

【結論】坂本勇人と田中将大は少年野球時代からの幼なじみ

坂本勇人田中将大

坂本勇人と田中将大の関係を一言で表すなら、少年野球時代から互いを知る同級生であり、プロの世界でも実績を認め合ってきた盟友だ。

2人は1988年生まれ。兵庫県伊丹市で育ち、昆陽里小学校に通っていた。小学校時代には同じ少年野球チーム「昆陽里タイガース」に所属し、チームメートとして練習や試合に取り組んでいた。

興味深いのは、当時のポジションだ。坂本は投手、田中は捕手。現在の野球ファンにとって、巨人の内野手として長年活躍してきた坂本と、楽天やヤンキース、巨人で先発投手を務めてきた田中が、少年時代にはバッテリーを組んでいたという事実は印象的だろう。

その後、田中は駒大苫小牧高校から楽天へ進み、アメリカのメジャーリーグでも活躍。一方の坂本は光星学院高校から巨人に入団し、球界を代表する遊撃手へと成長した。

歩んだキャリアは違っても、互いの実績を称え合う関係は変わっていない。2025年に田中が200勝を達成した際には坂本が祝福し、2026年に坂本が300本塁打を達成した際には田中が祝福するという、印象的な出来事が続いている。

【少年時代】昆陽里タイガースで坂本が投手、田中が捕手だった

兵庫県伊丹市の昆陽里小学校で同級生

2人の出会いは、兵庫県伊丹市にある昆陽里小学校と、地元の軟式少年野球チーム「昆陽里タイガース」にさかのぼる。

神戸新聞が2021年の東京オリンピック後に報じた記事でも、田中と坂本が昆陽里小学校の同級生で、同じ少年野球チームで活躍したことが紹介されている。

また、2025年9月30日のデイリースポーツの取材記事では、坂本自身が小学1年生のときに昆陽里タイガースへ入ったことや、当時の田中の印象について振り返っている。

坂本によれば、田中は小学生の頃から体が大きく、特に送球のレベルが高かったという。小学生同士の野球でありながら、すでに周囲とは違う能力を持っていたことがうかがえる。

投手・坂本と捕手・田中という意外な組み合わせ

少年野球時代の2人は、現在とは異なる役割を担っていた。

  • 坂本勇人:投手としてマウンドに立つ。
  • 田中将大:捕手として坂本の投球を受ける。

田中が捕手だったというエピソードは、2人の関係を象徴するものだ。プロ入り後は田中が投手、坂本が内野手となったため、少年時代のポジションを知らないファンには意外に映る。

坂本は当時の田中について、二塁への送球などが同年代の小学生とは違うレベルだったと振り返っている。また、打撃練習でも2人は飛距離を競っていたという。

坂本の回想によれば、打球の飛距離では田中のほうが上だった。校舎に向かってボールを打ち、互いに競い合っていたというエピソードからは、単なるチームメートではなく、少年時代から刺激を与え合う関係だったことが伝わってくる。

田中の200勝を「僕の自慢」と語った坂本

2025年9月30日、田中が日米通算200勝を達成した際、坂本は幼なじみの偉業を心から喜んだ。

デイリースポーツの取材で坂本は、田中がアメリカのヤンキースでも長くプレーし、自分たちには分からない苦労もあったはずだと語った。そのうえで、200勝について次のように祝福している。

「本当におめでとうと言いたい」

加えて、田中が200勝投手になることを少年時代から想像していたわけではないとしながらも、「僕の自慢の1つです」と語った。

幼い頃から知る仲間が、世界最高峰の舞台を経験し、日本人投手史上4人目の日米通算200勝を達成する。その歩みを間近で見てきた坂本だからこそ、言葉に重みがある。

【24年ぶりの再会説を検証】巨人での再共闘は何が特別だったのか

プロ入り後もWBCや東京五輪で共闘

坂本と田中は、少年野球を離れてから完全に交流が途絶えていたわけではない。

2人は2013年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本代表として一緒にプレーしている。さらに2021年の東京オリンピックでも侍ジャパンのメンバーとして金メダル獲得に貢献した。

2021年8月には伊丹市が2人に市民栄誉賞を贈ることを発表。地元出身の同級生2人が、それぞれ異なる所属球団から日本代表として活躍したことが評価された。

また、2023年6月17日には巨人対楽天の交流戦で、坂本と楽天所属だった田中が試合前に再会して談笑している。日刊スポーツも、少年野球時代の同学年のチームメートで、バッテリーを組んでいた2人の再会を報じた。

2024年12月、田中の巨人入団で再び同じ球団に

大きな転機となったのは2024年12月25日だ。

楽天から自由契約となっていた田中は、巨人への入団会見を行った。これにより、長年別々の球団でプレーしていた坂本と田中が、同じ巨人のユニホームを着ることになった。

入団会見で田中は、坂本と再びチームメートになることについて、想像していなかったとしながらも、同じユニホームでプレーできることをうれしく思うと語った。

契約合意が発表された際には、田中から坂本へ電話で連絡。田中が「よろしくお願いします。いろいろと教えてください」と伝えると、坂本は「こちらこそよろしく」という趣旨の返答をし、分からないことがあれば聞いてほしいと応じたという。

少年野球時代から互いを知る2人が、今度はプロの同じ球団で協力する。田中の巨人入団は、単なる移籍以上の意味を持つ出来事だった。

2025年3月2日、巨人のユニホームで初めて同じ試合に出場

2025年3月2日のヤクルトとのオープン戦では、田中が先発投手として登板し、坂本が三塁を守った。

試合中には坂本が守備で打球を処理し、田中に声をかける場面もあった。少年時代は坂本が投手、田中が捕手だったが、この日は田中が投手、坂本が内野手という立場で同じグラウンドに立った。

試合後、坂本は巨人のユニホームを着た田中と東京ドームで一緒にプレーしたことについて、「変な感じがしましたね」と笑顔で振り返った。

なお、「24年ぶりの再会」という表現には注意が必要だ。2人は2013年のWBC、2021年の東京五輪で共闘し、2023年にも対面している。したがって、2025年は24年間会っていなかった2人が再会した年ではない。正確には、少年野球時代からの旧友が巨人という同じ球団のチームメートになり、同じユニホームで公式戦に向けてプレーするようになった転機である。

【関係と実績を時系列で整理】坂本勇人・田中将大の共通点と歩み

2人の関係を理解するには、少年時代から2026年までの出来事を並べると分かりやすい。以下は報道や公式記録で確認できる主な転換点だ。

時期 出来事 2人の関係・注目ポイント
小学校時代 兵庫県伊丹市の昆陽里タイガースに所属 昆陽里小学校の同級生。坂本が投手、田中が捕手。
2006~2007年 高校卒業後、それぞれプロ入り 坂本は巨人、田中は楽天に入団。
2013年 WBC日本代表 プロ入り後も日本代表として共闘。
2021年 東京オリンピックで金メダル獲得 侍ジャパンの同級生として活躍。伊丹市から市民栄誉賞を受賞。
2023年6月17日 巨人対楽天の交流戦 坂本と田中が試合前に再会して談笑。
2024年12月25日 田中の巨人入団会見 坂本と同じ球団に所属することが決定。
2025年3月2日 巨人のオープン戦で同じ試合に出場 田中が先発、坂本が三塁を守る。
2025年9月30日 田中が日米通算200勝達成 坂本が祝福。少年野球時代からの絆が話題に。
2026年5月13日 坂本がNPB通算300本塁打達成 田中が翌日に幼なじみの快挙を祝福。

この年表から分かるのは、2人の関係が少年野球時代だけで完結していないことだ。日本代表としての共闘、別球団に所属していた時期の交流、巨人での再共闘、そして互いの記録達成への祝福と、節目ごとに関係が続いている。

また、坂本は通算2000安打、田中は日米通算200勝という異なる実績を持ち、2人とも日本プロ野球名球会に名を連ねている。野手と投手という異なる立場ながら、長年にわたって球界を代表する存在であり続けてきた点も共通している。

【田中将大の200勝と坂本勇人の300本塁打】互いの偉業を祝福

2025年9月30日:田中将大が日本人投手史上4人目の日米通算200勝

田中将大にとって大きな節目となったのが、2025年9月30日の中日戦だ。

東京ドームで行われたこの試合で田中は先発し、6回2失点の投球で今季3勝目を挙げた。チームも4対2で勝利し、田中は日米通算200勝に到達した。

日本プロ野球名球会の公式発表によると、日本人投手の日米通算200勝達成は、野茂英雄、黒田博樹、ダルビッシュ有に続く史上4人目。加えて、通算432試合目での達成は歴代最少試合数だった。

田中は2007年に楽天でプロデビュー。2013年には24勝無敗という歴史的な成績を残し、楽天の球団初の日本一に貢献した。その後、ニューヨーク・ヤンキースで7年間プレーし、メジャー通算78勝を記録。2021年に楽天へ復帰し、2025年から巨人でプレーしている。

200勝達成後、坂本はチームを代表して田中に花束を手渡し、幼なじみの大記録を祝った。共同通信の報道でも、2人が抱き合って快挙を喜ぶ姿が紹介されている。

2026年5月13日:坂本勇人がNPB史上48人目の通算300本塁打

今度は坂本が大きな記録を打ち立てた。

2026年5月13日、巨人は福井で広島と対戦。延長12回に1点を追う展開となったが、坂本が1死一、二塁の場面で打席に立ち、相手投手の遠藤淳志から逆転サヨナラ3ランを放った。

この一発がNPB通算300本塁打となり、坂本はプロ野球史上48人目の達成者となった。達成時の年齢は37歳4カ月、到達までの試合数は2293試合。巨人生え抜きの選手としても節目の記録となった。

プロ初本塁打は2008年4月6日の阪神戦。19歳で放った満塁本塁打から約18年、プロ20年目で到達した300号だった。

田中は翌日に幼なじみの300号を祝福

坂本の300号達成を受け、田中は2026年5月14日に祝福の言葉を送った。

スポーツ報知の報道によると、田中はジャイアンツ球場で坂本の本塁打映像を見たと話し、次のように称賛した。

「最高にいい形、いい場面で決めたなって思いますね」

また、田中は坂本について、スタメン出場の機会が減り、数字の面でも苦しむ状況に触れながら、代打で登場した際にも球場が沸く選手だと評価した。

日刊スポーツなどの報道では、田中が自身のSNSでも「Congratulations」と祝福したことが伝えられている。

2025年には坂本が田中の200勝を祝い、2026年には田中が坂本の300号を祝う。異なる競技ポジションで積み上げた記録を、互いに認め合う関係が続いている。

【2026年の成績】坂本勇人と田中将大の現在地、88年世代の実力

2026年シーズン終了時点のNPB公式個人成績を見ると、2人はそれぞれ異なる課題と役割を抱えながらプレーしている。

坂本勇人:通算300本塁打を達成した2026年

坂本の2026年シーズンの一軍成績は次のとおりだ。

  • 出場試合:67試合
  • 打席:173打席
  • 安打:27本
  • 本塁打:5本
  • 打点:19打点
  • 打率:.175
  • 長打率:.305
  • 出塁率:.260

数字だけを見ると、打率は.175で、レギュラーとして長期間出場していた全盛期と比べて厳しいシーズンだった。一方で、5本塁打を記録し、5月13日には通算300本塁打を達成している。

注目したいのは、記録達成とシーズン全体の打撃成績を分けて考えることだ。300本塁打は長いプロ生活の積み重ねを示す偉業だが、それだけで2026年の打撃状態を評価することはできない。

2025年は62試合で打率.208、3本塁打。2026年は67試合で打率.175、5本塁打となった。出場機会が限られるなかでも本塁打数を伸ばし、代打や途中出場で存在感を示したシーズンだった。

田中将大:2026年は13試合に登板し4勝4敗

田中の2026年シーズンの一軍投手成績は以下のとおりだ。

  • 登板:13試合
  • 勝利:4勝
  • 敗戦:4敗
  • 投球回:68回1/3
  • 奪三振:49
  • 防御率:3.42
  • 与四球:23

2025年は巨人で10試合に先発し、3勝4敗、防御率5.00だった。2026年は13試合に登板して4勝4敗、防御率3.42となり、防御率の面では前年から改善した。

ただし、登板数は13試合で、シーズンを通してローテーションの中心を担ったという成績ではない。200勝を達成したベテラン投手として、登板機会ごとの投球内容やチームへの貢献が評価のポイントとなる。

田中の200勝は過去の実績だけでなく、故障や不振、移籍を経験しながらも再びマウンドに立ち続けた結果でもある。2026年の数字を見る際には、通算記録とシーズン成績の両方を押さえておきたい。

坂本と田中は同じ1988年生まれの88年世代

坂本と田中は、1988年生まれのいわゆる「88年世代」に属する。田中は1988年11月1日生まれ、坂本は1988年12月14日生まれだ。

同世代には、柳田悠岐、前田健太、秋山翔吾、會澤翼、大野雄大、宮﨑敏郎など、プロ野球を代表する選手が名を連ねてきた。

いわゆるハンカチ世代とも呼ばれるこの世代は、2006年の高校野球や、その後のプロ野球を盛り上げてきた選手が多い。

その中でも坂本は野手として、田中は投手として、それぞれ長く第一線で実績を積んできた。2026年に2人がともに37~38歳の年齢を迎えながら現役を続けていることは、88年世代のキャリアを振り返るうえでも興味深い。

【坂本勇人と田中将大の関係】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:坂本勇人と田中将大は本当に小学校の同級生ですか?

A1:はい。2人は兵庫県伊丹市の昆陽里小学校の同級生です。少年野球チームの昆陽里タイガースでも一緒にプレーし、坂本が投手、田中が捕手としてバッテリーを組んでいました。

Q2:坂本勇人と田中将大は24年ぶりに再会したのですか?

A2:24年間会っていなかったわけではありません。2013年のWBCや2021年の東京オリンピックで共闘し、2023年にも対面しています。2025年に実現した特別な出来事は、田中の巨人加入によって同じ球団のチームメートになったことです。

Q3:田中将大の200勝と坂本勇人の300本塁打はいつ達成されましたか?

A3:田中は2025年9月30日の中日戦で日米通算200勝を達成しました。坂本は2026年5月13日の広島戦で、延長12回に逆転サヨナラ3ランを放ち、NPB通算300本塁打に到達しています。

Q4:坂本勇人と田中将大の2026年の成績は?

A4:坂本は67試合に出場し、打率.175、5本塁打、19打点。田中は13試合に登板し、4勝4敗、防御率3.42を記録しました。いずれも2026年シーズン終了時のNPB公式成績です。

坂本勇人と田中将大は、兵庫県伊丹市の昆陽里小学校で学び、昆陽里タイガースで一緒にプレーした幼なじみだ。少年時代には坂本が投手、田中が捕手というバッテリーを組み、互いの実力を認めながら成長してきた。

その後、坂本は巨人、田中は楽天やヤンキースで活躍。2013年のWBC、2021年の東京オリンピックでも共闘し、2025年には巨人で再びチームメートとなった。

2025年9月30日の田中の日米通算200勝、2026年5月13日の坂本のNPB通算300本塁打は、2人の長い野球人生を象徴する出来事だ。互いの偉業を祝福する姿からも、少年時代から続く信頼関係がうかがえる。

一方、2026年の成績は、坂本が打率.175、田中が4勝4敗、防御率3.42と、ベテランとして新たな役割を模索する状況も示している。過去の実績だけで現在の評価を決めず、出場機会や試合内容、チーム内での役割を合わせて見ることが大切だ。

2人の物語の魅力は、単に幼なじみが同じ球団に集まったことではない。少年時代から競い合い、別々の舞台で実績を築き、再び同じグラウンドで互いを認め合っていることにある。88年世代を代表する2人が、これからどのような記録や場面を残していくのか、引き続き注目したい。

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コンテンツディレクター 伊部 拓海
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映画・ドラマ担当。公開資料と一次報道を照合し、ネタバレの扱いには線引きルールを設けています。

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